23話 マンション3
僕と、その隣で和菓子を食べようとしていた篠田は、同時に動きを止めてそしてほとんど同時に遠藤く――いや、さん? を見た。
「女?」
遠藤さん? は唇を引き結んで何も言わない。問題の発言をした永井さんを見ると、彼女は「しまった」と言った顔をしていた。
遠藤さん? をもう一度よく観察してみる。
ポニーテールに結ばれた長い髪。解けばおそらく、腰あたりまで届きそうに見える。足も腕も白くて細いし、指だって綺麗だ。いや、それよりも。
目線を上に向ける。制服、制服の胸のあた――。
そこへ視線を向けた瞬間、僕の顔にメリッという破壊音が聞こえた。
「ぐっ!」
「何見てんだ変態」
「痛い……」
そう一言もらすと、めりこんだ遠藤くんの拳が僕の顔から離れた。
鼻骨折れるかと思った……。
顔をおさえながら僕はしばらく沈黙する。
「遠藤……さんが女の子って、ほんと?」
ついさっきまで永井さんと一触即発な雰囲気を放っていた篠田が、遠藤さん(でいいやもう!)から目をそらさないまま永井さんに質問した。
彼女は和菓子に楊枝をさして、気まずそうな顔をしながらもぐもぐと口を動かし、そしてそれを飲み込んだ。
「ほんとよ」
「えぇっ!?」
僕と篠田は同時に叫び、篠田は永井さんのほうへ身を乗りだした。
「な、なんで。どこで知ったの?」
「ここで。家でよ」
「……家」
永井さんが遠藤く――いや、さんの家をまるで自分の家みたいに「家」と言ったのが、少しだけ衝撃的だった。
それほど自分の家に帰りたくないということだろうか。
「なぁ、時間いいのか?」
正体をばらされたことに怒っているのか、遠藤さんはだいぶ不機嫌そうだった。
遠藤さんにそう言われた篠田は、自分の手首にしている腕時計を見て、慌てて立ち上がる。
「帰らなきゃっ!」
僕も自分の腕時計を見ると、いつのまにか時刻は6時。
「僕も、そろそろ帰ろうかな」
立ち上がりかけたそのとき、遠藤さんが声をかけてきた。
「2人とも僕の家で夕飯食べてけば?」
「え、でも遠藤……さんの両親とか」
「親いないから平気」
僕は開きかけた口を閉じる。何を言えばいいのかわからなかったからだ。隣にいる篠田をうかがうと、彼女も口を閉じたまま遠藤さんをじぃっと見つめている。
その場に微妙な空気が流れた。
遠藤さんがため息をつく。
「別に普通だろ。親がいないことくらい。どうせ2人だけの夕飯になるんだし、人数多いだけいいだろ」
「だけど4人分の食事とか」
「平気だよ」
「問題なし」と言って、遠藤さんは立ち上がる。そのままキッチンへと歩いていって冷蔵庫から食材を取りだした。
「無難にカレーでもいいかな。時間ないし。大丈夫?」
「あたしは平気」
「わ、私もっ!」
僕も、と言おうとして口を閉じる。
今、男子って思えば僕1人だけなんだよね……。
永井さんも篠田も女子、遠藤さんも女子だった。だとしたら男子の僕はすごく居づらい立場なのでは?
せめて僕だけでも帰るべきだ。
「ごめん。やっぱり僕は帰るよ」
「え、なんで?」
「なんでってそりゃ」
「女子しかいない空間が居づらいとか思ってんじゃないの?」
遠藤さんの言葉に僕は口をつぐむ。彼女は僕のほうを見ずに、まな板と包丁を取り出しながら先を続ける。
「別に帰ってもいいけど、篠田が帰るときに女子1人で帰らせることになるけど?」
た、たしかに……。
僕がチラッと篠田を見ると、彼女は「大丈夫だよっ!」と言って、直後に何か思いだしたのか、「あ」と声を上げた。
「ごめん私、やっぱり帰る! もうすぐ賞味期限切れのおかずがあったんだった」
言いながら篠田はカバンを手に持った。玄関に向かおうとして、くるっとUターンをしてきたから何かと思えば、彼女は永井さんに向かってビシッと指差した。
「次からちゃんと、お掃除参加してよね。あ、あと。学校に来ること。渡良瀬くんが心配しちゃうから」
「……わかったわよ。あと人を指で差さないで」
かなり不満そうな顔をして永井さんはうなずいたけれど、篠田はとりあえずその返事だけで満足したのか「よしっ」とつぶやいた。
「マンションの玄関まで送る。ここのセキュリティ、でるときもすごくごく面倒だから」
キッチンで野菜を洗っていた遠藤さんが、その手をタオルで軽く拭きながら言った。
篠田の顔がパァッと輝く。
「わかった。ありがと」
「待って。そのお見送り、あたしがやるわ」
永井さんが急に率先して言うものだから、僕らは目を丸くして彼女を見る。さっきまで篠田と喧嘩っぽい状態だったのに、その当人を見送るなんて大丈夫だろうか。
「マンションの玄関まででしょ? 行き方とか、でるまでの方法とか、昨日遠藤に聞いて、だいたいわかったから」
「昨日の今日で覚えたの?」
「あたしだって、伊達に優等生やってないから」
僕の質問に永井さんはどうでもいいことのようにそう答えて、「じゃあよろしくね」と言った篠田と一緒に玄関まで行って、でていってしまった。
さっきまであんな喧嘩っぽい状態になっていたのに、2人だけにして果たして大丈夫だろうか。




