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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
7月
59/126

9話 散髪

 それは、1学期の終業式の日のことだった。


「実はわたし、女なんだよね」


 突如として海さんは、自分の最大の秘密を暴露したのだった。

 もちろん知っている人は知っているんだけど、ほとんどの人間が知らないものだから、謎の悲鳴があがりだしたわけだ。


「おま、おま女!? え、嘘っ!」


 小田おだひかるくんの慌てっぷりったらそりゃもう面白かったけど、この際それは無視しておくとして。

 ともあれ海さんはこうして、いやにあっけなく。B組全員に自分の正体をバラしたのだった。


 なお、徹くんの反応が思ったより普通だったから、「もしかして気付いてたの?」と聞いたら、彼はにやりと何だか企んでいるような笑みを見せて。


「なんとなくね」


 と言ってきた。


***


 そして次の日の、夏休み初日。僕は自分の家であるアパートの庭に、海さんと一緒にいた。

 彼女の髪を軽く撫でると、つやのあるそれは太陽の光を反射して、青色に輝いた。


 それにしても長いな……。


「じゃあ、切るよ」


「うん」


 了承をとってから、僕は腰まで届く長い彼女の髪にハサミを入れた。


 今日はかねてより約束していた、海さんの散髪の日だった。

 本当は美容室とか、ちゃんとしたところでやってもらうべきなんだろうけど、彼女が「どうしても雪にやってほしい」と言ってきたので、こうなった次第だ。

 もちろん、アパートの大家さんにもちゃんと許可はとってある。なるべくゴミを増やすなと忠告を受けたから、あらかじめ下に新聞紙を敷くという徹底ぶりで。

 もし忠告を破ったら、どうなることかわかったもんじゃない。


「どのくらい切るの?」


「雪くらい」


「え、僕くらい?」


 僕の髪は首に少しでるくらいしかない。

 そのくらいだと、ほぼ男子じゃないか。


 しかし海さんは、からからと楽しそうに笑って言う。


「いいの、いいの」


 まあ本人がそう言うのなら、止めたってしょうがないか。

 この長い髪、結構好きだったんだけどな。


 名残惜しく思いながら、海さんの髪にもう一度触れると、ふと僕の手に、彼女の頭に巻かれている包帯も一緒に触れた。

 頭だけじゃない。腕にも、包帯が巻かれている。


「その……頭は平気?」


「何それ、バカだって言いたいの?」


「そうじゃなくて。ほら、大久保さんにやられたやつ……」


「全然平気だよ、それくらい」


「そっか」


「心配しなくていいって」


 彼女は僕を気遣うように、珍しく優しい口調でそう言った。


「けど、腕はどうなの……」


「あー、これね。医者が言うにはらこっちはちょっと痕残るちゃうかもって。まあ自分でやったんだし、仕方ないさ」


 海さんはそう言って、包帯が巻かれているほうの腕を軽く持ち上げて、クルクルまわしてみた。

 危うくハサミが他のところを切りそうになったので、「ちょっとストップ」と僕は慌てて声をかけた。


 ……よしっ、だいたい切り終えた。


「雪こそ平気なの?」


「え?」


 海さんの髪を軽くブラシで梳きながら聞き返す。余計な髪がはらはらと新聞紙の上に落ちていった。


 海さんがわずかに僕のほうへと首を傾ける。


「ずっと聞こうと思ってたんだ。雪の右目に残ってる傷。縦にザックリ入ってんじゃん」


「ああ、これね」


 僕は右目のあるあたりに触れた。

 そこにある傷は、もう痕になっている。

 けれどもう、全然痛くない。


「全然平気だよ」


 この傷がついた理由を、僕はまだ《《知らない》》。というか、《《覚えていない》》のだ。

 生まれつきなのか、あるいはいつの間にか付けられた傷なのか。


「ああでも、冬は痛いかな」


「どうして?」


「ほら、冬って古傷が痛むってよく言うじゃん」


「年寄りくさ」


 ケラケラ笑い出した海さんに、僕も苦笑した。


 終わったよ、と声をかけると、海さんは早速立ち上がって自分の髪に触れた。

 僕ほどに短くなった髪に触れて、満足そうに微笑む。


「ん、いい感じ」


「ねえ、海さん」


「ん? ……っ」


 僕が海さんの手を握ると、彼女は一瞬だけ驚いた顔をした。


「……傷がつくと痛いって知っているなら、もう。こんなことは2度としないでほしいんだ。2度と、人が目の前で死ぬのを見たくないって言うのなら、キミも死なないでほしい……。僕だって、人が目の前で死ぬのなんて、見たくないんだ……」


 なんだかふと、怖くなったのだ。


 彼女は僕の知らないところで、自分の命をないがしろにしているんじゃないかって。


「……わかった」


 海さんはうなずいて、僕の手を握り返してくる。

 その握手はいわば、誓いのようなものだった。


 暗い雰囲気をやわらげるように、海さんが明るい声をだす。


「散髪してくれたお礼に、何かおごるよ。『ぼんぬ~る』のケーキとかさ」


 きっと、彼女なりの気遣いだったのだろう。

 僕も笑って「ありがとう」とお礼を言った。

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