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風に恋して  作者: 皐月もも
第一章:風に導かれて
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追憶

レオがいつものように執務を終えてリアの部屋へ向かうと、リアがベッドでシーツを被り、丸まっていた。

あれから数日……ずっとこの調子だ。

食事も全く手をつけないことが多く、食べても2~3口でもういらないと言う。ならばお腹が空いたときに、といつも軽食を部屋に置いておくが、手をつけている様子がない。たまにパンがなくなっていることがあるが、バルコニーから小鳥たちに与えているのだろう――と。それがカタリナからの報告だった。


「リア」


レオが呼びかけると、リアがビクッと肩を震わせたのがわかった。こうしてリアに話しかけるのは、あの夜以来だ。

あれから……毎日執務の後にリアの様子を見に来ていた。しかし、こうしてシーツに包まったリアを見て、すぐに部屋を出る。「おやすみ」と、独り言のように呟いて。

リアが眠ったふりをしているのも知っていた。レオの顔を見たくないのだろう、ということも。だから、しばらくそっとしておこうと思ったのだけれど……さすがにここまで頑なになるとは思わなかった。

レオがベッドへと歩みを進め始めると、リアはバッと勢いよく起き上がってベッドを降りた。淡いブルーのナイトガウンがひらりと舞うように、バルコニーへとつながる大きな窓へと向かっていく。

そんなリアを見て、レオは素早く呪文を唱えた。

ガタン、と音が響く。

リアは怯えた表情でレオを振り返った。レオは表情を変えないまま、リアに近づいていく。


「リア」

「いや……来ないで、ください」


ゆっくりと近づくレオ。リアが後ろに下がりながら、ふとバスルームの扉に視線を留めてそちらへと駆け出したリアのほうに手を差し出し、レオは呪文を唱えた。


「ベニール」

「いやっ」


バスルームの扉は鍵がかかる。だがそれも逃げ込めれば、の話だ。

呪文の効果でリアの身体を風が包み込み、ふわりとレオの方へと吹き飛ばす。レオはその細い身体をしっかりと受け止めた。

柔らかく小さなリア。レオの鼻をくすぐる優しい香り、レオが求めてやまない、レオの愛する人。

その腕から逃れようとするリアの腰を抱きかかえ、近くのソファに座り、リアをレオと向かい合うように膝の上に座らせた。栗色の髪の毛をそっと耳にかけてやり、翡翠色の瞳を覗き込む。潤んだそれと、目尻から頬へと流れるような道筋。目元が赤く腫れている。


「泣いていたのか?」


レオがリアの頬に残る涙の跡を指でなぞるとリアは顔を背けたが、レオはリアの腰に回した手に力を込めた。更に細くなったように感じるのは、リアが食事をしていないと知っているせいだろうか。


「お前もわかっているのだろう?いつまで続けるつもりだ?」

「……っ」


頬に当てたレオの手が、濡れていく。

クラドールであるリアに、食事をしないということがどういうことなのかわからないはずがない。この城から抜け出すことができないことも、レオが自分を逃がす気がないことも、全部……わかっているのだ。ただ、意地を張っているだけで……

リアは昔から、そうして頑ななところがあった。特にレオに対しては意見を曲げない。

レオはフッと弱々しく微笑んだ。


「帰ってきてから、泣いてばかりだな」


そう言うと、またリアの瞳から涙が一筋零れ落ちた。それを唇で掬い、その頭を抱えて引き寄せてキスをすると、リアの身体が硬くなった。

レオはリアの背中をさすりながらキスを深くしていく。


「は、離し……て、くださ……い」


キスの合間にリアが訴えながらレオの腕の中で震えている。本来、レオに擦り寄るように甘えるはずのリアが。

こんな風に熱を分け与えてやると、必ず首に手を回して恥じらいながらも更にレオの唇を求めるリアが――


「リア……」

「い、いや……」


レオが唇を離して熱のこもった声を出した。そのトーンの意味を理解したリアが抵抗を強くする。その腰と肩を抱え込んでグッと自分に引き寄せ首筋に唇を滑らせた。


「やっ」


リアが身を捩るが、レオにはそれを押さえ込むことなど容易い。熱い吐息でリアの首から胸元までを何度も往復する。リアは歯を食いしばってその刺激に耐えているようだった。時折、レオの肩をつかむ手に力がこもる。

こんなに近くで触れ合っているはずなのに、遠い。


(なぜ……)


