31話 フリールームにて
永井さんの進路相談を邪魔した僕らは、その後。秋庭先生によってこっぴどく叱られてしまった。
それから僕らは逃げるようにして、フリールームという、生徒たちが勉強をしたり食堂として利用したりする、教室3つ分はある部屋でひと休みすることにした。
今はお昼休み中――とはいえ、間もなくその時間も終わってしまうから人の数はまばらだった。
「悪かったわね。ママがヒステリー起こしちゃって……」
「気にしてないよ」
「いつものことだろ、あれ」
僕と徹くんがフォローをいれるなかで、海さんだけが席を立って自販機でクリームパンとぶどうジュースを購入していた。
紙パックにストローを差しながら、こちらに近づいてきて彼女は言う。
「ああいう母親で、よく今まで耐えられてきたよね」
「……もう、慣れちゃった」
永井さんらしくない、弱々しい微笑みを僕は初めて見た。
彼女でも、こういう顔をするんだ、と思って……。
そういえば。
僕はふと思い出して、海さんにそっと耳打ちをする。
「永井さんって昨日、海さんの家に泊まったの?」
彼女は黙って首を横に振った。
「で、このあとどうするかだな」
「どうするって?」
「このあと家に帰って、そしたらまたどうせ母親に怒られるのなんて目に見えてんだろ?」
「ああ、うん……」
だとしたら、また海さんの家に泊まったほうがいいのでは。
そう提案しようとしたけど、ここには徹くんがいる。まだ彼は、永井さんが一昨日どこで過ごしていたのかを知らないだろう。
しかも、まだ海さんは男子としてふるまっているから。知ったら知ったで面倒なことになりそうだ……。
「俺の家に来るか?」
「と、徹の家っ!?」
永井さんが素っ頓狂な声をあげて慌てだすけれど、現状としてはそれが1番良い策なのかもしれないと思う。海さんが何か言うだろうかと彼女を見れば、何も言ってこない。
問題は永井さんだ。
「ダ、ダメだって、さすがに! 小さい頃だったらまだしも、今はもう。中学生だし……。そ、それに! そっちだって迷惑でしょ!?」
「俺は迷惑だなんて思ってないし、事情を話せば両親ともに、納得してくれると思うけどね」
「で、でも!」
「何なら、わたしの家に来ればいい」
「は、はぁっ!? ちょ、遠藤まで何言ってんのよ!」
永井さんは顔を真っ赤にしながら、あたふたして。助けを求めるかのように僕に視線を向けた。
いやさすがに、僕の家は駄目だ。
僕は情けなくも彼女から目をそらした。
「さ、さすがに僕の家は無理かも……」
「そういう答えを期待してたんじゃないわよっ!」
怒られてしまった。
「徹の家ならともかく、遠藤の家って。また世話になるわけにもっ! あ」
あっ。
永井さんが慌てて自分の口をふさぐ。
「遠藤さんの家?」
徹くんがいぶかしむように永井さんを見て、おそらく冷や汗を流している僕を見て、さらに海さんを見た。
「どういうこと?」
徹くんが人を観察するようにじろじろと眺めてくる。
海さんはさっきまで何も言わなかったけど、そして今も何も言わないけれど、ストローでじゅぅぅぅとパックジュースを飲む音と、そのしかめ面から判断するに、すごく不満そうだ。
そのとき、チャイムがフリールームじゅうに流れ出した。
お昼休みが終わる時間だ。
「も、もう教室戻らないと! 次、的場先生の数学だよ」
3人のあいだに微妙に流れ出した沈黙を壊すように、僕は音をたてて椅子から立ち上がった。
まず海さんが立ち上がってぶどうジュースの入っていたパックと、いつの間に食べ終えたのかクリームパンの入っていた包装紙をまるめてゴミ箱に捨てに行った。
そのあと永井さんが恐る恐る立ち上がって、徹くんの様子をうかがいつつ、教室のあるほうまで歩き出した。
いつまでも椅子に座り続けているのは、徹くんただ1人。
「徹くん」
「ああ、うん。授業ね」
彼は立ち上がり、永井さんと同じ方向へと歩き出した。のんびりとした足取りで。
あとに残されたのは僕と海さん。僕が海さんを見ると、彼女はなおも不満げな気持ちを顔全体であらわにしていた。
「海さん」
声をかけると、彼女は舌打ちを1つしてふぅっと息をついた。
行こう、と僕が促すと彼女は何も言わずに教室へ向けて歩き出した。
改稿日:2018/05/21




