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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
8月
62/126

3 赤石杏子

 夏祭り帰りの人たちが道を歩いてくる。僕はみんなに追い付くと、あたりを見渡した。どこか落ち着ける良い場所はないだろうか。

「三原公園」という名の公園が目に入った。原っぱだけの、遊具のない公園だ。


「人多くなってきたから、そこにある公園に行こう」


 僕の提案にみんながそれぞれにうなずき、海さんと篠田がいまだ膝をついている赤石さんを両方から支えて立たせた。

 僕らが公園に向けて歩き出そうとすると、後ろから「おーい」と声がかかる。振り返れば、小田くんと藤堂とうどう美衣南みいなさん、そして青原あおはらかけるくんがこちらに向かって歩いてきている。彼らも夏祭り帰りだろうか。

 僕らの様子がおかしいことを察したのか、すぐさまこちらに向かって駆けつけてくる。


 藤堂さんが赤石さんの姿に気づいて、走るスピードをあげた。


「杏子!」


 名前を呼ばれた赤石さんは、びくりと体を震わせて顔をあげる。藤堂さんの姿をその目でとらえると、涙を流した。


 僕らは赤石さんをつれて、公園へと向かう。時間も時間だからか、そこは無人だった。

 海さんたちが赤石さんを近くのベンチに座らせた。


「海さんも座ったら?」


 誰にも聞こえないように小声でうながしたけれど、彼女は首を横に振った。


「平気。もうだいぶ酔い醒めたから」


 言葉通り彼女の顔は、いつもの冷静なそれに戻っていた。


「何があったんだよ、杏子」


 小田くんが声をかけるが、ぶるぶると震え続ける赤石さんには聞こえていないかもしれない。篠田が「水買ってくる」と言ってその場を離れる。

 その間僕らは赤石さんに何度か話しかけようと試みたが、残念ながら彼女は先ほど、藤堂さんに口を開いて以来、反応してくれなかった。


「ヤベッ! そろそろ帰んなきゃ」


 青原くんが急に腕時計を見て声をあげる。僕もすぐにスマホを見る。時刻は10時をとっくに過ぎていた。

 青原くんは慌てるように僕らを見渡す。


「俺、妹を家に待たせてるから……」


 たしか彼の家は8歳の妹さんとお母さんの3人暮らしのはすだ。しかも母親は夜遅くまで働いているから、今家には妹さん1人に違いない。きっと青原くんの帰りを待ち続けているだろう。


「帰った方がいいぞ。俺らが杏子についてるから」


 小田くんの言葉に僕らはうなずいた。青原くんは「悪い」と一言謝ると、駅への道を走っていく。その背中があっという間に遠ざかった。


 入れ替わりで篠田がペットボトル片手に戻ってくる。


「お待たせ。はい、赤石さん」


 篠田が差し出してきたペットボトルの水を、赤石さんは恐る恐る受け取り、蓋をゆっくりと開けてぐいっとペットボトルをあおった。よほど緊張していたのか、水をある程度飲み終えるとため息をつき、やっとのことで口を開く。


「ごめんなさい、みんな……」


 そう言って、赤石さんはかけていた眼鏡をとった。別に目が悪いというわけではない。3年B組在籍の赤石杏子は、普段はどこにでもいる女子中学生だが、そのもうひとつの顔は、現役アイドルの「キョーコ」なのだ。


 赤石さんの謝罪に藤堂さんがすぐさま「気にしないの」とフォローをした。赤石さんは彼女の言葉にうなずき、それから怯えた目つきをしながら周囲をうかがうように見渡し始めた。

