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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

探偵部と狂乱者の嘲笑

作者: 付谷洞爺

全体的に暗めの作品となっております。自分の描写技術などにはあまり自身がありませんが、楽しんでいてだければ嬉しく思います。

 感想、ダメだ……ご指摘などございましたらお願いします。

 赤黒く染まっていた。鼻から口許に手を掛けて覆いたくなるほど、生臭い血の匂いに満ちていた。実際にそうしてみたけど、匂いがなくなることは無かった。

 ただ、寝不足の頭が上手く回らず、状況を飲み込むことに苦労している。あるいは、拒否していると言った方が適せるだろうか。

 それでも、いくら寝不足だろうが、いくら拒否しようが、まぎれもない現実として、目の前で両親が倒れている。血まみれで、指先をぴくりとも動かさず、倒れている。

 あまり好きではなかった。むしろ苦手な二人だった。この世の中でナンバーワンに苦手な父親と、ナンバーツーに苦手な母親だった。こいつらが俺に付けた名前も、俺自身は苦手としている。

 だが、いくら苦手だったからといって、突然目の前で倒れられては驚く。心中穏やかではいられない。それくらいの人間性ならあるつもりだ。

 俺は揺れ動く視界を必死で彷徨わせた。リビングの状態から、少しでも情報を得たいと思ったから。しかし、争ったような跡は無く、何かを探したような痕跡も見つからない。もっとも、素人の、それもこれほどに気が動転している人間が何か手掛かりを探そうとしても、慌てて見つかるはずがないか。

 どこか冷静に自己分析を行う自身に少しの驚きと多大な侮蔑を覚えながら、俺はリビングへと足を踏み入れる。ぴちゃっ、と水の跳ねる音が俺の鼓膜を揺らした。思わず出していた右足を引き、首を九十度ほど折り曲げる。

 固まり掛けていた血が俺の足の裏の形に合わせて形状を歪ませる。そのことに、俺の脳味噌はようやくことの成り行きを理解出来た気がした。

「あ、ああ……」

 一歩、二歩、後ずさる。べちゃっべちゃっ、と足の裏に着いた血液が廊下に俺の足跡を生み出して行く。その様子を視界に納めて、さらに恐怖した。

 ……どうして、こんなことに……。

 鼻の奥底をねっとりと撫で回すような不快な匂いに、たまらず眉根を潜める。

 そうやって俺が現状の認識に努めていた、まさにその時だった。

 カタリ、と音がする。二階からだ。断続的に、何度も何度も。時折り小さく、興奮したような鼻息が漏れ聞こえてきた。ひゅーひゅー、とまるで小さな穴の空いた筒に空気を送り込む時のような寒気を誘うような呼吸音。

 俺の意識とは無関係に、首が正反対に動く。その正体を看破することなどできないとわかっているのに、上階を見上げてしまう。

「誰かいるのか……?」

 もしそうだとしたら、誰が? 泥棒? だが、この家に金目のものなどあまり無い。それに、家人のいる家を狙う泥棒など、聞いたことが無い。

 どう……するべきだ……。

 俺は出来うる限り高速で、必死に頭を働かせる。両親のことも気に掛かるが、今は自分の身を守ることを優先させるべきだろう。目の前で倒れているこの二人なら、きっとそう言うはずだ。そうすることが一番合理的だ、と。

 俺は自分勝手にそう結論付け、行動に移る。

 選択支は三つ。

 一つはこのまま泥棒(仮)に見つからないようにこの家を出て、近所の人に助けを求める。こと。

 二つ目はどこかに隠れて泥棒をやり過ごした後に、警察に連絡と救急に連絡してその後の処理を委任すること。

 三つ目はどこぞから武器を調達して二階へ上がり、泥棒の隙を突いて一撃をかますこと。

「さてどうするか」

 選択支一と二が現実的か。三はまず無いだろう。武器の調達方法を思い付けない以上、この案は使えない。第一、いくら高性能な武器を持って来れたとしても、扱うのが俺じゃあ宝の持ち腐れもいいところだ。絶対に帰り打ちに合うに決まっている。従って選択支三は絶対に無い。

 とすれば、一と二だ。可能性として筆頭は一番だな。泥棒の奴は俺がただいまと言っても全く警戒というか反応を示さなかった。つまりはそれくらい、回りの見えない奴だってこと。とするなら、一旦入って来てまた出て行くことも十分可能だろう。よし、一だな。

 早速実行に移そう。そう決心し、玄関方面へと方向転換する。足音を殺す必要は無い。泥棒は二階にいて、色々と物色している。足音を聞き付けて下りてくるまでにそれなりに時間が掛かるはずだ。いくらなんでも、全力疾走すれば俺が泥棒より玄関に辿り着くのが遅い、なんてことは無いだろう。もし俺が泥棒の立場だったら、そうなれば高校生のガキ一人を追い掛けるよりも、逃亡することを選択する。

 よし、行くぞ。

 と、右足に力を込める。フローリングの床を足の指で掴むようにして、全力で駆け出す。必ず、両親の敵は打つと心に決めて。

 玄関先で、靴を履くのをもたついてしまった。慌てて足を突っ込んで、二階へと続く階段へ視線をやる。

 誰かが降りてくる気配は無い。あれだけどすどす音がしていたのに、欠片も気にした様子無く、なおを金目の物が無いか物色しているようだった。

 チャンス。

 俺は玄関の戸を開け、外に出る。たった数分間家の中にいただけなのに、奇妙な脱力感が全身を駆け抜けて行く。へたり込みそうになりながら、両足に力を込めてなんとか耐える。結果として、軽くふらついた。

 よし、後は警察と救急に電話して……。

 ズボンのポケットからガラパゴス携帯を取り出し、一一〇を押す。呼び出し音が二回くらい鳴って、それから面倒臭そうな応対の声が聞こえて来た。

『もしもしー』

「警察ですかッ! 助けて下さいッ!」

『まずは落ち着いてくださいよ。何があったんです?』

 何があったかなんて俺にわかるわけが無い。とりあえずさっき見た惨状を出来るだけ性格にそいつに伝える。

『そいつは一大事ですね』

 眠そうな声にイラついた。思わず声を荒げてしまう。

「いいから早く誰か寄越して下さいッ! でないと俺の両親がッ!」

『ハイハイ……三十分ほどお待ち下さい』

 そんなに待っていられるか。そう言おうと思ったが、電話口でいくら叫ぼうと意味が無いと言うことに気付き、開き掛けていた口を閉じる。「わかりました」と答え、現場を特定するために必要とか言う質問に答えて電話を切った。救急でも大体同じだった。ただ、こちらは警察と違って直接人の生き死にに関わることが多いためか、いくらか真剣に応じてくれた。

 まあ、どちらにしても最低でも三十分は掛かるらしいけど。

 俺はまだ泥棒が潜んでいる家に戻って両親に応急手当でもした方がいいのか、このまま警察と救急が到着するのを待った方がいいのか判断出来ずに、その場に立ち尽くす。

 幸いというか何というか、泥棒はその後三十分間家の中から出て来ることは無く、パトカーの音が聞こえて来た。

 振り返ると、白と黒の車が二台俺んちの前に停車し、中から制服姿の警察官が四人ほど姿を現した。警察官は俺に気付くと、一瞥してから俺の家へと視線を向ける。

 玄関の扉の前に二人と、少し離れた場所に二人。万が一取り逃がしてもいいようにという配慮だろう。

 玄関前に張り付いていた二人が、互いにうなずき合って慎重かつ大胆な動きで扉を開ける。もはや土足で上がり込むことに注意などしていられる精神状態では無い俺は、少し離れた場所で待機している警察官二人の後ろでことの成り行きを静観していることにした。

 二人はすぐに二回に上がったらしく、堅牢な男の声が二人分、二階部分から聞こえて来た。それに伴って、窓硝子に二つの人影が映り込む。

 二人の警察官は何かを探すように部屋の中をぐるぐると回っているようだった。それから少しして、二階の窓が開けられ、先ほど突入して行った警察官の内の一人が顔を覗かせる。

 下にいた二人に向かって、声を張り上げる。

「誰もいない。既に逃げられていたみたいだ」

「そうか。中の様子はどうだ?」

「荒らされた跡が目立つな。どうやら強盗で間違いなさそうだ」

「わかった。俺達もすぐにそっちに行く」

「ああ、そうしてく――――」

 唐突に、警察官の言葉が途切れた。彼は咳き込むと、口許から赤黒い液体を吐き出した。それから目元の生気が消えて行き、窓から身を投げるようにして玄関前へと落下する。

 どさりっ、と重たい物が落ちる音が響いた。人気の無い閑静な住宅街には似つかわしく無い、死の音だ。

 俺は目の前で起こったことに対して、即座に反応することが出来なかった。ただ呆然と、元警察官の躯を見詰めていただけだ。

 警察官はうつ伏せになって倒れている。首元と腰のあたりに切り傷と刺し傷がある。これが死因だろう。そして、彼がこうなったということは……、

「くそッ、まだ上にいるぞッ! 隠れてやがったのかッ!」

 待機していた警察官二人が地団駄を踏む。窓際に立っていた彼がああなったということは、既にもう一人もこの世の者ではなくなっていると考えた方がいいだろう。二階での惨劇を想像して、吐きそうになった。俺の側に駆け寄ってきた警察官の一人が背中を擦ってくれるが、効果のほどは薄い。

「……俺が突入する。竹松、お前はここにいて、そいつの警護だ」

「ですが先輩ッ! 一人ではッ!」

「心配するな。相手がまだ家の中にいるとわかっていれば、そう身構えていればいいだけの話だ。俺が空手の黒帯持ってんの、お前も知ってるだろ?」

「しかし、先輩……」

「くどいぞッ、命令に従え」

 警察官二入の会話が耳に入ってくるが、顔を上げることが出来ない。胃の底からせり上がってくる嘔吐感と恐怖に目眩がする。

 倒れ込みそうに体を何とか支え、無理矢理に目玉を動かして家の方を見る。

「……待って」

 震える唇を蠢かせ、何とか声を発する。が、その声がちゃんと言葉になっているかどうか自信が無い。

 予想通り、俺の言葉何か聞えなかったらしく、警察官が家の中へと足を踏み入れる。隣から、ごくりと生唾を飲む音が聞こえて来た。

 数分後、先ほど家の中に踏み込んで行った警察官の悲鳴が木霊した。

「……先、輩」

 息を飲むとはまさにこのことだ。俺が、軽率に警察に電話何かしなければ……。だがしかし、他に方法が無かったのも事実。

 どうすればよかったのか。正解と不正解の境界が曖昧になる。

 自分なりに最善を尽くしたつもりだった。あのまま家の中に留まれば泥棒と接触するのは時間の問題だ。そうなれば、十中八九俺は殺されていただろう。

 選択支など無く、警察に連絡するしか手段は無かった。そして今、俺が連絡したことで警察官が二人死んだ。

 俺の、せいで……、

「……君はここにいて」

 俺の隣にいた若い警察官が俺の肩に手を置いてくる。帽子の隙間から覗く茶色い前髪を掻き上げて帽子の中に直しにっこりと微笑んでくれる。

「中の様子を見てくるよ」

 そう言った彼の手が震えているのを俺は見た。微細ながら、声ががくがくと上下運動を行っているのにも気付いていた。

 なのに、止めろ、とは言えなかった。

 肩から手を離し、足音を殺して家の玄関へ近付いて行く警察官。その後ろ姿を見ながら、俺は必死に左手を伸ばす。

 待って……待ってッ!

 また死ぬ。また、俺のせいで誰かが死んでしまう。そんな、確固とした予感があった。先の三人は既に死んでいる。もはやこの警官と言葉を交えることも無いだろう。俺が、礼を言う機会も訪れない。

 そしてまた、この人も……。

 開け放たれた扉から、その警察官が俺の家に入って行く。扉が閉められた。鍵の掛かる音が聞こえてくる。おそらく、泥棒が直ぐに逃げてしまわないようにだろう。

 警察官が入って行った数秒後、俺は無意識の内に右足を出していた。次いで、左足を動かす。

 ゆっくりと、玄関へ向かう。扉自体は、いつもと変わらないように思う。だが、この先で起こっている惨劇を想像すると、それだけで胃の内容物をそのあたりに撒き散らしてしまいそうだった。

 鍵が掛かっていることはわかっている。だが、それでもノブに手を伸ばす。まだ間に合うはずだと自分自身に擦り込みように何度も言い聞かせて。

 回そうとした、手が止まった。

 悲鳴が木霊した。俺の鼓膜を幾度も揺らしてくる。耳と連動しているかのように、二歩ほど後ずさり、玄関先にすっぱい匂いのする液体を思いっ切り吐き出した。よく噛まずに飲み込んだ昼間の弁当の残骸が、まだ消化されず一緒に出て来た。

 また……ッ!

 鼻頭が熱くなる。目尻に涙が溜まる。その涙が何に由来するものなのか、俺自身把握出来ていない。

 ただ、気持ち悪いと思った。これまでの『探偵部』の活動の中で何度か他人に嫌な思いをさせ、苦い顔をさせて来たが、そんなもんが全てどうでもよくなるくらい気持ち悪かった。

 逃げ出したい。ここから。

 でも、足は両方ともかたかたと揺れるばかりで言うことを聞いてくれそうに無い。走るどころか、その場で膝を突いてしまう。膝から向う脛に掛けてが、少しひりひりする。

 なんで、こんなことに。

 誰のせいだ? 泥棒か? それとも助けを求めた俺の方か?

 考える俺の背後から救急車の音が聞こえて来る。ああ、そういえば読んでたっけ。

 あの警察官達はもう助からないだろう。なら、せめて俺の両親だけでも助けて欲しい。

 死んだ四人の警察官をよそに、自分勝手に俺はそう願う。出来れば誰にも死んで欲しくは無い。だが、こういう場合優先順位というものが存在する。

 人間の命の重さは、それぞれ違うのだ。

 俺にとっては、あの警察官達よりも、両親の方がずっと思い。

 救急車はパトカーの隣に停車し、中から数人の救急隊員が下りて来る。その様子に、根拠も無く安堵した。

 助かった、と思ってしまった。

 助けを求めた警察官は、誰も助からなかったというのに。


        1


 気が付くと病院のベットの上といういささか慣れない事態に、俺は軽く困惑した。違和感を覚えるくらい白く、過剰なまでに清潔感を演出している天井には、当然ながら染み一つ見当たらない。

 とりあえず状態を起こす。六人部屋のようで、俺の寝ていたベッドと隣のベッドを隔てる薄いカーテンの幕の向こうから、何やらがやがやとやかましく声が聞こえる。漏れ聞こえてくる話題の大半が、気を失って運ばれてきた俺と両親ようだった。彼らの話を盗み聞いている内に、なぜ俺がこんな場所に運ばれてきたのかを思い出す。

 あの家での惨劇が、さながら映画のフィルムのように明滅とともにフラッシュバックする。現実感に乏しく、だけど明確な恐怖を俺の感情に思い出させてくる。それで取り乱したりするほどまともな人間ではないと自負するが、心中穏やかでいられるほど末期でも無い。眉を寄せ眉間に皺を刻み、あの場での出来事を憂う。

 俺が、助けを求めさえしなければ……そうすれば、あの四人は死なずに済んだんだろう。

 俺が嘆いていると、勢いよくカーテンが開け放たれた。顔を上げたが照明の光がまぶしく、その人物のシルエットすら即座に認識することは出来なかった。

「……俺は彪間薬蔵。刑事だ」

 まだ眩しさに目を細めている俺に対して、その人物はぶっきらぼうに自己紹介して来た。何というか、腹の底に響くような、重低音な声音だった。

「えっと……」

 半ば混乱していたのだろう。俺は自己紹介も忘れ、ただ呆然とその人物を眺めているしかなかった。

 彪間薬蔵と名乗ったその人物は、俺の脇に立て掛けてあるパイプ椅子に座り、右手のひらを俺の眼前に突き出してきた。

「ああ、楽にしていていい。たくさんのことがいっぺんに起こり過ぎていて、君の理解力をこえているんだろう。今は最悪の気分かもしれないが、じきによくなる」

 段々と目が慣れて来て、彪間さんの表情も読み取れるようなって来た。

「警察の方……ですか?」

「おや? 疑っているようだね?」

「まあ……他人を見たら泥棒と思えと両親にきつく躾けられて来たものですから」

 少しだけ嘘を織り交ぜて語ってみた。すると彪間さんは人のよさそうな、朗らかな笑みを浮かべて、

「それはいい。他人を疑うということは、他人を信じるということよりも疲れることだが大切なことだからね。君のご両親はいい教育を君に施していたようだね」

 俺は驚きつつ、彪間さんから視線を逸らした。

「……何も教わって何かいませんよ。あの人達が教えてくれたのは、片っ端から他人を疑うことだけです。それ以外の何も教わっちゃいません」

「それでいいんだよ。他人を信じることは簡単だ。何せなんにも考えないで、ホイホイ他人の後ろに付いて回ればいい。だが他人を疑うというのは違う。ただ誰かの後ろに付いて行けばいいというものではないからね。君の両親が他人を疑うことを真っ先に教えたからこそ、君はいつも考えることを止めなかったんだろう」

