7話 メール
みんなも着信音を合図に、それぞれ一斉にスマホを取り出した。
誰彼ともなく口を開く。
「メールだ」
「僕も」
「俺もだ」
僕らは顔を見合せる。
どうやらこの場にいる全員のスマホに着信が来たみたいだった。
この現状に違和感を覚えながら、僕は受信されたメールを開く。表示されたメールアドレスは知らないものだ。もちろん、記録した覚えすらない。
みんなに確認してみても、誰もが「知らない」と答えた。
スパムだったらどうしよう、なんてちょっと思ってみるけど、このタイミングで来るということはもしかして。
「僕が先に開くよ」
そう言うと、みんなが「まかせた」という視線を向けてきた。
恐る恐るメールをタップしてみると、そこには。
「おまえらに かかわった にんげん すべて ころす」
ひらがなで書かれただけのメッセージ。
けれど脅し文句としては充分な要素がいくつもつけられていた。
関わった人間をすべて殺す。
冗談にしてはあまりにも笑えない。
ところが海さんは、この空気を打ち破るかのように、「はっ」と馬鹿にしたような笑いをもらした。
「いい度胸してんじゃん。どうせ人殺しなんてしたこともないくせに」
強気だなぁ。
思わず感心して海さんを見ていると、ふと彼女の表情が真顔に変わった。
「あれ、でもちょっと待てよ」
海さんは不意に立ち上がると、屋内へ続くドアまで一気に突進していった。
なんだろう。
何気なくドアのほうへ目をやると、いつの間にかそのドアがわずかに開いてる。
もしかして。
僕も慌てて立ち上がり、海さんのあとを追った。
「待て!」
瞬時に誰かが階段を激しく駆け降りる音が聞こえた。僕からは間に合いそうにないけど、海さんなら。
ところが海さんは階段の一段目に足をかけるや、突如「ひゃっ!」と女の子みたいな悲鳴――いや、実際女の子だけど――をあげて、その足を階段の上から滑らせた。
「海さん!」
今にも転びそうな海さんの手を僕は急いでつかむと、今度は空いている方の手で階段の手すりをつかんだ。足を踏ん張って、その場になんとか耐える。
「危、なかったぁ……」
死ぬかと思った……。
「海さん……、大丈夫?」
「……ああ」
海さんも相当にびっくりしたのか、言葉がそれ以上続かなかった。繋いでいる手から脈の鼓動が伝わってきて、彼女の緊張が容易に知れる。
ていうか僕だって、ちょっとやばい。手が震えてる……。
「立てる?」
声をかけたそのときだった。
カシャッ、という音と共にフラッシュがたかれたような光が僕の視界を横切った。
え?
顔をあげると、そこには予想外の人物がいた。
「徹くん!?」
思わぬ人の来訪に僕は驚いて声をあげた。
彼はかまえていたスマホから顔をあげて、にやっと意地悪な笑みを僕に向けてくる。
「よぉ、おはよう」
「おはようじゃなくて。ていうか今の撮ったの!?」
「徹!?」
騒ぎを聞きつけて永井さんがこっちにやってきた。彼女だけじゃない。さらにその後ろには、いつの間にか他のみんなも来ていた。
徹くんはスマホをポケットにしまいながら説明する。
「さっきクラスに行ったら、ちょうど一斉メールが来たよ。『おまえらに かかわった にんげん すべて ころす』だっけ? いやはやびっくり~」
「いやはやびっくりじゃなくて! 大丈夫なの、徹。学校に来ても」
「来いって言ったの、コノハだろ」
「それは、そうだけど」
永井さんはあきれている一方で、どこか嬉しそうだった。
そもそも徹くんに学校に来て欲しいとずっと彼女は思っていたわけだし、これでひと安心だろう。
状況的にはまだ、安心できないけど。
「とりあえず渡良瀬、今撮った写真は消しとけよ」
海さんは不意に僕の手を振り払って、立ち上がる。さらにズボンについたホコリをパンパンと払いのけた。
しかし徹くんのからかうような笑みは、その程度では消えない。
「えー、 どーしよっかなぁ」
徹くんはいつもの徹くんだった。
そんな彼に、僕もやっぱりホッとしてしまう。
「大丈夫?」
もう一度海さんにそう聞くと、彼女はこくんとうなずいた。
「心配しなくても平気。――で、円城。わたしが聞きたいのは1つ」
名指しをされた円城くんが、「なんだよ?」と首をかしげる。
「犯人の顔は見たの?」
「犯人? ……ああさっきの話の続きか。さすがに暗くて見えなかった。女だったってのは覚えてるけどよ」
「女?」
犯人は女なのか?
