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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
5月
19/126

18話 訪問

 最終下校時刻の20時を知らせる音楽が静かな図書館に流れ出した。下校をうながす音楽にしては最適なのだろうと誰もが思うような曲を流しているのだろうが、今のコノハにはどうでもよかった。

 広げていた勉強道具をまとめてカバンに無造作に放り込んで席を立つ。周囲を見ると、自分以外もう誰もいないことに気が付いた。

 ハァとため息をついたその直後、ポンと肩に手が置かれた。


「きゃぁっ!」


 突然のことに驚いて、持っていたカバンを護身用に振り回すと、「うぉっ!」という短い叫び声が聞こえた。しかも聞き慣れた声である。

 恐る恐るそちらを見ると、コノハの肩をたたいてきた人物の正体は渡良瀬徹だった。


「徹……」


 ホッと息をつくものの、驚いてしまったことが彼に知られてしまうのが恥ずかしく、コノハはすぐにムッとした顔をした。

 そんなコノハの胸の内を知ってか知らずか、徹は気さくに話しかけてきた。


「今帰り?」


「……いつからいたの?」


 徹の質問を無視して、コノハは警戒心をあえて顔じゅういっぱいにだしながら聞いた。

 徹がうっすらと微笑む。


「ずっとお前の目の前の席で本読んでた」


「はぁ!?」


 コノハたちが今いる図書館の自習室には、1つ1つに敷居が設けられていて、ましてや目の前に誰が座っても気付きにくい構造をしている。

 徹に負かされたような気分をコノハは味わう。別に勝負をしていたわけではないのだが、彼女の負けず嫌いな心がそういう思いを抱かせた。

 思わず悪態がついてでる。


「随分余裕なのね。もうすぐ中間でしょ」


「ちゃんと勉強はしてるよ。問題ないし」


「あっそ」


 とても余裕そうな彼の口ぶりがますます癇に障る。

 コノハは舌打ちしたい気持ちをおさえながら、これ以上は徹に構わないことにして彼の横を黙って通りすぎた。

 その後ろでスキップのような足音が続いた。

 コノハは立ち止まって後ろを振り返らずに一言、「ついてこないで」と口にした。しかし徹はおかしそうにクスクス笑う。


「だって俺の帰り道、コノハと一緒じゃん」


 たしかに徹の言う通りだ。自分と彼は家が隣同士のご近所なので、もちろん帰り道は否が応でも一緒になる。


「じゃあせめて時間ずらしてよ。なんで一緒の時間に帰ろうとすんのよ」


「色々やってたら遅くなっちゃってね。ほら、雪くんがぶっ倒れたし」


「雪? ああ、そういえば倒れたって聞いたけど。それで、大丈夫だったの?」


 別に雪のことなどどうでもよかった。あんなのほほんとした、平凡そうな男子生徒。よく定期試験の学年順位で10本の指に入るほどの実力を持っていることをコノハはもちろん知っていたが、だからといって自分の脅威になるほどの相手ではない。

 そんなのよりも。


 徹がいつの間にやらコノハの隣に並んでいた。注意しようかと思ったが、それもそれで面倒なので何も言わないことにした。


「一応大丈夫だったよ。寝不足かなんかだったんじゃん?」


「雪でも寝不足ってあるんだ」


 普段の彼からは信じられなかったので、コノハは思わず徹の顔を見て本当かどうか確かめてしまう。


「ま、あいつの性格からして勉強のしすぎで寝不足ってことはないだろうけど」


「…………」


 一瞬の反応。

 もちろん徹は見逃さなかったが、あえて突っ込まないでおく。定期試験を目前に控えるとコノハが神経質になりがちなのを、徹はよく知っていた。

 また母親だろうな、などと徹は考えてみる。

 最終下校時刻が来てしまったせいで、非常灯のみの暗い下駄箱でなんとか上履きから靴へと履き替える。段差に蹴躓いて転ばないように注意しながら、徹が先に外へと出た。そのあとをコノハが続いて、彼の横を黙って素通りした。


