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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
7月
58/126

8話 真実

 放課後。僕と徹くん、永井さん、雨宮さん、千ノ原さん、円城くんとでC組の教室へと向かった。

 室内にはすでに海さんの姿があり、そして彼女の目の前には女子生徒が対峙している。

 おそらく対峙している彼女が、大久保瑠璃さんだろうか。春日野くんに見せられた写真の通りの外見だったが、その頬には不釣り合いなほどに大きな白い湿布が貼ってあって、なんだか痛々しい。


 隣にいた永井さんが「あの子よ」と口にする。


「あの子が大久保琉璃。さすが『学ミス』に選ばれるだけはあるわね。結構かわいい」


「……そうかな?」


 僕には永井さんやみんなの意見に、同意することができなかった。

 たしかに顔は整っていていい感じだけど、言うほどかわいいとも思えないし。


 雨宮さんがあきれた顔をして僕をにらんできた。


 さて、そろそろ中に入ってもいいかな。


 意を決して、教室のドアを開けると、もわっとした暑さが顔を直撃してきて、僕は思わず顔をしかめた。

 天井を見ると、そこにあるエアコンは静かだった。


 ドアが開いた音に気づいたのか、海さんと大久保さんがこちらを向く。


「遅かったね、みんな」


「ごめん」


 大久保さんが驚いて、海さんの後ろから来た僕らを見つめる。


「な、何よ……。クラスメイトみんな早く帰らせてまで、何するつもりなわけ?」


 大久保さんはだいぶこの状況に困惑しているようだった。

 当たり前だろう。だってこれから僕らは――。


「話をしたかっただけだよ」


「話? 初対面なのに?」


 大久保さんが首をかしげる。

 しかし海さんは首を横に振って、ちょっと身を引いた。


「いや違う、雪が」


「え、僕なの?」


 海さんがやるんじゃないの?

 思わぬことで戸惑う僕を見て、大久保さんは「彼のことも知らないんだけど」と言う。

 海さんは肩をすくめた。


「じゃあこれから知っていけばいいでしょ。ほら雪、早く」


 だから何で僕が、と言おうとしたけれど、まあいいか。とため息をつく。

 こんなくだらない茶番劇、いい加減に終わらせなければならない。


 僕は大久保さんの前へ一歩踏み出し、彼女の目をまっすぐ見つめた。


「はじめまして、僕は雪。えっと突然だけどさ、大久保さんだよね。徹くんを脅していたのは」


「何の話よ?」


 やましいことでもあるのか、大久保さんは僕から視線をそらした。


「キミは先週の下校時刻が過ぎた日、パソコン室にいたよね」


「いなかったわよ」


 僕はその言葉を無視して、自分の言いたいことを続ける。


「あの日、部屋の出入り口から近いパソコンで、キミはある作業をしていた。時間帯で言うと、19時前か、あるいは過ぎた頃かな。ちょうどだと近くの守衛室から見まわりに来る守衛さんにバレちゃうからね。

 で、パソコン室で何をしていたかというと、キミは『わたらせとおるは はんざいしゃ』そういう文面を打った紙をコピーしていたんだ」


 大久保さんがごくり、と唾を呑み込む音が聞こえた。無駄に冷静だなと感じる。


「コピーを終えてすぐにキミはB組へと向かった。ところが、ここで問題が発生したんだ。ちょうど守衛さんが教室の見まわりをしている時間に、B組に着いてしまったことだ。

 キミはとりあえず近くの教室に駆けこんだ。ちょうどB組の教室が開いていたから、そこに入ったのかな。本当は別のやり方で入ろうとしたのかもしれないけど、それは今は置いておくよ。

 やがて守衛さんが通り過ぎるのを確認したキミは、すぐにコピー用紙を掲示板に貼りつけたんだ。でもそこで、予想外にも声をかけられた」


 僕が一方的に始めた推理だったけど、大久保さんはずっと黙っていた。その上、だんだんとその顔色が青くなっていく。


 てっきり無視されたり、反抗の態度を示してくると思ってたけど、拍子抜けだな。


 何も言われないので、僕は先を続けた。


「声をかけてきたその人は、一緒に教室で息をひそめていた円城くんだね。教室が暗かったからキミは気づかなかったんだろう」


「……いったい何を言っているのよ」


 震える声で、やっと反論の言葉が口にされた。僕は思わず口を閉じる。


「私がパソコン室で作業をしてた? 守衛さんに見つからないように隠れてた? デタラメ言わないでよ。その日は」


「別に言い訳してもいいけど、なるべくならちゃんとしたアリバイにしてよね。立証するのとか手間あって面倒だから」


 僕は大久保さんの台詞を遮ってそう言った。正直、早く話を終わらせてこの場を立ち去りたかった。エアコンの効いていない部屋に1分とさえいたくない。そんな気持ちで僕は話を続ける。


「――キミはそのまま円城くんと乱闘になった。と言っても、円城くんが一方的にやられていたのかもね。いくら元・不良っていったって、相手は車椅子。実際、円城くんの足や額には痛々しい傷があったよ」


 まあ僕が見たのは足だけだけど。


 大久保さんは顔面蒼白でありながらも、震える声で「意味わかんない」と言葉をもらした。


「何言ってるかわかんないし。ていうか、初対面のクセに変な言いがかりやめてよねっ! そもそもそんなコピー用紙の話だって初めて知ったし、私がやったって証拠がないじゃないのっ!」


