5話 須藤家3
と、そのとき勢いよく音をたてて、玄関のドアが開かれた。
「うわぁ!」
思わず大声あげた僕に、ドアを開けた主も驚いたようだった。そこから出てきたのは、僕よりはるかに背の高い青年だった。
彼はしばらく、僕と海さんを見つめて意外そうな顔をしていたけれど、やがてにっこりと人を安心させるようなほほ笑みをその顔に浮かべた。
「やぁ、こんにちは」
「こんにち、は……」
挨拶をされたから挨拶で返すと、いきなり海さんが僕と彼の間に割って入った。
その青年を、下からぐいっとにらみつける。
まるで親の敵でも目の前にしているかのような。
「ちょ、海さん」
いくらなんでも、相手は初対面だし、きっとこの家からでてきたということは、須藤さんの家族だ!
ここで失礼な態度をとったら、須藤さんに申し訳ない。
「遥さんはいらっしゃいますか」
海さんは僕を無視して、自分よりはるかに背の高い青年をにらみつけながらそう切り出した。
しかし青年は、海さんからの視線を異にも介さず、「ああ」と笑顔でうなずく。
「いますよ。遥ぁ、クラスメイトが来たぞぉ!」
「あ、はい。今でます」
慌てるような声が聞こえたかと思うと、奥の方から須藤さんがやってきた。
「お待たせ」
でてきた須藤さんはいつも通りだった。夏間近の今にしては、長袖のパーカーにくるぶしまで届くスカートという、ちょっと暑そうな格好をしているけれど。
特に体調が悪そうには見えない。
なんだ、全然元気そうじゃないか。
深刻なことを考えてしまった、僕の早とちりだったようだ。少しホッとする。
「ねぇ、遥。家に上がらせてもらってもいい?」
海さんが突然、こう切り出すまでは。
「海さん?」
「え、何で」
僕の言葉にかぶせるように、須藤さんの顔がサッと青ざめた。
「須藤さん?」
その表情は、まるで何かに怯えているかのようだった。
海さんが約束もしていないのに、突然家にあがらせてほしいというだなんて、それは失礼な行為だけど、それにしたって、この反応は異常すぎじゃないか?
困った顔をしている須藤さんに向かって、それまで黙っていた青年は、にこにことした笑みを崩さずに言った。
「いいじゃないか、遥。たしか冷蔵庫にプリンがあったはずだ。それ、俺の分ももらっていいから。3人で食べなさい」
「あ、ありがと……お兄ちゃん」
お兄ちゃん。
なるほど、彼は須藤さんのお兄さんなのか。
須藤さんは自分の家だというのに、びくびくしながら、僕らを招き入れてくれた。
なんか、普段の彼女からは想像もできないほどの怯え方だ。
「あがって……」
「ほーい」
対照的に海さんはいたって元気そうだ。ちょっと空気読めてないんじゃないか、てレベルなくらいに。まあ彼女が空気を読めてないのはいつものことか、と割りきることにして、僕らは家にあがった。
ふと気になってもう一度、家からでてきた青年を見つめた。
彼も僕らを見つめていた。僕の視線に気がつくと、軽く手を振ってきた。
頭をさげ返しておく。
須藤さんのお兄さん、か。
誠実そうな人だ。
「失礼します」
須藤さんが近くにあった階段をあがっていくのに合わせて、僕らもそのあとをついていった。やがて、「はるかの部屋」とウサギがあしらわれたポップな札が下げられた部屋にたどり着いた。どうやら、彼女の部屋らしい。
須藤さんドアを開けると、そこにはいかにも女の子らしい、かわいい世界が目に飛び込んできた。
窓からはどんよりとした雲のあいだからわずかに夕日が差し込んでいてまぶしい。机、椅子、そしてベッド。わりと普通な、女の子らしい部屋だった。
ウサギが好きなのか、そこかしこにウサギのぬいぐるみが鎮座している。
海さんはためらうことなく、さっさと部屋に入ったけれど、僕はちょっと迷った。
女の子の部屋に入るなんて、いいのだろうか。
「どうした?」
海さんが気づいて振り返る。それに気づいたのか、須藤さんもこちらを見た。
僕は廊下と須藤さんの部屋との境目に立ち続けながら、「入っていいの?」と彼女たちに向かって聞いた。
すると、海さんが片方の眉をさげるいう、器用なことをしながら「はぁ?」と呆れた顔を向けてきた。
「招かれたんだから、素直に入ればいいだろ」
「で、でも……」
須藤さんの様子をうかがうと、彼女は何故か楽しそうにくすくすと笑って「いいのよ」とうなずいてくれた。
部屋の主が言うのならいいのか?
