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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
7月
51/126

1話 復帰

 私はただ見ていることしかできなかった。


「やめろよ」


 とおる雨宮あめみやの手をつかんでいた円城えんじょうを引きはがすように、彼を突き飛ばした。


「あ!」


 私は思わず声をあげた。徹も、驚いた顔をしながら自分が道路に突き飛ばした円城を見ていた。

 円城はよろけて、道路に飛び出し、そして……。

 車が走ってきて、円城を……。


「キャ――――――――!」


 千ノちのはらの叫び声が耳につんざくように響いた。

 私はただ、見ていることしかできなかった……。


***


 その日、教室は驚きに包まれた……。


「みんな、久しぶりだなっ!」


「円城、復帰したのかよ……」


 小田おだくんが口をパクパクしながら、視線を下に向けていた。それもそのはず、円城くんは車椅子に座っていたのだから。


「ああ」


「怪我、平気なのか?」


「全然って言いたいけどな、もう歩くのは無理らしいんだ」


「マジかよ……」


 僕は円城くんの近くにいながら、チラッと徹くんの席を見た。徹くんは机の上に教科書とノートを広げて、次の授業の予習をしていた。その隣の席には同じく予習をしている永井ながいさんがいて、ときどき円城くんと徹くんを交互に見ていた。


「この前会ったな」


「どうも」


 円城くんはうみさんに話しかけていた。


「んだよ、素っ気ねぇ転校生だな」


 円城くんは笑いながら海さんに色々と質問をしていた。海さんはそれに素直に答えていく。

 ふと、雨宮さんが教室をでようとしているのが目に入ったので、僕は思わず声をかけた。


「雨宮さん。もうすぐ授業……」


 ところが雨宮さんは僕の声を無視して、教室をでていってしまった。


「あ……」


「あたしが行くから大丈夫ですわ。ゆき、もし時間が来ても戻ってこなかったら、保健室に行ったって先生に言っておいてくださいな」


 そう言ったのは千ノ原さんだ。彼女はちょっと家が有名財閥で、彼女はその一人娘だ。常に雨宮さんと行動を共にしている。

 彼女がいるのなら、安心だろう。


「うん、わかった」


 素直にうなずいた僕に、千ノ原さんも微笑みを返して、雨宮さんを追って教室をでていった。


「雪、次の授業なんだっけ?」


 円城くんがこっちを向いて聞いてきた。

 僕は教室に貼り出されている時間割表をちらっと見る。えっとたしか、今日は水曜日だから……。


「数学、かな」


「えー、メンドくさ。サボろっかな」


「ダメだよ。円城くん、ただでさえ勉強遅れてるのに」


「チェッ」


 円城くんは残念そうに舌打ちをすると、わずかに視線を別の方向へ向けた。僕は思わず、彼の向けた視線の先を見た。

 円城くんは、徹くんの姿をその目にとらえていた……。



 6時間目の体育が終わった。

 夏本番ということもあり、すっかり汗だくになってしまった体育着にかなりうんざりしながら、僕は水道のほうへと歩いていった。

 そこではちょうど、海さんが顔を洗っていた。


「ふぅ……」


 海さんが顔をあげ、左右にゆっくりと振ると、水が軽く飛び散った。きらきらと太陽に反射した水をまとう海さんのその姿に、僕は思わず見惚れてしまう。

 そのとき、彼女が僕に気づいてこちらを向いた。反射的に僕は視線をそらしてしまう。


「どうしたの、雪」


「いや……」


 見とれていただなんて、恥ずかしくて言えない。

 そのとき、校舎の1階の窓が開いた。そこから円城くんが顔をだす。


「よっ、雪」


「円城くん」


 校舎内で校庭が最も見渡すことのできる部屋は、1階にある小さな会議室と保健室くらいだ。ちなみに円城くんは、何故か会議室にいた。


「何してたの?」


 授業中には見かけなかった。車椅子だから当然かもだけど。

 すると円城くんはあっけらかんとした調子でこう答えた。