いくら円城くんが車椅子だからといっても、彼に痣をつけるほど蹴りを入れたりするような勇気がある人だから、犯人は男なのかと僕は勝手に想像していた。
「だってそいつ、すっげえ髪長かったし」
「……髪が長い男子なら、遠藤だってそうじゃない。ねえ」
雨宮さんの問いかけに一瞬だけ、しんと静まる。
「遠藤?」
いぶかしげな目を雨宮さんが海さんに向ける。みんなも首をかしげて彼女を見ていた。
永井さんが慌てるように、「海」と声をかける。
彼女はぼーっと何か考えていた顔をパッとあげて、慌てたように言い繕った。
「え? ああ、うん。そう、だな……。でも……さあ、さすがにこの髪の量で男ってのは目立つんじゃないか?」
「髪だけで断定するなら、さすがに海さんが犯人なのはおかしいよね。そもそも動機が」
「意外にも渡良瀬さんに転校初日から色々とされているかもしれませんわよ、陰で。それで恨みを買って」
「ああそれ、あり得るかもねえ。実際さっき写真撮られたのも嫌がらせでしょ、あんなの」
「おいおい」
海さんは冗談を冗談で返して、軽く肩をすくめた。
そしてもう一度徹くんを見る。
「渡良瀬、さっき誰かとすれ違わなかった? たぶん、こっちの様子を見ていたはずなんだ」
「どうだろ……」
ぷいっと視線をそむけるあたり、誰かを見たのだろう。永井さんがすぐさまつっかかる。
「今更隠してどうすんのよっ! あんた、このままだとこの学校にいられなくなるかもしれないのよ!?」
「そのときはそのときだろ」
「もうちょっと真面目に考えなさいよっ!」
永井さんが徹くんを怒鳴り散らす。彼女の声は階段にうるさいくらいによく響いた。
しかし徹くんはその声を知らん顔して、聞かないフリ。
やれやれ。
「ところで海さん。どうしてさっき誰か見てるってわかったの?」
僕の質問に海さんは「なんてことないよ」と言って、その先を教えてくれた。
「すぐにメールを送ることができるあたり、こっちの様子が見えてなくちゃできない。そう思っただけ」
ああ、そういうことか。
納得。
「メールを送信した奴、特定できたよ」
階段下から新たな声が聞こえた。
驚いた僕らが一斉にそちらを見ると、そこには黒縁メガネをかけたクラスメイトの、春日野くんが立っていた。
登場した春日野くんはメガネのブリッヂをくいっとあげて、知的な態度を僕らにさらす。
「僕のスマホに余計なメールを送った罰だよ。本当はウイルスを飛ばしてやりたいとこだったけど、みんながどうにかするみたいだし。特別に教えてあげる」
春日野くんはそう言って僕らに近づくと、手にしていたスマホの画面を僕らに見せてくれた。
そこにいたのは、かわいい顔をしているわりに、目つきの鋭い少女だった。どことなくネコを連想させる。
頭にティアラをかぶせ、自信満々な表情を浮かべながら、目はカメラを見ている。
何かのイベントで撮られた写真なのか、アップにされた写真には紙吹雪のようなものと、少女の肩には「大杉学園ミス美人コンテスト」と書かれた襷がかけられている。
不意に永井さんが、「この人っ!」と何かに気付いたような声をあげた。
思わず僕は聞いてしまう。
「誰、この人」
「雪、知らないの……?」
雨宮さんの言葉に僕は素直にうなずく。すると雨宮さんだけじゃなく、海さん以外のみんなが「信じられない」という顔を僕に向けてきた。
え、誰なのこの人……。
「……ほら、去年の文化祭で『学ミス』に選ばれた、大久保琉璃」
「『学ミス』……、ああ」
そういえばそんなのあるって聞いたな。
「学ミス」とは、大杉学園で毎年開かれる文化祭の恒例行事「学園ミス美人コンテスト」のことらしい。
多くの生徒たちの票を集めて、誰が学園内で1番かわいいかを決める、よくあるイベントだ。正直、くだらないから興味はなかった。
それに僕、去年の文化祭でてないし。
ていうか、そのミス美人さんが犯人!?
「こんな美人そうなのが犯人なの……?」
思わずそう口にしてしまう。
すると海さんが隣でため息をついた。
「人は見かけによらないだろ。――ねえ、春日野。そいつのメアドはもちろん知っているんだよね?」
「もちろん」
海さんの問いかけに、春日野くんは自信満々にうなずく。そして彼は、さっそくスマホをいじった。
直後に海さんのスマホが鳴った。彼女はすぐさまメールを開く。
僕はそれを覗きこもうとしたけれど、字が小さくてよく見えなかった。
「ありがと」
海さんは、にやり、と勝ち誇った笑みをその顔に浮かべた。
それはまるで、やっと獲物を捕らえることができたと喜ぶ捕獲者の笑みのようで、僕は思わず背中に悪寒が走った。




