4話 渡良瀬徹
今日の授業は期末試験間近ということもあって、お昼を食べてホームルームを終えるとそこで下校となった。
放課後、僕と海さんは徹くんの家に行くことに決めて、いつも通り校門前で待ち合わせすることにした。
ひと足早く教室をでた海さんを追いかけるようにして、ようやく校門にたどり着くとそこには海さんと一緒に何故か永井さんもいた。
「徹の家行くんでしょ? あたしもついてくから」
「あ、うん……」
有無を言わせぬ口ぶりで、永井さんは「行くわよ」と先頭きって歩きだす。僕は思わず「いいの?」と海さんに目で合図したけど、彼女は肩をすくめるだけだった。
好きにさせとけ、というやつだろうか。
結局僕らは永井さんも一緒になって、徹くんの家に向かうことにした。
***
「こんにちはぁ」
「何、このメンツ」
徹くんの家は古き良き日本家屋、といったおうちだった。永井さんいわく、徹くんのおじいちゃんとおばあちゃんの家だったとかで。
そして、そこのドアフォンを押してすぐに現れた徹くんは、私服姿だった。今時珍しい引き戸の玄関を開けて現れた彼は、目の前に僕らがいることに少し困惑している様子だった。
「久しぶり」
僕が代表して挨拶をすると、彼は「ああ久しぶり」といつも通りの返事をしてくれた。
徹くんはここ1週間ほど、風邪で学校を休んでいることになっていた。でも本当はそうでないことを、みんな何となくわかっているみたいだった。
誰もそれを言おうとしないけれど。
一方で円城くんは、毎日のように学校に出席しているのだから驚きだ。
「まああがりなよ」
「お邪魔します」
徹くんの案内で、僕らは家のなかに通された。
たどり着いたその場所は、居間と食堂が一緒になっている部屋だった。
僕らは適当にその場に腰かけた。
徹くんが台所からお茶とお菓子をおぼんに載せてやってくる。
「今日は随分と下校時刻早いじゃん。何かイベント近いっけ?」
「期末試験1週間前だから、先生たちが早く帰してくれたんだ」
僕がそう答えると、徹くんは他人事のように「そういえばもうそんな時期か」とつぶやいた。
そんな、どうでもよさそうに言っておきながらも、ちゃぶ台の下に視線を向ければ、慌てたように片付けたであろう勉強道具があった。
真面目なところは真面目なほうだ、彼は。
永井さんが口を開く。
「このあいだはタイだったけど、あたしは今度こそ、徹よりいい成績とって、あんたのこと見返すつもりなんだから! そういう半端な覚悟だと困るわ」
「あー、はいはい」
彼女の挑戦を適当にあしらって、徹くんはお茶の入ったコップに口をつけた。
「渡良瀬。ここ最近、学校を休んでいたのはどうして?」
そんな幼馴染みの雰囲気をものともせず、海さんが早速そう切り出す。
「別になんだってよくね?」
「よくないわよっ!」
そう言って、永井さんは勢いよく立ち上がる。
「あんたが学校に来ないと、こっちがどんだけ不安か。それにサボりだなんて。……徹らしいっちゃらしいけど、今回ばかりは絶対に許さないんだから」
「な、永井さん、抑えて」
僕は慌てて永井さんをその場に座らせた。まだ怒りがおさまらない様子で、彼女は威嚇するかのように徹くんをにらみつけている。
海さんはその隣でため息をついた。心なしか、いらだっているように見える。早く本題に入りたいらしい。
僕は慌てて「で、実際の理由はどうなの?」と聞いた。
「どうって?」
徹くんが僕にしてきた質問を、海さんが引き継ぐ。
「実際は、何でもいいような理由ではないんだろ?」
徹くんは少し黙って、顎に手をそえた。何を考えているのかはわからないけれど、海さんを観察しているように僕には見えた。
やがて彼は口を開く。
「遠藤さんっていったい俺らのこと、どこまで知ってんの?」
「――どこまでだと思う?」
突如、2人の間に形容しがたいような火花が走った。
この2人は別に相性が悪いというわけではない。だからと言って良いわけでもないだろうけど。仲の良い友だちが目の前で一触即発な雰囲気になると、僕としてはどうにもいたたまれなかった。
永井さんはそれを見て、知らん顔。どうでもいいとさえ思っているようだ。あるいは何も言わない方が得策だとでも考えているのか。
仕方なく、僕は2人の動向を見守った。
そして、緊張感ただようにらみあいに最初に折れたのは、徹くんのほうだった。
「……ま、ここで議論していても仕方ないか」
「懸命だね」
海さんはニコリと微笑みを浮かべた。ちょっとその笑顔が恐ろしい。
2度と見たくないような代物だった。
「さて、じゃあ本題に入ろう」
海さんはお茶を一気に飲み干すと、徹くんに真剣な目を向けた。
「キミ、何があったの?」
徹くんは海さんの厳しい視線から目をそらさず、黙って尻ポケットからスマホを取りだした。
画面を見ずにそれを操作して、やがて僕らの前にスマホを突きだした。
「これ」
海さんは徹くんの手からスマホを受け取って、その画面を眺める。僕と永井さんも彼女の後ろから画面を覗きこんだ。
そこに映しだされていたのはメールだった。
「何、これ」
徹くんが見せてくれたメール。
差出人は不明。受信日時は先週の事件の、さらに前日の放課後だった。
文面は、平仮名で。
「よけいなことをしたら、おまえのともだちをころす」
脅迫メール?