「もう体育参加できないからさ、ここでみんなの勇姿を見ながらレポートやってたんだ」


「なるほど……」


 海さんがその場を立ち去ろうとする。


「おい、待てよ」


 円城くんは少しだけ窓から身を乗り出して、彼女を引き止めた。


「なんだよ、転校生。ずいぶん素っ気無いよな」


「そんなことないよ! ただ、彼女はその……初対面の人には人見知りをする質で」


 円城くんがわずかに驚いていた。そんなに僕が彼女をかばうのが意外だったのか。

 何故か、海さんのため息が聞こえた。

 やがて円城くんは「何それ」と低くつぶやいた。


「え?」


「いや、だって。今の発言からして遠藤が女子みたいじゃん」


「ウソッ! え、彼女――いや、えっと海さんから何も聞いてないの?」


「何もって?」


「行こう。もうみんな帰り始めてる」


 海さんが僕の腕を引っ張って歩きだした。円城くんの不思議がる姿が遠ざかっていく。ああまずい。何かまずいことをした気がするぞ……。

 僕は彼女に引っ張られる形で校舎の中に入っていった。


 下駄箱へ行くと海さんが僕をにらむように見てきた。

 てっきり、円城くんに海さんの正体をバラしてしまったことをとがめられるんじゃないかと覚悟を決めたけど、彼女の言葉は予想外のものだった。


「雪、もう円城には近づかないほうがいい」


「え、何で」


 言っている意味がわからず、僕は首をかしげる。たしかに出会った当初の彼は、ちょっと近寄りがたい雰囲気をもった人間で、誰もが彼を遠巻きにしていた。けれど、事故に遭って更正でもしたのか、その雰囲気が少しばかり和らいでいる気もしたのだ。

 海さんは、イラッとしたように僕をにらみながら、「ともかく」と口にする。


「絶対だ。関わったら……えっと、関わったら、あー。わたし、雪と、絶交する……」


「はぁっ!?」


 まるでわけがわからない。円城くんと仲良くするのと海さんの絶交がいったい何の関係があるというのか。

 あぜんとする僕をおいて、海さんは近くを歩いている永井さんに声をかけに行った。



 帰りのホームルームが終わった頃、僕は海さんに引っ張られて屋上まで連行された。

 むろん、本来は立ち入り禁止の場所だ。


「単刀直入だけど、あの円城ってヤツ。何者?」


「円城くん?」


 そんなことを聞きに、わざわざ屋上に来たのか。こんなの先生にバレたら、反省文100枚地獄だぞ。

 まあさすがに、教室では聞ける雰囲気でもないか。第一、本人がいるんだし。


「えっと、円城くんはね。うーん……一言で、表すなら……えーっと。ヤンキー? かな」


「かな、ってなんだよ」


 曖昧な僕の表現に、海さんが眉間にシワを寄せて首をかしげた。


「えーっと、ヤンキーなのはたしかなんだ。だって怪我する前まで、ここらあたりで有名なチンピラとからんでたってウワサばっかりあったし。生徒指導室の常習犯だったというべきか。あー……うーん。まあ、そんな感じだよ……」


「よくそれで私立の学校になんていられるな。もうとっくに退学処分にされててもおかしくないだろ、それ」


「そうだよね」


 けれど、そうしないのがB組なのだ。

 問題のある劣等生徒たちを1つのクラスに集めて、管理体制を敷く。そこにはどんな考えをもっているのかなんて、誰にもわかりゃしない。

 海さんはそれ以上は聞いてこず、「ふうーん」と言うと口を閉ざした。

 その姿がなんだか意外で、僕はつい拍子抜けしてしまった。だって、海さんが僕を屋上に連れてきた本当の理由は、円城くんに彼女が「女」だとバラしたことだと思ったからだ。


 そのことを問いかけると、瞬間鋭い眼光でにらまれた。


「すみません……」


 反射的に僕は謝り、そっと彼女から目をそらした。


「すみません、で済んだら警察はいないんだよ……。て、こんな古くさいせりふ使うときが来るとは思わなかったけど。まあ、仕方ない。正直、円城小春に正体がバレたのはまずかったと思ってる。あいつ、ちょっと得体知れなくて気持ち悪い」


 何その動物的勘みたいな?