「……それは、まあ」

「あまり両親を恨んでやるもんじゃない。本人達どう考えているのかはわからないが、子供のためにならないと思ったことをする親はいないんだよ」

「そんなもん、ですか……」

「そんなもんだよ。君にもいつかわかる時が来るさ。きっとね。それはそうと君、君の両親の様態はもう聞いたかい?」

「……いえ、気を失っていたみたいで、さっき起きたばかりなんです」

「そうかいそうかい。だったら教えてあげよう」

 彪間さんは白髪混じりの前髪をいじった後、緩やかだった表情を引き締めて、

「予断を許さない状況らしい。さっき話を聞きに行こうとしたが、とても面会出来る状態じゃないそうだよ。でも……」

 彪間さんは一呼吸置いて、顔を綻ばせる。

「生きている。それは確かだ」

「……そう、ですか……」

 優しげな彪間さんの表情に、俺は胸の奥底が少しだけ軽くなる気がした。

 俺はベッドから這い出ると、薄いカーテンを開ける。

「どこへ行くんだい?」

「親父とお袋のところです」

「面会は出来ないって言っただろう?」

「会えなくてもいいんです。遠くからでも、一目、この目で生きていることを確認したい」

 彪間さんは何も言わない。ただ、彼の吐息が聞こえて来るだけだった。

「わかった、連れて行こう。集中治療室の外から見るだけなら許可してもらえるだろう」

「はい」

 俺と彪間さんは、同室の他の患者さんの視線を集めながら病室を後にした。


          2


 たくさんの管と機械に囲まれた部屋で、親父とお袋は死んだように眠っていた。担当の看護師さんの話によれば、全身の負った傷は酷く、一瞬たりとも予断を許さないものの、しっかりと治療していけばまた以前のように元気になるはずだという。

 俺は看護師さんに頭を下げて、両親のいる集中治療室を出た。時折り苦しそうにしているが、ちゃんと生きていると確認することが出来て満足だった。

「もういいのかい?」

 病室を出た直後に、彪間さんが訊いて来る。俺は小さく頷くと、先ほどの病室へと爪先を剥ける。

「人づてじゃなくて、この目で確認しました。生きているのなら、また会えます」

「そうかい? だったらいいんだけど……」

 彪間さんはどこか歯切れが悪い。そのことに違和感を覚えながら病室へ戻ると、俺が横になっていてベッドへと直行する。

 カーテンを開けると、見覚えのある顔がそこにあった。

「……よお」

 軽く右手を上げる。元気なことをアピールしたつもりだったが、それがどうにも気にくわなかったらしく「ちっ」と舌打ちして来た。

 切れ長の目が、俺を睨み上げて来る。

「さて、何があったのか洗いざらい話して貰おうかしら?」

「別に。ただ家に強盗が入ったってだけだ」

「?ただ強盗が入っただけ?……ね。それって一大事なんじゃない?」

「そう大げさに言うことでも無いだろ。世界のどこか、つうか日本のどこかでは、今こうしている間も強盗に襲われていることだろうさ。もしかしたら殺されてるかもしれない」

「そんな見ず知らずの会ったことも無いような赤の他人どころか存在するかどうかも怪しい誰かのことなんてどうでもいいのよ。私は、あんたのことを聞いてんの」

 彼女――城島は組んでいた足を組み直し、更に腕を組んだ。果てしなく偉そうなその態度に、俺は思わず苦笑を洩らしてしまう。

 ここに来て、ようやく現実に帰還したような気がする。

 城島の仏頂面を見下していると、俺の後ろから困惑混じりに質問が飛んで来る。

「君、この娘は……?」

「ん? えっと……俺が所属している部活の部長で、俺の恩人です」

「ちょっとあんた、誰よそいつ?」

「この人は彪間薬蔵。刑事だそうだ」

「彪間……薬蔵……?」

 何が気になるのか、城島が眉をひそめる。

「どうした?」

「いいえ、何でも無いわ。それで、刑事さんがどんな用件でうちの部員にちょっかい出しているのかしら?」

「どんな用件って……いくら死にはしなかったとはいえ強盗事件が起きたんだ。そこへ刑事がやってきたのなら、察するべきは一つしか無いんじゃないのかい? 君こそいったい何しにここへ?」

「部長が部員の病室に足を運ぶ理由なんて、察するところは一つだけだと思うわよ?」

「はは、そうだね」

 城島の失礼な態度にも柔らかな物腰で対応する彪間さん。これが大人の対応という奴なのだろうか? こういうのを見ていると、俺達ってまだまだ子供だなって思うよな。

 城島はどこか腑に落ちないようで、腕と足を組んだまま、眉を潜めて彪間さんをほとんど睨むように見上げている。対する彪間さんは朗らかで、笑みを崩さず城島を見詰めていた。

 どことなく雰囲気が悪くなっている。城島が一方的に悪くしているのだが、さてどうしたもんか。

「なあ城島、見舞いの品、無いのか?」

「無いわよ。あんたがどんな感じに苦しんでいるのか見に来ただけだし」

「……そうか」

 相変わらず、性格悪いなあ、こいつ。

 城島は目を伏せ、少し考え込むように黙り込んだ。

 ややあってから、腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がる。

「あんたの元気そうな顔を見たし、帰るわ」

「そうか? だったら下まで送るぞ?」

「いらないわよ。あんたは大人しく寝ておきなさい。親が生きているとわかったからいいようなものの、あんたはまだ本調子じゃないんだから」

「えっ? 何で生きてるって……?」

「わかるわよ、それくらい。もしどちらか一方でも死んでいたら、あんたが私とこうしてまともに話せるわけないでしょ?」

 そう言い残し、城島は病室を後にした。最後の言葉に、俺は顔面が熱くなるのを感じた。

「なんだあいつ……ツンデレかよ」

 気味悪りいな。

 どことなく居心地が悪い。足許がふわふわして、落ち着かない。さっきの城島の妙な態度のせいだろうか。

「さて、俺ももう一眠りするか」

「そうかい? じゃあ、俺も帰ろうかな。他にも当たらにゃならんところがあるし」

「捜査ですか?」

「ああ、そうだ。詳しいことは話せんがな」

 彪間さんは柔和に笑んで、病室を出て行った。

閉じられたカーテンが、俺と外界を隔てる大きな壁のように感じられる。まるで、現実の世界から弾き出されたかのような錯覚を俺にもたらしてくる。

 そんな世界から爪弾きにされた俺は、病院のベッドの上で横になって目を閉じる。

思い出すのは、あの惨劇。


        3


 その後二日間にわたる検査入院を経て、俺は退院を許され、晴れて自由の身となった。

 とはいえ、平日の昼間のこと。急なことで所持金も大して持っておらず、病院近くのファミレスで軽く昼食を摂ってから帰路に付くことにした。ちなみに両親は、集中治療室から出て、普通の病室へ移されたそうだ。直に会ったわけではないが、元気であると聞かされているので、それほど心配はしていない。

 自動ドアを潜ると、ウェイトレス姿の定員さんの笑顔に出迎えられた。「何名様ですか

」と尋ねられたので一名だと答えておいた。私服なので学生だとわからなかったらしく、喫煙席と禁煙席のどちらにするかとも聞かれた。どちらでもよかったが喫煙席の方が人がまばらで、静かそうだったので「喫煙席で」と答える。席へ案内されると、注文票を渡された。

「ご注文がお決まりになりましたらこちらのベルを押してお知らせください」

「わかりました」

 三十秒ほど、去って行くウェイトレスさんの後ろ姿を眺めていると、厨房へと姿を消した彼女の背後から、こちらを見ている女の姿があった……ような気がした。こっちが気付いた時には、もう目を逸らされていたので本当に見ていたかどうかは定かでは無い。

 まあ、どうでもいいか。

 俺はウェイトレスさんから渡されたメニュー票を覗き込みながらさて何を食べようかと頭を悩ませる。

 メニュー票を眺めていると、一際目を引く料理名があった。

 七色のバルミシアン焼き。

 クルシミングトレフバタリアン和え。

 バロフトメドククルカトセルア。

「……何語だよ、これ」

 意味不明な文字群はとりあえず見なかったことにして、ここは普通に和風ハンバーグセットとかそんなもんでいいだろう。

「こんなところにいたの」

 注文する料理も決まったし、呼び出しベルを押そうとしたまさにその時。俺の頭上からそんな声が降ってきた。下し掛けていた手を止めて、目だけを動かして見上げる。

 そこには、いつも通りに無愛想な顔をした城島が立っていた。極自然に俺の対面に座り、俺の手からメニュー票を取り上げて来る。そんな些細なことで気分を害されるほど子供であるつもりは無い。俺は頬杖を突き、城島の様子を観察することにした。

「……何語よ、これ」

 城島も俺と同じ意味不明な料理名を発見したのだろうか、微かに眉を寄せた。

「ま、和風ハンバーグセットあたりでいいわ。じゃ、定員さんを呼びましょう」

 言って、城島が呼び出しベルを押す。間も無く、俺を席まで案内してくれたウェイトレスさんとは別のウェイトレスさんがやって来て、エプロンのポケットに入っていたメモ帳程度の大きさの機会を取り出した。

「ご注文はお決まりですか?」

 だから呼んだんですよ。

「私、和風ハンバーグセット」

「俺、和風ハンバーグセット」

 俺と城島が全く同じものを注文する。城島が不愉快そうに俺を睨んでくるが、気付かない振りをしてウェイトレスさんが機械に注文を打ち込んだ後に再度確認して来るのに、間違いないと頷いた。

 ウェイトレスさん微笑を讃えて一礼し、去って行く。

「どうしてあんたが和風セットなのよ。私の真似?」

「そんなわけないだろ。俺が先に決めてたんだ」

「どっちが早く決めてたなんて関係ないでしょ。ここはファミレスよ? みんな好きなものを注文していいの」

「別に俺が先だったからお前止めろとか言ってないだろ? ただ俺は俺が喰いたいものを頼んだだけだ」

「私もよ」

「だったら、それぞれに喰いたいもんを頼んだんだ。問題無いじゃないか」

「それは……まあ、そうね」

 城島はどこか腑に落ちないといった様子で、

「それで、これからどうするのよ?」

「どうする、とは?」

 和風ハンバーグセットが届くまでそう時間は掛からないだろう。その間、城島の話に付き合ってやったっていいか。

 城島はメニュー票を眺めて食後のデザートを物色しつつ、

「復讐とかするのかってことよ」

「復讐? 何で?」

 俺の父親も母親も生きている。つまり両親とも健在ということだ。ならば、それ以上を望むべきじゃない。

 合理的じゃない、復讐なんて。非生産的だ。何も生み出さない。

 俺の尊敬する小説家の言葉を借りれば、せいぜい膿み出す、といったところか。

 俺は頬杖を突いて、手許のメニュー票を見下げている城島を見た。あまり真剣に見ていないのか、彼女の眼球が右往左往している。

「何でって、親があんな目に遭わされたっていうのにずいぶん呑気ね」

「あんな目だろうがどんな目だろうが、俺の両親は生きいている。なら、どうするってことも無いだろ?」

「ふうん……ま、あんたならそう言うだろうとは思ってたけどね」

 城島はメニュー票を眺めているのに飽きたのか、ぱたんと閉じた。それから数分後、和風ハンバーグセットが運ばれてくるまで俺達は互いに無言だった。

 和風ハンバーグセットが運ばれてくると、城島は付属のナイフで牛肉の塊を切断することなくフォークでぶっ刺して一気に口の中に放り込もうとした。が、それなりに高温だったために中断し、口許にわだかまっている熱を冷ますことに専念。再びチャレンジして今度は成功とまではいかなかったが、四分の一ほどを食すことが出来た。

「そんなに急いで喰わなくてもハンバーグは逃げないと思うぞ?」

「わかっているわよそれくらいッ!」

「そんなに腹減ってたのかよ……」

「ふんッ!」

 城島は大きく鼻を鳴らし、またハンバーグに噛り付いた。

 これはただの城島に対する俺のイメージなのだが、城島はもう少し上品な喰い方をするもんだと思っていた。まあ勝手なイメージだが。

 俺もハンバーグを口に運びながら、二日……いやもう三日前のことになるのか。三日前のことを思い出す。

 今から思えば、両親が倒れていたリビング。あそこにいくつかのヒントがあったような気がする。まだあの家に犯人が留まっているとわかるようなヒントが。

 あの時、俺は自分は冷静だと思っていた。落ち着いていると思い込んでいた。だが、それは違ったのかもしれない。あの時の俺は全然冷静なんかじゃなくて、だからそのヒントを見逃していた。ちゃんと、それらのヒントを取り逃がすこと無く手に入れていれば、あの警官達は死なずに済んだのかもしれない。

 やはり、俺のせいで……、

「何を考えているか大体の想像は付くけど、あんまり気に病まないがいいわよ」

 俺の心中を察して、というわけでもないだろうが、城島がそんなことを言ってくる。俺はハンバーグに落としていた視線を上げて、豪快に食す城島へ向ける。

「新聞、テレビにラジオ。インターネットの掲示板。様々なメディアがあの事件のことをそれなりに大きく取り扱っているわ。中には今回のことを面白可笑しく取り上げているものもあるけど、まあ仕方が無いわね。彼らにとって今回のことは、単なる飯の種くらいにしか思っていないでしょうから」

「……そうだな」

「で、それらを見ていると必ず、四人の警察官のことが話題に上がっているわ。少年の助けに応じて駆け付けた警察官四人が全員殉職って」

「ああ、そうだ。俺が助けを求めさえしなければ、彼らが死ぬことは無かった」

「あんたは何か勘違いしているようね」

 半分ほどが消えたハンバーグを置いて、城島がいつに無く真剣な眼差しを向けて来る。いや、いつも通りに、か。

「警察官ってのは犯罪者と戦うのが仕事なの。当然凶悪犯に遭遇することもあると思うわ。だから、当然流れ弾喰らって死ぬ覚悟も出来ている。それにあんたが責任を感じることは筋違いだって言ってんの」

 言い終えると、城島は再びハンバーグにばくり。かぶり着く。

「死ぬ覚悟……か」

 確かに、そういう考え方も出来るかもしれない。警察官は犯罪者と戦うのが仕事で、それによって今日か明日にでも命を落とすかもしれない。そういう、俺達みたいな一介の高校生が知らない日常に身を投じている。だから、いつだって死ぬ覚悟は出来ている。そう、考えることも出来る。

 しかしそれは、俺達のような善良なる市民の持つ傲慢という奴じゃないのか? 警察官は市民を守るべきなんて、俺達による幻想の押し付けなんじゃないのか? 誰だって、俺だってあんな目に遭うまでは自分が今日明日死ぬかもしれないなんて考えたことも無かった。いつだって、いつものように当たり前にそこにいられるものだと思っていた。

 そんな俺達が、警察官に命を懸けることを一方的に求めることは、何だか間違っていることのような気がする。

「だからなんだって話だけどな」

 独り言として、肺から二酸化炭素を押し出す過程でそう呟く。だから城島には聞えなかったようで、ばくばくと残りのハンバーグを胃へと流し込んでいる最中だ。

 凄いな、こいつは。相変わらず。

 こいつが当事者ではないからなのか、それとも別の由来に起因するものなのかの判別は俺には出来ないが、城島は城島で城島らしく、いつもの城島だった。そのことに、少しだけホッとする。

 そう、だよな……こんなふうに俺が悲しんでいる振りしたって、所詮は振りでしかない。あの四人が死んで悲しいという思いより、両親が生きていて安心したという想いの方がずっと強い。それが、人間という生き物なんだってことだろう。

「人間の命の重さは皆平等、なんて考え方があるらしいわね」

 ハンバーグを食べ終え、鉄板にフォークを置くと、唐突に城島がそんなことを切り出す。

「あの考え方、私は好きよ。誰も彼も命の重さ、いわゆる尊さは等しく一律である、って言う奴。現実的に、命なんて仕分け出来る程度のものでしかないけど、それでも一律である方が好き。なぜなら、その方が私みたいな人間には楽だからよ」

「……楽?」

 思わず、眉を寄せてしまう。相当に怪訝そうな表情になっていることだろう。

「意味がわからないって顔ね。まあ予想の範疇よ」

 城島は特にもの欲しそうという感じでも無く、ひたすらにハンバーグを食す。

 欲しいのだろうか?

