33話 中間試験
そして、中間試験が始まった。
試験の日程は2日間で、1日目は文系科目の国語、英語、社会。そして2日目は理系科目の数学、理科だ。毎回、どの科目を最初にやるのか、その順番はバラバラである。
大杉学園は一応進学校でもあるため、下手に勉強を怠ってしまうと赤点を取りかねない事態になる。ラインは50点と、割と高め。そして赤点をとった暁には、長期休暇期間中――たとえば夏休みに、強制的に補修を受講するはめになるのだ。
だから、みんな必死だ。
1日目。
学校に登校してきた僕は、さっそくクラスメイトみんなのうめき声を聞いた。
「雪ぃ」
「お、おはよう、篠田……」
篠田はもはやいつもの元気はどこへやら、珍しく「今日使う文房具の話」をいっさい持ち出してこなかった。彼女の机の上には、今日試験をする教科が全部載せられていた。
その目にはすっかり涙がたまっている。
「もう何から手をつければいいのかわかんないよぉ」
「が、頑張って」
ガッツポーズをして激励の言葉を送ってみるけど、篠田はもはや聞こえていないようで「うぐぅ」という変な声をあげながら、社会の教科書とにらめっこを始めた。
教科書、反対だけど。
注意しようと思ったそのとき、教室のドアががらりと開いて、そこから永井さんが姿を現した。
おはよう、と挨拶をしようとして彼女の顔色の悪さにギョッとした。
「大丈夫?」
思わずそう声をかけると、彼女は「ええ」と消え入りそうな声でうなずいて、自分の席へと向かっていった。
心なしか、やつれていないか?
彼女の後ろ姿を見送っていると、徹くんが続いて教室にやってきた。
「おはよ~」
「おはよう、徹くん」
彼はいつも通りだった。まるでテストなんてどこ吹く風、みたいな様子で余裕があるといえばそうなのかもしれないけど、ともかくそういう表情をしていた。
彼らしいといえば彼らしいけれど。
「テストどう?」
「そういう雪くんは?」
「ぼちぼち、かな」
「俺もそんな感じだよ」
と言いつつ、直後に余裕そうな笑みを向けるあたり、ぼちぼちなんて言葉は嘘だろう。
まあ別にどうでもいいけど。
「永井さんは大丈夫?」
三者面談の日から、すでに4日は経っている。
あの母親に、また何か言われているんじゃないかと思った。
「さぁね。俺はコノハじゃないし」
徹くんは他人事のようにそう片づけると、自分の席へ向かっていった。場所は1番後ろの席、永井さんのすぐ隣だ。
しばらくしてから秋庭先生がやってきて、朝のホームルームも兼ねて簡単に試験の概要を説明してくれた。
試験時間は、全教科50分ずつ。カンニングなどの違反行為は絶対禁止。一度でも行った場合は全部のテストが0点になる。赤点回避ラインは50点以上。仮に今回49点だったとしても、期末試験で挽回は可能だという励ましなどなど。
「それじゃあ、お前たちの健闘を祈る」
秋庭先生はとてもご機嫌な様子で教室をでていった。
***
1日目の試験が終了するや、篠田が「終わったあ!」と叫んだ。
「やった! 終わった!」
そのままスキップでもしそうな感じだったけれど、「でも明日は数学と理科だよねぇ」と茶々を入れた徹くんに、彼女のボルテージは一気にマイナスと化した。
「もう帰りたいぃぃ。なんでテストってあるの? この制度作った人、ほんとに許せないんだけどぉぉぉ」
僕は苦笑いをしつつ、試験が終わったと同時に1番に教室をでていった永井さんの席を見た。
「雪」
「あ、海さん」
直後に声をかけられてそちらを見ると、初めての試験だったにもかかわらず、涼しい顔をしている海さんがそこにいた。
「どうだった?」と聞いてみると、彼女はあっさりと「まあまあだよ」と答えた。
それから僕が先ほどまで見ていた視線の方角を見て一言。
「コノハなら大丈夫だよ」
「え?」
思わず聞き返した僕に、彼女は続けざまに言う。
「大丈夫。あいつはちゃんとやってるから」
「うん……」
果たして海さんは、永井さんの何を見てそう判断しているのだろう。
不思議に思ったけれど、彼女のその言葉は不思議と僕を安心させるものだった。
***
次の日――2日目の試験が終わると、篠田がさっそく「駅前のアイスクリーム屋さんでアイス食べようよ!」と言ってきた誘いを僕はやんわりと断って、試験が終わるや、教室をでていった永井さんと海さんのあとを追いかけた。
教室を出て行ったのが妙に気になったからだ。
気が付いたら徹くんも来ていて、僕らは一緒になって彼女たちの動向を見つめた。
人けのない廊下まで来たところで、永井さんは海さんを引っ張っていた手を放した。
「どうしたの?」
「ダメかもしれないわ……」
「何が?」
「テストよ」
「よく解いてたじゃん。隣でずっとペン走らせてたし」
「そうじゃないのよ。赤点はとらないって思ってる。でも」
不安げにうつむいた永井さんに、僕は物陰でその様子をうかがいながら一緒にいる徹くんと顔を見合せた。
永井さんが赤点をとるとは思えないし、だとしたら何がそんなに不安なのだろう。
「また親に何か言われたの?」
「…………」
海さんの質問に永井さんは黙った。
「そんなの気にするなよ」
海さんが励ますけれど、永井さんは黙ったままだ。
永井さんが仮にあの母親に何か言われたとしたら、何だろうかと僕はふと考えてみる。けれどわかるはずもない。徹くんは知っているだろうか。
彼を見ると、永井さんたちから目をそらさないままじっとしていたので、とても何か聞ける雰囲気ではなかった。
「キミはどうしてこの学校に入ったの?」
「何よ急に」
「この前泊まったとき、言ってたじゃん。どうしてもこの学校に入りたかったって。親のしがらみから逃れたかったとか言ってたけど」
いつの間にそんな話をしていたのか。
永井さんがどうして数ある私立中学の中で大杉学園という学校を選んだのか。
たしかに気になるところではあるけど。
「…………」
また永井さんは黙ってしまった。
「憧れてた家庭教師がそこの出身だったからだろ」
僕の陰に隠れていた彼が突然そんなことを言った。
永井さんが驚いて彼を見て、それから僕らに気が付いた。一緒になってそちらを振り返った海さんは、僕らがすでにいたことに気付いていたのか、白けた顔をして、何も言ってこなかった。
「お前が小学生の頃に母親に無理やりつけてもらった家庭教師がそこの出身で、それでコノハはこの学校に来たんだ」
永井さんの顔が真っ赤に染まる。
「い、言わないでよ! 恥ずかしいからっ!」
「別にいいじゃん」
永井さんが怒りと恥ずかしさに任せて徹くんを殴ろうとしたのを、彼はひらりひらりと避けて楽しそうに笑う。
僕はその光景を見つめながら、海さんをちらりと見た。
瞬時に驚くことになる。
彼女が信じられないものでも見るかのように、目を見開いてその場に固まっていたのだ。
「海さん?」
「え? あ、悪い。なんでもない」
いつもと様子が違っていたのはほんの一瞬で、僕が声をかけると彼女はいつも通りに戻った。
どうしたんだろう。