「え、円城ね……」
ぷるぷると怒りに震えながら、永井さんはそう言ったけれど。
たぶん――。
「これは円城くんじゃない」
「え?」
海さんと永井さんが驚いて僕を見た。
「そうだよね、徹くん」
僕はスマホの画面から徹くんへと視線を移した。彼はこくん、とうなずく。
「よくわかったね。さすが、雪くんだわ」
徹くんは何故かちょっと呆れていた。僕はそんな彼に苦笑いで返す。
「どういうことだよ、円城が犯人じゃないって」
「まっさか、遠藤さんってばわからないの?」
徹くんのからかいまじりの挑発に、海さんはムッと眉間にシワを寄せて黙った。
本当に彼女はわからなかったのだろう。
一方で、仲間外れにされているのが気に食わないのか、永井さんも海さんと同じ表情をしていた。
海さんと永井さん、2人が同時に僕を見る。
説明しろ、ということか。
僕は話を続けた。
「このメールの送り主はわからないよ。もしかしたら、本当は円城くんかもしれない。けどもし、あの貼り紙と同じ人がそのメールを送った犯人だとしたら。それが円城くんだった場合、おかしな点があるんだ」
「おかしな点?」
僕はうなずいた。それから徹くんを見る。
「あの、先週の貼り紙の話は知ってる?」
「そりゃね」
なんだ、知っていたのか。なら話が早い。
「徹くんが円城くんに怪我を負わせて、それについて仮に円城くんが徹くんに恨みをもっていたとするよ? そしたら、あんな見え見えなコピー用紙を貼りつけるわけがないんだ。そしたら、徹くんに恨みを持ってる奴、イコール。円城くんってなるもの。自分で自分の首をしめているようなものだよ。そう考えるとメールも同様。犯人は徹くんと円城くんの過去を利用して、徹くんをおとしめようと考えている何者か。それが、僕の推理……というか」
推理とも言えないか、こんなんじゃ。
けれどそれだけでその場にいたみんなは納得してくれたようだった。
永井さんは信じられないと言いたげに、徹くんに質問する。
「じゃあ徹は、本当にもう円城とは何もないってこと?」
「何もないよ」
彼は海さんの手からスマホを返してもらって、それをズボンのポケットへと突っ込んだ。
「あいつが学校に復帰してから、俺たちはすぐに仲なおりというか。話し合ったんだ。で、解決。そのときに雨宮さんたちに証人としてその場にいてもらったから、あいつらに聞いてみれば俺が今言ったのと、同じ答えをくれるはずだよ」
「あ、あの2人が!? じゃ、じゃあ。あの事件っていったいどういう真相が隠されてたのよ。私にはあんたと円城が雨宮を取り合っているように見えたんだけど」
「あー、だいたいあたってるかもなぁ。あの事件の真相は、円城が雨宮に声をかけて、それを嫌がっている雨宮と千ノ原が口論になっているところを、俺がその間に割って入ったってだけの話。まあそれでも円城は怒りおさまらず。で、結果。俺が円城を突き飛ばして怪我を負わせたんだよ」
徹くんの表情が一瞬だけ陰を落とした。
「怪我を負わせたのは、俺の消えない罪。それについては、今でも責任を感じてる」
永井さんはまた、不満そうにムッとしていた。徹くんらしくないのが嫌なのだろうか。
たしかに今の彼は、彼らしくない。
「でも、雨宮は今でも円城を怖がってるのよ。どうなのよ、そこらへんは」
「そりゃ、怖いんだろう?」
俺に聞くなよと言う顔をしながら、徹くんはお菓子のグミを口に運んだ。
クラスメイトは、今でも円城くんを怖がっている。それは徹くんをこんな目にあわせているのは円城くんだと、みんなが誤解しているからだ。
けれど一方で、雨宮さんと千ノ原さんは違う。円城くんは今回の件に無関係だと、わかっているに違いない。それでも無実だと公言しないのは、無駄に終わるだけとわかっているからだ。
信用を得る、という行為は簡単ではない。それをわかっていて彼女たちはあえて何も言わないのだろう。
まあ何もせずに俯瞰決め込んでる円城くんも円城くんか。別段気にしている様子もないようだし。
だけど……、なんとしてもこの事件は解決しなきゃいけない。それも事実だ。
円城くんのことを誤解するのも、いい加減にすべきだ。
「犯人は、渡良瀬と円城を。どちらもおとしめようと考えている何者かってことか?」
それまで黙って聞いていた海さんが口を開いた。僕はその言葉にうなずく。
「たぶん、そうだと思う」
「じゃ、今からちょっと客を2人くらい呼ぶけどいい?」
「誰を?」
「おいおい、ここは俺の家」
「渡良瀬、いいよな?」
海さんが早速許可をとろうと詰め寄る。徹くんは呆れながらもうなずいた。
「だから、誰を呼ぶの?」
海さんはスマホに耳をあてながら僕の質問にこう答えた。
「雨宮さんと千ノ原さん」