 城島はあまり、というかほとんど感情を表に出すことをしない。意識してそうしているのか、それとも無意識的にやっているのかは不明だが、どちらにせよ極端なくらいに、今何を思っているのかがわからない。喜怒哀楽がすっぽりと抜け落ちたように、唇を真一文字に引き結んでいる。

「……いるか?」

「いらないわよ」

 ハンバーグを一欠片差し出してみるも、すっぱりと断られた。仕方が無いのでそのまま口の中に放り込み、咀嚼し、飲み下す。

 そのタイミングで、城島が声を発した。

「彪間薬蔵」

 どんな脈絡があるか全く持って不明の人名が登場し、俺は思わずハンバーグを受け入れようと口を開けたまま固まってしまう。

 なんだ、いきなり?

「昨日、あんたが会っていた刑事を名乗るあの男。そんな名前だったわよね?」

「ああ、そう名乗ってたな。それがどうした?」

 突然の話題変換に、戸惑うしかない。彪間さんがいったいどうしたというのだろうか?

「彼の名前を聞いた時、少し気になったの」

「気になった?」

「どこかで聞いたことがあるような気がして。それで、彼のことを出来る範囲でだけど調べてみたわ。そしたら、凄いことがわかったのよ」

 凄いこと……?

「なんだ、それは?」

 尋ねてみたが、城島はふふんと得意げに鼻を鳴らすばかりで、答えようとしない。薄く笑みを顔面に張り着かせて、勿体ぶったように髪の毛をいじり始める。

「教えて欲しい?」

「面倒だからいい」

 それに、赤の他人のあれやこれやを詮索するのはあまり褒められたことじゃない。俺は早々に話題を絶ち切って、ハンバーグを食べ始める。少し冷えていて、美味さが半減していた。

「聞きなさいよ」

 城島が若干苛立ったように声に棘を含ませる。面倒臭いなあ、こいつ。

「……凄いことってのは?」

 仕方が無いので尋ねてみると、今度も城島は得意げに小さく笑む。しかし、今度は勿体ぶったりせずに教えてくれた。

「あの彪間薬蔵っていう人、一年前に脅迫罪で捕まって、ついでに刑事の職を失っているのよ」

「え? ……でも病室では刑事だって……」

「そうね。でも、これは事実よ」

 まあ、全く予想していなかったことではない。しかし、疑うにしても可能性的にはほぼ一桁代だ。警察手帳も見せてくれたし、疑いの余地はほとんど無いと思っていたが……、

「何で俺の許に来たんだ? どうして今も刑事だなんて嘘を? 俺は警察手帳を見せてもらったぞ? あれって確か、警察官じゃなきゃ持てないんだよな? 警察官を止めるなら、その時に返却しなくてはならないって聞いたことがある。そのあたりはどう説明するんだ?」

「わからない。でも、何にせよああいうふうに動いてるってことは、そうするだけの必要に迫られているってことよ。どんな理由があるかはわからないけど」

「…………」

 彪間さんにどんな事情があるせよ、彼を信じるか疑うかを判断するだけの材料が無い。圧倒的に情報量が欠けている。

「ドラマでも、警察手帳を複製する手口ってあるでしょう? 手帳を見せてもらったからって信じるのは早計よ」

「そんなのドラマの話だろ? 現実にそんなことをする奴なんて……」

「どうしていないと言い切れるの? 警察関係者に見せるのならまだしも、私達のような素人に見せるくらいだったら多少歪でも気付かないわ」

「そんなこと……」

 彪間さんの言を信じるのは早計だという城島の意見には全面的に同意する。しかし、城島の言葉を信じるのもまた早計だろうと俺は思う。彪間さんのことに対する判断材料が無いように、城島に対する判断材料もまた、乏しいのだから。

 どちらを信じればいいのかわからない。国家機関の末端の歯車を名乗る彪間さんを信じればいいのか、それともこれまで同じ部活の仲間としてともに行動して来た城島を信じればいいのか。判断が付かない。どっち付かずになってしまう。

 疑ってしまう。両方を。信じ切ることができない分だけ、疑ってしまう。それをするだけの根拠や材料なら、既にたくさん持っている。

「……駄目だな、俺は」

 呟きが吐息とともに吐き出される。城島には、どうやら気付かれていないようだった。独り言のつもりだったので、それでいいと思う。

 他人を疑ることばかりに神経を注いで、力を尽くして、信じてやることをしない。俺みたいな人間が、大人になって社会に出た時、やっていけるのだろうか? まともな生活をしているなどとは、一ミリたりとも想像出来ない。

「なあ、城島」

 話し掛けると、城島は直ぐに俺の方を向いた。テーブルに頬杖を突き、つまらなさそうに指先でこつこつやっている。

「あによ?」

「俺は、お前を信じることは出来ない」

「……あっそ」

 城島の反応は極淡白なものだった。当然か。ああ言われて、いい気になる奴なんていないだろうからな。

 俺は言葉を続ける。

「そして彪間さんのことも信じられない。というより二人とも疑っている」

「ふうん……」

「その上で、俺は今回何もしない。俺の両親は生きていた。あの四人の警察官のことだって気の毒だとは思うが、俺は彼らのために動く気にはなれない。彼らは、俺の家族じゃないからな」

「……彼らが、あんたを助けるために駆け付けてくれたのだとしても?」

「ああ。それが彼らの仕事だからな」

 俺の言に、城島は少し考えるような素振りを見せてから、

「あっそ。いいんじゃない、それで。無理して他人を信じて溺れてしまうのも馬鹿らしいし、見ず知らずの他人を想って危険に身を晒すことなんて愚の骨頂よ。それで死んでしまったら、なんのために守ってもらってのかわからないものね」

「ああ……だから俺は今回大人しくしている。お前も大人しくしといた方がいいだろう」

「そうね。でも私は動くわ」

「理由は……聞かなくても大体わかるけど何でだ?」

「あんたの両親を始め、今回の事件では多くの人が悲しむことになった。それは許し難いことよ。私は、彼らもしくは彼女らのために動く。死んでしまった人。今なお生き続けている人。そういう人のために。『探偵部』部長として」

「これは『探偵部』の守備範囲じゃない。それにお前は今回のことに直接関わったわけでも無い。お前が動く必要なんてどこにもないんじゃないのか?」

 はあ、と城島は溜息を吐いた。

「直接だろうが関節だろうが、そんなことはどうでもいいのよ。事件の規模も、私には関係無い。思い出してみなさい。私達がなぜ、『探偵部』なんていう部活を作ったのか」

「それは……」

 世の全ての人を救済するため……、

「でもそれは、学生という身分を超える規模は取り扱わないって決まりじゃないのか?」

「そんなもんはただの上っ面だけの盟約よ。わざわざ守ってやる義理は無いわ」

 にやり、と城島にしては珍しく、ほくそ笑む。まるで、楽しい玩具を与えられた子供のように。

 ここでまた一つ、疑問が生まれた。

 城島は本当に、世の中の全ての人を救うために『探偵部』を作ったのだろうか?


         4


 『探偵部』の創立にはそれなりの物語が存在する。しかしそれがハッピーエンドかと問われれば、俺は当然のように否と答えるだろう。

 あんな終わり方が、幸せな終わりなわけが無い。誰も笑顔になんかならず、誰も幸福になんてなれるはずの無い最悪の終末。それが、『探偵部』の設立とそれにまつわる事件の結末だ。

 まあ、あの事件のお陰で俺は城島とともに『探偵部』を創立し、平の部員として城島部長とともにその後の事件を解決に導いたり導かなかったりするわけだが。

 そんな、誰にとって得になるのかはなはだ疑問の残る懐古に浸っていると、俺んちのインターホンがけたたましく何度も鳴らされた。あまりのしつこさに、最初俺は居留守を決め込もうとしたが、ついに根負けして玄関の戸を開けてしまった。

「……どちら様ですか?」

 我ながら凄く刺々しいもの言いだったと思う。それくらいのしつこさだったのだと想像してもらいたい。

 俺の目の前には女がいた。年は俺と同じくらいだろうか。背丈は俺の頭半個分低く、手足もそれに伴った短めだ。が、大人びた顔立ちと雰囲気のお陰で、どうにか年下では無いと思わせる。

「こんにちはッ!」

 女は元気よく挨拶をし、つられるように俺も小さく頭を下げた。

「えっと……」

 見覚えは無い。いや、ちょっと待てよ……どこかで見たような風貌だな……、

「あー、その顔、やっぱり忘れてるー」

 女はあからさまに不機嫌そうに、頬を丸くする。ついでにジト目で睨んでくるので、こちらとしても悪いことをした気になって謝罪の言葉が口を突いて出て行きそうになった。

「や……その……」

 自分でも情けなくなるくらいしどろもどろになりながら、俺は女に対して必死に弁明した。

「どこかで見たことあるなあっては思ってるんだが……いかんせんどこで見たのか思い出せなくて」

 ファミレスで見た女に似ているような気がする。

「んもう、しょうが無いなあ……ま、昔っから君は忘れっぽい性質だったし予想の範囲内だけどね」

 女ははにかむように笑って自分の胸に手を置くと、自己紹介を始めた。

「わたしの名前は御船美々。南口小一年三組出席番号二十二番。好きな食べ物はメロン。嫌いなものはオバケとムカデ。座右の銘は昨日の敵は今日の友。ここまで言えば思い出したでしょう?」

「あ、ああ……」

 全然思い出せない……どうしよう。

 南口小ってのは俺の出身小学校でまあいいとして、御船美々なんて奴いたか? どうだっただろう……。何せ小中と友達付き合いが希薄でさながら空気のごとく扱われることに定評のあった俺だ。クラスメイトとかあんまり覚えてないなあ。

 それでも、聞き覚えくらいあるが。正確な記憶かどうかは定かじゃないけど。

「……それで、今日はどうして?」

「んー……ちょっと近くまで来たもんだからさ。ついでに寄ってちゃおって。迷惑だった?」

「いや、そんなことはないけど」

 本音を言えばそりゃ迷惑だ。遅ればせながらもこれから学校へ向かわなければならないわけだし。

そんなことは口が裂けても言えないけど。

 御船美々と名乗った女は玄関先で靴を脱ぐと、無遠慮に上がり込んで来た。それから、きょろきょろとあたりを見回して、時折り何かに感心したような吐息を漏らす。

「凄いねー」

「あ、ああ……」

 そうだろうか? 自分で言うのも何んだが、これ以上無く普通の家だと思うが。美々が入って来た玄関があって、台所があって二階には俺の部屋がある。両親ともに勤め人なので書斎や仕事場は無く、ごくごく平凡な二階建ての家だと思う。

 美々が言うような、凄いねー、と言われるところなど無いと思うのだが。

 廊下の中ほど、二階へと続く階段の手前で美々はくるんと振り返ると、

「ここで毎日生活してるんだねッ!」

 まるでこの世には幸せしか転がっていないかのような、華やかな笑みを浮かべると、美々はまた俺に背を向ける。

「そんなに面白いとは思えないが……」

「そんなこと無いよ。わたし、すんごい楽しいよ?」

 美々は階段を上がりながら、弾んだ声を漏らす。俺はどことなく落ち着かない気分になって、ひらひらと揺れる美々のスカートから目を逸らした。

「……わけがわからん」

「あはッ、ここが君の部屋だねッ!」

 美々が面白そうに、俺の部屋の扉を開ける。ほんと、見ても面白いものなんか無いのにな。

「うわー……ははッ」

 一人でも十分に狭い部屋の中に二人もいたら、そりゃ窮屈に決まっている。なのに、美々は何がそんなに嬉しいのかわからないが、部屋の中を駆けずり回っている。お約束とばかりにベッドの下を覗き込んだりしていた。ベッドの下から顔を出すと、

「えろい本が無いー」

「当たり前だ。何でそんなに不満そうなんだ」

 だいたい、ベッドの下なんていうベタな場所に隠したりするわけが無いだろう。他のところはどうか知らんが、うちの両親は俺がそういった類の本を持つことを許さない。定期的に検査が入るから、最初の内はベッドの下に隠してたりしたが、隠し場所も巧妙になってくる。

 どことは言わないが、この部屋のどこかにあるとだけ言っておこう。

「もういいだろ。家の中も俺の部屋も、もう十分見たはずだ。帰れよ」

「えー、まだもうちょっといたいー。それに、まだ君の秘蔵えろい本コレクション見付けてないしー」

「そんなもんは無い。いいから帰れ。俺はこれから学校なんだ」

「ふうん……そうなんだ。じゃあ仕方無いね。今日のところは帰るとするよ」

 美々は身を反転させ、俺の部屋から出て行く。彼女の後に続いて、俺も廊下へ出た。

 階段を下り、玄関に付くと、

「それじゃ、途中まで一緒にいこ?」

「何でた?」

「わたしがそうしたいから」

 恥かしがったりする様子も無く、美々は優しげに目を細めた。一瞬魅入ってしまいそうになったが、どうにか自我を保つことに成功した。

「途中までって言っても、そんな遠く無いぞ?」

「いいのいいのー」

 美々はご機嫌に歩き出す。鼻歌のBGM付きだ。

 突然のことだったので用意に少し時間が掛かったりしたものの、俺の準備が終わるまで美々は玄関で待っていてくれた。

「それじゃ、いこっか?」

「……ああ」

 俺と美々は並んで歩き出す。美々は小学校の頃の話などを持ち出したりして一人で勝手に盛り上がっていたが、俺には全く身に覚えの無いことだらけだったので曖昧に相槌を打つことしか出来ない。

 そうして並んで歩いているうちに、学校の校門前に辿り着いた。

「そんじゃな」

「うん、またねー」

 校門前でぶんぶんと手を振る美々に対し、俺は一つの疑問を持った。

 どうしてああまでして、俺の側にいたがったのか。今日の五時限目の日本史の授業のときにでも、考えてみよう。


         5


 登校する前に決めていた通り、五時限目の日本史の授業の際、俺は美々のことを考えていた。

 どうして十数年も経って俺の前に姿を現したのか。どうして俺のすぐ側にいたがったのか。今までいったいどうしていたのか。美々に関する疑問を上げて行くと、枚挙に暇が無い。その内俺の脳味噌がキャパオーバーを迎えて破裂するんじゃないかと心配になったので、途中で考えることを放棄した。俺の代わりに誰かが考えてくれるだろうというずいぶんと投げ槍な解答に落ち着く。

 時は放課後。時刻は四時半前後。

 俺は毎日のように行われる部活動に参加するため、去年新しく造られた新校舎の生徒将校口を出て、隣の徒歩五分程度の旧校舎へと足を伸ばす。

 旧校舎へと続く一本道を抜けようと右足を半分ほど前に出す。そして、俺はその体制で固まることを余儀なくされた。

 理由としては、俺の背に声を掛けて来る者がいたからだ。振り返ると、我らがクラス委員の浅木だった。

「何か用か?」

「まあね。大したことじゃないんだけど、城島さんが休みだった理由ってわかる?」

「知らん。風でも引いたんじゃないのか? 他人にはやたらとおせっかいを焼きたがるが、自分のこととなると誰かに頼るってことをしない奴だからな、あいつは。学校に連絡しなくても不思議じゃ無い」

 言いながら、そういや城島って今日は休みだったな、見た目より頑丈な奴だが、それでも全く病気にならないってことは無いだろう、とそんなことを思う。

 明日にでも、見舞いに行くか?

