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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
6月
37/126

2話 須藤遥2

 1時間目が始まる前に、須藤さんと月野くんが教室に戻ってくると、すぐさま彼女たちを囲むようにして、クラスメイトたちが集まっていった。

「大丈夫?」だの「ひどい怪我だったね」だの、みんなありきたりの言葉をあげて心配している。



 須藤さんは修学旅行で一応、僕らの班に属しているので篠田も心配そうなに須藤さんのもとへ行ったので、僕もそのあとについていくことにした。



「大丈夫なの? それ」



 篠田の質問に、保健室で手当てをしてもらった結果。頬を覆うほどの白く大きな湿布付きで戻ってきた須藤さんは「ええ」とうなずいた。



「平気よ。心配かけてごめんなさい」



「うん……」



 彼女たちの会話を聞いている僕の隣に、気づいたら海さんがいた。



「どう思う?」



 その質問が僕に対して問われたことだと気づくのに、しばらく時間がかかった。

 少しして、僕は「どうって?」と逆に聞き返した。

 すると海さんはちょっとイラッとした表情をしながら、須藤さんに視線を向けて言う。



「須藤さん。あの傷、明らかに階段からすっ転んでつけた傷じゃないでしょ」



 そう、それは僕も気づいていた。

 あんなの、階段で転んでつけてしまった傷じゃないくらい、明らかだった。

 けれど、僕はあえてそのことを伏せて首をかしげる。



「どうしてそう思うの?」



 海さんは信じられないような表情で僕を見て、それから「ホントにわかんないの?」と確認をとってきた。

 僕はちょっと彼女から目をそらし、うなずく。

 すると彼女は、ハァ……と、呆れたようなため息をもらした。



「階段で転んでたら、普通。他んとこも怪我すんだろ」



 そう、それなのに彼女には右目以外の目立った外傷が見られない。

 これはどういう意味をもたらすのか。



「そこでだ。雪、キミが聞いてくるんだ」



「何を?」



 嫌な予感がした。



 海さんは、ここまできてわからないのか! と信じられない物を見るような目で僕にこう言ってきた。



「何故須藤さんの頬に痣ができたのかをだよ」



 ほらやっぱり。



「なんで僕が」



「キミのほうがわたしよりかは何倍も、彼女について詳しそうだからだ」



 はっきりと彼女はそう断言をすると、僕が彼女を止める一歩前に彼女は「須藤さん」と須藤さんに声をかけた。

 須藤さんが小首をかしげながら僕らの方を向いてきた。



「雪が君と話をしたいってさ」



「え?」



「ちょ、海さん!」



 そこへ便乗するかのように、にやりと意地悪そうな笑みを浮かべながら徹くんが。



「ナンパ?」



 なんて聞いてくるものだから、クラスじゅうが騒然となった。

 すぐさま須藤さんの隣にいた篠田が、本日2度目の「信じられないものでも見るかのような目」を向けてきた。



 誤解だから、やめてほしい。



 ところが、海さんはためらう僕と戸惑っている須藤さんの手をつかみ、スタスタと教室のドアまで歩いていく。



 ちょっと、ちょっと!



 みんなは僕らが歩く道を慌てて空けていって、気づくと僕と須藤さんは廊下に放り出されていた。



「じゃ、お2人さん。愛の語らいとやらにいってらっしゃいませっと。大丈夫、先生にはテキトーに言い訳しておくから」



「待っ」



 のばそうとした手は、しかし目の前でドアが閉じられることにより、完全に無意味に終わった。

 そして、すぐに聞こえたのは施錠の音。後ろドア、前ドア共に。



 試しにドアを動かしてみたけれど、ガタガタというだけでもちろん開くわけもない。こうなったら教室のドアにはめられている窓を割るしか方法はないわけだけれど、割ったあとの弁償を誰がするんだ。僕しかいない。もちろん、僕の家にはそんな寄付金まがいのことをするようなお金が日常的にゴロゴロ転がっているわけじゃないから、できないわけで。



