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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
7月
52/126

2話 あのとき

 次の日の朝、学校では早速驚くべき事件が起きていた。


 教室前にある掲示板を、篠田が青ざめたまま見つめている姿がそこにはあった。


「おはよう、篠田。どうしたの?」


「雪……」


 彼女は僕に気がつくと、すぐさま掲示板に貼られている紙を破るようにとってきて、僕のもとへやってきた。

 そして、手にしている紙を渡してくる。


「これ、見て……」


 篠田が差し出してきたのはA4サイズのコピー用紙だった。

 受け取ってその内容を見た瞬間、僕は絶句した。

 そこに記された文字を読む。


「わたらせとおるは、はんざいしゃ……」



 黒く、太いワープロ独特の字体でそう書かれていた。なんだか、怖い。


 どうして、誰が、こんな……。


「おはよう。雪、篠田」

 

 驚いて声のしたほうを見ると、そこには海さんと永井さんがいた。


「海さん……」


「雪、大丈夫か」


 海さんが異変に気づいてすぐに駆け寄ってくる。

 僕は何と言えばいいのかわからず、そのまま手にしていた紙を彼女に差し出した。

 受け取った海さんも、すぐに僕と同じような反応をする。それをいぶかしんだ永井さんが「どうしたのよ」と言って、海さんの手元を覗きこむ。

 彼女もやはり、同じ反応をした。


「何よ、これ……」


 永井さんは海さんから紙を奪い取り、それをすぐにぐしゃぐしゃに丸めた。

 その表情は苦しそうにゆがんでいる。


「誰が、こんな……。ひどい……」


 永井さんは声を震わせてそのまま黙りこんだ。


「これ最初に発見した人、誰?」


 今度は海さんが永井さんの手から無理やり丸めた紙を奪い取って、それをもう一度広げた。

 紙をぐしゃぐしゃにしても、そこに書かれてある字が消えることはない。


「私……」


 篠田が手を挙げる。


「これ以外にはないよな」


「見たのはこれだけだよ」


「そっか」


 そうして、海さんは顎に指を添えて何か考えるように黙りこんだ。

 僕らはそんな彼女を、固唾を呑んで見守った。そこへ。


「何してんだ?」


 カラカラ、キィという独特の音と共に、円城くんが車椅子に乗って現れた。

 まさか彼がこれを? そんな疑念が心のなかで降って湧く。


「円城くん、おはよう……」


「おう、おはよう!」


 そうしてにっかりと歯を見せて笑いながら、円城くんは車椅子を動かして教室へと去っていった。

 海さんが小さな声で「このことは秘密に」と、唇に指を添えてつぶやく。


 僕らはそれぞれ黙ってうなずいた。


***


 屋上は昼休みのみ解放されているため、今回はためらいもなく、容易に入ることができた。

 僕と海さんはなるべく屋上の隅っこに、お昼を囲んでいる他の生徒たちとは離れるようにして、座った。それというのも、人に聞かれたくない話をこれからするからだった。

 弁当を広げる。僕の弁当箱には、白いご飯にソーセージと卵焼きとほうれん草のお浸しが入っている。さらには鮭のふりかけだ。


「いただきます」


 海さんはその一方で、のり弁にからあげ、コーンやトマトなんかが入っている弁当だった。あっちの弁当はあっちの弁当で、とても美味しそうだ。

 もしかして、海さんの手作りなのだろうか。

 ふと、海さんは箸を休めた。


「5月にわたしと雪でマンモス図書館に行ったときのこと、雪は覚えてる?」


「……唐突だね」


 覚えている。当たり前だ。


「そのときに他のクラスの奴らが言ってただろ? キミのこと。『渡良瀬徹と仲が良い加藤雪だ』とかなんとか。それから、『近づいたら殺される』って。てっきり雪がそういう危ない奴なのかと勝手に解釈してたんだけど、これってさ。こうも解釈できるよね。雪が危ないんじゃなくて、渡良瀬徹が危ない奴だって」


「徹くんはそんな人じゃないよ」


 思わず僕は海さんの話の腰を折った。慌てて口を閉じて、「ごめん」と謝った。

 海さんは少し驚いた顔をしていたけれど、うなずいた。


「それはわかってるよ」


 徹くんは危なくない。彼は素行不良で、たまに何考えてるかわからないところがあるけど、それでも。彼は普通の人だ。

 僕の秘密を知っても変わらず接してくれた、そういう優しい人なんだ。


 むしろ危ないのは円城くんのほうだ。

 だからこそ、気になる。


「渡良瀬と円城とのあいだに、いったい何があったんだ?」


 海さんが言葉を紡いだそのとき、僕らの頭上がわずかに陰った。

 思わず見上げると、太陽の光を背にして、女子生徒が1人立っていた――永井さんだとすぐに気づいた。


「それは、あたしが話すわ」


 彼女は片手にお弁当箱をさげながら、何故かむっすりと不機嫌な顔をしている。


「こそこそ2人でどこか行ったと思ったら、やっと見つけたわ」


「よくわかったね」


「人に聞かれたくない話をするなら、ここか校舎裏しかないと思ったのよ。まったくらよりにもよってこんな日向で、暑いったらないじゃない」


 そう文句を言いながら、永井さんは僕らの傍に腰かけた。


「話してあげる。去年、徹と円城のあいだに何があったのか。あたしも全部を知っているわけじゃないから、憶測とかそういうの入ってるかもしれない。早めにそれだけは言っておくわ」