「いやでも、風って決まったわけじゃないしなあ……」

 なにせこの間ファミレスで一緒に飯喰ってた時、何か私一人で動く、みたいなことを言っていたような記憶があるし、もしかしたら……、

「何、どうしたの? やっぱり心あたりある?」

 さて、俺はどんな表情をしていたのでしょう。浅木は俺の顔を覗きこむようにして、眼鏡の奥の黒い瞳を俺に向けて来た。

 それは、心の奥の奥、底の底まで見透かされているような感覚がして、少し気持ち悪い。

「いや……また人助けでもしてんじゃないのかなって」

「んー、有り得そう。風邪引いて家で大人しく寝ていればいいんだけど」

 病気であることを望まれるって普段どんな私生活を送ってるんだって話だ。

「もういいか?」

「そうね。これ以上何か尋ねても、あなたから有益な情報は得られなさそうだし」

 俺から顔を逸らすと、浅木はふうと溜息を吐いた。それもめい一杯深く。

「欠席の理由、なんて書こう」

「大変だな、委員長」

 言って、俺は浅木から視線を外す。前方を向き、旧校舎へ向けて歩みを再開する。

 その後、三時間くらい待ってみたが、城島が部室に現れることは無かった。


          6


 帰路に付く。その道中。

 いつものように二人の人間がやっとすれ違えるくらいの幅しか無い道を歩きながら、俺はふと考えた。

 そういや、城島の家ってどの辺だろう?

 以前に城島家の車に乗せてもらったことがあるから、それほど遠くは無いと思う。とはいっても、車の移動範囲内にあるというだけで近くにあるということは無いだろう。少なくともご近所さんでは無い。

 そこから発展して、俺はどの程度城島のことを知っているんだろう。

 考えてみれば、何も知らなかったのだと思い知らされる。

「……ま、どうでもいいか」

 城島のことを知ってようが知らなかろうが、俺が城島の隣にいることは決定している。代えようの無い事実だ。

 俺が城島に対して恩を返すまで、俺はいつまでだってあいつの隣にいるんだから。

 と、俺が城島に対して思いを巡らせていると、俺の目の前に見覚えのある人物が現れた。

 御船美々と名乗った、あの女だ。

「また会ったね」

 美々は後ろに両手を回し、優しげに目を細めながら俺に笑みを向けて来る。俺は反応に困り、一瞬対応が遅れてしまう。数秒間口の開閉を繰り返し、そして一つの言葉を絞り出す。

「……何でいるんだ?」

「何でって言われても……」

 美々が小首を傾げ、困ったように笑う。彼女の笑みを見ていると、まるで俺の方がおかしなことを言っているかのような錯覚に陥ってしまう。

 ……俺の方が、正しいことを言っているはずだよな……、

「偶然、なんて言わないよな?」

「うん、偶然じゃないよ。わたし、君を待っていたんだよ」

 楽しげに、弾んだ声を出す美々。地毛なのか染めているのかわからない、明るめの髪が風に揺れる。美々は風になびく前髪を抑えながら、一歩、俺に近付いて来る。

「わたし、君を待ってた。ずっと待ってた」

「ずっとって……」

 ずっとって……それってずっと? 俺が学校に行ってから放課後帰路に付くまでずっとか?

「そう、ずっと。君に会いたかったから」

 恥かしげも無く、そんな台詞を美々はのたまう。あまりに真っ直ぐに言ってくるもんだから、こっちが恥かしくなるくらいだ。

 目を逸すことは無かったが、少しばかり体温が上昇したように感じられる。

「会いたかったって、何でだよ?」

「何でって、そりゃあ……」

 美々は俺はから目を離し、それどころか顔を俯かせてもじもじし始めた。足先で砂を蹴り、熱に浮かされたようにだらしなく口の端をつり上げている。

「言わせないでよ、わかってるくせにい」

 美々は俺の胸辺りおつんつんしてくる。少しだけ面倒だなと思いつつ、彼女の言葉の続きを待った。

「わたしが、君を好きなんだってことは」

 美々が顔を上げて言う。その瞳は、どんよりと曇っているように見えた。

 口角は上がっている。目元も細められて、相好は崩れている。なのに……、

 なのに、たったの一ミリたりとも、笑っていないように見える。がんばって、笑顔を作ってるかのような、そんなぎこちない感じがする。

 まるで、何かを真似して失敗したかのような……、

「……そ、そうか……」

「うん、そうだよ」

 美々の笑顔に、俺は背筋に寒気が走るのを感じた。思わず、目を逸らす。

 ジー、と俺を見ているような気がする。

「返事、聞かせてもらってもいいかな?」

「えっと……」

 困惑する。何と返せばいいのか。

「急に、そんなこと言われても」

 困る、というか何だこの状況は。

 昼過ぎに突然小学校時代の同級生を名乗る女が現れたかと思うと、その日の内に愛の告白されるとか三流恋愛小説の展開だろ。

 俺はいったいどうすればいいというのか。

「どうしたの? 恥かしいとか?」

 そうじゃ無い。返事も決まっている。だが、今この状況で俺が思っている台詞を言うのはまずい。何がどうまずいのか説明出来る自身は皆無だが、俺の脳内を赤いランプが点滅し、危険を知らせるアラートがけたたましく鳴り響いている。

ここは、誤魔化すのが吉か。

「えっと……あまりに突然のことで理解が追いついていないというか……ほら、俺って馬鹿出し」

「そうだったね。あの時もわたしとの約束忘れてたし」

 ううん、と美々が顎に手を当てて唸った。失礼なことを言っていた気がするが、意識的に気にしないことにする。

「それじゃあ、三日後にまた会いに来るから、それまでに決めておいてくれる?」

「あ、ああ……それまでにはどうするか決めておく」

「約束だよ? 今度は忘れちゃヤだからね?」

「わかった」

 それじゃあねー、と美々は小走りに走って行き、角を曲って俺の視界から消えた。俺はふうと安堵の息を吐き、がしがしと頭を掻きむしる。

 今度あいつに会えばまた誤魔化し切れるかわからない。

 俺にはあいつとの思い出なんか無い。当時はなんとも思わなかったが、今なら自分がどれだけ酷い人間なのかわかる。

 そして、わかっていながらも思う。面倒だな、と。

 三日後、また会いにくると美々は言った。ならば、三日後にはちゃんと言わなければいけないだろう。悪いが付き合う気は無い、と。言ったならば、あいつがどんな反応を返してくるかわかったものではない。

 あいつの瞳の奥に何か黒いものを見た。

 誰かに相談してみるのがいいだろうか……。


         7


 携帯の電話口から、もはや聞き慣れた声が聞こえて来る。

 ――ただ今、電話に出ることが出来ません。ご用の方はメッセージを――

 何度と無く発されたその機械的な台詞を最後まで聞かず、俺は携帯の通話ボタンを押した。携帯を折り畳み、自室のベッドの上に放り投げる。

「何やってんだよ……」

 美々と別れて一時間、城島に連絡を取ろうとして三十分が経っていた。項垂れるようにしてフローリングの床を眺めていると、まるでそこだけが意志を持つ生物のように蠢いて見える。

 その姿勢のまま、俺は目を閉じた。そうすると、視界が一気に真っ黒になり、自然と思考が早まるような感じがする。

 考えるのは、御船美々のこと。

 まず、御船美々は俺の小学校時代の同級生であるらしい。だとすると、俺とは以前会ったことがあるはずだ。言ってしまえば幼なじみ、というわけだ。だが、俺は美々のことなど欠片も覚えてはいない。いや、美々のことだけじゃ無い。小学校から中学校時代に掛けて、記憶が無い。記憶喪失では無いにも関わらず記憶が無い。当然だ。その時代の俺は、他人という奴にとんと興味が無かったのだから。他人と関わったところで意味が無い。合理的じゃないと考えていた。あのまま成長していれば、俺はどんな人間になっていただろうか。想像するだけで寒気がする。

 そんな俺を救ってくれたのが、城島だった。城島は他人に全く興味を示そうとしない俺の心の底を見透かして、そして他人と接する機会を与えてくれた。その行為は同情などというわかり易いものでは無く、俺が助けを求めていたからだ。他人に話せば、同情していないのに意味がわからないというかもしれないが、そういうものだ。

 あいつは、他人に同情して人助けをしているわけじゃ無い。いくら同情していようと、助けを求めなければ、助けはしない。助けて欲しいと言葉にせずとも、叫ばなければ救済しようとは考えない。

 助けて欲しいと、そう、言葉ならずとも思いさえしなければ、誰も助けたりなんかしない。あいつが今動いているのなら、そこには必ず城島の助けを必要としている誰かがいるはずだ。大も小も無く問題があるのかどうかすら関係無く、助ける。

 しかし、どんなに優秀で有能な人間であろうとも限界というものは存在する。ある一点のボーダーを超えれば、それ以上は進めなくなる。動けなくなる。許容量を失って倒れてしまう。

 だったら、これは俺だけで片を付けるべき問題なんだろう。そうしなければならない。

 城島には、頼れない。

「面倒くさいなあ……」

 思わず、呟きが漏れる。体をベッドに横たえ、天井を見上げた。

 城島は、今頃何をしているのだろう。

 さきほどから何度電話を掛けても繋がらない。いったい何をしているというのだろうか。

 天上は蠢かない。フローリングの床と違って木目や繋ぎ目の無い真っ白な天井だからだろうか? 

 そんなどうでもいいようなことを考えながら、俺は目を閉じる。全身をねっとりと覆うように、気だるさが包み込んでくる。不快感にも似た感覚に身をゆだねつつ、俺は目を閉じる。

 何だか、何も考えたく無かった。このまま、眠ってしまおうか。どうせ、城島のことだから心配するだけ意味無いんだろうし。

 そう思い、段々と意識が薄れて行くのに任せていると、

「……誰だよ」

 少々、苛立ったような口調になってしまったが仕方無い。どうせ誰も聞いていないのだから構いはしない。

寝転がっている俺の左上ぐらいから音を立てながら、携帯電話が震える気配がした。俺はゆっくりと体を動かして、携帯を取って開く。

「城島……」

 画面に表示されていたのは、城島美夏の名前だった。思わず眉根が寄り、眉間に皺が刻まれるのがわかった。

 今の俺の心境が、怪訝な、という奴なのだろうか。とにかく、不審、というか疑惑で一杯だった。

 メールであろうと電話であろうと、城島から連絡をとって来るとは珍しい。というよりあいつと『探偵部』として活動を始めてから初めてのことだった。なぜ連絡先を交換したのかわからないくらいだ。

 だが今日、ついさっき城島が連絡を取って来た。初めてのことだ。

 もしかしたら、これは城島からでは無いのではないのか? そんな疑惑が俺の心中を埋め尽くして行く。

 どうしよう。

 迷うくらいなら切ればいいのだが、そうすると本当に城島からだった場合、後々面倒なことになる。それは避けたい。

 ではどうするかと言うと、どうすることも出来ないまま頭上で携帯開いたまま、頭を悩ませるしかない俺。

 城島じゃ無い可能性は大いにある。だが城島である可能性も少しならある。どちらにしても可能性がある以上、どちらを選んでも最悪の事態になりかねない。そしてこれはただの直感なのだが、電話に出ようが出まいが、城島であろうがなかろうか、何か面倒なことに巻き込まれる気がする。それもほぼ確信に近いくらいそう思う。

「……どうするか」

 迷った挙句、電話に出る方を選択した。どうせどれを選んでも面倒ごとになるのなら、ここで無視しても意味は無いだろう。運命と呼ばれるものを盲信するわけではないが、そういった引力みたいなものの存在は感じている。

 通話ボタンを押し、耳に当てる。

「……もしもし?」

『モシモシ』

 聞き慣れない声だった。というか機械みたいな声だった。まるでボイスチェンジャーかなにかで声を変えてでもいるかのような、平坦で抑揚の無い声が、俺の鼓膜を一定の間隔で震わせる。が、

 これだけは断言出来る。これは城島からでは無い。つまり、より面倒度の高い方に当たってしまったということだ。

 ああ、くそッ!

 俺は内心で毒づきながら、慎重に言葉を選んで質問する。

「……どちら様、ですか?」

『タンテイブブチョウ、キジマミナツヲシッテイルカ?』

 俺の質問を完璧なまでに無視して、電話の向こう側の人物(?)は自分勝手に質問を被せて来る。そのことを不満に思いつつも、ここで声を荒げたりするわけにはいかないと思い直し、出来る限り平常通りに努める。

 少し考え、

「どういう意味ですか?」

『イマ、ヘントウスルマデニスコシジカンガアッタ。ミョウナコトヲカンガエテイルトカノジョノイノチハナイゾ?』

「そんなことありませんよ」

 ばれてーら。

 とはいえ、そう大したことをするつもりはなかった。せいぜい、嘘を交えて少しでも長く会話を交わし、そこからこの人物(?)の情報を聞き取るとかその程度だ。俺ごときの話術でどこまで出来るかわからないが、やってみよう。

「……なんの用ですか?」

 手始めに、全体的なことを掴むための質問をしてみる。

『シツモンシテイルノハコッチダ』

 最初に訊いたのは俺の方だ。と、そんなことを口走れるはずも無く、俺は泣く泣く自分の質問を後回しにし、とりあえずは電話の主の問いに答えることにした。

「まあ、同じ学校に通っているわけですから、多少なりとは」

 あえてぼやかして反応を見てみる。実際に見ることは叶わないから、ここは聞いてみると言うべきか。

『ソンナコトヲキイテイルンジャナイ。フザケタコトイッテルトヨウシャシナイゾ』

「では、いったい何を聞きたいんですか?」

『キジマミナツヲトラエタ、トイエバタスケニクルヨウナアイダガラカトイウコトダ』

 ……やっぱりか。

 この電話の主、俺と城島の関係性を知っている。俺が探偵部の平部員だと知って、先刻のようなことを訊いてきているのだ。

 でも、なぜ……、

「それは狂迫、と受け取っていいんですか? 城島美夏は預かった。返して欲しくば、と?」

『オオムネ、ソノトオリダ』

 なるほど。ということはつまり、この電話の主は本当かどうかはわからないが、誘拐したと城島の名前を出して、どこぞへと俺をおびき出そうとしているというわけか。

 だから、なぜ?

「……城島は無事なんですか? 一言でいいので声を聞かせて下さい」

『…………ソレハデキナイ』

「なぜです?」

『ゴジツ、マタオッテレンラクスル』

 と、一方的に通話を絶たれてしまった。ツーツー、という空しい機械音が、通話口から聞こえて来る。

 俺は携帯を折り畳み、ベッドの枕元へ放り投げた。枕に頭を深く埋め、天上を見上げる。

 面倒なことになったな。

 おそらく、城島は本当に誘拐されたわけではないだろう。本当に俺をおびき出したいのなら、あの場面で城島の声を聞かせない意味がわからない。もし声を聞いていたなら、俺は今直ぐにでも奴の提示した場所へ向かったことだろうからな。

 だが、奴はそれをしなかった。ということは、城島は今、奴の手許に無いということになる。そうすると、俺が奴の許へ向かう必要性は無くなり、俺はこの部屋の中で漫画でも読みながらげらげら転げ回っていればいいということになる。そして、おそらくは俺が現れなければ、電話の主は本当に城島を誘拐してしまいかねない。そんな展開になると、今度は俺は奴の命令に従うしかなくなり、城島の無事も確保しなければならないという至極面倒な展開になる。

 ここで、面倒度を最小限に納めるために出来ることは一つだ。

 面倒なことになる前に、その種を潰す。これに限る。まあ、ほんの一つまみ程度だが、こんな悪戯のようなことをしてきたのが誰か気になる、というのもあるが。

「ま、明日からだな、明日から」

 明日から本気出す。今日はもう寝よう。

 気付けば、時刻は八時を回っていた。晩飯も食べていないが、不思議と腹は減らない。

 ただ、凄く眠いだけだった。


         8


 すっかり元気になったという。

 両親の見舞いに行ってやると、二人は他の患者さん相手になにやら講義めいたことしていた。やっていることはただの知識自慢なのだが、内容や二人の立ち居振る舞いのせいで、妙に教師然としているのだからたまげた。

 携帯を開いて時計を見ると、四時半を十分程度回っている。日差しも傾いて来て、病室にはオレンジ色の陽光が差し込み始めていた。

 黄昏時、という奴だろうか。

 俺は携帯を制服のポケットに仕舞うと、腰かけていたパイプ椅子から立ち上がった。

「それじゃ、帰るよ」

 鞄を肩に掛け、病室を後にする。

 廊下を少し歩くと、彪間さんとばったり遭遇した。

「やあ、また会ったね」

 そりゃ会うでしょうよ。あなたの目的は俺の両親なんだから。

「親父とお袋なら病室にいますよ。話を聞くなら早い方がいいです。記憶って劣化して行くものですから」

「ああ、そうさせてもらおう」

 言うと、彪間さんは小走り気味に病院の廊下を行く。俺の両親の入っている六人部屋を見つけると、さっさと入って行ってしまった。

「さて、帰ろう」

 少しの間彪間さんの消えて行った病室の方を見ていたが、方向転換して階下へと続く階段を目指す。

 特に根拠があるわけでもないが、昨日の電話。あれって彪間さんからだったのだだろうか? ほんと、大した根拠も無くそう思うわけだが。せいぜい、俺達の立場を知りつつ関係性を理解出来ていないのはあの人だよなっていう、その程度だ。

 病院から外に出る。真正面から夕日の光を浴び、思わず目を細める。おそらく、俺の背後には俺の背後に長大は陰が出来ていることだろう。

「…………」

 今日も、城島は学校に来なかった。何をしているのかと訊こうにも、携帯はあいつの手許に無いのは昨日掛かって来た電話が証明してくれている。

 皮肉なものだな。

 便りが無いのは元気な証拠だが、便りがあった際には必ずと言っていいほど問題が付属している。そして、その問題の大小を問わず、一人の人間が中心にいる。誰かが傷付くのを見て、自分も傷付いている。

「面倒くさいなあ……」

 俺は振り返り、病院を見上げる。正確には、俺の両親が彪間さん相手に熱弁を振るっているであろう病室の方を。

 今俺は、城島のために動こうと思っている。動きたいという衝動に駆られている。今の俺の心境を知れば、親父とお袋は何と言うだろうか? 馬鹿なことだと呆れるだろうか? 合理的じゃないと嘲笑するだろうか? 

