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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
33/126

32話 親子

 永井さんがうっかりを働いてしまったせいで、危うく徹くんに海さんの正体がバレてしまうのではないかとヒヤヒヤしたけど、結局彼は何も言ってこなくて、その日は何事もなく終わった。


 放課後、永井さんは篠田に言われたように掃除当番をしっかりとこなすと、そのあとはいつものように図書館へと行ってしまった。


「永井さんと一緒に帰らないの?」


 海さんに聞くと、彼女はまるで他人事ひとごとのようにこう答えた。


「本人にその気がないなら、わたしだって無理強いはしないよ。決めるのはコノハ。わたしじゃない」


 まあそれはそうだけど。

 海さんがそういう判断をしたなら、あるいは永井さんにその気がないなら、部外者の僕としては黙っているしかなかった。


 ちなみに僕は、途中まで徹くんと一緒に帰った。


「遠藤さんって、不思議な人だよね」


「え。あ、そうだね……」


 突然のことだったから、僕は少し動揺した。それを悟られまいと心の中で「平常心、平常心」と唱えて心を落ち着かせる。


 そして、改めて徹くんの言葉を考えてみる。たしかに海さんは不思議な人だ。男子に見せかけて実は女子だったことは置いとくとしても、4月ではなくて5月に転校してくるし、中学生なのに1人暮らしだし。

 そのくせ、あんな新型高級マンションに住んでいるし。

 いったい実家はどういうところなのだろう。


「それで、ちょっと似てるよね」


「似てる?」


 僕は思わずきょとんとした。


「誰に?」


 僕の問いかけに、しかし徹くんは答えなかった。


「中間テストまであと4日、か」


***


 コノハはいつものように学校の図書館で下校時刻ぎりぎりまで勉強したあと、自分の家へと帰った。

 本当は海の家に行きたいと思ってしまったが、ここから逃げてしまったら負けてしまうのではないかとコノハは感じていた。


 何に負けてしまうのかなんて、定かではないけれど。


 家の近くに来たところで、コノハは気付いた。


 家が明るいのだ。


 慌ててコノハは玄関へ走って、そのドアを開けた。あの三者面談のあと、母はすぐに仕事があると言っていたが、もしかして早めに終わったのだろうか。

 あるいは休んだとか?

 玄関の電気は煌々《こうこう》と照らされていて、がちゃがちゃと食器の重なりあう音と共に水の流れる音が聞こえた。

 コノハはごくりと唾を呑み込み、靴を脱いでなるべく足音をたてないように心掛けながら、廊下をまっすぐ進んで、リビングへとやってきた。


 母はキッチンで洗い物をしていた。


「ただいま……」


「おかえりなさい」


 コノハの挨拶に母は彼女を見ずにそう返してきた。

 相当機嫌が悪い。それも当然か、とコノハは覚悟を持ってキッチンへ歩いていった。


 やはり母はこちらを見向きもしない。

 この人に認められたくて、見てほしくて、コノハはいつも、ただひたすらに努力してきた。


 この人は今、いったいどこを見て、何を思っているのだろう。


「ママ」


 声をかけると、初めて彼女はコノハを見てくれた。


 厳しい瞳で。


「私、やっぱりあのクラスで卒業したい。あの3年B組で努力して、高校に進んで、大学に入って、しっかりとした職に就きたい。ママは反対するかもだけど、それが私の答えなの」


 口を開いてしまえば、どうってことないように感じられた。このままもっと、他の話もしたい。クラスの話、みんなの話、最近転校してきた男の子――いや、女の子の話を。


「私、B組のみんなのことが好きなの。みんな、色々な事情を抱えているけど、誰だってそういうのはある。B組だけが特別じゃないの。最近転校してきた子がね、特におかしな子なんだ。男の子だと思っていたのに、実は男子の制服を着ていた女の子でさ。ちょっと、驚いちゃった」


 話し出してから、いったい自分は何を言っているのだろうとわからなくなってきた。母はいまだに何も言わず黙り続けている。

 それでも、ここで色々言っておきたい。少しでも、母の「B組へのマイナス評価」を払拭しておきたい。


「だから」


「もういいわ」


 コノハの言葉を遮るように、母はそう口にした。

 出しっぱなしだった水道の水を止める。


「あなたがあのクラスのことをどう思っているのか、その気持ちはわかったわ。それについてはもう何も口を挟まない。あなたの好きにすればいい」


 母の思いがけない言葉に、コノハは目を輝かせた。


「ただし、条件があるわ」


 やはり無機質なままの母の次なる言葉に、コノハの表情は一瞬にして曇る。


「じょう、けん……?」


 母が娘にだす、条件。


 母の口がゆっくりと開く。彼女を前にして、コノハは不安に思いながらも表情をぐっと引き締めた。

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