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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
21/126

20話 遅刻2

「で、結局連絡が来なかったわけね」


 戸田さんの言葉に僕はうなずいた。


 今は放課後。教室には僕と篠田と戸田さんが残っていた。

 結局徹くんは教室に戻ってこなかった。LINEを送ったのにそれすらも反応がないから、ちょっと不安になる。

 戸田さんは胸の前で腕を組んで、困ったように眉間にシワを寄せている。

 はぁ、とため息をついて。


「渡良瀬くんはともかくとして、永井さんが無断で欠席するなんて」


 クラス委員長としてみんなを統率しなくてはいけないという気持ちがあるのだろう。そのため息混じりの言葉がそれを象徴している。

 2人のこと、もちろん僕だって心配だけど。何より遠藤くんのことも心配だ。昨日はあれだけ普通――でもなかったか。僕が倒れたときにものすごく取り乱したらしいし。まぁともあれ、あんなことだけで休むとは考えにくいし。

 何かあったのかな。


「先生は何も言ってなかったの?」


 篠田の質問に戸田さんは首を横に振った。


「聞いてみたんだけどね、連絡がとれないみたい」


「連絡がとれない?」


「そうなの。ほら、永井さんの家ってたしか、お父さんがいなくて、お母さんが働いてるらしいじゃない? それで、お母さんに電話をしてるんだけど、連絡がとれないらしくって」


「遠藤くんは?」


「彼も同じらしいわ。家に電話をかけても誰も出ないって」


 なんだか不安になってきた……。

 まさかとは思うけど、事故か事件に巻き込まれているんじゃ?


「雪、遠藤くんとわりと親し気だったよね。携帯の番号とか聞いてないの?」


「聞いてない……」


 うかつだった。


「う~ん……。ただの無断欠席ならいいんだけど」


 戸田さんが篠田を軽くにらんだ。


「よくないわよ。学校を無断で休むなんて信じられない」


 その言葉には多少の怒りがこめられていた。

 真面目な戸田さんは学校の規律を守らない人を許せない質の人間だ。だから学校を無断で欠席している遠藤くんと永井さんのことは許せないし、いつも学校をサボっている徹くんとは相容れない。