 少なくとも、後者は無いだろう。いくら息子のこととはいえ、他人がそういうふうに考えることを否定したり馬鹿にしたりはしない。二人はそういう人間じゃ無い。

「仕方が無いだろ」

 誰にともなく呟き、肺の中の空気を吐き出す。夏のじっとりとした暑さが肌にまとわりつき、不快感だけが俺の中へと浸透して行く。

 それでも、城島を助けようと思った。

 あいつには、恩があるから。


          9


 翌日、早朝。午前五時から午前六時へと時計の短針が動く。その光景を眺めながら、俺は眠気を訴える目元を擦り、無理矢理に頭を働かせる。

 城島を助けると心に決めた。それはいいだろう。俺のどこにも、そのことを嫌がる奴はいない。全員一致で賛成だ。

 では、具体的にどうするか。考えるべきことはその一点だ。

 一番手っ取り早い方法は、城島がいる場所をどうにかして犯人から聞き出し、その後の操作を警察に移譲することだ。そうすれば、俺は一切の労力を使わず、城島を助け出すことが出来るだろう。

 だが、この方法を取ることは出来ない。思い出すからだ。あの出来事を思い出すからだ。

 俺が助けを求めたために、死んでしまった四人の警察官のことを。

「……面倒だ」

 何だか最近、この単語を口にする機会が増えたように思う。それだけ、自分で動くことを嫌がっているのだろう。

「でも、やらないと」

 でないと、城島を助けることが出来ない。誰かがやらなければ。

 俺はベッドに寝転んでいた体勢から、上体を起こし座る。脇に置いていた携帯電話を取り、開く。極端に登録者の少ない電話帳を呼び出し、城島美夏の名前のところにカーソルを合わせる。

 決定ボタンを押そうとしたところで、親指が止まる。微細に震えているのがわかった。

「……柄にも無く緊張してんのか?」

 俺が? 面白い。

 別にほくそ笑んだりはしなかったけど、しかし俺は小さく息を吐いた。

 城島を助ける。これは決定事項だ。変更は無い。だから、城島には無事でいてもらは無いと困るのだが、それにしたって多少恐い目には遭っているだろう。もし遭っているのなら、今後はもう少し大人しくなってれると助かるのだが。

「ま、それはないな」

 もし仮に城島が何らかの恐ろしい目に遭っているのだとしても、他人を助けることは止めないだろう。そういう奴だから、俺はあいつに恩義を感じ、あいつの下で『探偵部』の部員であり続けている。

 あいつがいなくなれば、俺達の『探偵部』は機能しなくなるだろう。そんな予感がする。

 だから、とそんなことを理由として反復するかのように、心の中で反芻する。

 じっとりと、染み込ませて行く。


         10


 学校に休むという連絡を入れた。新型インフルエンザに掛かったという嘘を吐いて、まるでそれが正当な理由であるかのように自信を持って電話口で戸惑ったような声を発する事務員を説き伏せる。

 携帯の通話ボタンを押し、通話を絶つ。ほうっと息を吐き、天井を見上げる。

 これで、後戻りは出来なくなったぞ。

 元よりする気の無かった選択肢を胸中で断じ、俺はベッドから立ち上がる。そのまま部屋を出て、階下へ下り、玄関の扉を開けた。

 八時を回った平日の日差しはそれなりに厳しく、じりじりと俺の大表面を焼き焦がしに掛かって来る。それくらい強い陽光に目を細めながら前方を向くと、視界の真ん中に人影が飛び込んで来た。

 人影は一つだった。太陽が照り着け、ただ立っているだけで全身の毛穴から汗が噴き出して来るような高温の中、そいつは涼しい顔をして肩口で切り揃えられた明るい髪を揺らして俺に近付いて来る。

 俺は身を仰け反らせるようにして、そいつから出来るだけ距離を置くよう努めた。

「おはよう。もう八時だよ? 学校行かなくていいの?」

 そいつ――御船美々は快活な笑みを浮かべ、そう問うてくる。お前こそ学校いいのかよと突っ込みたくなった。が、今はこうしている時間も惜しい。

「今日は用事があってな。休むことになったんだ」

「ふうん……そうなんだ。用事って?」

「……えっと、詳しいことはわからないけど、親父とお袋の代理ってことで」

 ずいぶんと苦しい言い訳に聞こえるのは、俺が当事者だからだろうか。

「へえ、そうなんだ。大変だね。お父さんとお母さんがあんなことになっちゃって。リビングで倒れてたなんて、びっくりしたよね?」

「あ、ああ、まあ」

 相当に歯切れが悪くなる。正直、こいつに構っている暇など無い。

 それと、美々が口にしたリビングで倒れていた、という言葉に反応してしまう。それ自体はニュースでも散々言っていたことだったから、こいつの口から出て来たとしてもなんら怪しむ個所は存在しない。しかし、やはり言われていい気はしない。自分の親のことだからなおさらに。

「それじゃあ、大学に行くんだね?」

「ああ、そうだが……何でわかった?」

「君のことなら何でもわかるよ。君のお父さんとお母さん、大学の先生何だってね?」

「ああ……」

 何だ? 大学生の知り合いでもいるのだろうか。

 俺が訝しんでいると、美々はいいことを思い付いたいうように右手のひらをぽんと叩くと、

「わたしも一緒に行っていい?」

「はあ? 何でだよ?」

「大学って一回行ってみたかったの」

 言うだけ言うと、美々は俺の抗議やら何やらに美々を貸す気配すら無く、早々に歩き出していた。

 どうしよう……両親の務めうる大学に用何か無いのに。

 どうにも困ってしまった。美々が一緒では、城島の捜索に支障を来たす恐れがある。城島を連れ去った奴の正体がわからない以上、他人を巻き込むのはあまり、というかかなりよろしく無い。最悪、死ぬこともあるかもしれない。

 これは、どうやっても美々を撒くしかない。

「くそッ……余計な手間増やしやがって」

 小さく毒づいてみる。前方では美々が一向に歩き出そうとしない俺に業を煮やしたのか、ふくれっ面で腰に手を当て、怒ってますというジェスチャーをして来る。俺は小走りに両足を動かし、美々の許に急いだ。

 さて、どうすれば撒けるだろうか?


         11


 それから約一時間後。俺は着ているシャツをびしょびしょにして、全身汗だくになりながら車の通りの少ない路肩をひた走っていた。

 途中、通り掛かったコンビニに立ち寄り、水分補給のためのスポーツドリンクを購入した。コンビニの前のタイヤ止めに腰かけ、スポーツドリンクの蓋を開ける。ごくごくごくと一気に半分ほどを飲み干して、ぷはあと二酸化炭素を勢いよく吐き出す。

「あいつは、もう撒いたか?」

 形容しがたい不安感が俺の胸中を侵食していく。ここまで走って来るまでに見たのだが、美々の運動神経は半端じゃないくらいいい。俺のようなもやしっ子では、到底撒くことはおろか、距離を離すことも出来ないだろう。

 そんな運動と勉強がなにより苦手で大っ嫌いもやしっ子こと俺がなぜ美々を撒くことが出来たのかといえば、

「いや違う。まだ撒いたかどうかは定かじゃない」

 今はたんに、俺の見える範囲に美々の姿が無いというだけだ。俺から美々の姿が見えない以上、あいつを撒いたと言い切るのは危険だろう。

 と、その時――

「わっ」

「わッ!」

 思いっ切り、仰け反った。聞こえて来た美々の声に、素早く振り返り、後ずさる。

 以外なところからのお出ましだった。てっきり正面切って現れるものだと思っていたので、コンビニの裏から現れたことに冷や汗を?いた。

「な、んで……」

「何でって、そりゃあそうだよ。わたしは、君のことなら何でもわかるって言ったでしょ?」

 にっこりと、美々が笑む。彼女の笑顔が俺には悪魔か死神の嘲笑に見えた。そしてなんの説明にもなっていない説明もどきに、俺は若干ながらいらっとした。

 まさか、発信器でも仕掛けられているんじゃないだろうな。

 そう思い、また疑って、俺は自身の体中をまさぐる。とはいってもそこは夏場のこと。半袖に薄手のジーンズという格好だったので、何かを仕掛ける個所は無い。ポケットの中に手を淹れると、指先に何か固いものが当たる感触がある。

 取り出してみると、それは小指ほどの大きさの丸い物だった。これが何であるかは、用意に想像が付く。

「お前、何だこれは」

「発信機だよ。これでいつでも君の居場所がわかるの」

 美々はにこにこと無邪気を装った笑みを浮かべて俺の反応を窺って来る。

 やっぱりか。

 俺は呆れてものも言えず、溜息を吐いた。発信機をそのあたりに放り投げ、立ち上がる。

 スポーツドリンクを飲み干し、コンビニ前のゴミ箱に捨ててから、

「この際だからはっきり言おう」

「うん? 何?」

「俺は、お前のことを覚えていない。全く、これっぽっちもだ」

 彼女の顔をまっすぐに見て、言った。

 残酷に、薄暗い谷の底へ突き落すかのように。言ってやった。

 どんな反応が返ってくるのだろう。内心ではびくびくしていた。しかし、美々は激昂したり、傷ついたりした様子も無く、口の端を吊り上げて見せた。

「……うん、薄々はそうじゃないかなって思っていたよ」

「だったら……」

「だったら、何?」

 俺が言おうとしたことを遮り、美々が言葉を被せて来る。俺は一瞬だけ彼女の言葉の意味を理解しかねて、直ぐにその意味を思い至る。

「どういうことだ? 俺はお前のことを覚えてないんだぞ?」

「どういうこともこういうことも、最初に言わなかったっけ? 私は君のことが好きなんだよ? だったら、それ以外に必要なことって無いじゃん」

「いや、だから……」

 言い返そうとして、言葉に詰まる。何か言おうとしたが、いったい何を言えばいいのかわからずに結局黙り込んでしまう。

 ただ、美々の無邪気な笑顔が眼前にあり、俺は思わず目を逸らした。顔中が熱を持つのを自覚する。

「でも……俺はお前のことを好きに何かなれない」

 城島も助けないといけない。必要としているかどうかは別として。

「今はそれでもいいよ。でも、いつかわたしのことを好きになってくれると嬉しいなっておもうよ」

「………………」

 返答は、出来なかった。首を縦に振ることも、横に振ることもせず、話題変換を試みる。

 かなり無理矢理なことはわかっている。

「それにしても、手掛かりが無いな」

「手掛かり? それって何のこと?」

 話題に乗っかって来た? 美々もこれ以上この話題を続けたく無いらしい。

「お前には関係無いことだ。これ以上俺と一緒にいても楽しいことは何も無い。今日のところは返れ」

「……あの女のため?」

 俺の言葉を無視して、美々の言葉が俺の鼓膜を揺らす。

 深く、頭の奥底に沈み込んで行くような、暗い感じのする声だった。

 顔を上げると、当然だが美々がいる。だが彼女の表情は、先ほどまでの朗らかなものではなく、もっとどす黒い、瘴気のようなものを纏っているような錯覚に囚われてしまう。

「美々?」

「……ん? なあに?」

 声を掛けると、直ぐに美々の表情が明るくなる。それが、余計にさっきの表情を恐ろしい物にしていた。

 何か、大切なことを見逃している気がする。


        12


 その脅威が目の前に現れたのは、日もすっかり落ちた八時過ぎのことだった。

 俺は物陰に身を隠しながら、あたりの様子を窺う。口許から吐き出される荒い息とばくばくと激しく脈打つ鼓動のお陰で見つかりやしないかと不安になる。しかし、その脅威が舞い上がった小麦粉の向こう側から現れる気配が無いことにホッと息を吐いた。

「くそッ、何だってこんなことに」

「そりゃあ、それなりの恨みつらみって奴があるんじゃないかな?」

 俺の隣で、美々が何でも無いことのように言ってくる。むしろ、楽しんでいるようにさえ見えるのは気のせいだろうか?

 まあ、今考えるべきは隣で同じように身を潜めている美々のことでは無く、現状への打開策だ。

 答えを得るためには、原因から振り返ってみるのがいいかもしれない。

 なぜ、こんなことになったのか。それは、およそ三時間前にさかのぼる。



 俺と美々はコンビニから離れ、一路西へと向かった。その方角には、今はあまり使われていない寂れた空き家やコンクリートが剥がれ落ち、壁から鉄骨がむき出しになったビルなど、いかにも誘拐犯などの犯罪者が利用しそうな場所だ。実際、不良と呼ばれる二〜三十人くらいの兄ちゃん姉ちゃん達がたむろしているらしい。正直、あまり近付きたくないところだ。

「だったら、近付かなければいいのに。どうしてそんな危険なところに行こうとするのかがわからないよ」

 俺の隣、二歩ほど先んじて歩いていた美々が振り返り、

不思議そう小首を傾げて来る。俺は携帯電話を取り出して現在時刻が五時半を少し過ぎていることを確認しつつ、

「仕方が無いだろ。今現在、最も可能性があるのはそこ何だから」

「でも、危険なんでしょ? だったら行かない方が得策だと思うんだけどな」

「それはそうだけど、だからって行かないわけにはいかない。城島は今もそこで一人、酷い目に遭っているかもしれないだろ?」

「……あっそ」

 美々は不満そうに、目を細めた。それから俺に背を向けると、

「またあの女か。訊きたいんだけど」

 改まったような美々の口調に、俺は眉を潜めた。さてどんな質問が来るんだろうと身構える。

「何だよ?」

「君はどうして、そんなにあの女を助けたいの? 君にとってあの女はそんなに大切な人なの?」

「んー……」

 どうだろう? そういうことは、あまり考えたことが無い。俺にとって城島はただの恩人ッてだけで、それほど大切な人ってわけでも無いような気がする。でも、こうやって城島を助けようとしているあたり、自分では気付いていないだけで彼女のことを大切に思っているのかもしれない。

 だが俺のこの心情は、世間で言ういわゆる恋心という奴とは別のものだろう。俺は城島を助けるつもりだけど、しかしそれはあいつに恩義を感じているからであって、恩を返すためであって、死んだり寝たきりとかになられたら恩返しなど出来ないから、死んで欲しくなくて、つまるところそれが今回、城島を助けるという行動の動機ってことになるんだろうか。