ためらいつつ、僕はやっと1歩を踏み出した。瞬間、甘くていいにおいがただよった。
って、何考えてるんだ僕は!
「部屋の中、汚くてごめんなさいね」
僕の胸の内を知らずか、須藤さんは謝ってくる。逆に謝りたいのはこっちのほうだ。
「どこが汚いのさ、めっちゃ綺麗じゃん」
海さんはもはや異にも介さず、すかさず須藤さんに向かって突っこみを入れる。
立ち続けてるのもなんだし、僕はそっとその場に正座した。緊張しているせいか、自然と背筋が伸びてしまう。
「私はとりあえずお茶を持ってくるわ。くつろいでて、ふたりとも」
「おかまいなくー」
須藤さんがいったん部屋をでて、部屋には僕と海さんだけが残された。
僕はあらためて部屋のなかを見渡した。
それにしても、本当に女の子らしい部屋だ。
薄いピンクの壁紙にはクローバーがところどころに描かれている。カーテンは水玉模様だ。几帳面なのか、本棚にある本の背面はきちんとそろえられていた。クラスの図書委員なのもうなずけてしまう。
「お、お待たせ」
ティーカップ3つとプリンを3つ。それらをトレーに載せて須藤さんは戻ってきた。
折り畳み式のテーブルへとティーカップとプリンを並べていく。
そして、やっと落ち着いた。
「……な、何の用で来たのかな?」
須藤さんにそう聞かれて、僕は初めてここに来た目的を思いだした。
カバンの中から、舟久保先生が渡してきたプリントを取りだす。
「はい、これ。先生から渡されたプリント」
「ありがとう」
それを、須藤さんは笑顔で受け取ってくれた。
「そ、それじゃあ僕はこれで……」
と、腰を浮かそうとすると。
海さんが僕の目の前に手をかざして、待ったをかけた。
「それ、誰にやられたの?」
海さんの突然の言葉に僕は首をかしげる。
何のことを言っているんだ?
須藤さんも僕と同じ反応で、首をかしげなから、不思議そうにしている。
海さんはやや苛立ったように、少し乱暴な口調になる。
「それだよ、その服の内側。今日は暑いし、半袖だっていいだろ?」
言われて僕も思いだした。
さっきも思ったけど、たしかに須藤さんの今日の服装は、長袖のパーカーにくるぶしまで届くスカート。どっちかっていうと今の季節には合わないものだった。
それはまるで。
「見られたくない何かでもあるみたいだよね」
「…………」
須藤さんが息を呑む音が聞こえた。
海さんが僕をチラッと横目で見る。
「男子が部屋にいたらまずい?」
「……ち、ちょっとかな」
「そう。なら、雪。部屋の外」
「え、いきなり!?」
「なんだよ、さっきまで部屋に入るの躊躇してたくせに。今度はでたくないのかよ」
「そ、そういうわけじゃっ!」
「じゃあでてろ」
はい。
僕は立ち上がってドアを開けた。
出る前に、海さんにこんなことを言われた。
「部屋の前で見張りでもしてて」
「見張り?」
なんで見張り?
「ここからなら階段の下、見えるでしょ」
「はぁ」
たしかに、廊下をでるとすぐ目の前には階段の手すりがある。ちょっと身を乗り出せば1階が見えると思うけど。
海さんは「頼んだよ」と言う言葉を背に、ドアが閉められた。
階段の下に、何があるというのだろうか。
まさか幽霊の類いなわけでもあるまいし、とはいえ。なんだか怖くなって、恐る恐るそこをのぞいてみた。
「っ!」
慌てて身を隠した。
そこにいたのは須藤さんのお兄さんだった。
もう一度覗いてみると、すでにそこには誰もいなかった。
さっき見た須藤さんのお兄さんは、とても優しそうで、誰に対しても平等に接せられるような社交的な雰囲気をまとっていた。
それなのに、今見た彼はさっきまでとは逆だった。まるで獲物をにらみすえるような、そんな恐ろしい顔をしながらこちらを見ていた。
殺気を、はらんでいるようにも……。
「いいぞ、雪。入っても」
僕が何も言えずに座り続けていると、海さんが部屋のドアを開けてきた。
「何やってんの」
その問いかけに僕は何も答えられない。
海さんが僕をじっと見つめて、それから、僕の後ろにある階段の手すりのほうを見た。
「まだいる?」
「……いつから気づいてたの?」
それに僕は答えず、逆に質問をした。
海さんは平然と答える。
「この部屋に来たときから。玄関のドアが開く音がしたから」
え、そんな音してたっけ?
「ほら、入りなよ」
「うん」
海さんに招かれるようにして、僕は再び須藤さんの部屋へと戻った。
2018年10月13日現在、改稿済