 とはいえ、ここであれこれ議論していても仕方ないし、ここにいればいつかやってくるわけでもないのだ。今日は帰って、明日になってからまた――。


「おはよう」


 ガラッとドアが開く音と同時に、男子にしては高く澄んだ声が聞こえた。

 僕は耳を疑い、思わずそっちに目を向ける。

 そこには、一瞬女子と見間違うくらいに長い髪をポニーテールにした、遠藤くんの姿があった。


「え、遠藤くんっ!?」


「よっ、雪」


 片手を挙げて軽く挨拶をする遠藤くんに、戸田さんがさっそく怒鳴る。


「よっ、じゃないわよ。もう放課後よっ! 今まで何をしてたの」


 遠藤くんはしかめっ面を作って、戸田さんの怒鳴り声に対して、自分の耳に指を突っ込んで反論する。


「なんだよ。来て早々お説教とか。いいじゃん、学校には来たんだからさ」


「学校には来たって……、もう放課後だよ?」


「寝坊しちゃった」


「寝坊するにしたって、ゆっくりすぎない?」


 篠田が苦笑交じりに言ったけど、それは僕も同感せざるを得ない。とんだ重役出勤だ。


「ほんとに寝坊なの?」


 不安になりながら僕が聞くと、遠藤くんはあっさりとうなずいた。


「ああ、寝坊だよ。家の目覚ましが壊れててさ、気づいたら昼の3時過ぎ。学校終わるじゃんって思いながら来たんだ」


 こういうとき、大抵の人は「それでも学校に来たんだ。自分って偉くない?」みたいなアピールをするんだけど、遠藤くんはそういう態度を一切見せなかった。

 来ても来なくてもどっちでも良かった、そんな態度。


「秋庭先生が遠藤くんの家に電話したって、聞いたんだけど……」


「ウソッ! 全然気づかなかった」


 本当に知らなかったみたいで、遠藤くんは目を見開いて驚いている。


「何してたの?」


 答えてくれないだろうなと思いながらした僕の質問に、しかし遠藤くんはあっさりと答えてくれた。


「永井コノハに会ってきたんだ」


 もう1人の行方不明者の名前に、僕らのあいだに一瞬沈黙が訪れる。

 直後、我に返った篠田が「なんでっ!」とその場にいる僕と戸田さんの意見を代弁するように聞き返した。


 そして遠藤くんはこれもやはりあっさりと答えた。


「話してみたかったから拉致した」

「拉致ぃっ!?」


 篠田が素っ頓狂な声を上げ、戸田さんが信じられないものでも見るような目をしている。僕はというと、頭を抱えたくなった……。


 何を言っているんだろうか、彼は。

 いやそもそも、こんなにはっきりと答えてくれる犯罪者がいるだろうか。


 僕の隣で戸田さんが慌てたような声をだす。


「ちょ、遠藤くん。あなた、拉致ってどういうことよ! それって犯罪よ、わかってる!?」


 戸田さんはあろうことか、遠藤くんの胸倉をつかんで問いただし始める。当の本人は知らん顔で、篠田はそんな2人の間でやっぱり慌てていて、僕はとりあえず遠藤くんの胸倉をつかんでいる戸田さんの手に触れた。


「一度落ち着こう、戸田さん。きっと冗談だからさ。ね、遠藤く」


「冗談じゃないんだけど」


 かばおうとした矢先、遠藤くんがズバッととんでもないことを言ってのけた。

 その場の時間が一瞬間だけ停止する。


 篠田がチラッと僕を見たけれど、僕自身どうしていいかわからないので黙るしかない。


 戸田さんの体がフラッと横に傾いた。


「わわっ、戸田さん!」


 篠田が慌てて倒れかけた戸田さんの体を支える。

 僕は遠藤くんが自らの口で暴露したその言葉を、心の中で何度も何度も反芻して、ちょっと落ち着こうと深呼吸を3回くらいしてから彼に聞いてみた。


「え、遠藤くん、何かの冗談だよね? 人を拉致するのはなんていうか、その……犯罪なんだけどさ。どうしてそんなことをしたか、あーえーっと。経緯みたいなヤツ、聞いてもいいかな?」


 戸田さんが今にも遠藤くんに飛びかからんとしているというか、殺気がもはやヤバい……。はっきり言って怖いし。今は篠田が彼女を抑えているからどうにかなるとしても、篠田が限界を迎えたら、遠藤くんが殺されてしまう。

 なるべくなら、穏便に済んで欲しい。


「……昨日、永井コノハの家に行ったんだ」


「行ったって……。永井さんの家知ってるの?」


「後ついてった」


 つ、ついてったぁっ!?

 僕は耳を疑うと同時に、戸田さんの様子を恐る恐るうかがうと、彼女は鼻息荒く、まるで獲物を噛み殺さんばかりの獅子のようだ。


 僕はまた頭を抱えたいのをこらえつつ、「それで?」と遠藤くんに先を促した。篠田が戸田さんをおさえるのがつらそうだけど、とりあえず事情を聞かないことにはどうしようもない。


「それで。まあ、とりあえず家にあがらせてもらったよ。家の中は殺風景すぎ。親がいなかったみたいでさ、適当に話をしてから僕の家に」


「適当に話しただけで家に誘ったの?」


 信じられないと思いながらも聞くと、遠藤くんはうなずいた。


「まあ、そのあいだに色々言い合いはしたけど、このままでいいのかって言って、そしたら泣き出しちゃったから」


「泣き出した!? あ、あの永井さんが?」


 思わず大きな声をあげると、遠藤くんがちょっと不機嫌な顔になった。


「誰だって泣くことくらいあんだろ。永井コノハだって、案外つらかったんじゃないの?」


 まあ彼女のことを何も知らない僕が、永井さんが泣いたことに驚いたってしょうがない話か。

 ん、ていうか。


「さっき、遠藤くんの家にいるって言った? 永井さん」


「うん」


 たしか戸田さんは、秋庭先生が彼女の家に電話したら誰も出なかったんじゃなかったか。


 それはつまり。


「もしかしてさ。今も永井さん、遠藤くんの家に?」


 僕の言葉に、やはり遠藤くんはいやにあっさりとうなずいた。


「ああ、いるよ」

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