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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
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3話 転校生3

 昼休みになると、噂を聞きつけた他クラスの女子たちが教室の外の廊下にあふれるようにして集まっていた。


「うっわ、すっげぇ人気」


 遠藤くんのすぐ近くの席の徹くんは人波から逃げるようにして僕と篠田のところへやって来ると、ケラケラせせら笑いながらそう言った。

 とはいえ遠藤くんはクラスメイトたちの質問に対し、「ああ」だの「うん」だの。しまいにはだんまりを決めこむというのに、雑な対応にめげない女子も女子だ。


「篠田は行かなくていいの?」


「え?」


「遠藤くんのところ。女子はほとんど行ってるじゃん」


 珍しく、委員長の戸田さんまで。

 ところが篠田は、「ああ、うん。いいや」と曖昧あいまいな返事をして苦笑いをしてきた。


「そういう雪くんはいいの?」


「何で?」


 徹くんからの質問に僕は首をかしげる。


「だって、小野塚先生から学校案内するように言われてんじゃん」


「あ」


 忘れてた。

 とはいえ……。

 僕はもう一度遠藤くんの方を向く。

 女子たちに囲まれてちやほや状態の彼の元へ行くだなんて、さすがにそんな勇気はない。いや、というかあの空気に入れない。

 そのとき、遠藤くんが席を立った。


「ちょっとトイレ」


 遠藤くんはそっけない態度で教室をでていく。

 彼に声をかけるには良いチャンスだ。


「遠藤くん」


 彼が教室をでたと同時に、僕も教室をでて彼に声をかけた。

 遠藤くんは無表情のまま僕の方へ振り向き、少しだけ目を見開いた。

 まるで驚いているかのような。

 そんなに僕が話しかけてくることが意外だったのだろうか?

 けど、休み時間中は彼の周りには女子しかいなくて男子はもはや近づけないくらいにバリケード張られてる感じがあったから、それも当然の反応かもしれない。


「この学園さ、結構広いでしょ? よかったら案内するよ」


 そう誘いをかけると、遠藤くんは「ああ」と納得したようにうなずいた。


「ありがとう、助かるよ」


「お昼を食べに行ってからでもいいけど……」


 遠藤くんが首をかしげる。


「どうして僕がお昼食べに行くってわかったんだ?」


「財布」


 僕は遠藤くんの少し膨らんだ尻ポケットを指差した。そこにはわずかに濃い青色の財布が見える。


「なるほどね」


 よく見てるなと言われ、僕は苦笑した。


「あんなにたくさんの人に囲まれてたら、ごはんだってまともに食べられるような状況じゃないでしょ」


 遠藤くんは「うん、まあ」と返してくる。


「案内、頼める?」


「うん、いいよ――あ。けど、お昼はいいの?」


「大丈夫。そんなに腹減ってないから」


「そっか。それじゃあ1階から見て行こう」


 近くにある階段を僕は先に降りていく。

 すれ違う生徒たちがもの珍しげに僕らのことをじろじろ見てくる。いや、どっちかっていうと遠藤くんを、かもな。髪を結んでるのに男子の制服を着ているせいか、人目を引きやすい。さすがに誰であろうと驚くに決まっている。


 階段を1階まで降りて、まずは職員室へ。


「ここが職員室で、保健室はすぐ隣。朝に見てきたかもしれないけど、下駄箱のすぐ近くには事務室があるから」


「わかった」


「2階は1年生の教室、3階は2年生、4階は3年生。ここまでが西棟」


「雑だね」


「だって、別に1、2年の教室って用事ないでしょ」


「そうだけどさ」


 外へと続く渡り廊下を通っていると、不意に遠藤くんが立ち止まった。


「どうしたの?」


 僕も立ち止まり、遠藤くんの方を向いた。


「花」


 ボソッとつぶやいた言葉に、僕はオウム返しする。


「花?」


「そ、花」


 遠藤くんは上履きのまま中庭のタイルを踏み、近くにある花壇に近寄った。

 そこにはわずかながらに菜の花が咲いていて、その近くに同じくらいの本数でチューリップが咲いている。

 毎年、大杉学園中等部を卒業する生徒たちが卒業記念品として植えていくらしい。

 咲き乱れる花たちを、遠藤くんはしゃがんでそれらを見つめていた。


 絵になるな……。


「花、好きなの?」


 そう聞くと、遠藤くんは悩むように顔をしかめながら首をかしげた。


「……どうだろ。嫌いじゃないけど、知り合いに好きな人がいたんだ。体を動かすことより花を育てたり、本読んだりするのが好きな人。その人の影響かな」


「そっか」


 しばらくの間、遠藤くんは風に揺られて咲いている、菜の花とチューリップを眺めていた。

 いつまでもそうしているので、僕も黙ってそれに付き合う。

 やがて遠藤くんはハッと我に返ったように立ち上がった。


「ごめん、行こう」


「うん。次は東棟からだね」


 僕はうなずき、そして遠藤くんと一緒に歩きだした。

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