3話 須藤家
家に帰るのはいつも苦しい。
須藤遥は深呼吸を何度も繰り返しながら、ゆっくりとドアを開けた。
「ただいま……」
家のなかは暗い。だが、玄関口には靴がそろえられている。おそらく母の物だろう。
靴を脱いで、暗い廊下をまっすぐ進んでいくと、ガラスの重なりあう、かちゃん。かちゃん。という音が聞こえた。
嫌な予感がする。
そう思いながらリビングへ続くドアを開くと、遥が目にしたそこは惨憺たるありさまだった。
「おかえり、遥」
割れた食器を片づけているのは遥の母だった。リビングを見渡すと、倒れた棚、壊れたテーブル、割れた花瓶や窓。
「また、暴れたんだ……」
「遥、手伝ってくれない? ガラスとか片づけておいて。私はダイニングやっておくから」
「わかった」
遥はうなずいて、リビングの掃除を始めた。箒で丁寧に床を掃き、ちりとりで取った。倒れた棚を頑張って元に戻し、散らばった飾りや置物なども棚に綺麗に並べた。割れてしまった置物は箒で掃いて捨てた。
ひと通り片付け終わったそのとき、玄関のインターフォンが鳴った。
遥も母も気づいて顔をあげる。
「お客さん?」
「誰かしら、こんなときに。遥、でてくれない?」
「わかった」
母の言葉にうなずいて遥は玄関へ向かった。
ドアを開けると――。
「遠藤さん!?」
ポニーテールのクラスメイト・遠藤海がそこにいた。
学校帰りなのか、制服を着ている。
「やっほー、おっじゃましまぁす」
「え、ちょっと待って」
遥は慌てて海の前に立ってその行く手を阻む。
海はムッとしながら唇をとがらせた。
「なんだよ、須藤さん。友だちが家の中にお邪魔するのってそんなにまずい?」
「ま、まずいよ! だって遊ぶ約束とかそういうのしてないし! 家の中もすっごい汚いから。ね、ほら、帰って」
「たしかに汚いね。まるで嵐が来たみたいだ」
海の言葉に、遥はぎくっとした。彼女は慌てて海を家の外に追い出す。
「待って、入らないで!」
「いや、追いだされたんだけど」
遥の顔は真っ青だった。海はそんな彼女の顔をじっと見つめた。
遥の頬には、一筋の涙が伝う。
「お願い、だから……」
「あんな状況でよく平気でいられるね」
海の冷淡な言葉に、遥はビクッと体を震わせた。そのくらい低い声で、それゆえに怖くなったのだ。
「わたしはキミの意見を尊重するよ。でも、そうは思わない奴が必ずクラスに現れる。そのとき、キミだったらどうするだろうね」
「何が、言いたいの?」
「なんでもないよ」
海は遥の肩に手を置いて、数度ポンポンとたたくと、その場を去っていった。