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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
22/126

21話 マンション

 とりあえず遠藤くんの言葉の真偽を確かめるため、このあと塾があるといって戸田さんははずれたものの――あとで必ず電話で何があったか教えるように頼まれた――僕と篠田は彼の家を訪れたわけなんだけど。

「でっっっか」

 遠藤くんの家に到着した僕らは、そのあまりの大きさにあぜんとした。

 いや、家というよりマンションだけど。

 遠藤くんの家は学校の近くに最近建てられたばかりの高級マンションだったのだ。

 どうやら、彼は相当の金持ちらしい。


「来ないの?」


 すでに玄関まで来ていた遠藤くんがチラッと振り返った。慌てて僕らは彼のあとを追う。

 マンションの玄関を入ると、まず電子ロックがあった。遠藤くんはそこにあるカードキーに持っていたカードをスライドさせて、何やら番号を打ち込んだあと、さらにそこにある黒い液晶画面をじぃっと見つめていた。やがてピコンと音がして目の前の自動ドアが静かに開く。

 虹彩認証の類いだろうか。


「すごい厳重だね」


「さすが高級新型マンション……」


 僕と篠田は物珍し気にキョロキョロと中を見回しながら、素直に感想をもらす。

 ところが僕らの前を歩いている遠藤くんは疲労感たっぷりのため息をついた。


「まだあるんだよ……」


 そしてそれは実際、遠藤くんの言葉通りだった。

 僕らはマンションの玄関に入ってから、何重ものセキュリティシステムをかいくぐって――というのはおかしいか。通りすぎて。結局、遠藤くんの部屋にたどり着くまで、15分以上はかかってしまった。

 部屋に着くころには僕らはすごく疲れていた。こんなことを毎日遠藤くんがやっているのかと思うと、そりゃあんな疲れ切った顔にもなるか。

 そもそも、家をでるだけで時間がかかるっていうのは、問題じゃないか? 僕の家なんて玄関から敷地の外へ行くのに1分もかからない。そもそも、僕の家は今にも壊れてしまいそうなおんぼろアパートの一室だから、このマンションとは雲泥の差なのだけれど。


「さて、と」


 遠藤くんがとある部屋の前で止まった。そこには1208という4桁の番号が書かれている。どうやらここが彼の部屋らしい。

 遠藤くんは最初にマンションに入ったときと同じように、カードを玄関のドアノブ脇にあるカードキーにスライドさせて、番号を打ち込んだ。さらに今度は普通のどこにでもあるような鍵を取りだして、鍵穴に差し込むと、ぐるりとまわした。

