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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
23/126

22話 マンション2

「そういう言い方ないんじゃないの?」


 突然、篠田がそんなことを言った。


「雪は永井さんのこと心配してここまで来たのに、何様のつもり?」


 明らかに喧嘩を売るような篠田に、永井さんがムッとした。


「その言い方だと篠田、あんたはまるであたしのこと心配していないみたいだね」


「当たり前でしょ」


 テーブルをはさんで彼女たちは互いににらみあう。下手に口をはさんだら、それを皮切りに戦争が起きるのではないかというくらいに、嫌な空気が立ち込めた。


 ちょっとこの空気は嫌だ。


 口を挟もうとしたそのとき、隣にいた遠藤くんが僕の腕をつかんできた。

 彼を見ると、鋭い眼光が僕を打つ。

 黙っていろ、ということだろうか。

 篠田は永井さんをにらみつけながら、早口で先を続ける。


「永井さんはいつもいつも、掃除をサボってたよね。その度に他の子が永井さんの代わりをしてくれてるの、永井さんは知ってる? きっと塾とか色々習い事あって忙しいのはわかるよ。でもさ、掃除っていうのは決められた日にただやるだけ。そんな毎日やる必要なんてないのに、その度にサボるのは、私は許せない。いい加減にしてほしいんだけど」


 今までの不満を、篠田は一気にぶちまけた。

 そして、篠田の言ってることが正しいと理解しているのか、永井さんは悔しそうに唇をゆがませながら黙っている。


 正直、篠田を悪者扱いになんかしたくないけど、さすがに言いすぎじゃないか?

 さらにどうでもいいことに、遠藤くんが僕の耳にそっとささやいてきた。


「余計な口出しするなよ」


 わかってる、と言いたいけど言えなかった。

 やがて、永井さんは観念したように口を開いた。静かに頭をさげる。


「そのことは、ごめんなさい……。謝ります。篠田の言うことは正しいって、わかるわよ。でも」


 そのまま永井さんは両手で頭をかかえて、また黙ってしまった。言おうかどうしようか迷っているように僕には見える。篠田はそれ以上何も言わず、同じく黙って永井さんを見つめている。

 遠藤くんは素知らぬ風で、懐紙《かいし》に載せられた朝顔のかたちをした、練り切りの和菓子にそっと楊枝を入れていた。

 僕もとりあえず遠藤くんが入れてくれたお茶を飲んで、心を落ち着かせよう。

 そう思って湯呑に口をそえたところで、舌から喉にかけておかしな刺激にみまわれた。


「っ!?」


 そのあまりの辛さに、勢いよくお茶を吹きだす。


「雪っ!?」


 僕はゲホゲホと咳き込みながら、篠田が差し出してくれたハンカチを片手で制して、自分のハンカチをポケットから取り出すとそれで口をぬぐった。


「ゲホッ、ゴホッ、ごめ、ごめん。ちょ、と。むぜだ……」


 口をおさえて何度かゲホゲホと咳き込む。

 ……何だ、すごく口と舌がヒリヒリする。辛いせんべいを食べたあとみたいな感覚だ。


 いったい、このお茶に何が……。


 湯呑に入ったお茶とにらめっこをしていると、隣でクスクスという忍び笑いが聞こえた。そちらを見ると、遠藤くんが肩を小刻みに震わせていた。背を向けているから、彼がどんなことをしているのかはわからない。


「え、遠藤く……」


「アーハッハッハッ!」


 声をかけたその瞬間、遠藤くんが部屋じゅうに大きく響く音量で笑い出した。

 僕と篠田は何が起きたのかと驚き、目の前で永井さんがあきれたようにため息をつく。

 まさか、遠藤くん。このお茶に何かしたのか!?


「何なの、このお茶……」

 

 僕の疑問の声はしかし、遠藤くんの大きな笑い声に簡単にかき消されてしまった。

 いつまでも笑うのをやめない遠藤くんに代わって、永井さんがあきれたように答えを教えてくれる。


「唐辛子入り緑茶。悪趣味よね」


「唐辛子入りぃっ!?」


 素っ頓狂な声をあげてもう一度緑茶を見る。一見、普通の緑茶だ。健康的なまでの緑色がその何よりの証拠だ。

 もしかして香りがそうなのかと思ってかいでみてもこれも普通。なんだこれは……?


 遠藤くんは笑ったまま止まらない。こんなに笑うのかってくらいに笑いすぎている。お腹を抱えて苦しそうに、涙を流しながら笑っている姿を見て、僕はあぜんとする。まさかこんなに笑う人だったとは。


 ていうか、本当に何なんだこのお茶は。


「あー笑った」


 満足したのか、遠藤くんは笑いの余韻は残すものの、指でまなじりの涙をふいてやっと鎮まった。

 そうして僕にニヤッといじわるな笑みを浮かべてきた。


「場を和ませるにはちょうどいいだろ?」


 いじわるか。


 僕はため息をついてもう一度お茶を口に含む。

 うん、ちょっぴり辛いけど意外においしいかもしれない。癖になりそうだ。

 もう一度口に含むと、ぽかぽかと体が温かくなってきた。


「気に入ったか?」


「ああ、うん。僕、わりと辛いの好きなんだよね。苦いのとか」


「やっぱり」


 まるでわかっていたみたいな遠藤くんの言葉に僕は首をかしげる。


「雪は絶対甘い物よりそういう、辛い物が好きだって思ってた」


「え、それどういう意味?」


「これをコノハにあげたとき、一瞬気絶したよな」


「失礼ねっ!」


 遠藤くんの行動に違和感を覚える。

 今、もしかして話題をそらされた?


 僕の疑問を他所に、永井さんは顔を真っ赤にしながら、遠藤くんに怒鳴り散らした。


「だいたいあれはあんたが悪いんじゃない!」


「出されたもの、素直に飲むお前がおかしい」


「あたしだって警戒してたわよ。だけどあんたが飲まなきゃかくまってやらないって脅すから!」


「なんでもいいだろ、うるさい女だな」


「あんただって女じゃないっ!」


 ……は?

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