27話 B組
今から10年ほど前の話。当時の大杉学園の理事長は、とある生徒の「家庭問題」について悩んでいた。
その生徒(以下、Aとしよう)は毎日、擦り傷や痣を増やして学校に登校してくる。
Aは誰にでも優しく、誰とも仲が良く、他人を平等に扱うことで誰からも好かれていた。そんなAがいじめを受けているというのは信じがたい。だとしたら、Aの家庭に問題があるのではないか。理事長はそう考えた。
Aの家は古い家柄で、家庭環境が厳しいということを、Aの仲間から聞いて理事長も知っていた。そのため、むやみに干渉してしまうと、下手をしたらAの家族から文句を言われかねない。そう判断した理事長は、そこで新しいクラスの設立にのりだした。
それは家庭だったり、友人関係だったりで悩んでいる生徒たちを、1つのクラスに集めることで、その問題に少しでも向き合い、そして互いに解決していこうというものだった。あるいは何か特別な才能を持っていて、それゆえにクラスで浮き気味になっている生徒を、そのクラスに招き入れたりもした。
そのようなクラスを立ちあげることで家族や仲間などが互いに理解しあえるきっかけになるのではないかと、理事長は思ったのだ。
だが、事態は思わぬ方向へと走り始める。なんと、その新しいクラスであるB組を設立してからしばらくした頃、Aは学校の屋上から飛び降りて亡くなってしまったのだ。自殺かどうかはわからない。もしかしたら、他殺なのではないかという線もなくはなかったが、屋上から飛び降りて死ぬだなんて、自殺ではなくて何であろうか。非難の方向は、大杉学園B組制度を立ちあげた、理事長へと向けられた。
「劣等生徒を一つのクラスに閉じこめてみじめさを味わわせてしまうのではないか」
「いじめられている者同士が同じクラスにいれば、余計にそのことでまたいじめられるのではないか」
Aが学校の屋上から飛び降りたという事件は結局「生徒Aの自殺」ということで決着がつき、理事長は散々とがめられた。
「学校側の対応の甘さ」
「あんな制度を作った理事長が1番の加害者」
世間は散々、理事長をたたいていった。
そのこともあってか、だんだん理事長は精神を病んでいってしまう。やがて生徒Aが亡くなって半年とたたないうちに、理事長も静かに息を引き取ったという。
B組の設立者である理事長が亡くなることでB組はその存在が危ぶまれるはずだったが、どういうわけか理事長は病床のなかで「あのB組をなくさないでほしい」と言っていたという。
***
話を聞き終えた海はしばらくの間黙っていたが、やがてポツリとつぶやいた。
「くだらな」
海の言葉にコノハは思わず顔をしかめる。その「くだらない」という言葉は果たして、話の内容に対してなのか、あるいは当時の理事長の対応についてなのか。
どちらだってかまわないが、コノハは少し、この制度に感謝していたりもしたのだ。
自分がB組に入ることで、勉強ばかりを強要するあの母親が、少しでも自分のしていることに問題を感じてくれればと。
だからコノハは海のその言葉に反論する。
「あんたみたいな人にそんなこと言われたくないわ。あんたみたいに事情も知らずにB組に入ってきたような人間に。親の縛りが、親の期待が、親の目が! どんなにつらいのかなんてっ……」
一度漏らした弱音はやがて、滝のように流れ出した。コノハは思わず泣きそうになり、慌てて海から顔をそむける。流れそうになった涙を指ではらう。
海がため息をついた。
「キミさぁ、わたしにどうしてほしいのさ。同情されたいの? それともされてほしくないの?」
その言葉に、コノハは海を見ずに答える。
「……同情されたところで、嬉しくもなんともない」
「だろ? だったら、わたしはキミに同情の念は抱かない。キミってもしかして、あれなのか? ツン、ツーン……」
「もしかして、『ツンデレ』って言いたいの?」
「ああ、そうそれ! それなのか?」
真面目な顔をして首をかしげる海に、コノハは「違うわよ!」と怒鳴ろうと思ったが、ここでムキになってしまっては認めるも同然だ。
ため息をつくことで怒りを鎮めて、それ以上は何も言わなかった。