 ガチャリと音が響く。


「いらっしゃい」


 遠藤くんが玄関のドアを開けたその直後、中から誰かが飛びだしてきた。


「うぉわっ!」


 僕と篠田の目の前で、遠藤くんは部屋からでてきた何者かに飛びつかれ、派手に尻餅をつく。

 突然のことに驚く僕らは、遠藤くんに飛び付いてきたその人物を見て、さらに驚いてしまった。

 遠藤くんの上にいたのは、黒髪にポニーテールの……。


「永井さん!?」


 驚いて名前を呼ぶと、遠藤くんに馬乗りになった少女は、ポニーテールをふわっと揺らしながら僕を見た。


 間違いない、永井さんだ。


 彼女も同じように驚いた顔をして、じろじろと僕と篠田を見る。


「雪、と。篠田まで! ちょ、どういうことよ遠藤!」


「それは僕のセリフなんだけど」


 いたた、と声をもらしながら遠藤くんは腰のあたりをさする。それを見た永井さんが慌てて彼の上からどいて、手を差し伸べて立たせた。


「部屋開けていきなり頭突きかますとか、イノシシかキミは」


「失礼ねっ!」


「で、何。ゴキブリでもいた?」


「なんでわかるのよ」


「今朝見かけたから」


「退治しときなさいよっ!」


 きゃんきゃん吠えるように永井さんは遠藤くんにつっかかるけど、彼は彼で両耳に指をつっこんで聞こえないフリをしている。

 何があったか全く分からないけれど、どうやら一晩で妙に打ち解けたらしい。こんな永井さんを、僕は見たことがなかった。

 僕は思わず、篠田と顔を見あわせる。

 文句を言い終えた永井さんは、ハァとため息をついてもう一度僕らに向き直った。


「で。雪と篠田がきたのはなんで? もしかして連れ戻しに来たとか? 言っとくけどあたしは帰らないわよ」


「ああ、うん。帰らないなら好きにすればいいよ」


 とりあえずそう答えると、永井さんは眉を内側によせて納得できないという顔をしだす。じゃあなんでここに来たのか、ということだろうか。

 僕自身、なんでだろうなぁと思う。たしかに永井さんのことは心配だけど、わざわざ他人の事情に押しかける必要もないのではないかと。


 答えあぐねていると、遠藤くんが助け舟をだしてくれた。


「こいつら、お前がどうしてるのか心配してたから、俺がつれてきたんだ。一方で、渡良瀬はこのことを知らない。安心しろ」


「別にそこはどうでもいいわよ」


「あっそ。――それじゃ、雪も篠田も入りなよ。こんなとこにいつまでも突っ立ってたってしょうがないだろ」


 遠藤くんが僕らの後ろに周りこんで背中をトン、と優しく押してきた。僕はよろけそうになりながら、遠藤家に入る。


 遠藤くんが最後に入ってドアが閉まった瞬間、鍵がロックされる音が玄関に響いた。こんなところまで自動らしい。

 靴を脱いで玄関にあがると、ふといい匂いがした。下駄箱の上に目をやると、そこには小さな煙をだしたお香とが立ててあった。どうやら匂いはそこから発せられているらしい。どこか懐かしい感じがする。


「これ、白檀の香り」


 僕の視線の先に気づいたのか、遠藤くんが教えてくれる。


「ふぅん」


 白檀か、覚えておこう。

 遠藤くんに案内されるまま、バリアフリーの床を歩いていくと、リビングにたどり着いた。よほど強力なのか、ここでも玄関に置かれている白檀の香りが消えなかった。

 適当に腰かけていいと言われたので、近くにあった座布団にとりあえず正座する。篠田と永井さんも同じようにして座布団の上に座った。

 遠藤くんはキッチンへ向かっていった。

 部屋のなかを見渡してみる。

 テレビ、簡素なテーブル、畳の柄をしたカーペット、白い壁。なんとも殺風景な部屋だった。


「人の部屋、じろじろ見るなよ」


「あ、ごめん」


 遠藤くんににらまれて僕は慌てて姿勢を正す。遠藤くんの手にはおぼんがあって、その上には急須と人数分の湯呑、朝顔のかたちをしたお茶菓子が添えられていた。彼はそれらを近くにあったテーブルに並べていく。


「僕の家、基本和菓子だからこんなものしかないけど」


「お構いなく」


 篠田がにこにこしながら答える。他人の家に入っているというのに、どうしてこんなに笑顔なのだろう。緊張とかしないのかと思いながら、彼女の視線の先を見ると、和菓子に注がれているではないか。

 どうやらお菓子目当てらしい。


「ほんとにここに来たのは、あたしの様子を見るためだけなの?」


 遠藤くんが急須に入ったお茶を湯呑に注いでいるあいだ、永井さんが訝し気に僕らの様子を伺いながらそう聞いてきた。


「遠藤くんが、永井さんは自分の家にいるって言ったから。学校でみんな心配してたよ。家には連絡つかないし、徹くんは学校サボっちゃうし。大変だった」


 永井さんは徹くんの名前が出るなり、さらに顔をしかめた。


「あたしなんかのために、わざわざ学校サボる必要なんてないのに……」


「このこと、永井さんのお母さんは知ってるの?」


「…………」


 そこで永井さんは口を閉ざす。


「キミ、まだ言ってなかったのかよ」


 どうやら遠藤くんも知らなかったらしい。けれど、永井さんはわりとあっさりとしながらこう言った。


「大丈夫よ。ママは普段、仕事で夜の9時頃になるまで帰ってこないもの。昨日だって連絡なかったし、たぶん会社で泊まり。いつものことだから」


「それって、いくら何でも……」


「雪うるさい」


 永井さんににらまれ、さらにビシッと言われたので、仕方なく僕は口を閉ざすしかなかった。

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