1話 転校生1
はじめての小説です。
教室に入るといつものように日常が始まる。朝というのは不思議だ。机でボーッとしていると、急に眠気が襲ってきて、ふと気がつくといつの間にか、朝のホームルームが始まるのだから。
今日の僕はいつもより、ちょっと遅刻ギリギリ。教室内にある時計を確認すると、8時20分だった。始業のホームルームの5分前。
「あ。おはよう、雪!」
「おはよう、篠田」
明るく朝の挨拶をしてきたのは、クラスメイトの篠田里香だ。口もとをほころばせながら、彼女は机の上に文房具を広げていた。ディズニーもあればリラックマもあって。わりと種類は豊富。彼女は毎日そうやって、その日使う文房具の種類を机の上に並べ、何を使うか決めるのが恒例らしい。
「ねぇ、雪はどれがいいと思う?」
そして、大抵僕にどれがいいかと聞いてくる。篠田は僕の目の前にディズニーやリラックマ、それから最近人気がで始めた「まろさん」と呼ばれるまろまゆの柴犬のキャラクターが描かれたシャーペンをかざしてきた。
う~ん……。
はっきり言ってしまうと、僕にはどれも同じにしか見えない。適当に「まろさんじゃないかな? 最近人気だし」と言っておく。
すると篠田の顔がさらにパッと輝きだした。
「やっぱり雪もそう思うよね! じゃあこれにしよっと」
篠田は大事そうに「まろさん」のシャーペンを握りしめた。
やがて始業のチャイムが鳴る本当のギリギリになって、教室のドアがガラリと開かれた。僕はてっきり担任の小野塚先生が来たのかと思ったけれど、そこにいたのはクラスメイトの渡良瀬徹くんだった。
「おはよー」
「わっ! 徹くんが珍しく始業時間前に教室に入ってきた! ギリギリだけど」
篠田が遠慮なしにずけずけと言ってのけるのを聞いて、僕は思わず苦笑した。
徹くんは普段、遅刻および無断早退の常習犯である。色々と問題を起こしがちな彼だけど、成績が良すぎるゆえに先生たちは大目に見ている。
羨ましい限りだ。
徹くんは直接自分の席には行かず、僕らのところにやってきて言った。
「なんかさ、小野塚先生が『今日くらいは早く来い』ってメールしてきたから、起きてきたんだ」
「へぇ」
「何かあるのかな?」
僕らが不思議がって首をかしげあっているところへ、タイミングよく担任の小野塚先生が教室に入ってきた。
それと同時に、始業のチャイムが鳴りだす。
「ほらあ、早く座れぇ」
先生の言葉に従い、僕らは慌ててそれぞれの席に着いた。
「せんせー、今日は何かあるんですかぁ?」
朝の挨拶もそこそこに、篠田が間延びした声で小野塚先生に質問をした。すると先生はフッと微笑んで、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔をしながら口を開いた。
「大ニュースだぞ、みんな。今日から我が3年B組にもう1人仲間が増えることになったんだ!」
先生の言葉に教室のあちこちでざわめきが起こりだした。
「転校生かぁ」
小野塚先生に質問をした当人の篠田が、「なぁんだ」とつまらなそうに言った。あまり興味がないみたいだ。
まあ転校生だって、普通の人だからな。そこで騒いだり喜んだりするほうが逆にどうかとも思う。
わくわくはするけど。
先生は教壇から降りると、教室の前ドアに向かって声をかけた。いや正確には、開けっぱなしのドアの向こうで待機している人に向かって。
「おーい、ウミ。お前の出番だぞ」
「はい」
高く澄んでいて、どこか懐かしさを覚えるような声が僕の耳に入りこんだ。
一瞬だけ、心臓が高鳴った気がした。
ところが教室に入ってきたその人は、あまりにも僕の――いや、もしかしたらクラス全員の予想を裏切るような容姿をしていた。
先生が隣で苦笑しながら、「こんな容姿だが、まぁ。気にするな」と言った。
いやいや、気にするでしょ。というのが僕らの感想だ。
僕は篠田と顔を見合わせて首を傾げあう。他のみんなもいぶかしんだり、興味津々といった様子で転校生をジロジロ眺める。
転校生をジロジロ見るのは半ば当たり前だし、それでいてかなり失礼だけど。それにしても、である。
それもそのはずなのだ。
だってその子は、男子の制服をきっちり着こなしているくせに、まるで女子みたいに腰まで届く長い髪をポニーテールにして結んでいたのだから。
それにしても、透き通るくらいの綺麗な黒髪だな……。
僕はちょっと見惚れてしまった。
「さて、自己紹介を頼むぞ」
先生の言葉にその子はうなずき、口を開いた。そこからまるでメロディを奏でるかのように。またあの高く澄んだ声が、僕の耳に入ってきた。
「エンドウ、ウミです。……3年生になって転校してきたから、1年間しか過ごすことができませんが、よろしくお願いします」
小野塚先生が黒板に「遠藤海」と書いた。
そう書くのか。
遠藤くんは一瞬、僕のほうを見てきた気がしたけど、おそらく気のせいだったのだろう。すぐに彼は目をそらし、僕らに向かってゆっくりお辞儀をした。
修正:2018/4/9