22話 マンション2
「そういう言い方ないんじゃないの?」
突然、篠田がそんなことを言った。
「雪は永井さんのこと心配してここまで来たのに、何様のつもり?」
明らかに喧嘩を売るような篠田に、永井さんがムッとした。
「その言い方だと篠田、あんたはまるであたしのこと心配していないみたいだね」
「当たり前でしょ」
テーブルをはさんで彼女たちは互いににらみあう。下手に口をはさんだら、それを皮切りに戦争が起きるのではないかというくらいに、嫌な空気が立ち込めた。
ちょっとこの空気は嫌だ。
口を挟もうとしたそのとき、隣にいた遠藤くんが僕の腕をつかんできた。
彼を見ると、鋭い眼光が僕を打つ。
黙っていろ、ということだろうか。
篠田は永井さんをにらみつけながら、早口で先を続ける。
「永井さんはいつもいつも、掃除をサボってたよね。その度に他の子が永井さんの代わりをしてくれてるの、永井さんは知ってる? きっと塾とか色々習い事あって忙しいのはわかるよ。でもさ、掃除っていうのは決められた日にただやるだけ。そんな毎日やる必要なんてないのに、その度にサボるのは、私は許せない。いい加減にしてほしいんだけど」
今までの不満を、篠田は一気にぶちまけた。
そして、篠田の言ってることが正しいと理解しているのか、永井さんは悔しそうに唇をゆがませながら黙っている。
正直、篠田を悪者扱いになんかしたくないけど、さすがに言いすぎじゃないか?
さらにどうでもいいことに、遠藤くんが僕の耳にそっとささやいてきた。
「余計な口出しするなよ」
わかってる、と言いたいけど言えなかった。
やがて、永井さんは観念したように口を開いた。静かに頭をさげる。
「そのことは、ごめんなさい……。謝ります。篠田の言うことは正しいって、わかるわよ。でも」
そのまま永井さんは両手で頭をかかえて、また黙ってしまった。言おうかどうしようか迷っているように僕には見える。篠田はそれ以上何も言わず、同じく黙って永井さんを見つめている。
遠藤くんは素知らぬ風で、懐紙《かいし》に載せられた朝顔のかたちをした、練り切りの和菓子にそっと楊枝を入れていた。
僕もとりあえず遠藤くんが入れてくれたお茶を飲んで、心を落ち着かせよう。
そう思って湯呑に口をそえたところで、舌から喉にかけておかしな刺激にみまわれた。
「っ!?」
そのあまりの辛さに、勢いよくお茶を吹きだす。
「雪っ!?」
僕はゲホゲホと咳き込みながら、篠田が差し出してくれたハンカチを片手で制して、自分のハンカチをポケットから取り出すとそれで口をぬぐった。
「ゲホッ、ゴホッ、ごめ、ごめん。ちょ、と。むぜだ……」
口をおさえて何度かゲホゲホと咳き込む。
……何だ、すごく口と舌がヒリヒリする。辛いせんべいを食べたあとみたいな感覚だ。
いったい、このお茶に何が……。
湯呑に入ったお茶とにらめっこをしていると、隣でクスクスという忍び笑いが聞こえた。そちらを見ると、遠藤くんが肩を小刻みに震わせていた。背を向けているから、彼がどんなことをしているのかはわからない。
「え、遠藤く……」
「アーハッハッハッ!」
声をかけたその瞬間、遠藤くんが部屋じゅうに大きく響く音量で笑い出した。
僕と篠田は何が起きたのかと驚き、目の前で永井さんがあきれたようにため息をつく。
まさか、遠藤くん。このお茶に何かしたのか!?
「何なの、このお茶……」
僕の疑問の声はしかし、遠藤くんの大きな笑い声に簡単にかき消されてしまった。
いつまでも笑うのをやめない遠藤くんに代わって、永井さんがあきれたように答えを教えてくれる。
「唐辛子入り緑茶。悪趣味よね」
「唐辛子入りぃっ!?」
素っ頓狂な声をあげてもう一度緑茶を見る。一見、普通の緑茶だ。健康的なまでの緑色がその何よりの証拠だ。
もしかして香りがそうなのかと思ってかいでみてもこれも普通。なんだこれは……?
遠藤くんは笑ったまま止まらない。こんなに笑うのかってくらいに笑いすぎている。お腹を抱えて苦しそうに、涙を流しながら笑っている姿を見て、僕はあぜんとする。まさかこんなに笑う人だったとは。
ていうか、本当に何なんだこのお茶は。
「あー笑った」
満足したのか、遠藤くんは笑いの余韻は残すものの、指でまなじりの涙をふいてやっと鎮まった。
そうして僕にニヤッといじわるな笑みを浮かべてきた。
「場を和ませるにはちょうどいいだろ?」
いじわるか。
僕はため息をついてもう一度お茶を口に含む。
うん、ちょっぴり辛いけど意外においしいかもしれない。癖になりそうだ。
もう一度口に含むと、ぽかぽかと体が温かくなってきた。
「気に入ったか?」
「ああ、うん。僕、わりと辛いの好きなんだよね。苦いのとか」
「やっぱり」
まるでわかっていたみたいな遠藤くんの言葉に僕は首をかしげる。
「雪は絶対甘い物よりそういう、辛い物が好きだって思ってた」
「え、それどういう意味?」
「これをコノハにあげたとき、一瞬気絶したよな」
「失礼ねっ!」
遠藤くんの行動に違和感を覚える。
今、もしかして話題をそらされた?
僕の疑問を他所に、永井さんは顔を真っ赤にしながら、遠藤くんに怒鳴り散らした。
「だいたいあれはあんたが悪いんじゃない!」
「出されたもの、素直に飲むお前がおかしい」
「あたしだって警戒してたわよ。だけどあんたが飲まなきゃかくまってやらないって脅すから!」
「なんでもいいだろ、うるさい女だな」
「あんただって女じゃないっ!」
……は?