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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
32/126

31話 フリールームにて

 永井さんの進路相談を邪魔した僕らは、その後。秋庭先生によってこっぴどく叱られてしまった。


 それから僕らは逃げるようにして、フリールームという、生徒たちが勉強をしたり食堂として利用したりする、教室3つ分はある部屋でひと休みすることにした。

 今はお昼休み中――とはいえ、間もなくその時間も終わってしまうから人の数はまばらだった。


「悪かったわね。ママがヒステリー起こしちゃって……」


「気にしてないよ」


「いつものことだろ、あれ」


 僕と徹くんがフォローをいれるなかで、海さんだけが席を立って自販機でクリームパンとぶどうジュースを購入していた。

 紙パックにストローを差しながら、こちらに近づいてきて彼女は言う。


「ああいう母親で、よく今まで耐えられてきたよね」


「……もう、慣れちゃった」


 永井さんらしくない、弱々しい微笑みを僕は初めて見た。

 彼女でも、こういう顔をするんだ、と思って……。


 そういえば。


 僕はふと思い出して、海さんにそっと耳打ちをする。


「永井さんって昨日、海さんの家に泊まったの?」


 彼女は黙って首を横に振った。


「で、このあとどうするかだな」


「どうするって?」


「このあと家に帰って、そしたらまたどうせ母親に怒られるのなんて目に見えてんだろ?」


「ああ、うん……」


 だとしたら、また海さんの家に泊まったほうがいいのでは。


 そう提案しようとしたけど、ここには徹くんがいる。まだ彼は、永井さんが一昨日どこで過ごしていたのかを知らないだろう。

 しかも、まだ海さんは男子としてふるまっているから。知ったら知ったで面倒なことになりそうだ……。


「俺の家に来るか?」


「と、徹の家っ!?」


 永井さんが素っ頓狂な声をあげて慌てだすけれど、現状としてはそれが1番良い策なのかもしれないと思う。海さんが何か言うだろうかと彼女を見れば、何も言ってこない。

 問題は永井さんだ。


「ダ、ダメだって、さすがに! 小さい頃だったらまだしも、今はもう。中学生だし……。そ、それに! そっちだって迷惑でしょ!?」


「俺は迷惑だなんて思ってないし、事情を話せば両親ともに、納得してくれると思うけどね」


「で、でも!」


「何なら、わたしの家に来ればいい」


「は、はぁっ!? ちょ、遠藤まで何言ってんのよ!」


 永井さんは顔を真っ赤にしながら、あたふたして。助けを求めるかのように僕に視線を向けた。

 いやさすがに、僕の家は駄目だ。

 僕は情けなくも彼女から目をそらした。


「さ、さすがに僕の家は無理かも……」


「そういう答えを期待してたんじゃないわよっ!」


 怒られてしまった。


「徹の家ならともかく、遠藤の家って。また世話になるわけにもっ! あ」


 あっ。

 永井さんが慌てて自分の口をふさぐ。


「遠藤さんの家?」


 徹くんがいぶかしむように永井さんを見て、おそらく冷や汗を流している僕を見て、さらに海さんを見た。


「どういうこと?」


 徹くんが人を観察するようにじろじろと眺めてくる。

 海さんはさっきまで何も言わなかったけど、そして今も何も言わないけれど、ストローでじゅぅぅぅとパックジュースを飲む音と、そのしかめ面から判断するに、すごく不満そうだ。


 そのとき、チャイムがフリールームじゅうに流れ出した。

 お昼休みが終わる時間だ。


「も、もう教室戻らないと! 次、的場まとば先生の数学だよ」


 3人のあいだに微妙に流れ出した沈黙を壊すように、僕は音をたてて椅子から立ち上がった。


 まず海さんが立ち上がってぶどうジュースの入っていたパックと、いつの間に食べ終えたのかクリームパンの入っていた包装紙をまるめてゴミ箱に捨てに行った。

 そのあと永井さんが恐る恐る立ち上がって、徹くんの様子をうかがいつつ、教室のあるほうまで歩き出した。


 いつまでも椅子に座り続けているのは、徹くんただ1人。


「徹くん」


「ああ、うん。授業ね」


 彼は立ち上がり、永井さんと同じ方向へと歩き出した。のんびりとした足取りで。

 あとに残されたのは僕と海さん。僕が海さんを見ると、彼女はなおも不満げな気持ちを顔全体であらわにしていた。


「海さん」


 声をかけると、彼女は舌打ちを1つしてふぅっと息をついた。

 行こう、と僕が促すと彼女は何も言わずに教室へ向けて歩き出した。

改稿日:2018/05/21

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