 仕方ない。



 僕はため息をつくと、須藤さんの方へ向きなおった。

 彼女は不安げに僕を見つめてくる。その顔に目立つのはやはり、頬を覆うほどの白い湿布だ。

 須藤さんは困ったように微笑んだ。



 とりあえず、僕は「ごめん」と謝る。

 須藤さんは首を横に振った。



「気にしてないよ。それに次の授業は保健でしょ? 退屈だからあんまり好きじゃないのよ」



「そう…」



 とりあえず場所を移動することにして、僕らは中庭へと向かった。

 お互いに言葉をかわすことはなかったし、僕はちょっと緊張していた。

 普段から篠田といることが多いから、女子には慣れてきたつもりなんだけどそうでもなかったみたいだ。



 それに須藤さんは、クラスで1、2を争うほどの美人さんだし……。



「雪くんは優しいね」



「え?」



 思わず振り替えると、須藤さんは淡く、悲しい感じな微笑みを僕に向けてきた。

 さらに緊張が増していく……。



「そこに座ろうよ」



 中庭に着くなり須藤さんはベンチを指差してそう言った。僕は頷いて言うとおりにする。

 そのとき、学校じゅうにチャイムが鳴り響いた。



「で、何かな?」



「何かなって?」



「雪くん、私に聞きたいことがあるんでしょ」



 図星だった。



 僕は口をパクパク動かしながら返事に困っていると、須藤さんは笑い出した。

 それから、急に真面目な顔になって、こう言った。



「誰にも言わないって、約束してくれないかな」



「うん」



 勢いのまま、頷いてしまう。

 ここで「嫌だ」とか駄々をこねる意味なんてないし、そもそも僕にそんな資格はない。



 須藤さんは「ありがとう」と言って微笑むと、ゆっくりとその白い湿布をはずした。



 そこから見えたのは、やはり痣だ。



「どうかしたの? 雪くん。顔が怖いよ」



「誰に、やられたの?」



 須藤さんの赤く腫れた右頬。

 白い顔に焼き付くように、はっきりとした痣。



「知りたい?」



 怪しく光るような目を向けて、須藤さんはもう一度湿布を貼った。

 どう答えればいいのかわからず、僕はその場に座り続けた。

 須藤さんは何も言わなかった。



 こういうとき、普通に追求するのが仲間なのだろうか。

 何も言えない。沈黙がどこか苦しかった。



 やがて須藤さんは口を開いた。



「やっぱり、まだ言えない!」



 宣言するように言うと、彼女は立ち上がった。それと同時に学校中にチャイムがなり始めた。



 僕はどれくらいのあいだ、沈黙していたのだろうか。



「あーあ、結局授業……でられなかったね」



 須藤さんはいたずらっぽく笑うと、僕の前から去っていった。



***



 しばらくして、そこへ入れ違いのようなカタチで、海さんが現れた。



「おや、逢い引きという名のナンパは終了したの?」



「こうなったのは半分以上、キミにも責任があると思うよ」



「え、そうなの?」



 まるで反省してくれそうにないその反応に、僕は呆れつつ、もう一度須藤さんの去った方向を見た。



「もしかしてさっきのやりとり、見てた?」



「物陰からこっそりね」



 相変わらず趣味の悪い――。



 海さんは僕に向き直ると、こう続けた。



「キミはどうしたいの?」



「どうしたいって?」



 海さんはじれったそうに続けた。



「彼女の内側に入るか、それともただの傍観者であり続けるのか」



 なんだ、そんなことか。 

 僕はベンチから立ち上がる。



「僕は人の事情に首を突っ込まないことにするよ。あのクラスでは、これは暗黙のルール」



「ふぅん」



 僕は海さんを見つめる。

 彼女は自分の素性を明かさない。それなのに、他人の秘め事には堂々と足を踏み入れてくる。



 彼女が転校初日に見せたあの姿は、僕が知っている姿であると同時に、何かまた、別なモノを僕に感じさせた。

 僕は、アレを知っている――。



 アレは――。

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