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嘘は内緒の始まり  作者: 凪野海里
1年前
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6話 中間試験の後

 遅刻の常習犯であるワタラセがその日学校に来たのは、昼休みになった頃だった。

 おはよ~とのんびりとした調子で入ってきた彼に、まず学級委員のトダが「遅いわよ!」と文句を言って、小言も言ってきた。しかしワタラセはそれをどこ吹く風のように「はいはい」と適当に返事をしてやり過ごし、次にこちらへ歩いてきた。

 おはよ、と言われて一応「おはよう」と返す。自分たちの関係は所詮クラスメイトだ。挨拶を済ませればワタラセだって立ち去るだろう。

 そう思っていたら、彼は机の上に置いた左手を見つめ、「どうしたの?」と聞いてきた。聞いてくるのはある意味当たり前かもしれない。昨日は何もなかったのに、今日は何故か包帯でぐるぐる巻きになっていたから。


「別に」

「別にってこたぁないでしょ。怪我したの?」


 じゃなかったら包帯だってフツーはつけない。

 そう口にすることさえ、面倒だった。

 無視を決め込むとすぐに予鈴のチャイムが鳴って、ワタラセは肩をすくめながら立ち去った。これで諦めてくれただろうか。

 ……ところがそんな簡単なことではなかった。


「ねえねえ、加藤くん」

「ねえ、加藤くん」

「その怪我どうしたの?」

「もしかして誰かにやられた?」

「あるいは自暴自棄になったとか」

「最近、物騒だからねぇ」


 5時間目が終わっても、6時間目が終わっても、掃除の時間になっても、放課後でさえ彼はまとわりついてきて同じような質問を何度も何度も繰り返してきた。

 先に折れたのはこっちのほうだ。しつこい。しつこい。しつこいったらない!


「うるさいな……、別にいいだろ」


 気分は最悪だ、という気持ちを顔いっぱいに表そうとしたけれど難しいことだった。どうやら表情筋がうまいこと機能してくれないらしい。そもそもあまり人並みの感情を持ち合わせていないのだ。大事なことは忘れていても、それだけは何故か覚えていた。

 ワタラセはきょとんとしてから「よくないだろ」と言う。


「俺たち友だちなんだから。友だちの危険を見過ごすわけにはいかないでしょ」

「いつからお前と友だちになったんだよ。うるさいからあっち行け。二度と近づくな」


 昨日、ワタラセに学校案内を頼んだのがそもそもの間違いだった。そんなことくらいで勝手に人を「友だち」扱いして。所詮、こんな空間にいても赤の他人だ。卒業すれば二度と会うこともないのだ。

 それなのに、こいつは……。

 ワタラセは傷ついた表情をすることなく、逆にどうしてそう言われねばならないのか不思議だと、そう言いたげな顔をして首をかしげた。

 いったい、この生徒は何者なのか。

 自分にとってこの生徒は脅威になり得るかもしれないと、そう考えるだけでゾッとした。


「……大した怪我じゃない。昨日夕飯作ってたときにやったんだ」

「え、加藤くん自炊してるの? すげえ!」


 ワタラセの疑問はこれで解決したにもかかわらず、傍を離れようとしなかった。


「じゃあ昼休みに食べてた野菜炒め、あれお前が?」

「……昨日の夕飯の残り」

「じゃあ飲んでたオレンジジュースは?」

「……あれは自販機で買ったやつ。ふつーわかるだろ」

「ああそっか」


 そして何が面白いのか、ワタラセはけらけらと笑った。

 その後ろを女子生徒が通りすぎる。

 たしか……ナガイ。

 ワタラセがその背中に向かって、慌てて声をかける。


「あ、コノハ。また明日な」


 声をかけられたにもかかわらず、ナガイは脇目もふらずに立ち去った。


「嫌われてんの?」

「まさか、好かれてもいないよ」


 では、いったいどっちなんだろうか。

 嫌われているわけではないのに、好かれてもいない。


「ところで加藤くんって勉強得意?」

「全然」

「……ほんとに?」

「本人が言うこと、信じられないの?」


 にらむようにワタラセを見上げると、彼は「それもそっか」とまた楽しそうに笑った。

 何が楽しくて、あんなに笑っているのだろうか。

 やっぱりわからない。

 そしてそんな人を見ながら、ふと懐かしさに胸のあたりが苦しくなるのが、余計にわからなかった。



 しばらくしてから中間試験が始まり、そしてあっという間に終わった。

 まだこの学校にいなかった4月の授業ぶんは補えなかったが、成績はまあまあだった。

 廊下に貼り出された学年順位表を見ると、そこに「渡良瀬徹」の名前があった。しかも1位だ。

 あのちゃらんぽらんな見た目の癖に、頭はいいらしい。

 人は見かけによらないんだなとぼんやり考えていると、後ろにいた人にぶつかった。

 それはナガイだった。

 ぶつかられたにもかかわらず、ナガイは気にするようすもなく……いやむしろそれ以上に気になることが別にあるのか、深刻な顔をしてその場を立ち去った。

 試験が終わってホッとしている、というわけではない。

 学年順位表をもう一度見てみる。

「永井コノハ」は2位だった。


「お前ってほんとは勉強得意なんじゃないの?」


 肩に重さを感じて振り向くと、いつの間にかワタラセがこっちの肩に顎をのせて立っていた。

 肩をまわしてワタラセの頭をどけようとしたが、それより早く彼は離れた。


「ねえ、どうなわけ?」

「……得意じゃない」

「じゃあなんで……」


 ワタラセの指がすっと動いて、学年順位表を示そうとしたところで、思わずその指をつかんだ。


「たまたまヤマがあたっただけ。で、なんか用?」

「ああうん。ねえ、コノハ見なかった?」

「コノハ……。ああ永井ね。あっち行ったよ」


 ナガイが立ち去ったばかりの方向を指差すと、ワタラセは珍しく渋い顔をした。


「またあいつ、図書館か」

「図書館って……。もう期末の対策?」

「うーん……。まあ、そんなとこじゃない?」


 何か事情を知っているようにも聞こえたけれど、即座に「自分には関係のないことだ」と思った。だったら踏み込む必要もない。時間の無駄だ。

 ワタラセはおそらく図書館へと続く廊下を歩いていき、そして残された自分は教室へと戻って帰り支度を始めた。

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