11話 痛覚2
そして放課後、僕は海さんと篠田と一緒に須藤家の家の前に来ていた。
ていうか、本当に来てしまった……。
思わず、ゴクンと唾を呑み込む。
「入るぞ」
「う、うん」
まるで近所で噂されているお化け屋敷にでも入るかのような心持ちで、海さんは須藤家のチャイムを鳴らした。
返事があり、中から年配の女性がでてきた。きっと須藤さんのお母さんなのだろうけど。その姿を見て思わず、ぎょっとしてしまった。
昨日、月野くんから聞いた通りだったからだ。
須藤さんのお母さんは、頬が痩せこけ、青白く、とてもげっそりとしていて、化粧っ気もまるでなく、やつれている様子だった。まるでお化け屋敷からでてきた、幽霊か何かのようだった。
須藤さんのお母さんは首をかしげた。
「どなた?」
「遥さんのクラスメイトの遠藤海です」
海さんが臆することなく堂々と自己紹介したので、篠田と僕も慌てて名乗った。
「篠田里香です!」
「雪、といいます……」
すると須藤さんのお母さんはやせほそった頬にうっすらと笑みを浮かべた。
「ああ、そう。遥に用があって来たのね。遥、お友だちよ~」
はーい、と返事がして玄関から見える階段から、須藤さんが降りてきた。
彼女は長袖のパーカーに、長ズボンを履いて現れた。
「いらっしゃい、どうぞ」
「お邪魔します」
「お邪魔、します」
「おっじゃましまぁす!」
僕らはそれぞれに挨拶をして、須藤さん家へと、再び足を踏み入れた。
須藤さんのお母さんが、ちょっと安心したように微笑んだのが、なんだかとても印象に残った。
今日は須藤さんの部屋に向かわず、僕らは廊下を歩いた。目の前を歩く須藤さんに、海さんが小声で質問する。
「お兄さんは?」
「今、バイト中だよ」
この前も思ったけど、ほんとに暗い家だ。廊下に電気はついていないし、通されたリビングではカーテンが閉めきられていた。
けれど家の中は、すごく綺麗に片づけられている。それでも、見られたくないものでもあるかのように、カーテンは閉じられたままだ。
もしかしたら、この部屋が綺麗なのは……。
須藤さんのお母さんがリビングへと顔をだす。
「遥、悪いけど留守番頼めるかしら。お母さん、スーパーに買い物に行ってくるから」
「うん、わかった」
須藤さんのお母さんは、素早く買い物袋と財布を手にすると、逃げるようにさっさと家をでていってしまった。
お母さんがいなくなってしばらくしてから、須藤さんが小さく笑ってこう言った。
「……いつもはこんなに綺麗じゃないのよ、リビング。お兄ちゃんが暴れるから、何かしら壊れてるの。もしかしたらガラスの破片とか落ちてるかもしれないから、気をつけてね」
「わ、わかった」
ガ、ガラスの破片が落ちてるって……。
僕と篠田は思わず座っていた床から立ち上がってあたりを見回した。海さんは平然とした顔つきのまま、鞄を漁っている。
こ、これは失礼にあたるかもしれない。
僕は慌てて座り直した。
「お兄さんがバイトから帰ってくるのは何時頃?」
「たぶん、あと30分くらいしたら」
時計を見ると、5時だった。
「ま、神経をすり減らしてもしょうがないか。ところでさ、宿題やらない?」
「え……」
「このまま待ってても仕方ないだろ。第一、いつ来るかなんてわからないし」
ここに来て宿題するの!?
ちょっとさすがに、そういう気分にはとてもじゃないけどなれそうにない。
「いや、宿題はちょっと……」
「やろう、やろう!」
「やりましょう」
篠田の楽しそうな雰囲気と、須藤さんの勢い込んだ笑顔に、僕は圧倒されつつ、仕方なくうなずいた。
まあたしかに、このまま須藤兄を待っていても仕方ないし。彼が帰ってきたときに怪しまれずに済むには、ある意味でこれが1番の方法だろう。
僕らは鞄から宿題を取りだして、取り掛かり始めた。