 まるでこの公園のどこかで誰かがひそんでいるかもしれないと、警戒しているかのように。

 僕も一緒になって、彼女が向いている方向を見てみた。目を凝らしたり周囲を見渡したりしてみたけれど、特に何があるというわけではなさそうだ。


 さっき気配で感じた人影を思い出す。男か女かも判別はできなかったけれど、あいつと関係があるのだろうか。


「実はね……」


 赤石さんの声に僕は慌てて彼女のほうへ向きなおる。


「私、ストーカー被害に遭ってて……」


 その言葉に僕は耳を疑った。他のみんなもポカンとしている。海さんだけ眉間に皺をよせていたけれど。

 ストーカーなんてニュースではよく耳にする言葉だけど、いざ現実に聞いてみると違和感しかない。いやでも、赤石さんはアイドルだ。ストーカーをされてもおかしくない……かもしれないけど。

 赤石さんの青白い顔を見るあたり、嘘を言っているようにも見えないし。


「気のせいじゃないのか?」


 小田くんがせせら笑うように言った。赤石さんは綺麗に整った顔をムッとゆがませると、少し怒った口調で言う。


「違うもん。たしかにいたんだから」


 赤石さんは助けを求めるように僕を見る。


「雪くんも見たでしょ?」


「……僕は見たんじゃなくて、気配感じただけだから。ストーカーがどうかはちょっと」


 声をかけたら逃げるあたり、怪しくはあったけれど。

 赤石さんは納得がいかない顔をしていた。


「ていうか、気配を感じるって何よ」


 永井さんがあきれた目を僕に向けてくる。


 自分が言った言葉を心の中で反芻してみる。たしかに言われてみると、気配を感じるってなんだ? でも本当に「誰かがそこにいる」と感じたのはたしかだ。

 うーん……どうしてだ?


「ストーカーの話、警察には言ったの?」


 海さんの言葉に、赤石さんは曖昧なうなずき方をする。


「どうだった?」


「……様子見って、ことになって」 


「君たち」


 突如横やりを入れるような声が聞こえた。

 驚いてそちらを見ると、制服を来た警察官が懐中電灯を片手にこちらに歩いてきている。


 まずい……。


「そこで何をしているんだ?」


 僕らは互いに顔を見合わせた。

 人けもまばらになった公園で、中学生がいつまでも集団でたむろっていることを不審に思ったのだろう。


「これ、もしかして警察に話すチャンスじゃないの?」


 徹くんがボソッとつぶやいた言葉に、僕は「たしかに」と思う。

 仮に赤石さんが今日はストーカー被害に遭っていなくても、警察に名前を覚えられるくらいはあるかもしれない。気にかけてもらえるかもしれない。

 小田くんもそれに気がついたのか、「すみません」と警察官に声をかけた。


「実は今……!」


 小田くんの言葉がそこで止まった。視線を警察官から服の裾をひいてきた赤石さんへと移動する。


「杏子?」


「言わないで」


 ボソッと、つぶやくように言った彼女に僕は一瞬。耳を疑った。

 せっかく、助けを求めるチャンスなのに?


「なんでだよ!」


 小田くんが小声で抗議をしたところへ、急に今まで聞いたこともないような猫なで声が僕の隣で聞こえた。


「すみません。実は今、体調が悪い友達がいて~」


 そう言ったのは海さんだった。あまりの高い声に僕らが驚いているあいだに、彼女は警察官のもとへと向かっていく。


「子どもが出歩く時間でないのはわかっていますが、友達の具合が落ち着くまではしばらくそっとしておいてください。あ、みんな。親にはちゃんと連絡をとって、ここまで迎えに来てくれるように頼んでいますから。大丈夫です。友達の親が迎えに来るまで、ここにいるだけですので。すぐ帰りますから」