 要するに、まるっと俺の都合というわけだ。つまりは、そういうことだ。

 だから、

「たぶん、違う。俺にとって城島はそこまで大切に思うような存在じゃ無い、と思う」

「だったら、行かなくていいと思うよ? もし行けば、君が危険な目に遭うんだし」

「それは……」

 そんな考え方も出来るだろう。城島を助けに行くということは、城島をさらった奴の拠点に乗り込むということだ。不意に扉の陰から鈍器で一撃、なんてことがあるかもしれない。

 西日は少し傾き、その尻を山の山頂で隠していた。その光景が幻想的で、何とも言えない風感が俺の足許を不安定にさせる。

 ボーッと、夕日を見て考える。

 なぜ、城島が浚われたのか。どうして彪間さんはいつも単独で行動しているのか。あの日ファミレスで城島が言おうとしていたことは何だったのか。

 そして、俺の目の間にいる御船美々。小学校時代の同級生だという彼女が、十年も経った今になって表れた理由は何なのか。

 君のことが好きだからだよ――

 唐突に告げられた遭いの言葉。だが俺は、美々のその言葉を信じることが出来ないでいる。

 何か理由があるんじゃないか。何か裏があるんじゃないのか。そんなことばかりが頭の中をぐるぐる回る。

「……ほんと、いい性格している」

 呟きとして、口外へと漏らす。美々には聞こえていないようで、彼女がこちらを振り向くことは無い。

今この時、俺をこんなふうに育てやがった両親を怨みたくなった。こんなふうに、誰かを疑ってばかりいなければならない自分の性分が嫌になる。

 考えてもしかない。性格なんて今さら変えようがない。そんなことはわかっているのに、ふとした時に、どうやったら他人を信じられるだろうかと考えてしまう。

 そういった俺の行動も、結局は誰も信じられないが故のものであることは理解していた。他人を無条件に信じられないから、他人を信じれるだけの材料や理由が欲しいと思ってしまう。

 馬鹿馬鹿しい。

「結構寂しくなって来たねえ」

 美々が感嘆の吐息とともにそう呟いたのが聞こえて来る。俺は考えていたことを頭の隅に追いやり、あたりを見回した。

 美々が言ったように、ずいぶんと寂び付いたところだった。コンクリートの壁は崩れかけ、家の壁には穴が空き、窓硝子何かは派手に割れている。そして、建物の中から数十人の人間の気配がした。俺は美々を俺の後ろに隠すと、そのまま見向きもせずに真っ直ぐ進む。

 何だ、思っていたより大人しいな。

 てっきり、足を踏み入れた途端に襲い掛かられるのではないかと不安に思っていたが、そんなことも無いらしい。

 とりあえずは様子見、ということだろう。

「……さて、城島はどこにいるか」

 きょろきょろと、あたりを見回す。後ろでは、美々も一言も発さず、大人しくしていた。

「おい、俺の後ろにいろよ。何か出てきたら、お前だけでも逃げろ。いいな?」

「何? それってわたしのこと心配してくれているの?」

「……ま、そんなところだ」

 半分くらい、そんな理由だ。もう半分は、助けを呼んで来て欲しい。

 そんな打算があったわけだが、しかしそんなことは美々には全く関係が無いらしい。俺の後ろで嬉しそうに飛び跳ねている。実際に。

 俺は後ろで黄色い奇声を上げながら飛び跳ねる美々を放って、どんどんと先へ進む。手近にあった廃ビルに入り、二階へと続く階段へと足を掛けた。

 その時、

「な、なんだあ、こりゃあッ!」

 目の前に、薄気味の悪い仮面を付けた人間が二、三人、階段の上から出て来た。

 判断は一瞬だった。

 俺は美々の手を取り、振り返る。そのまま出口まで走ろうとしたところで再び足を止めた。

「何だんだ……」

 俺達が入って来た玄関も、数十人の人によって固められていた。皆段上の奴らと同じように、薄気味悪い仮面を付けている。

「ちくしょうッ!」

 はっきり言って、万事休すだ。逃げ場が無い。

「どういうことだッ! 何でこんな――」

 この場所に来るというのは言ってしまえばただの思い付きだ。城島をさらった奴が予想できるはずが無い。

 いや、そもそも城島を誘拐した犯人と今の状況を結び付けて考える方が間違っているのか?

「どうでもいいよ、そんなこと。問題は、ここの連中はわたし達に対して敵意を剥き出しにしているってこと」

「わかってる、そんなことはッ!」

 叫ぶが、打開策は無い。階段の段上にざっと見ただけでも十数人。廃ビルの入り口、にも同じだけの数の人間がいる。

 なぜ囲まれてるのかとか、彼ら彼女らが俺達に敵意を向ける理由は何なのかとか、今そんなことを考えている暇は無い。やるべきことは一つ。この状態を突破することだ。

 だが、どうって……?

「ちっ……」

 階段の上から、数人が列になって下りて来る。同時、背後からも向かってくる無数の足音があった。そのことに、意図せず舌打ちが漏れる。

 俺に戦闘能力は無い。真正面からぶつかれば、小学生の方が強いだろう。そのくらい、俺の腕っぷしは弱い。

 しかし……、

 ちらり、と眼球だけを動かして美々を見る。美々は目を細め、鋭く彼らの行動を観察でもしているようだった。

「……俺が突っ込む。そしたらお前は逃げろ」

 こうなったら自滅覚悟で体当たりしか無い。おそらくぼこぼこにされるだろうが、仕方無い。美々が助けを呼んで着てくれるのを信じよう。

 美々に指示を出し、前へ出るべく両足に力を込める。

 地面を蹴る。体が前に倒れ、前進しようとしていた。しかし、半歩も行かないところで俺は後ろへ引き戻される。

「なっ……」

 何が起きたのか理解出来ず、尻餅を付く。

「……おい」

 目の前にいるはずの美々に声を掛けようと手を伸ばす。しかし、俺の言葉が彼女の耳に届いたかどうかは定かではない。たぶん、聞こえていないと思う。

 なぜなら、美々の姿は既にそこには無く、ただ小さく、砂ぼこりが舞っているだけだったのだから。

「何が……」

 首を動かし、あたりを見回す。すると、視界の端に美々の姿らしきものを捉えた。

「な、に、を……」

 美々は姿勢を低く、腰を落とすと、仮面の一人の腹に突きを喰らわせているようだった。美々のような華奢な女に殴り付けられたところで、相手がひるむとは到底思えない。

 君のことが好きだから――

 以前、美々が言っていたことを思い出す。顔中に笑顔を咲き誇らせ、まるで世界には美しい物しか無いような笑みで、彼女が放った言葉。

「俺を、守るために……?」

 疑問が口を突いて出る。相も変わらず、疑うことしか出来ない自分が情けなかった。

 そんなことが本当にあるのだろうか? と。

 百歩譲って、美々が俺のことを好きだ、それはいいとしよう。信じることにしよう。でも、だからって体を張ってまで守るものだろうか?

 そうするだけの価値が、俺にあるのだろうか?

「……おい、こいつどうする?」

 くぐもった声が聞こえて来た。仮面を付けているため籠ってはいるが、どうにか男の声だとわかる。

 仲間と思しき声が、そいつの後に続く。

「特に何も言われてないし、放っておいて問題無いだろ。それより、あの女の方をどうにかしないといけねえな」

「ああ。しかし、あの化物じみた奴を俺達でどうこう出来んのか?」

「やるしかないだろ。でないと報酬はパーだぞ」

「ちッ、しょうがねえなあ」

 仮面の奴らが俺の横を通り過ぎて行く。どうやら、放っておいても害無しと判断されたようだった。助かったのだというのに、ちっとも嬉しく無い。

 なぜ、美々なんだ? 俺ではいけないのか?

 振り向くと、美々の姿はどこにも見当たらなかった。ついでに、仮面の奴らもいない。寂れてぼろぼろになった床に両手のひらを付き、ただぼうっと段上を見上げている。

 そういえば、親父とお袋が倒れてた時も、こんなだったよな。

 異常過ぎる事態に頭が付いて行かず、目の前で起こったことを受け入れるしかなかったあの時。親父とお袋の姿を見て、自分が思いの外冷静だったことに身震いした。

 あの時と、どこか似ている。そう思う。同時、これは好機なのではないかと考えた。

 こんな場所に偶然、あんな薄気味悪い仮面を付けた人間がわんさかいたなんてことはにわかには信じられない。きっと、ここには何かあるんだ。

 城島へと繋がる何かが。

 俺はがくがくと震え、まるで言うことを聞かない両足に一撃を喰らわせ、何とか立ち上がる。ぜえぜえ、と激しい運動をした後のように呼吸が荒くなった。

 この建物のどこかに、城島はいるのだろうか?

 確証は無い。だが、そう信じるしかない。根拠も無く、あてずっぽう以上に適当なこの推測を。

「無理だろ……」

 呟き、嘲笑する。自分自身を、馬鹿だなあと笑い飛ばす。

 なんの根拠も無く、証拠の一つも無く、確信を得られるわけが無い。他人はおろか、自分さえも信じられず、疑ってしまう俺なのだから、なおさらだ。

「だったら、まあ」

 もしこの建物のどこかに城島がいて、拘束され捉えられているのなら、これ以上の根拠は無い。きっと、俺はやはり正しかったのだと思えるだろう。

 だったら、探そう。自分くらいは信じてやれるようになるためにも、

 城島を、助けるためにも。


         13


 舞い上げられた埃で作られたカーテンが徐々に薄れて行く。俺は物陰にじっと身を潜め、足音を聞いた。

 足音は二つ。物陰から顔を出して確認した。一つは御船美々のもの。そしてもう一つは――

「そこに隠れているのはわかっている。出てきたらどうだ?」

 穏やかな口調で語りかけて来るのは、刑事を自認する彪間だ。彪間はゆっくりと、しかし確かに足音を響かせて俺の許へと歩み寄って来る。

 そこへ、駆ける音が聞こえた。次いで、彪間のおっと、という余裕を覗かせる声。

「危ない危ない。カッターナイフはそうして使うものじゃない」

 どういうことになっているのだろう? 俺の位置からでは、二人の様子を窺うことは叶わない。

 ただし、一つだけわかることがある。美々が彪間と戦っているということだ。カッターナイフを振り回し、彪間の大柄な体躯と相対する彼女の姿を想像してみる。が、出来なかった。

 それよりも、今は大事なことがある。城島を探し出すことだ。そのために、俺はこんなところまでやって来たのだ。二階に上がって来たというのに、未だに城島を見つけられてはいない。

 俺は身を低くして、物陰から離れた。直後、軽い物が地面に落ちる音がした。

 まるで、肉の塊がぼとりと落ちるかのような、重たい音。重量があるとか、そんなことじゃ無く脳味噌を揺らして来る。

 疑問が、生まれる。

 いいのか? このまま美々を放って城島を探しに行っても? それが正解なのだろうか?

 確かに、俺には戦闘能力なんか無い。あの二人の間に入っても、八つ裂きにされて窓から外へぽいとされるのがオチだろう。

 では……

「…………」

 目を閉じる。考える。そしてまた目を開ける。

 行こう、城島を探しに。ここにいても俺に出来ることは何も無い。

 後ろ手大立ち回りを演じているであろう美々と彪間の音を聞きながら、俺は部屋を出た。

パタン、と後ろ手に扉を閉める。

「さて、どうするか」

 城島を探すと言っても、方法なんか思いついちゃいない。三十以上ある部屋を一つ一つ虱潰しに探して行くしかない。

 手始めに、あの手前の部屋からか?

 三歩進んで、ノブに手を伸ばす。

 回して、開ける。

「誰も、いないのか……?」

 部屋の中を見回すと、確かに人影は無かった。正面にある窓は割れ、小さな破片がその付近に散らばっているだけだ。

 机や椅子の類いも無い。それどころか……、

「鍵穴すら無い?」

 身を屈めて、ドアノブを観察する。そこには鍵穴は無く、ここがどういった目的を持つ部屋だったのかを推察させるだけの材料が存在しない。

 まあ、そんなことを考えたところで、こうして廃ビルとなってしまった今では、本当のことを知る術なんかないんだけどな。

 俺は一歩足を前に出す。部屋の中央まで行くと、割れて常時開け放たれた状態になっている窓から、爽やかな風が吹き込んでくる。じわりと薄く汗を帯びた肌を撫でて行き、少し気持ちいいと思った。

 と、そんなふうに一時、自然との戯れを楽しんでいると、背後から音がした。

 パタン、と優しく扉を閉める音が。

「――――」

 驚いて、振り返る。

 するとそこには、一つの人影があった。

 後ろ手に扉を閉めたのであろう、仮面の姿が、

「お前ッ!」

 瞬間、半ば反射的に身構えた。しかし、そうしたところで俺が腕っぷしでこいつに勝てる見込みなど万に一つも無いことなど百も承知だ。だが、ただ大人しくやられるのが気は無い。

 腰を落とし、仮面を睨み付ける。仮面は俺がどう出て来るのか測りかねているのか、扉の前から微動だにしない。ジー、と実は超能力で俺を殺そうとしているのではないかと疑ってしまいそうになるほど俺を見詰めて来る。

 少々以上にむず痒い。

 俺は睨み、相手をけん制しつつ、頭を働かせる。

 今この場を打開、というか逃げ出す方法は二つ。一つは目の前の仮面野郎を退け、悠々と扉から出て行くっこと。そしてもう一つは、

「後ろの窓から飛び降りるか……か」

 正直、選択支二番は選びたく無い。理由としては、ここは二階だが、高さはそれなりにあり、落ちれば死に至らずとも重傷を追うであろうことは目に見えているからだ。

 が、選択支一番も嫌だ。

 こちらは怪我などは最小限に抑えられるだろう。なぜなら、拳を握れば俺は百パーセントあいつに捕まる。最悪その場で惨殺される可能性もあるわけだ。

 どちらに転んでもろくなことにはならない。ならどちらも選ばず、このまま硬直状態を維持すればいいのでは? と、一瞬だけそう考えたが、それも不可能だろう。

 いつまでたっても向かっても来ず、後ろの窓から逃げもしない俺を不審に思うかしびれを切らすかして、目の前の仮面野郎は絶対に先に向かってくる。

 そうなれば、ジッ・エンド。俺の人生はここで終了だ。

 あれ? 何をどうしたところで俺の方が不利? 何でだ? そんな無意味なことを考えて無駄に時間稼ぎをする。

 いくら硬直状態を維持出来ないと言っても、しびれを切らすまでにはそれなりに時間が掛かる。ならば、それまでに対抗策を講じてしまえばいいだけのこと。っていうふうに言うのは簡単だ。でもなあ……それが出来れば苦労しないんだよな。

 普段、テレビや漫画などで、危機的状況っていうのはよく見聞きして来た。その度に、こうすればいいじゃん、と突っ込みたくなり、また俺ならこうすると考えを巡らせていた。しかし、実際に危機的状況に陥ってみれば、驚くほどに頭の回転は鈍くなる。足は小刻みに揺れ、俺の中の恐怖を体現していた。

 世の主人公達を尊敬するよ。本当に。

 っていうか、どうして目の前の仮面野郎はいつまでたっても俺を殺そう(または捕らえる)としてこないんだ? 俺のこのあしがくがくが何かの罠かもしくは拳法の構えだとでも思っているのだろうか? 

 しかし、相手の立場に立ってみれば頷けなくはない話だ。あいつから見れば、武器を持っている自分に徒手空拳で挑んでくるような敵だ。何かしら格闘術を心得ていると思ってもなんら不思議じゃない。

 使えるかもしれない。

 一筋。可視化したら幅数ミリ程度の細い糸のような光明が見えた気がする。確かに、限り無く頼りないが、今はこの一筋の光に縋る他無い。きっと、俺を助けてくれるはずだ。

 よし。

 俺は両足に力を込めると、出来る限り素早く駆け出した。まず右へ駆け、それから左に跳ねる。仮面野郎はとっさに俺の亀のような鈍重な動きに対応して来る。が、一歩襲い。

 扉の前まで着た。左手に扉。右手に広々としていない空間。そして目の前には仮面野郎。

 さて、ここで俺が右手を突き出すとこの仮面野郎はどういう反応を見せてくれるのだろうか?

