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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
6月
47/126

12話 痛覚3

 ドアが開く音がした。

 時間を確認するとすでに30分が経過していた。きっと帰ってきたのは、須藤さんのお兄さん――良太さんのほうだ。



「ど、どうする?」



 僕はみんなを見渡した。



 篠田と須藤さんは不安そうに僕を見つめ返してくるけど、一方で海さんはきょとんとしていた。



「どうするって?」



 いつも思うんだけど、海さんって本当に冷静すぎる。



「だ、だってお兄さんが帰って」



「いつも通りにやってればいいよ」



 そんな会話をしていると、リビングのドアが開いた。

 開かれていくドアを思わず見つめてしまう――。



「ただいま」



 ドアから顔をのぞかせたのは、人の好い笑みを浮かべた良太さんだった。



「お邪魔してます」



 何も言えないでいる僕らをよそに、海さんは冷静に、当たり前の挨拶を彼に返した。

 なるべく彼女を見習いながら、僕と篠田も同じ台詞を口にしたけれど、もしかしたら声が上ずっていたかもしれない。



「いらっしゃい」



 良太さんはしかし、僕らの反応に気づいていないのか、あるいは気づいているのに無視しているのか、人の好い笑みを崩さないまま、僕らを迎えてくれた。



「ねぇ、雪」



 海さんが小声で声をかけてくる。

 慌てて彼女のほうを見た。



「な、何?」



 何か仕掛けるつもりか?



「この問題って、どうするんだっけ?」



「え? あ、ああ。それってたしか……」



 何だ、宿題のほうか。

 ホッとしつつ、いやこの場合安心していいのかわからず、複雑な気持ちを抱えながら僕は海さんが「どうするんだっけ」と聞いてきた問題に目を通した。



「――って、この前。この問題よりずっと難しそうなの解いてたじゃん」



「あれ、そうだっけ?」



「そうだよ」



 きょとんした海さんの発言に、僕があきれたそのときだった。



 ガシャアアアアアンッッ



 突如大きな音が響いて、隣にいた篠田がびくんと体を震わせた。僕も思わず叫びそうになったところを、海さんに慌ててふさがれる。



「お兄ちゃん……」



 須藤さんが声を震わせて、遠くを見ている。思わず、彼女の視線の先を見てしまう。



 そこには、椅子を持ったまま立ち尽くす良太さんが立っていた。



 その姿、その目を見て、僕は思わずすくんでしまった。



 こちらを睨み付けているその目は、まるで、自分の感情をおさえられていない、狂気をはらんだ……。



「みんな、逃げよう」



「えっ、へ?」



 突然の提案に僕はハッと我に返って海さんを見た。

 彼女はいつになく厳しい目付きを良太さんに注いでいた。

 


「大人相手にやりあうなんて無理だよ。母親は不在だから、他に人を呼ぶべきだと思う」



「け、警察とか?」



「いいから、逃げるよ!」



 海さんが須藤さんの手を握ってドアに向かって走りだした。僕も慌てて篠田の手をつかんでドアに向かって突進した。篠田の手は震えて……ううん、もしかしたら僕の手が震えていたかもしれない。



 もうわからない。



 ともかく無我夢中でドアを目指して走りだすと、突然横から良太さんが立ちふさがってきた。



「なっ」



 彼は椅子を構えたまま、僕らに向かってそれを振り下ろそうとしている。



 とっさに篠田をかばう。



 すると海さんが、近くにあった花瓶を、良太さんに向かって投げつけた。

 


 花瓶は花と水を撒き散らしながら見事。彼に命中し、彼の手からその椅子が落ちた。

 彼の左手には深い傷がうまれて血がたらたらと落ちて、水と混じっていく。



 手をおさえて苦悶の表情を浮かべる彼の横を、今だと思って篠田と共に走り抜けた。

 そのまま玄関に向かって突進していく。



 明るい外へとでた瞬間、そのまぶしさが目に痛かった。



「誰かぁ!!!!!!!」



 後ろで篠田が叫んだ。



 騒ぎを聞きつけて真向かいの家から人がでてきたのと、須藤兄が手に血を流しながら包丁を持って家から出てきたのはほぼ同時だった。

 須藤兄は外の光を浴びるや、とたんに体を硬直させて動かなくなった。



 まるでその太陽の光が苦手なゾンビであるかのように、ぼうぜんと立ち尽くす彼に、僕たちはあぜんとなる。

 だけどやってきた近所の人は、須藤兄の異様な姿を見るや、悲鳴をあげて慌てたように警察を呼んだ。



 警察はすぐにサイレンを鳴らしてやってきて、須藤兄を連行していった。



 その場は一時騒然となった……。



「どうなっているの?」



 須藤さんのお母さんは、須藤兄が警察に連行されていくちょうどそのときに現れた。

 いつの間にか月野くんもいて、彼はキョロキョロと辺りを見渡しながら、やがて僕らを見つけるとこちらに駆け寄ってきた。



「はるちゃん!」



「ゆめ、くん……」



 須藤さんは安心したのか、突然。堰を切ったようにドパッとその両目から涙を溢れさせた。

 月野くんは、そんな彼女を抱き寄せると、優しくその背中をたたいてあげていた。



 そんな2人とパトカーに乗せられていく須藤兄とを交互に眺めながら、いまだ状況を呑み込めていない呆然自失の須藤さんのお母さんが、よろよろとした足取りで歩いていく。



「遥、これは一体なんの騒ぎ……?」



 須藤さんは涙をふくも、またそこから涙をあふれさせながらこう言った。



「お兄ちゃんが、捕まったの……」



「見れば、わかるわよ……」



「もう、終わったの。全部、終わったんだよ……」



 須藤さんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、ぼうぜんとしている母親に抱きついた。



 やがて、須藤さんのお母さんも状況をやっと理解したのか、ほっとしたような顔をしながら、彼女を抱きしめていた。



 その瞳に、たくさんの涙を流して。




「あ、そうだ。遥」



 場に水を差すかのように、海さんがしまったという顔をしながら、おずおずと須藤さんに近寄っていった。

 お母さんと抱き合っていた須藤さんはまた顔をあげて、「何?」と海さんのほうを向く。



 海さんはしょんぼりとした顔をしながら、もごもごとこう言った。



「ごめんなさい、花瓶を割っちゃって」



 か、花瓶?



 僕だけじゃなく、篠田も須藤さんも、須藤さんのお母さんも、みんな。きょとんとした。



 花瓶って……。あ、あの花瓶かっ!

 須藤兄の手を傷つける原因となった、あの花瓶のことか!



 須藤さんも思い出したのか、小さく「あ」と叫んで、それからクスクスと笑った。



「ううん、いいの。そんなことより、守ってくれてありがとね」



 須藤さんはそう言って、海さんの手を優しく握ったのだった。

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