 早口でまくしたてた海さんに警察官はあっけにとられて、しばらく瞬きを繰り返した。


「すぐ帰りますから」


 念を押すように言った海さんに、警察官はしぶしぶ顔でうなずくと「早く帰りなさいよ」と言って、その場を去ってしまった。


 ぶふっ


 吹き出すような笑い声がした直後、徹くんがゲラゲラ笑い出す。

 その笑い声に反応するように、海さんの肩がピクリと動いた。


「わ~た~ら~せ~……」


「いやあ、悪い悪い。いいもん見せてもらったなぁって思ってるだけだから、気にしないで」


「気にする! いいか、今のは忘れろよ!? 忘れなかったら力ずくで記憶から消してやるっ!」


「えぇ、ぜんっぜんわかんないなぁ」


「このやろ!」


 海さんが威嚇をして今にも徹くんに飛びかかりそうだったので、僕は慌てて彼女たちの間に割り込んだ。


「さっき、どうして海さんは警察に話さなかったの!」


 そう聞くと、海さんはぴたりと止まった。


「……本人が警察に話したくないって言ってるんだ。わたしはただ、本人の気持ちを尊重すべきだと判断した。ただそれだけだよ」


 突然、僕の横からやってきた小田くんが海さんの胸ぐらをつかんだ。


「小田くん!」


 僕は慌てて小田くんを止めようとしたけれど、彼に突き飛ばされて僕はその場で派手に尻餅をついてしまう。


「お前が警察をとめてなかったら、キョーコは助かったはずなんだぞ! どうしてくれんだよ!」


 海さんは冷静沈着そのもので、小田くんの手をつかんで乱暴に払うと、乱された浴衣の襟を整えた。


「警察なんて、そこらへんに溢れるようにいるでしょ。そんな力むなよ。それに言ったところで、周りにいるのは中学生ばかり。心の中ではイタズラと思われながら、一応話聞いて『はい、そうですか』で終わるのがオチだね」


「そんなの、お前が勝手に考えてるだけだろ!」


「警察に助けを求めれば、助けてくれる。その考えも、キミが勝手に考えているだけだと思うけど?」


 警察をいっさい信じないその態度が、彼女という存在を形作ってでもいるかのような。

 いったいその揺るがない心は、どこから……。


 小田くんはそれ以上何も言えなくなったのか、口を閉ざしてしまった。海さんは彼を無視して赤石さんのほうを向く。


「で、赤石さん。キミはどうなの? 今までストーカーに何かされたとか。そういうことはなかったの?」


 赤石さんは肩を震わせ、言いたくなさそうに口を引き結んでいる。そんな彼女の背中を勇気づけるように藤堂さんがさすった。


「言いたくないなら別にいいけど」


 赤石さんは首を横に振って、海さんを見る。


「……一度だけ、家の前で」


「何で言わねぇんだよ!」


 即座に小田くんの怒号が響いた。


「うるさい、小田」


 藤堂さんが彼をにらみ、無理やり彼を黙らせる。


「それ、警察には?」


「まだ……」


「何で、それを言わなかったの?」


「……今度、ライブがあるから」


「ライブ?」


 何だそれ。


「もしかして、サマライのこと?」


 藤堂さんの言葉に、赤石さんはコクリとうなずいた。

 聞き慣れない言葉だ。何だ? サマライって。


 唯一事情がわかったのか、藤堂さんが突如嬉しそうに明るい声をだす。


「それってすごいじゃん! だって、杏子。ずっとそのライブにでたいって言ってたし。とうとう夢が叶ったんだね!」


「うん……」


 少し嬉しそうな顔をしてうなずく赤石さんに、僕も少しホッとした。


 いつもの赤石さんの笑顔だ。

 だけど、すぐに表情を曇らせる。


「けど、だからこそ。警察に言ってメディアに取り上げられて……、サマライの出場が中止にさせられたらと思うと。怖くって……。せっかくつかみとったチャンスなのに、ストーカー被害に遭ってるってだけで、出場できなくなっちゃったら、ファンの人たちにも。申し訳ないし……」


 そうしてまたもうつむく赤石さんの背中を藤堂さんはさすり続ける。

 ストーカーされている上に、赤石さんは一度襲われかけている。けれど、顔も正体もわからないそんな人、どうすればいいんだろう。


 そのとき、僕の肩に徹くんが手を置いた。思わず振り返れば、彼はにやりと不敵な笑みを浮かべている。


「ちょっと名案あるんだけど」


 何故だか、とてつもなく嫌な予感がした。

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