 そう前置きをして、永井さんは話し始めた。


***


 1年前、11月。中学2年生という時期がまもなく終わりを告げようとしているときのこと。永井コノハは少しばかりイライラしながら、帰り道を歩いていた。

 原因は、この前行われた、2学期中間試験のことだ。また渡良瀬徹が学年1位をとったのだ。コノハは2位だった。また、2位だった。


「また2位なの?」


 母親の、あきれてうんざりした声が耳に木霊して、さらにイライラが募る。今日もまた、母親にお小言を言われて部屋に閉じこめられるのだ。夕飯もおそらく部屋の中で済ますことになるだろう。


「むかつく……」


 コノハは低くそうつぶやいた。


 角を曲がると、言い争う声が聞こえた。徹らしき声も聞こえてくる。何となく気になってそちらを見ると、そこにはたしかに徹がいた。

 そして、同じクラスの円城小春、雨宮夏輝、千ノ原姫子の3人。


 夏輝は怯えたように顔をうつむかせていて、姫子がそんな彼女を小春からかばうように前にでていた。

 小春は大声で何かわめきたてているが、何を言っているのか声がでかすぎる上に早口だからコノハには全く聞き取れなかった。彼の相手をしている徹でさえ、適当に聞き流している風に見える。


「何やってんだか」


 一応帰り道なので、あの前を通るしかない。

 正直、あまり面倒なことに関わりたくはなかった。


 しばらく様子を見ていると、小春が突然徹の胸倉をつかんだ。しかし徹は平然とした顔つきで、最早相手にもしていない。というか、眼中に入っていないというべきか。平然としていた。

 それが余計に小春の気に障ったのだろう。彼は徹を殴ろうとして、徹は近距離にも関わらず、それを避けた。しばらく2人はそうやって、殴ったり避けたりを繰り返していた。


「徹ってケンカ強かったんだ……」


 妙なところでコノハは感心してしまった。

 やがてしびれをきらしたのか、続いて小春は夏輝の腕をつかんだ。姫子が慌てて、小春の手を夏輝からはがそうとしたけれど、小春は彼女を突き飛ばす。


「何やってんだよ、お前!」


 徹が怒鳴ったところを、コノハは初めて見た。

 彼は夏輝の腕から小春の手を無理やりはがすと、彼を道路側へ突き飛ばした。

 そのとき、角から車が猛スピードで走ってきた。


 車はもちろん、いきなり停車することができずに……。


「キャ――――――!!」


 突如として姫子が叫び声をあげたのを、コノハは呆然と聞いていた。


***


「これが、あたしが見た全て」


 静かに告げた永井さんに、憂いの表情がにじむ。


 徹くんが、犯罪者。


 いったい、あの4人の間にそれぞれ何があったのかわからないけれど、永井さんが見たことだけを信用するのだったら、たしかに徹くんが犯罪者呼ばわりされても仕方ない気がした。

 けれど、徹くんは絶対に――。


「あたしは、あの事件には絶対。裏があるって思ってる……。だって徹は、滅多なことで怒らないし。何より……」


 声を震わせて、それから永井さんは少し黙った。

 海さんがその肩に静かに手を置く。


「だいたいわかったから、もういい」


「ねぇ、海……」


 永井さんが顔をあげずに海さんの名前を呼んだ。そのタイミングで昼休み終了5分前のチャイムが鳴りだす。

 周囲の生徒たちが立ち上がって、足早に屋上から去るなかで、僕らだけがその場にとどまり続けた。 


「徹を、助けてあげて……。あいつ、絶対何か隠してる。それと、雨宮も千ノ原も……。あたし、円城が何か企んでる気がして、怖いの……。気のせいかもしれないけど、思い過ごしだって、思いたいけど……」


 永井さんの声がまたも震える。海さんはそんな彼女の様子を見ながらため息をついた。


「わたしが知りたいのはむしろ、その先だね」


「先?」


 僕は首をかしげた。


「円城小春は気持ち悪いヤツだ。不良というからにはやっぱりそれなりに、やばいヤツだってことは想像できるのに、みんなから聞く円城とわたしから見る円城は、まるで別人なんだ。不良とは思えないって感じで」


「円城をかばうの?」


 永井さんが低くつぶやく。

 しかし海さんは、首を横に振った。


「別にそんなんじゃない。ただ、わたしは先を知りたいだけ。あいつ、休学しているあいだに、何か心変わりでもしたのか?」

 

 僕は思わず永井さんと顔を見合わせて、互いに首をかしげあった。

 たしかに、海さんの言っていることはもっともだ。的を射ている。僕から見ても、かつての円城くんとはややかけ離れているように気がついた。以前の彼は何というか、一匹狼なところがあって群れることを良しとしないところがあったけど、今はその逆のような気がして。


 また、チャイムが鳴った。


 永井さんが慌てたように立ち上がる。


「その話はあとにしましょう。もう昼休みが終わったわ」


 僕も慌てて立ち上がり、永井さんと一緒に屋内へ戻ろうとしたんだけど、後ろを歩く海さんが思ったよりゆっくりとした動作で動くものだからじれったくなった。


「急いでよ、海さん! 次の時間は数学の的場まとば先生だよ? あの先生、怒ったらすっごい怖いんだから!」


「あー、はいはい」


 彼女は僕の言葉を適当に聞き流していた。何か考え事をしているみたいで、僕の声が全く聞こえていないような。


「急いでよぉ……」


「先に行ってていいよ。あとからついてくるから」


 僕は海さんの腕をつかんで走ろうとしたけれど、彼女はそれを無理に振りほどいて、さっさとあっちへ行けという風に僕にしっしと手を振ってきた。

 仕方なく、僕は永井さんと一緒に教室へ戻った。ちょうど的場先生が教室に入ってきたから、僕らはギリギリ間に合ったんだけど、もちろん海さんは間に合わなくて、めちゃくちゃ的場先生に怒られてしまっていた。

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