15話 班決め2
「で、次はなんだっけ」
徹くんの言葉に、篠田が「えっとね」と言いながら班員名簿の紙を眺めた。
指揮をとっているのは彼女なんだから、もう彼女が班長でいいと思う。
「修学旅行2日目の、自由行動だね」
僕らのあいだに流れた空気が一気に変わった。
自由行動は、修学旅行のメインイベントの1つだ。
修学旅行2日目、自由行動。班で決めたスケジュールのもと、電車やバス、徒歩、タクシーなどを使って自由気ままに京都の街を散策するのだ。このイベントは誰もが楽しみにしている。
1泊2日の修学旅行の日程は以下の通りだ。
1日目は午前中に奈良へ行ってから、午後に京都へ行く。宿はすでに京都で取ってあるらしいけれど、半日で京都の市内観光を全てまわれるわけではない。
だから残りは2日目の自由行動で消化することとなっているのだ。まあこっちもだいたい半日しか時間をとることができないから、その決められた時間の中でどのくらい多くの場所を観光できるのかが問題となるのだけれど。
「まずは資料集めからだね」
篠田の言葉に僕らは各々《おのおの》うなずきあう。
僕と遠藤くんで図書館に、徹くんと篠田と須藤さんでパソコン室に。二手に分かれることになった。
遠藤くんにはこの前、図書館を紹介し損ねたから、これは良い機会だ。この前は時間がなくて説明することができなかったし。
ただの図書館くらいで、と思われるかもしれないけれど、大杉学園の図書館は別名・マンモス図書館と呼ばれていて、地上2階建ての地下2階建て。1階は閲覧室で2階は自習室、地下1階と2階は書庫になっている。つまりは広すぎるのだ。蔵書数は軽く1万を超すらしい。ちなみに地下にある書庫は、図書委員と司書教諭以外は立ち入り禁止となっている。
観音開きの重いドアを開くと、僕の後ろをついてきていた遠藤くんが「うわあ……」と声をあげた。
初めて見る人はそりゃ驚くだろう。僕も初めてここに来たときは、遠藤くんと同じような感情を抱いたものだ。
図書館内には生徒がまばらに存在していた。おそらく中等部の3年生たちだろう。この時間は僕らのクラスだけでなく、他のクラスでも修学旅行の話し合いが行われていた。
「遠藤くんは、本好き?」
何か聞こうと思ってあれこれ考えながら、僕はそう尋ねていた。
遠藤くんが首を横に振る。
「……いや、あんまり読まない。雪は?」
「僕も――、う~ん……まあまあかな」
一時期は狂ったように読みあさっていたけれど、内容なんてほとんど覚えていなかったし、興味もあまり湧かなかった。
「ここから資料探すの?」
遠藤くんがもう一度図書館を見渡して、げんなりしたようにつぶやいた。
これだけ広いとやる気もそがれるだろう。
「そこにある検索機使いながらでもいいからさ」
言って、僕は図書館内に3台くらい設置されてある検索用のパソコンを指さした。あそこには大杉学園の図書館にある、全蔵書の情報が詰まっている。もちろん、書庫にある本もだ。
「わかった」
「まあ適当に見つければいいよ、まだどこ行くかも決めてないから。地図とかでも」
「うん」
とりあえず僕らは二手に分かれることにした。
数ある書籍の中からちょうどいい物を見つけるのって、なかなかに難しい。
たしか須藤さんってB組の図書委員やってたっけ。休み時間にいつも本読んでるし。彼女もこっちに連れてきた方がよかったかも。
なんて思いながら、僕は車輪付きの踏み台をコロコロ動かしながら移動していた。これがないと、僕の身長では高さ2メートル以上はある本棚の一番上には、いくら腕を精一杯挙げて努力しても届かないのだ。
情けないことに、僕の身長はクラスで一番低い。とりあえず150センチはあるけれど、全国の男子中学生の平均身長には当たり前だけど届かない。
せめてあと10センチくらい身長が欲しいところだ……。
「あ、あれがいいや」
視線を上に上げながら移動するのも、結構つらい。首とか痛くなるし。ともあれ、目的に適した本は見つかった。題名を「世界一わかりやすい地図・京都」とある。同じシリーズなのか、その隣に奈良のも置かれていた。
踏み台をしっかり固定させて、3段ほど上がってから目当ての本を2冊棚から引っ張って取り出した。あまり引き出されていない本なのか、ちょっと奥のほうが詰まっていたけれど。
さてと、他にないかな。
僕は踏み台から足を下ろしながらあたりにある棚を見渡した――と、男子生徒3人がこちらにやって来るのが視界に入った。ネクタイの色は臙脂。同じ学年の生徒だ。
僕は少し息を止めて、彼らを見つめ続けた。こちらにやってくる生徒たちも、僕に気づいて足を止めた。距離は50センチ向こう。
「あれ、B組じゃね?」
「ホントだ」
そんな声がした。
図書館内は基本的に私語厳禁で静かだから、それがやけに大きく聞こえた。
その人たちは露骨に嫌そうな顔をしながら、僕をじろじろ眺めている。
なんだか居心地が悪い。
思わず手にしていた本にこめた力が大きくなる。
気にしては、いけないのに……。
「何してんだよ、あんなとこで」
「俺たちみたいに資料集めでもしてんだろ、どーせな」
「あれ、てか――」
不意にメンバーの1人が何かに気づいたのか、声をあげた。
「あいつ、加藤雪じゃね?」
バサッ――と、本が落ちた。
僕の腕の中にあった、本が。
「そうだよ、あの加藤雪だよ!」
「うわ、まじか。あいつが?」
「誰だよ」
「お前知らねぇのかよ」
ふと、ぐらぐらと体が揺れだした。
これは地震? いや、本棚はがたがた言っていない。僕の体が震えているのか。
どうしようどうすればいい体が言うことを聞かないあたりが暗い寒い冷たい自分の体が氷のようだ助けて誰か助けて……。
「雪?」
肩をたたかれて、僕は思わずそれを振り払った。僕の視界にはいつの間にか、手を払われて驚いた顔をした遠藤くんが立っている。
彼の顔をまじまじと見つめ、遠藤くんは僕と少し離れたところにいる他クラスの男子生徒を交互に見た。
「おい、どうした?」
僕の顔が今どうなっているかなんてわからないけど、遠藤くんは眉間に皺を寄せてすごく厳しい表情をしている。その反応を見る限りでは相当ひどいのだろう、今の僕は。
何か答えようとして、途端に吐き気がこみあげてくる。僕は口をおさえて、軽くよろめいた。
「雪っ!」
ぐらっと、視界が揺れる――。