 俺の手を取り、自分の方へ招き寄せるか。その手を払い、攻撃に転じて来るか。はたまた後ろないし横に飛び、回避して来るか。

 願わくば、回避に徹して欲しいと思う。そうすれば、少なくとも扉の前から仮面野郎を引き離すことが出来る。

 そう半ばやけくそ気味に願い、右腕を力の限り前に出す。すると、仮面野郎は俺が予想したどの動きにも転じなかった。

 ぐるん、と身を捻じり、体を回転させて俺の拳をかわすと、勢いそのままに裏拳を俺の顔に叩き込んできやがった。俺はその拳に逆らうことが出来ずに、扉と衝突し、押し倒してしまう。

「あッ……がッ……」

 長らく使われてこなかったのだろう。扉の蝶つがいはぼろぼろで、予想していたより簡単に壊れてしまた。埃を上げる廊下の上に部屋の扉を強いてうつ伏せで倒れている状態で、俺は自分が正常に呼吸を出来ているか確認する。

 大丈夫。どこも壊れてはいない。

 内蔵も肺も、どころか歯の一本も掛けてはいない。そして、やはり予想通りだ。

 俺に喧嘩の才能は無い。

 とはいえ、これで廊下に出るという短期の目標はとりあえず達成された。

 振り返り、顔を上げると仮面野郎が目の前にいた。仮面野郎はトドメを刺す気マンマンなのか、パキポキと指を鳴らしている。

 これ以上、こいつに付き合ってやる義理は無い。

 俺が動けないとでも思っているのだろう、余裕しゃくしゃくで拳を振り上げる仮面野郎に向かって、素早く立ち上がり渾身のタックルを決める。これはさすがに予想の範囲外だったのか、仮面野郎は三歩ほど後ろへ後ずさり、それによって俺との距離が空く。

 俺は仮面野郎から距離を取ると、踏み付けていた扉を蹴って駆け出した。

 くそッ! 痛恨のタイムロスだ。早いとこ城島を探さないといけないのに。

 当初、この建物に入って来た時よりは幾分か数は減っているが、それでもまだ仮面の連中はうようよいる。彪間は美々と刃を交えているが、仮面野郎達が城島に危害を加えていないという保証はどこにもない。一刻も早く探し出さないと。

 それからは、一つ一つの部屋の扉を開けて行った。さっきのことがあるので中まで入ることはせず、入り口付近でざっと中を見回していないと判断出来たら、次へ行く。

 同じ作業を、十回は繰り返しただろうか。そろそろ息も荒くなってきた時、

「十、一個、目……」

 いったい何個あるのか、部屋の扉を開ける。すると、城島がいた。

 部屋の中央で、両手両足を鎖で拘束されている。髪はすすけて白ばんでいるが、あれはおそらく埃が乗っているのだろう。俺達の通う高校の制服ではなく、私服姿だった。

 誰が入って来たのか確かめるためだろう、機械的に、城島が顔を上げる。肌は真っ白で、目下には隈が出来、見るからに憔悴している。

 それでも、入って来たのが俺だとわかったのか、城島の表情が一瞬だけ驚きのそれへと変わる。笑顔を浮かべたり、安堵の息を吐いたりということは無く、むしろなぜ来たと問い質すような咎めるような視線を俺に向けて来る。

 危険だ、返れと言わんばかりに。

 そんな彼女の顔を見て、表情を見て、視線を受けて。

 ああ、いつもの城島だな、と思った。自分を勘定に入れず、いつも他人を第一として考える、彼女らしいなと。

 自然と、笑みが零れる。目頭が熱くなり、目の端から心の汗が滲み出そうになった。

 よかった、と心からそう思う。よかった、と。

「――後ろッ!」

 城島の声が俺の耳を打った。が、言葉の意味を瞬時に理解することは出来ず、「えっ?」と訊き返す。

 ゴンッ、と音が響くのと俺の意識が飛ぶのが、ほぼ同じくらいだった。

 たった、コンマ二秒程度の違いでしかない。


         14


 目を覚ますと、冷たくて埃っぽい床に寝せられていた。床と背中の接地面は固く、痛い。

 しばらくボーッとして、段々と目が冴えて来て、そうすると自然に起き上がりたくなる。

 だから、起き上がろうとした。でも、出来なかった。

 両手両足を固定されているようだった。手は後ろに回されているので見て取ることは出来ないが、満足に動かすことは出来ないのでまあ間違いないだろう。

 足の方は、膝を曲げて確認する。かなり厳重な感じで、ガムテープのようなものを何重にも撒かれているようだった。

 もう一度起き上がろうとして、やはり出来ず、結果として身じろぎのようなことをしただけに終わった。

「……ふー」

 助けを呼ぼうとして、口の中に熱が籠るのがわかった。ガムテープでも撒かれているらしい。つまり、立ち上がれないし手も使えないし声を上げることも出来ないと。

 率直に言って、ピンチだ。この状態で仮面野郎どもに襲ってこられたら、ひとたまりも無い。

 ……落ち付け、焦るな。まずは、今俺が置かれている状況を理解するんだ。

 幸いなことに、視界までは制限されているわけではないので、どうにか首と目を動かしてその空間がどういった場所なのかを把握しようと視線を巡らせる。

 何も無い部屋だった。机も椅子もベッドも、窓さえも。光源と言える物は、俺の頭上で時折り明滅を繰り返している切れ掛けの豆電球だけだ。それも、あまり明るさは無く、結果として部屋全体が薄暗い印象を与えて来る。

 薄気味悪い部屋だ。幽霊の一匹やに引き出て来てもおかしく無いかもしれない。

 ずっと横になっていても、背中や腰が痛くなるだけなので、とりあえず座ろうと床を這って壁際まで行動する。コンクリート製の壁に体重を預け、どうにか上体を起こして座る。

 ……ふむ。

 さほど広くは無い。むしろ、ここをオフィスとして使うには狭すぎるだろうというくらいだ。そして、机の類いはおろか窓さえも無いオフィスなど聞いたことが無い。

 独房、とそう呼んだ方がしっくり来る。

 昔はどうだったのか知らないが、今は俺がここに放り込まれているんだ。現在では独房として機能しているのは間違い無い。

 それでは次は、なぜ俺がこんな場所にいるのか。その疑問に着手しよう。

 確か、俺は城島の姿を発見して、彼女に駆け寄ろうとした。その時、後頭部に痛みが走って、気を失ったんだったな。

 状況的に見て、気を失った理由は背後から仮面野郎にどつかれたからっていうので間違いなさそうだ。

 謎は、七割方解けた。そして、今俺は動けず、どうしようも無い状態だっていうのも理解出来た。

「…………」

 仕方が無い、か。動けないのなら、これ以上どうしようも無い。後は、黙って大人しく煮るなり焼かれるなりを待つとしよう。

 でもせめて、あんまり痛くない方法を取って欲しいものだ。

 そんな些細な希望を胸に抱きつつ、俺が自分命と生きる権利を放棄していると、不意にその部屋の扉が開いた。

入って来たのは、あまりにも見覚えのある人物。

「ふぃふぃまッ!」

 口を塞がれているため、上手く発音出来ない。が、城島は俺がなんて言ったのか汲み取ったらしく、いつも通りの憮然とした瞳で俺を睨み付けて来る。

 いつも通り……っていうかいつもの五割増しで機嫌悪そう。

「どうしてあんたがあの部屋見付けんのよ?」

「ふぁ? ふぁにふってんふぁッ! おふぁえこふぉふじふぁっふぁんだなッ!」

「何言ってのんか全然わかんない」

 だったら口のガムテ剥がせ。

「ふん……それ、剥がして欲しいの?」

 城島の問い掛けにぶんぶんと首を縦に振る。そうすれば、城島と会話が出来る。是非も無い。

「そう……ま、まともに喋れないんじゃ不便だしね」

 言って、城島は俺の前に膝を突いた。うっすらと開けられたフトトモの間から、スカートの中身が俺を見上げている。自然、俺の視線はそちらに吸い込まれて行った。

 こんな状況だというのに、反射的な行動ってのは恐ろしいものだなあ。

 城島は俺の視線に気付いていないようで、俺の口許に手を添える。ガムテの端に爪を経て、一気に剥がしに掛かる。

「痛い痛い」

「我慢して。これでも優しくしたつもりよ?」

 嘘だあ。

「まあいい。これでとりあえずは喋れるようになった」

 これで、城島との意思疎通が出来る。

 だから、彼女がそこの扉を開けて入って来た時に浮かび上がった疑問を口にする。

「どういうことだ?」

「肝心なところを端折らないで。何が効きたいのかさっぱりわからないわ」

「お前なら、俺の聞きたいこと、わかってるんじゃないのか?」

「そういう勿体ぶった物の言い方、あまり好きじゃないわね。じれったくていらいらする」

 城島は一息間を置いて、

「あんたが聞きたいことの見当は付いてる。でも、候補がそれなりに多くていったいどれを訊きたいのかがわからない」

 城島の言う候補がどんなものか、わかるような気がする。

 だが、今は余計なことを訊いている時間は無い。

「三つ、質問がある」

「一つだけよ。後は全てが終わってから話すわ。だから、今は一つだけ」

「…………わかった。じゃあ一つだけ」

 どうやっても、城島の優位は覆らない。それは、俺が城島に対して恩儀があるからとは別に、単純な頭の出来、能力差によるものだと理解している。

 だから、城島の言うように一つだけ、質問を絞る。

「これはお前の仕業か?」

「馬鹿の癖に考えたわね」

 城島から罵っているのか褒め言葉なのか曖昧な台詞を頂戴する。俺はそこまで頭を使った覚えは無いが、それほど俺は普段馬鹿っぽく見えるのだろうか?

 閑話休題。

「これは私の仕業か。その質問に答えるに当たって、私からも質問があるわ」

「……どんなだ」

「たとえ私がどんな答えを口にしようとも、これまでと変わらずに私と一緒にいてくれる?」

「……は?」

 それは……えっと……どういうこと?

 これまでと変わらずに私と一緒に……意味がわからない。俺の足りない脳味噌では城島の考えを全て把握しようなど土台無理な話ではあるのだが、それでもいくらかは理解出来る部分があった。

 少なくとも、今まではそうだった。

 でも、これは違う。この問いは、答えられない。

 だって、理解できないのだから。

 どんな答えを、口にしたとしても……?

「それは、どういう……?」

「今は、理解出来なくてもいい。でも、考えて置いて欲しい。そして、答えを出して置いて」

 二の句が次げない。

 腕が動かせない。立ち上がれない。立ち上がり、彼女の手を取り、言ってやりたいことがたくさんあるはずなのに。

 なのに、どうして動けない?

 枷があるからか? でも、口くらいは動かせる。声くらいは上げられる。

 言ってやるべきことは言える。

「俺、は――」

 言葉を紡ごうとして、しかし途中で止まる。放つべき言葉が見付からず、答えてやるべきことが見えてこない。

 どう、して?

 自分で、自分自身に疑問を投げ掛ける。でも、無理だ……、

「言いたいことはたくさんあるだろう。だが、しかし、あんたの全てを聞いてやる時間は無い。だから、私から言うことはたった一つ」

「もう、私に関わるな」

「は――」

 息が出来ない。呼吸が止まる。それに伴って、思考も鈍重になり、沈静化して行くようだった。

 駄目、だ。これは駄目だ。

 他人に対しても、自分に対してもどれだけでも疑問を持っていい。答えは出ずとも、考え続ければいつかは辿り付くはずだから。

 でも、駄目だ。考えることを止めてしまっては駄目だ。

 考えろ、考えろッ!

「……俺、は……俺は……」

 何かを言おうとして、肺の中の空気と一緒に言葉を吐き出そうとした。だが、それは叶わずただの耳触りな吐息へと変化して行く。

「言いたいことはわかっているつもりよ。矛盾している、とそういいたいのでしょう?」

「ちがッ」

 確かに、矛盾していると言えなくも無いだろう。いつも通りにしていて欲しいと言って置いて、関わるなというのは、凄く矛盾している話だ。

 だが、そんな些細なことなどどうでもよかった。問題は、そんな表面的なことでは無い。

「城島、お前は……いったい何をしているんだ?」

「……答えられない。今は」

 城島は立ち上がり、俺に背を向ける。行く気なのだと、直ぐにわかった。

 止めても、無駄だろう。今の俺に、城島を止めることなど物理的に不可能だ。

 だから、言う。

「城島ッ! たとえお前が何をしていようと、俺はお前の側にいるッ! 絶対にだッ!」

「ありがたい。これでもう、私が迷うことは無い」

 城島は歩き出した。出口となる扉へと向かって。

 途中で、立ち止まり、

「我が部の活動方針は助けを求める人々を救済すること。そこに、人種も性別も障害の有無も犯罪歴も職歴も学歴も、何もかも関係無い。助けを求める人がいれば、私は迷うことなくその信念に従う」

 でも、と城島は疑問を口にした。

「迷っていた。これが正しいことなのかどうか。でも、私は決めた。もう決めた。ここから先は自分と、あんたを信じて進む」

 信じる? 何を?

 混乱する。困惑する。

 俺のことを信用する? どういうことだ?

「何を……?」

「私がたとえどんなことをしようと、あんたは私の側にいてくれると言った。それはたぶん、優しさや気休めから言ったことじゃないと思う」

「……ああ、そうだ」

 頷く。そして息を吐く。

 呼吸は出来ていた。思考も、いつも以上に滑らかだ。

 そして、疑問に思う。

 疑問を、考える。この期に及んで、まだ城島を信じられない自分を嘲笑ってしまう。

 俺を信じると言った城島を疑ってしまう。

 本当、なのだろうか、と。

 城島は俺と、自らを信じると言った。だが、本当に迷いが無いと言うのなら、今この場でこんな話なんかしない。城島はそういう奴だ。

 城島が何をしようとしているのか。まだその一端を憶測出来ているだけに過ぎない。でも……、

 まだ、止められるか?

「城島」

 彼女の名を呼ぶ。

 城島は、振り返らずに応じた。

「何?」

「…………」

 呼んで置いて、掛けるべき言葉を探すように視線を宙に彷徨わせ、

「……無理はするな」

 城島は応じず、無言で部屋を出て行った。俺は自由の効かない両手足を動かし、彼女の背を追おうと試みた。が、当然のように後ろ手に縛られているため上手く力を入れることが出来ず、身を捩るじるだけだった。

 手足をバタつかせるのを止めて、俯く。

「……無理は、するなよ」

 たとえ城島がどんなことをしようと、その結果がどうなろうと彼女の隣に立っている覚悟はある。だが、それも城島ありきの話だった。

 城島が死んでしまえば、それも叶わない。


        15


 どれくらいの時間が経っただろう。段々と眠気が襲ってくる。夜更かしをしたつもりなどまるで無かったのだが、それでも疲れが溜まっていたのだろう。その睡魔に抗うことが出来ず、こっくりこっくりと首が傾き始めた。

 やることも無いし、このまま眠ってしまおうか。

 暇で日までしょうがない。両手足を縛られていては、一人しりとりくらいしかやることが無い。それではあまりにも時間の無駄というものだ。

 このまま眠ってしまった方が、一人しりとりよりいくらかは時間を有効に利用できるだろう。

「ぐー……」

「寝ちゃ駄目だよ?」

 ぱちんっ、と音がした。それが自分の頬から発せられたものだということに気付くのに、三秒くらい時間が掛かった。それから頬が熱を持ち、次いで痛みが走る。

「痛い……何すんだ?」

 俺は閉じかけていた目を開けて、殴り付けて来たそいつを見る。そいつは満面の笑みで俺を見下げ、

「何捕まってんの? いったい何しに来たんだか」

「……うるさい。余計なお世話だ」

 痛いところを突かれて、そんなことくらいしか言い返せない。自分の不甲斐なさ呆れて、また恥かしくもあり彼女から顔を逸らす。

 彼女――美々は腰のポーチみたいなのからカッターナイフを取り出すと、刃の部分を俺の足首あたりにあてがうと、前後に引いたり押したりしながらガムテープを切り裂いて行く。

 あっという間に、俺の両足は自由になった。

「後ろ向いて」

 美々の言葉に従い、彼女に背中を向ける。直ぐに両腕も自由になった。

 左手首を右手で擦りながら、

「お前、無事だったのか?」

「当たり前じゃん。あんな程度でわたしが死ぬわけないし」

 それはそうだ。死んでもらっては困る。

 俺はそれまで体重を預けていた壁に背中を付けて立ち上がると、

「無事だったんならそれでいい。お前はもう帰れ」

「どういうこと?」

「ここから先は俺一人でいいってことだ。違うな。俺一人じゃなきゃいけないんだ」

「いまいち理解に苦しむ」

 それは、まあそうだろう。俺と城島が知り合いだと美々は知っているようだったが、この場に城島がいると知るよしも無いだろうからな。

 だったら、美々はここまでだ。ここまで協力してもらったのだから、感謝しないといけない。

「……それじゃあな」

 と、彼女に背を向け、扉へ向かおうと右足を踏み出そうとした、その時、

「ちょっと待って」

 ガシッ、と美々が俺の方を掴んで来る。彼女の手を支点として、俺の体がぐるんと百八十度回転し、

「この、馬鹿ッ」

 ばちんっ、と音がした。今度は美々の手が振り抜かれるのと同時に痛みが来た。かなり痛い。

 俺は何が起きたのか理解出来ず、アホみたいに目をぱちくりさせる。

「えっと……美々?」

「ここまで来といて後は一人じゃなきゃいけないとか、そんなの無しだよ?」

「すまん、意味がわからないんだが……」

「どうしてわたしが君の言うことを聞いて、このまま大人しくすごすごとまるでウジ虫みたいに引き下がらないといけないの?」

「そこまでは言って無いんだが……」

 あれ? 何だろう、この感じ。

 ここは俺が独り孤独に格好よく去って行く場面だろう? なのに、なぜ俺は今美々に便tなを喰らって驚いたように、また呆けたように口を開けているのだろう?