「他にあいつのこと、知ってるヤツいないの?」


「……1人だけ、いるかも」


「誰?」


 名前をだしていいものか、と少し躊躇する。けれど、彼女なら彼のことを助けてくれるような気がした。


「徹くん……」


「渡良瀬が?」


 予想外の人物の名前がだされたのか、海さんは怪訝な顔をしていた。


「渡良瀬はたしかに素行不良なところあるけど、あいつと円城じゃあまた違うだろ」


「いや、常に一緒にいたというわけではないんだ。ただ、えーっと。何て言うのかなぁ。うーん……。円城くんはすごく怖い人で、クラスメイトは誰も寄り付かなかったんだけど、それに唯一付き合ってたのが、徹くんというか。彼、基本的に色々な人と交流もってるから。円城くん相手にしても、怖がらなかったみたいで」


「ふぅん。まあたしかに、怖いもの知らずっぽいところあるよな、渡良瀬は」


「でもそんな徹くんを、円城くんは煙たがってたみたいだよ。どんなに高圧的な態度をとっても対等に接してくるから、円城くんにとっては脅威だったんじゃないかな」


 だから円城くんと徹くんは、あんな風になってしまったんだし。


「よく見てるんだな、雪」


「……誰を?」


「渡良瀬を、だよ」


 よく見てる。

 僕は心のなかでその言葉を反芻した。


「そんなことないよ。ただ僕は、徹くんが大切ってだけ。大切な友だちなんだ、彼は」


 あの日交わした約束を、僕はまだ。そして徹くんだって。覚えている。別に大したことなんてない、中学生男子の戯れだ。けれど彼は、そんな僕に「僕」を与えてくれた。だからせめて、その恩返しを僕はしたいだけなのだ。


「徹くんに何かあったら、それは嫌だなって思うだけ」


「ふぅん。まあいいや、話はだいたいわかったから。そんじゃ」


「え、もういいの?」


 屋上を立ち去ろうとする海さんに、僕は思わず声をかけた。


「わたし今日、日直だから日誌当番しなきゃいけないこと、思い出したんだ。それやらないと」


「あ、そう」


 そういえばそうだった。

 気を付けて帰れよ、と立ち去り際にそう言った彼女に、「キミもね」とその背中に言った。

 それにしても、太陽の光がめちゃくちゃ暑い。夕方になってもこれだなんて、ほんと夏は嫌いだ。


 そういえば冷蔵庫に肉入ってたっけ。あれって消費期限いつまでだろう。

 

 そんな呑気なことを、僕は考えながら西へ沈んでいく太陽を見ていた。


***


 海が教室に戻ると、教卓の上に座って日誌を眺めていた徹にでくわした。

 彼は海が来たことに気がつくと日誌から顔をあげて、不思議そうに首をかしげた。


「あれ、どうしたの?」


「それこっちのセリフ。日直だったこと思い出して、日誌書かなきゃって思っただけ」


「そうなんだ。ほらよっ」


 徹が投げて寄越した日誌を、海は慌てて受け取った。


 徹はそのまま自分の席のほうまで歩いていき、カバンを手にとって帰り支度を始めた。海はその様子を眺めながら、徹から小春について聞き出そうかと思った。

 けれど、思いとどまる。初日にそんなに詮索しては、あとあと地雷を踏んでしまいそうな気がしたからだ。


「そういえばコノハ、あの子大丈夫なの? もうすぐ期末試験だけど」


「さあ知らね。だって俺、コノハじゃねぇし」


 それもそうだと思いながら、海は自分の席に着いて、日誌を書く準備を始めた。


「あ、そうそう。今思い出した」


「ん?」


 徹のほうを見る。


「しばらく俺、学校来ないからさ。コノハと一緒に帰ってくんね?」


「……は?」


 何を言ってるんだこいつは。


「何かあったの?」


 詮索するつもりはないが、そんな唐突にこんなお願いをされてしまっては、誰だって戸惑うのが当たり前だ。何かあったとしか思えない。

 しかし徹はそんな海の質問を軽くかわした。


「別に何も。あー、強いて言うなら持病のしゃっくりが再発しそうだから」


「はあ?」


「冗談だよ」


 徹は笑って、カバンを肩にかけるとドアに向かって歩きだした。

 その背中に海は声をかける。


「なぁ、渡良瀬」


「うん?」


 振り向かずに、彼は反応する。


「……いや、なんでもない」


「そ。じゃあね」


「ああ、またな」


 ドアが音をたてて閉まっていく。海はそれを見つめてため息をついた。


「これは面倒な事態になったかもなぁ……」


 いったい何があったかは知らないが、何か起ころうとしているのはわかる。なんとなく。

 敵は誰だ。円城小春か? それとも別のヤツか。


 ところで、と思いだすことがある。


「コノハ、どこにいるの?」

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