「これだよ」


 僕がズボンのポケットからある物を取りだすと、大久保さんの表情が面白いように変化しだした。


 僕が取り出したもの、それはよくある黒のヘアピンだ。

 しかもただのヘアピンじゃない。1本をカーブさせたようにして作られているヤツを、無理やりに伸ばした物だ。

 長さにして、だいたい10センチくらい。パッと見、針金に間違えるかもしれない。


「これは本来、教室のドアを開けるために使おうとした、キミのヘアピンじゃないかな。いざとなったら教室に逃げ込めるよう、用心のために作っておいた《《鍵》》さ」


「そんなのどこにでもありそうなモンじゃないっ!」


 キンキンと耳に響く声がうるさい。

 やっぱりこいつ、かわいくない。声のうるさい女子は苦手だけど、自分の罪を認めない人間はもっと苦手だ。


 まだ自分が犯人である可能性を否定したいのか。


「別にそれだけでキミが犯人という訳がないよ。けど、守衛室に行って、学園の監視カメラを確認してみればあるはずだよ? 円城くんに殴られた頬を押さえながら、涙ながらに学校の外へとでていくキミの姿が」


 その、頬に大きく貼られた湿布が何よりの証拠だ。


 大久保さんが後ずさりするのがわかった。その手を、僕の横から突如走りでてきた永井さんがつかむ。


「逃げるんじゃないわよ!」


 突然現れた第三者に大久保さんは一瞬驚くが、すぐに永井さんに敵意をむき出しにすると、近くにあった椅子に手をのばしてそれを片手だけで高く振り上げた。


「危なっ!」


 僕が走るより早く、海さんが走り出して大久保さんと永井さんのあいだに割って入った。


 ドンッと鈍い音が響く。


 永井さんをかばった海さんの体が、ふらっと横に倒れる。


「う、海さん!」


「…………っ」


 よろよろと体を揺らしつつも、海さんは壁を支えにしてなんとか立ち上がった。

 頭から、ぽたぽたと血が流しながら。


 絶句している僕らを気にせず、海さんは言った。


「……これで、キミが犯人だっていう証拠になるのかな? それとも、証拠にはならなくても、あんたが警察行きになる理由にはなるかもね」


 ふらふらと彼女は立ち上がると、わずかにその視線を後ろに向けた。


「てかさ、女子を守るのは男子の役目だろ? 何ボーッとしてんだよ」


 海さんも一応男子なんだけどねという突っこみをしている場合ではなさそうだった。

 僕は海さんに駆け寄ろうとしたけれど、彼女がそれを制してきた。


 と、それまで黙っていた徹くんが場の雰囲気に似合わぬ、のんびりとした口調でこう告げた。


「ああ思いだした。そうだ……大久保琉璃。たしか、去年の文化祭の日に俺に告白してきた奴の名前だわ」


 僕は驚いて大久保さんと徹くんを交互に見る。


 名指しされた大久保さんは恥ずかしさと悔しさの入り交じった顔を真っ赤にしたかと思うと、その頬に涙をこぼした。


 どうやら、図星らしい。


 大久保さんは唇を震わせながら、言葉を紡ぎ出す。


「あ、あんたが悪いのよ……。私をフッたりするから」


 涙ながらにそう訴える彼女に、同情する者など、ここにはいない。同性である女子ですら口を閉ざしていた。


 海さんが小馬鹿にしたように「はっ」と笑いをこぼす。


「学校一の美人だから、どんな男でも自分を振り向いてくれるって、どうせそんな浅はかな思いから、告白したんだろ? けど、渡良瀬はちゃんと人を選ぶ人だよ。残念だったな……」


 海さんは僕が思わず落としてしまったヘアピンを、いつの間にかその手に握りしめていた。


「……そっか。キミたしか、B組のみんなに脅迫メールを送ったよね。ころすだとか、なんとか。それも充分証拠になり得るかぁ。それとさ」


 海さんはまるで汗をぬぐうように、腕で乱暴に自身から流れるその血を拭きとった。

 白いYシャツに、不気味なほどの「赤」が広がる。


「ころすって、どういうことかわかる?」


 海さんは突然自分の腕にそのヘアピンを突き刺した。


「きゃっ」


「海さん!」


 僕は慌てて彼女に駆け寄るも、彼女はまるで「近づくな」とでも言うかのように逆に僕を突き飛ばした。

 僕はとっさのことに対応できず、派手にその場に転がる。


 倒れたまま彼女たちを見ていると、海さんは大久保さんに近づき、ヘアピンで貫かれたその腕を堂々と彼女の眼前にかざして見せた。

 大久保さんは怯えた表情で、血が滴りだした海さんの腕を見つめていた。


 海さんが教室の外に聞こえるほどの大声で怒鳴り散らす。


「……これが、殺すってことだよ!」


 海さんは思いきりヘアピンを腕から引き抜くと、ヘアピンをそのまま床に投げ捨てた。

 血のついたヘアピンが、カランと乾いた音を響かせて落ちる。


 海さんはしばらく肩で息をすると、顔を伏せて。小さな。今にも泣きだしそうな声で、その先を続けた。


「わたしはもう、2度と目の前で大切な人、誰1人として死なせやしない。絶対に……。わかったら、とっとと帰れ。そして、2度とわたしたちに関わるな……」


 大久保さんはすぐさま机の上にあった鞄をつかむと、逃げるように教室を走り去った。

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