 何か、イメージと違う。思ってたのと違う。

 閉まらないなあ……、

「で、どうするんだ?」

「もちろん付いてくよ」

 美々は満面の笑みでそう言うと、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。俺はその手を振り解こうとして失敗して、溜息を吐いて扉の前まで歩み進む。

「ま、しょうがないな。行くか」

「うん!」

 城島と彪間のいる場所は大体見当が付いている。

 これで、最後だ。


         16


 廃ビルの三階、二部屋目。

 いない。

 扉を閉め、次の部屋へ。

「大体の見当は付いているんじゃなかったの?」

「あっれえ、おっかしいなあ」

 腕を絡めたままの状態で抗議めいた言葉を作って来る美々に、俺はおどけたような声を上げた。

 今度こそ、そう思って扉を開ける。

「……いないね」

「……いないな」

 扉を閉め、すごすごと後ろへ下がる。

「さて、どうするか」

 美々を右腕に伴ったまま、四部屋目に移行する。

「…………」

 言葉も無かった。いや、こういった場面に遭遇した時に適する言葉と反応がわからないと言うべきか。

 何せ、部屋の中央に人間の死体が積み上げられていたのだから。

「…………」

 とりあえず扉を閉めた。そして考える「どしたの?」美々が首を傾げ、彼女の髪の毛が俺の腕に当たる。女子特有のいい匂いがして、それがさきほどの光景の非現実感を余計に際立たせてくれる。

 端的に言って、恐ろしいと思った。部屋の中央部に山のように積み上げられた死体は、どう見てもあの仮面の奴らだった。背格好といい、一致する箇所が多分にある。

 死んでいる。なぜだ?

「どうしたの?」

 美々がもう一度、問うて来る。その問いに答えようとして、ふと疑問に思った。

 もしかしたら、目の前にいるこいつ、美々が奴らを殺したのかもしれない。

 そんなことを考え出したら、口の動きが止まる。

「……?」

 不思議そうに首を傾げて来る美々に対し、俺は背筋が凍る思いだった。

 俺も、殺されるかもしれない。そう考えてしまったからだ。

 今こうして腕を絡めて組んでいるのは、いざという時俺を逃がさないようにするため何じゃ無いだろうか?

 そもそも、どうして俺はこれまで美々のことを疑わずにいたのだろう。

 小学校の頃の友人だと言ったからか? そんな理由で美々を信じていた? 馬鹿な。

「いや待て、そうじゃ無い可能性もまだ……」

 そうだ。まだ美々がやったと決まったわけじゃ無い。第一、どうして美々がそんなことをするんだ。そんなこと、出来るわけ……、

「ない、よな?」

 俺の右手を掴んでいる美々に声を掛ける。美々はわけがわからないというように眉根を寄せ、首を傾げるが俺だってそんな顔をしたい。

 半ば、俺自身に言い聞かせるかのような物言いになっていることには気付いている。しかしそれも、半分くらいの割合だ。

 どちらにせよ、確かめずに済ませられることじゃないだろう。

「どうなんだ?」

「どう思う?」

 俺の問いに、しかし美々はおどけたように首を傾げ、口端を弓のようにしならせる。が、彼女の目が全然笑っていないことには気付いていた。

「どう思うって……」

 ちらり、と視界の端で死体の山を見て、直ぐに目を逸らす。美々を正面から見据える。

 どう思うか。そういう問いが来た。

 出来れば、これをやったのは美々では無いと思いたい。彼女のことを信じたいとかそういうのでは無く、俺の知り合いにそういうのがいるのが嫌なだけだ。

 俺は、そういう人間だ。自覚している。

 だから、こう答えるしかない。

「これをやったのが、美々じゃ無いと、そう信じたい。でも、もしお前がやったのだと言うのなら」

「言うのなら?」

 言うのなら、俺は迷い無くお前を警察に突き出すだろう。そう口にはせず、黙り、扉を閉めた。これ以上、このことを話題にするのはよそう。自己防衛本能からそう判断し、その部屋の前を離れた。

 目的は、城島を探し出し全てを聞き出すことだ。あまり、深みにはまるべきじゃ無い。

 その部屋の直ぐ隣の部屋は素通りした。なんとなく嫌な予感がしたからだ。更に奥にある部屋の扉を開ける。

 ずいぶんと、小奇麗な部屋だった。なんというか、生活感があるというか、人間の匂いがするというか。

 まるで、つい先ほどまでここに誰かがいたかのような……、

「危ないッ!」

 と、考え込んでいると、横合いから美々が俺の体を押して来た。とっさのことで反応が遅れ、二歩ほど下がって尻餅を付く。

「何が――」

 あった、と訊こうとして、しかし聞けなかった。なぜなら、俺の目の前で美々の体は真っ二つになってしまっていたから。

 ちょうど上半身と下半身を半分に分断するように分けられたその切り口は、綺麗だった。一瞬遅れて切り口から美々の血液が飛び散り、床を濡らす。

「あッ……がッ……」

 即死だろう。あんなふうになって、生きていられる人間なんか俺は知らない。聞いたことすらない。

 ごとりっ、と美々の上半身が床に落ちる。同じタイミングで彼女の下半身も力無く倒れ伏した。

 まるで赤い川にでもなったかのように、鮮血で真っ赤に染まった床の血が飛び跳ね、俺の頬に付いた。触れると、ぬめりとした感触に思わず眉間に皺が寄る。

「――――」

 声が出ない。悲鳴を上げたいのに喉が潰れたか舌でも無くなってしまったかのように、言葉も、言葉以外の何も作ることが出来ない。

 その場に尻を突いたまま、美々の血液に触れないよう後ろに後退することくらいしか出来なかった。

 そこへ、声が聞こえて来た。聞き覚えのある、壮年の声。

「……ようやく、殺せた」

 恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは彪間だった。彼は恍惚とも、憎悪とも、安堵友取れる不思議な表情を浮かべていた。

 穏やかな口調で、彼は語る。

「……一年前、私はまだ刑事だった。その年、めでたく定年を迎えるはずだったんだ」

 だが……、と彼は下唇を噛み、

「ある日、事件が起きた。殺人事件だ。殺されたのは五十代後半の主婦と三十手前の女性だった。彼女達は喉をかっ切られ、手足の指を全て切り落とされていた。猟奇殺人、それもかなり悪質な、な」

「それ、て……」

 その事件なら、知っている。一年ほど前、全国のニュース番組で大々的に取り上げられていた事件だ。

 犯人とされた少女は精神障害を認められ、執行猶予付きの保護観察となった。とそれくらいしか知らない。

「なぜ……? 一回の刑事でしかないあんたがそこまで美々を怨む?」

「君にとって彼女がどういう存在であるかは知らない。だが、私にとっては忌むべき敵なんだよ」

 彪間は左右の足を動かして俺の横まで歩いて来ると、更に語る。

「娘は仕事人間でね。真面目だが融通が効かないタイプだった。そのため、人付き合いも苦手で、友達も三人か四人しか出来ない。当然結婚なんて出来ないだろうと思って私達は諦めていたんだ」

 でも、

「ある日突然、娘は私達夫婦に一人の青年を紹介して来た。大企業の御曹司とかじゃ無いんだけど、ずいぶんと気立てのいい青年で、私達夫婦とも直ぐに仲良くなった。結婚の話も、向こうの親御さんと話し合ってとんとん拍子に進んで、入籍も済ませてそれじゃあ式を上げようかって時に、殺されたんだ」

 何も言えない。

「娘と青年は、私達にも負担が掛かるからとこじんまりとした式でいいと言ってくれた。それくらい、優しい子だったんだ」

 語る声に、震えが混じるのがわかった。時折り小さく嗚咽を漏らし、えづいている。

「私は、娘やかないを愛していた。定年になれば、今度は夫婦水入らずの時間が持てると思っていた。なのに……」

 なのに、殺された。ずっと、刑事として過ごして来て、これから第二の人生を歩もうとしている矢先、そんな不幸が訪れたのだ。やり切れなかっただろう。

「犯人は、直ぐにこいつだとわかったよ。でも、裁判で精神障害が認められて、こいつが正しく裁かれることはなかった」

 だから、と彪間はえづきながら続ける。

「殺そうとした。その時、私の手で」

 しかし、出来なかったのだという。

 結局、彪間さんは定年を迎える前に警察を解雇になり、無職になった。それから一年間、消息の掴めなくなった美々を死に物狂いで探していたのだという。

「は、はは、はははは」

 ふと、左斜め上から笑い声が上がった。

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 狂ったように笑い声を上げる彪間さんを見て、ぼんやりと思った。

 ああ、この人はもう駄目だ。

 一年前、家族を失い、ただ美々を殺すためだけに時間を費やしてきたこの人は身も心も疲れきっているのだろう。目的を達成した今、彼が一年前の彼に戻ることはもう無いだろうな。

 恐怖と、同情が湧き上がって来る。

 どうしてそんなふうにしか考えられなかったのか。彼の話を聞く限り、奥さんも娘さんも、いい人だったに違い無い。

 なのに、何で復讐なんて考えたんだろう。自分の家族がそんなことを望むはずが無いと、そうは考えなかったのだろうか?

「……もう、わからない」

 彪間さんの家族はもうこの世にはいない。彪間さん自身も、こんな状態だ。まともに話が出来るとは思えない。

 笑い声は病むこと無く、続いている。

 その向こう側で、微かに靴音がした。そちらに目を向ける。

 彼女の姿を見ても、もうなんとも思わなかった。


        17


 彪間さんの狂ったような笑い声を縫って、城島は姿を現した。

 俺は彼女に視線を向け、

「どういうことだ?」

 尋ねるも、返答は無い。予想はしていたことだ。

 だから、憶測だけで語ることにした。

「答える気が無いなら、俺の与太話に付き合えよ」

「…………」

「お前達が仕掛けたこれは、全部美々を殺すための策略か? ここで笑っている彪間さんにお前が拉致られたことといい、おかしなことはまあたくさんあったな。でもそれらは俺の考え過ぎじゃないかと思っていた。でも、違ったな」

「…………」

「『何をしてもいつも通りにしていて欲しい』。あの言葉の意味は、こういうことだったんだな? 俺を利用して美々をおびき出して、殺す。そのための策略をお前は彪間さんに授けた。違うか?」

「……違う、と言って信じてもらえるのかしら?」

 観念したように、城島は口を開いた。肩をすくめ、ゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。俺は立ち上がりながら、

「信じるよ。他ならねお前のことなら」

「嘘、あんたが私のことを信じるわけが無い。自分自身すら信じられないくせに」

 見透かされていた。まあ、城島なら当然だろうな。

「ああ、嘘だ。俺はお前のことなんか信じない。絶対に」

 そして、自分のことも。

 俯かせていた瞳を持ち上げ、正面から城島の表情を見る。

 穏やかなものだった。彪間さんと同じように。だが、そこにあるのは安堵でも憎悪でも嬉しさでも無い。ただの諦めのようなものだった。

 なぜ、そんな顔をする?

「どうして、こんなことをした?」

「そこで真っ二つになっている子を殺すためだと、自分で言ったでしょう?」

「そういうことを聞いているんじゃない」

 俺が聞きたいのは、知りたい答えは、そんなものじゃ無い。

「どうして、復讐なんかに手を貸そうと思ったんだって聞いてんだ」

「……助けて、と……そう言われたからよ」

 どくんっ、と心臓が高鳴ったのがわかった。

 たぶん、そんな理由なんだろうなとは思っていた。しかし、本当にそうだとは……、

「……意味がわからない」

「でしょうね、あんたにはわからない。殺してやりたい人間が目の前にいる奴の気持ちなんて」

「どういう……?」

 俺は城島に向かって手を伸ばす。が、その手が届くか届かないかくらいの距離で、城島はくるんと体を反転させ、

「その人はもう駄目よ。いっそのこと、ここで殺してあげるのがいいのだろうけれど、あいにくと痛まないように殺す方法なんて心得ていない。だから、ここに置いて行きましょう」

 冷たく、言い放たれる言葉に、俺は追い縋るように口を開き、声を作った。

「どうして、そんなふうに言うんだよ」

「なぜ、こんなことに手を貸したのか、だったね」

 角を曲がり、階段を降りながら城島が話し出す。

「最初に言った通り、助けて欲しいという?依頼?があったからよ。探偵部の活動方針は、?誰であろうとどんな理由、経歴を持とうと助ける?。探偵部設立の時、二人でそう決めたわよね?」

「ああ、そして学生の身に余る事件には首を突っ込まない、ともな」

「そうだったかしら? よく覚えていないわ」

 こいつ……、

「とにかく、私は『探偵部』の理念に従って行動した、それだけよ」

 顔を俯かせ、自身無さげに呟かれる言葉に、俺は言葉を返すことが出来なかった。

 廃ビルを出ると、あたりには来た時と同様に荒廃した光景が広がっていた。当たり前か思いつつ、どこか違う雰囲気を漂わせているように感じられた。

 きっと、気のせいだと思うけど。


       18


 二日間が経過した。

 彪間薬蔵という名前の中年オヤジが逮捕されたというニュースはどこにも流れなかった。代わりに、『探偵部』の部室にて城島から彪間さんの?その後?を聞かされた。

「彼は今、伊豆にいるそうよ」

「……伊豆?」

 思わず、問い返す。なぜそんなところにいるのだろう? てっきり奥さんと娘さんの供養でもしながら、残りの人生を過ごすのだとばかり思っていた俺には、ずいぶんと以外なことのように聞こえた。

「伊豆は、奥さんの新婚旅行で行った場所だそうよ。そして、娘さんが二十歳の誕生日に家族で旅行に行った場所でもあり」

 城島は一旦言葉を止め、一つ深呼吸をして、

「今度、娘さんが結婚した際に新婚旅行の場所として希望された場所だそうなの」

 放たれた言葉に、俺は胸が締め付けられる思いだった。

 もし、まっとうに生きていたなら、両親と同じ伊豆の地で彪間さんの娘さんはどんなことを想ったのだろう。そんなふうに、顔も知らない人のことを考えてしまう俺は、やはりどこかおかしいのだろうか?

「おかしい、というよりは変よね」

 俺の心中を見透かしたように、ぴくりとも笑わず城島は言った。だがしかし、他の誰に言われても、お前にだけは言われたくないな。

「警察は、彪間さんを捕まえるんだろうか」

「どんな理由があれ、人を一人、殺しているんだもの。捕まえるわよ、絶対」

「お前も結構やばいんじゃないか?」

「そうね。殺人に手を貸したってことで捕まるかもね。でも……」

 それはそれで仕方の無いことだわ。

 窓の外に視線を向け、溢すように呟かれたその声に、俺は何も言えない。言えるわけが無い。

 今回の事件では、誰も救われなかった。救いが無かった。が、それは仕方の無いことだ。それこと、しょうがない。

 俺も、今回、考えさせられることがたくさんあった。でも、それでも生きている。

 誰も彼も自分冴も信じられなかったのだとしても、それだけは信じられる。


いかがでしたか? まだまだ自分的には成長の余地ありかなって思っています。

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