フェンダーミラー
ジャンルがホラーだとその時点で怖さが半減しませんか?
「乗りたくない・・・」
我が家に新しく来た車を見て娘が言った。
普段そんなことをいうような子供ではなかったので、私はそれに大層驚いた。
「どうして乗りたくないの?」
私はようやく納車に相成った目の前の新車を一刻も早く運転したい気持ちを必死に押し殺して娘に聞いた。私の心は既に『海ほたる』まで行っていたが、でもそれは一旦脇に置いた。それで私の心のある部分がすごい暴れたけど、でもとにかく置いた。苦労した。でも、とりあえずそれは並行世界の遠くの出来事だと思うことにした。
「・・・私いいよ?ママ一人で行ってきて私お留守番しているから・・・」
いや・・・それはどうだろう・・・?
「いやいや、ダメだよ?ね?一緒に行こう?ほら、新車だよ?」
小さい子供に一人留守番させるとろくなことにならない。火事とかベランダから転落とか、アメリカでは拳銃で脳みそを撒き散らしたりする。
うん、駄目。それは駄目だ。一生泣いて過ごす事になる。私も夫も、私の両親も夫の両親も、私の親戚も。
「・・・」
すると娘はだんまりを決め込んだ。
かぼちゃが食卓に並ぶ以外でそんなことになる彼女を見たことがなかった私は、そのとき初めて必死に真剣になって考えなくてはいけないと思った。娘がコレをやるということはマジだ。
そう思ったからだ。
私は考えた。
1、娘を車に乗せる方法。
2、車を運転したい。
3、海ほたるに行きたい。幸せの鐘を鳴らしまくりたい。
考えた。
乗りたい欲が来ていた。正直娘よりも今はそれだ。正直。ホントに。マジで。申し訳ないけど。で、それがそこまで来ていた。乗りたい欲が私の心を壁ドンしていた。
「・・・あ、あ、じゃ、じゃあ、帰りにトイザラスに行ってさ、あの妖怪のやつ買ってあげる」
私は言った。かなりテンパっていた。だって誕生日でも無いのに、クリスマスでもないのにそんなことを言ったのだ。教育的にも良くないことだとわかっていた。でも、乗りたいのだ、どうしても乗りたい。私は車に乗りたいのだ。そして娘も一人にしてはおけない。娘を預けれる家族も誰も近くには住んでいない。大体、娘を置いて母が一人新車を運転して『海ほたる』に行きたいなどと、誰が許すだろうか?正常な人間であればまず間違いなく私がイカレていると思うに違いない。しかし、新車を前にしてイカレない車好きなどいるのだろうか?
「・・・」
娘は黙ったままではあったが、しかし私を見た。
イケる。
私はリアクションを見てそう踏んだ。
「・・・どうよ?」
私は言った。畳み掛けるように言った。畳み掛ける際には多くの言葉はいらない。相手の背をほんの少し押してあげるだけで十分だ。私は娘の『じゃあ、行く』の言葉を待った。今か今かと待った。
しかし、
「・・・なんでこの車、ここに鏡が付いているの・・・?」
「へあ?」
娘が言った言葉が私の想像していたものとは違い、随分と違い、それなので私は間抜けな声を出した。随分と間抜けな声だったと自分でもはっきりとわかった。
「・・・なんで?って・・・コレ、ここについているのが普通でしょう?」
娘はドアミラーを指していた。
「・・・前のは違ったじゃないっ!?」
娘は目に涙をいっぱいに貯めて叫んだ。
「・・・」
確かに以前まで私達夫婦が乗っていた車はフェンダーミラーだった。でもそれは父の車を私が嫁入りの際に譲り受けたからだ。フェンダミラーの車が私も好きだったし、それに私も夫もその車を運転してみたかったのだ。だってフェンダミラーの車なんてそうそう無いだろう?
しかし、娘のことを考えると何時までもその車ではいかんし、それに車自体も随分と調子も悪くなってきていたし、だからまあ、車検のタイミングで買い換えることにしたのだ。
買い換えた車はもちろんドアミラーだった。
フェンダミラーの車自体に私たち夫婦は既に満足していたし、それに私たちが見ていた車のカタログにもフェンダミラーの車は一台もなかった。アホみたいに高っかい車や中古車などにはあったかもしれないが、高いのは当然買えないし、知らない人の中古車は絶対に嫌だった。幽霊のひとりやふたりは居ると確信していたからだ。
だから、ドアミラーの新車にしたのだ。
それがどうして彼女は気に入らないのか?
私は、娘を見て・・・、
あ、
・・・、
そういえば・・・、
以前、親戚の結婚式の際、私たち家族は私の兄の車に乗ってその会場に向かったのだった。そのとき娘はおそらく彼女の人生で初めて私と夫の運転する車以外の車に乗った。それが最初で最後。
兄の車はドアミラーだった。
私達三人はそろって後部座席に座った。私は真ん中で娘は窓際に座っていた。
・・・、
よく思い出せない・・・、
それというのも、
私は私で夫や自分以外の車に乗り慣れていない恐怖心と戦っていた。
そして夫は夫で結婚式の出し物を一つ任されていたために、彼はその重圧と戦っていた。
娘は・・・?どうだっただろう?
正直おめかしした娘以外の記憶が無い。
・・・いや、
たしか、結婚式会場について娘はすぐにトイレに向かった。
顔色が悪かった。
私がどうした?と聞いても何も答えなかった。
でも・・・、
「・・・お母さん・・・帰りはタクシーで帰りたい・・・」
そう言ったのではなかったか?
・・・、
・・・それで私はなんて言っただろう?
「なんで?」
そう聞いたか?
「・・・もう、おじちゃんの車に乗りたくない・・・」
娘は言った。
「なんで?」
「・・・ドア、ドアのところについている鏡に・・・」
・・・、
帰りはいろいろな都合が重なり結果的に私たち家族はタクシーで帰った。そのタクシーはフェンダミラーだった。タクシーの車は未だにフェンダミラーのものが多い。娘はちゃんと世界を見ている。私はそう思ったものだ。
私は納車されたばかりの車を夫と話し合い、結果返品した。
そしてフェンダーミラーの車を同じ車屋さんに探してもらい、そしてそれを買った。
改めて納車の日、その車を見て娘は喜んだ。
私もそれを見てようやく安心した。
ドアミラーだと車の車内がそこにたくさん映り込む。フェンダーミラーだとそれが少ない。
あの時娘は兄の車の中に・・・。
車の話が続きましたが、まあ、私は特に車に興味がありません。フェンダーミラーは少し興味がありますが、でも大したことはありません。




