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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
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4話 転校生4

 東棟は特別教室ばかりだ。

 美術室、調理室、被服室、理科室、音楽室。2階には体育館への渡り廊下があって、3階の室内渡り廊下はホールへ行ける場所だ。


「ホール?」


 ホールの説明をすると、僕が予想していた通り。遠藤くんは首をかしげた。いまいちピンとこないのだろう。

 当然だ。1つの学校に、ホールなんてそんな大そうなもの、なかなか存在しないからだ。


「毎年ある文化祭で、オーケストラ部とか合唱部が演奏するところらしいよ。あとは入学式とか卒業式とか、そういう特別なことをするための場所なんだって」


「ふぅん」


 遠藤くんが「ちょっと行ってみたい」と言ったので、僕はうなずいて案内した。

 人が4人くらいは横並びで歩けるくらいの、まあまあ広い廊下を歩く。お昼休みということもあってか、走り回ったりする人が多くて、ぶつかってしまうのかと思うとちょっと怖かった。


 ホールのドアは残念ながら閉まっていたけれど、遠藤くんはそれを見つめながらへえと声を漏らした。


「なんか。町にあるホールみたい……」


「そうかもね」


 外観は似ているかもしれない。とはいえ、校舎内から見た外観だから、外から見たらもっとすごいのだけれど。

 遠藤くんは一目見ただけで満足したのか、「次は?」と僕に聞いてきた。

 とはいえ、これで一通り案内は終えてしまった。腕につけている時計を見るとあと10分で5時間目が始まる時刻になっていた。


「もうほとんど終わったよ。それより5時間目、始まりそう」


 僕が腕にある時計を遠藤くんに見せると、彼はそれをのぞきこんできた。少し甘くて懐かしいような香りが僕の鼻孔をくすぐる。

 どこでかいだにおいだっけ?


「――って、1時だっけ」


 くるっと遠藤くんが時計から僕へと視線を移した。


「おい」


「あ、な、何?」


 いけない、ぼーっとしていた。遠藤くんは不審そうに僕を見つめながら、おそらく今言った言葉をもう一度繰り返した。


「だから、5時間目始まるのって、1時?」


「あ、そう。うんうん」


 僕は何度も首を縦に振った。


「次って移動教室だったよな」


 続いて問われた遠藤くんの言葉に僕はうなずいて、「美術が2時間ぶっ通し」と答える。

 正直、僕はあまり美術が得意ではない。嫌いではないけれど、あの時間は無駄に眠くなってしまう。

 なんて、そんなことを言いようものなら、佐藤さとうくんに怒られてしまうのだけれど。彼は根っからの美術人間だ。たしか、賞もいくつか受賞したことがあるって言ってたけど、美術に疎い僕には、てんでわからない話題だった。

 そのとき、ぐぅっというおなかの音が聞こえた。


「腹減った」


 ボソッと遠藤くんがつぶやいた。どうやら今の音は彼から発せられた音だったらしい。そういえば、学校案内に時間を使いすぎてしまった気がする。

 お昼、食べ損ねたなぁ。


「チョコならあるけど、よかったら食べる?」


 僕がポケットのなかから、スティック状のチョコレートを取り出した。カカオ70パーセント。だいたいこのくらいが、僕の好みの味だ。

 はい、と渡そうとすると、遠藤くんは驚いて「いい」と拒んできた。


「え、おなか空いてんじゃないの?」


「いや、それキミのだろ? 僕はいいよ」


「いいから」


「やだ」


「なんで」


「やだって言ってんだから渡すなよ」


 怒鳴った直後、また遠藤くんのおなかが鳴った。しかも今度はわりと大きくなって。

 さっきまでおなかが鳴る音に何も反応を示さなかった遠藤くんは、今度こそ顔を少し赤らめてしまった。


 なんかかわいい。


 って、男子に「かわいい」って思うのはさすがに失礼か。


「じゃあ、半分こってことで」


 僕はそう言って、遠藤くんが止めるのも聞かずに袋越しからパキン。と割った。それから袋を中央から破いてチョコを取り出すと、片方を半分ほど袋に包んだまま、それを遠藤くんに渡した。

 遠藤くんはしばらくそれを見つめて、やがて渋々といった様子で僕からチョコを受け取り、それにかじりついた。

 もぐもぐと口を動かしながら、「苦いな」とつぶやく。


「あー、ごめん。それカカオ70」


「ふぅん」


 もぐもぐと口を動かし続け、遠藤くんはパッケージを見つめた。目線の先には「カカオ70パーセント」というデカデカとした文字(の一部)。

 僕もチョコをかじりつつ、「急ごっか」と言って歩き出した。遠藤くんがこくりとうなずいて、それから少し早歩きで教室へと急いだ。


「それにしても、遠藤くんってすごいよね」


 チョコをかじりつつ、早歩きをしつつ言った僕に、遠藤くんは「なんで?」と首をかしげた。

 僕は遠藤くんの午前中の授業の受け方を思い出しながら、「だって、転校生なのになんでもできるし」と答えた。

 すると隣にいた遠藤くんは、軽く拳で僕の腕をこづいた。


「なのにって、なんだよ」


「ごめん」


 少々不満だったようだ。

 ちょっと言うのをためらってしまい、結局僕はその続きを言わなかった。


 大違いだなぁって思って――。


 それから僕らは教室までの道をただひたすらに歩き続けた。

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