25話 放課後
「さて、今日で中間テスト5日前となるわけだが。みんな、勉強は進んでるか?」
次の日の朝のホームルーム。今日はクラスメイトが全員出席していた。そんな中、珍しく上機嫌な秋庭先生が出席を取り終わるなり突然そう言ったとき、僕らの中で時間が制止した。
先生が上機嫌な理由は簡単だ。中間テストが目前となっているからだ。
「修学旅行も大事だが、ちゃんと勉強もやっておけよ!」
「はーい」
うかない返事に秋庭先生はあきれて、「もうちょっとちゃんとした返事が欲しいなぁ」とつぶやいて教室からでていった。だったらこっちとしては、先生はいつもそのくらいのテンションでいてほしいと言いたい。
中間テストのことを考えると、せっかく楽しみにしている修学旅行が遠ざかって、一気に現実に帰ってきたような気がしてくる。たしか1日目は国語、英語、社会で、2日目は数学、理科の順番だった気がする。豆に勉強をしているわけではないから、果たしてこの短期間で間に合うだろうか。
***
中間テストが近かろうと、修学旅行の準備で忙しかろうと、1日というのは平等の時間を刻んでいき、そして当たり前のように終わる。
放課後。僕はクラス全員分の提出物をまとめて職員室へ持っていったあと、再び教室に戻ってきた。
ドアに手をかけたところで、思わず止まってしまう。
小さくはあるけど、話し声がする……。
ドアにはめられた窓から、そっと中をのぞくと、教室のなかには徹くんと永井さんがいた。
何やら神妙な面持ちで、2人して話し込んでいる。
徹くんから、永井さんとは幼なじみだって聞いたことはあるけれど、彼らだけで話しているところを見たことがないから、なんだか新鮮だった。
いったい、何を話しているんだろう。
「何してんの?」
背後から突然声をかけられ、僕は驚いて思わず悲鳴をあげるところだった。慌てて口をふさいで後ろを見ると、そこには遠藤さんがいた。
たとえ女子だとバレても、男子の制服をしっかり着ている。
遠藤さんは僕がしていたみたいに、窓から教室のなかを覗いた。
「渡良瀬と永井だ」
そうつぶやくや、遠藤さんはドアに手をかけてそれを引こうとたので、慌てて僕は止めに入った。
「何?」
いぶかしむような目を向けられ、僕は「えっと……」と口ごもる。徹くんたちの会話はまだ終わらない。
遠藤さんは首をかしげ、それから教室の中をもう一度窓越しで見つめて「ふぅん……」と声をもらした。
「邪魔しちゃダメなやつ?」
「たぶん……」
「ふざけないでっ!」
そのとき、永井さんのどなり声が教室から響いた。
すぐにそちらに目をやったときには、永井さんは徹くんの頬に平手打ちをかましていた。
見ていた僕らは思わずあぜん。いったい今の一瞬で何があったというのだろう。
そのまま永井さんはくるっと方向転換するなり、こちらに向かってスタスタと歩いてきた。僕と遠藤さんは慌てて近くの物陰に身を潜める。
永井さんは勢いよくドアを開けると、僕らがいるところとは反対方向へと走りだした。
こちらに気付いている様子もなかった。
「追っかけてくる」
「え?」
遠藤さんは物陰からでると、永井さんが走り去った方向へと全力疾走しだした。あっという間にその背中は見えなくなる。もちろん、僕に止める隙もなかった。
息つく間もなく、今度は徹くんが教室からでてきた。
あげく、何故かこっちにまっすぐ向かってくる!
僕は慌てて、身を隠せる場所を探そうとしたけれど、これ以上どこに隠れればいいのかわからず、とりあえず顔を手で覆うしかなかった。
待つこと数秒。やがて徹くんの声が聞こえた。
「そこで何してんの?」
「…………」
そっと手から顔をあげると、徹くんがあきれた顔をして僕を見ていた。
「……って、雪くんか」
徹くんが拍子抜けしたような顔をして、僕をじろじろ見てくる。僕はアハハと苦笑いを浮かべながら、彼から目をそらしてその場をやり過ごそうとしてみたりする。
もちろんこんなことに意味なんてなかった。
「聞いてた?」
友人にウソをつくというのは心苦しいから、徹くんの直球な質問に僕は素直にうなずいた。
「……詳しい内容とかは聞き取れなかったけど、ちょっと入りづらくて」
「いいよ、別に。それと、もう1人いたみたいだけど」
ああ、さっき。遠藤さんってば全力疾走で教室前を横切って行ったからな。教室にいた徹くんにはしっかりとその姿が見えていただろう。
「遠藤さんだよ」
「どこ行ったの?」
「永井さんを追いかけていった」
ふぅん、と徹くんはうなずく。
いったい、徹くんは永井さんと何を話していたんだろう。
聞きたいけど、聞きづらい。
昨日、遠藤さんに向かって僕は「人にかまってくるな」と言ったくせに、僕こそ人の事情に介入しすぎでは、と思ってしまった。
「俺が何してたか知りたい?」
徹くんの言葉に僕は驚いて彼を見た。それからしまった、となる。僕の気持ちは今、顔にもろにでていて、徹くんはそれを見るなりクスクスと笑い出した。
「雪くんって、結構顔に出るようになったよね」
「……ほっといてよ、それは。で、何話してたの」
知られてしまったからには隠す必要もなくなってしまった。僕が改めて徹くんに聞いてみると、彼はそれをさも当たり前のように答えてみせた。
「告白」
「えっ?」
「ウソ」
「い、今の意味あった?」
「どういう反応するかと思って」
「……悪ふざけはいいから、ほんとのこと教えてよ」
からかわれたのがちょっとムカついて、そのイライラを吐き出すために僕はハァと息をついた。
徹くんがちょっと真面目な顔になる。
「さっきコノハと話していたのは、昨日どこにいたのかとか。あとは家の話かな」
「家の話?」
僕のオウム返しに徹くんはうなずいた。
「あいつの家、ちょっと面倒だからさ」
その言葉の中には永井さんを心配している、徹くん自身の気持ちが含まれている気がした。
徹くんは厳しい目つきで、僕を一瞥する。
「今から話すこと、他の奴らには言うなよ?」
「わかった」
徹くんのその真剣な眼差しに、僕はもちろんうなずかざるを得なかった。