 2人して駅までの道を歩いていく。


「コノハ、1日どのくらい勉強してんの?」


「は?」


「怒るなよ。で、どのくらいやってんの?」


「そういう徹こそ、どのくらいやってるのよ」


「ぼちぼち、かな」


「ウソつき」


 軽蔑を込めてそう言ってやるが、徹はケラケラ笑うだけだった。それがさらにコノハの神経を逆なでする。しかしここで怒るのもなんだか馬鹿らしい。コノハはため息をついてその怒りを無理矢理静めた。


「ウソじゃないよ」


「絶対、ウソっ!」


「何ムキになってんの、お前」


「うっさい!」


 噛みついてからハッとする。何を馬鹿なことをしているんだ。さっきまで怒らないと決めていたというのに。これじゃあまるで徹の思惑通りだ。余計に腹が立ってくる。

 コノハは歩く足をちょっと速めた。


「速いんだけど」


「うるさいなぁ!」


 コノハは思わず後ろを向いて怒鳴ってしまう。それからハッとして慌てて前を向いた。後ろにいる徹が小さく笑う声がした。

 駅周辺は夜にもかかわらず、活気が良い上に人の出入りが激しかった。会社帰りのサラリーマン、部活帰りの学生たち、他にも様々な人々が行き来している。仲の良い親子が、子どもをはさんで両親と手を繋いでいる姿を見かけた。


 間にはさまれている子どもも、一緒にいる両親も、楽しそうに笑っている。


「羨ましいの?」


「な、何がよ」


 隣にいつの間にか徹が立っていることに驚き、コノハは慌てた。


「ああいう光景、コノハの家にはなかったなって」


「う、うっさいわねっ! あたしの家のことなんてどうでもいいでしょっ!?」


「そうだね、どうでもいいかもね」


 何か見透かしたような徹の態度に、コノハの怒りはいよいよ頂点に達した。


「ついてこないでっ!」


 そう吐き捨てながらコノハは駅に向かって駆け出した。


***


 結局あれから家には1人で帰った。徹とは帰り道が一緒なのに、だ。気づいたら彼はコノハの近くから消えていた。

 家に入ると、夕食と一緒に母親のメモ書きがあった。


「勉強しなさい」


 コノハは思わず舌打ちをして、その紙を真っ二つに手で切り裂き、さらにそれをぐしゃぐしゃに丸めて床にたたきつけた。

 勉強は毎日やっている、それこそ血反吐を吐きたくなるくらいに。友だちと楽しく遊んだり、話したり、テレビを見たり、ゲームをしたり。子どもだったら誰もがやっているであろう当たり前のことをすべて、母親の言う「勉強」に今まで費やしてきた。そしてこれからもそうだ。こんな無駄な時間を「勉強」に費やしていく。

 これからも?

 自分はこれからも、母親の言いなりで過ごしていくのか?


「そんなのっ……」


 いやだ、と続けようとしたそのとき。家のチャイムが鳴った。

 また徹だろうか。

 もしも彼だったら、このいらだちをそのまま押し付けて追い返してやる。

 そう思いながらコノハは、壁に設置してある応答ボタンを押してカメラに映し出された人物を見た。

 そこから現れたのは、あきらかに徹より背の低い――。だいたい、コノハと同じくらいの背丈をした人物だった。

 しかし、大杉学園中等部の男子生徒の制服を着用しているあたり、同じ学校の人ということはわかる。

 あのくらいの背丈、考えられるのは今日倒れてしまった雪か、あるいは。

 マイクのボタンを押し続けたままコノハは尋ねる。


「どなたですか?」


 外灯の明かりが小さいため、その人物の顔はよく見えない。

 カメラ越しのそいつは、小さな口を開いた。


「俺、遠藤海だけど」


「はぁっ!?」


 思わぬ人物の登場に、コノハは素っ頓狂な声をあげた。


「ここ、よかったら開けてくれない?」


 そう言いながら彼はコノハの家のドアをコンコンとノックしてきた。

改稿:2018/05/11

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