肌蹴た胸元の、消えかかった華に唇を寄せる。

こんな風に刻み付けても、リアの記憶が戻るわけではないのに。そうせずにはいられない。


「ど、して……こんな、のは……いやです」


リアが震える声で呟いた。レオは少しだけ身体を離してリアと向き合った。2人の視線が絡み合う。リアの潤んだ瞳には、レオが映っている。

そう、レオが映っているはずなのに……この綺麗な翡翠色は、レオを見ていない。

レオはリアの頬に手を当ててゆっくりと撫でる。親指でリアの赤い唇をなぞりながら、息を吐く。


「お前は……」


リアも、レオを求めていたはずではないか。それが今、彼女の口から出てくるのは拒絶の言葉ばかりで、レオに触れられるといつも涙を流す。何故――

そこまで考えて、レオはフッと自嘲した。もう一度、リアの唇に自分のそれを重ねてから、呼吸が混ざり合う距離でリアの瞳を覗き込んだ。


「俺を、見ろ」


記憶などなくても、心の奥でつながっているのだと、信じたい。見せて欲しい、あの夜と同じ夢を――

レオはリアの胸元に再び唇を寄せると、ナイトガウンのボタンを1つずつはずし始めた。


「や、やだ!お願いです!やめて!」


リアが叫んで、その合わせをグッと掴む。しかしすでに胸元までついたボタンをすべて外されて緩んだそれは、レオが少し引っ張っただけでリアの肩からずり落ち、その白い肌を晒した。

レオの手を止めようとして、リアが手首を掴んできたが、レオはそれに構うことなくリアの体温を確かめるようにゆっくりと手のひらを滑らせる。もう片方の手で背中をさすり、唇と指で自分の熱をリアに伝えていく。

しばらくそうしていると、リアが身体を震わせて天井を仰いだ。大きく息をしている。

リアの腰を少し浮かせてやると、リアがビクッとして声を上げた。リアは片手をソファの背もたれについて、身体を支え、レオを引き剥がそうと肩を強く押してきた。


「い、や」


リアが掠れた声を出す。時折レオの顔に落ちてくるのは、涙の雫。


「――っ」


それを無視してレオがスカートの裾の中へ手を滑り込ませて熱を与えてやると、リアは耐え切れずついに声を出し、その瞬間リアの抵抗がピタリと止んだ。


「うっ、ふぇっ……っく、ぅ」


溢れる涙を拭いながら、子供のように泣くリア。それが、いつかのリアの姿に重なってレオは熱を与えることを止めた。


「リ、ア」


長い息を吐き出して、肌蹴たナイトガウンを直す。


「うぇっ、いや……ふっ、ぅっ」

「悪かった……泣くな」


レオはリアの身体を抱きしめて頭を撫でてやった。しかし、なかなか泣き止まないリアはレオの腕から逃れようとする。その姿がレオの胸にチクリとした痛みをもたらした。

レオを忘れてしまったリアの心。彼女の身体には、確かにレオと愛し合っていた記憶がある。だが、リアの心にはその記憶がないからこそ……レオに触れられることがつらいのだろう。心と身体がバラバラになっているようで。

リアに忘れられてしまったレオ。自分には、心にも身体にもすべての記憶があって……リアに拒まれることが苦しくてたまらない。

レオは泣き止む様子のないリアの身体を抱き上げて、ベッドに横たえシーツを掛けてやった。すると、リアは身体を反転させた。


「リア……食事は、ちゃんとするんだ。いいな?」

「……っ、ぅ……」


リアは答えなかった。声を押し殺して泣き続けている。

そんなリアの頭をしばらく撫でていたレオだったが、最後にリアの髪の毛にキスを落としてリアの部屋を出て、扉に背を預けて目を瞑った。

思い出すのは、リアがレオを怖がっていた日々――



***



――レオがその少女に初めて会ったとき、とても綺麗な瞳をしていると思った。真っ直ぐに自分を見つめてくる翡翠色に心を奪われた。小さくて、儚げなその存在を守りたいと思った。

リアがヴィエント城へやってきたとき、彼女は5歳、レオは12歳だった。

父であり当時のヴィエント国王オビディオが懇意にしていたマーレ国王の頼みでリアをこの城に住めるように計らった。特別な力を持つ少女を匿うためだ。

マーレ王国は小国で、医療技術は発達しているが軍事力としては劣る。その点、大国であるヴィエント王国の軍は規模も大きく、よく統率もとれており優秀だ。ヴィエント王国の方が安全だと判断するのは当然のこと。

幸い、リアの両親リベルトとクラウディアはとても優秀なクラドールで、王家専属クラドールとしての適正試験も問題なく通過した。怪しまれることなくヴィエント城へと入ることができたのだ。


リアは少し怖がりで、いきなり知らない人々の溢れる大きな城へと連れてこられたことに怯えていた。城では年の近い方だったレオも最初は怖がられていたが、根気良く話しかければだんだんと懐いてくれて……とても嬉しかったのを覚えている。

その頃、まだ12歳だったレオには詳しい話は聞かせてもらえなかったけれど、オビディオのいう“特別な力”を抜きにしても、リアが両親と同じくクラドールとしての才能にも恵まれていることはすぐにわかった。

本来、義務教育として学校へ通い始める時期ではあるが、リアは事情が事情なのでヴィエント城でレオと同じように家庭教師から一般知識を学んだ。その傍ら、元々興味があるのか暇があれば両親にねだってトラッタメントを教わっていたし、読書好きでヴィエント城の図書館に籠もる。天気が良ければ中庭で本を読んでいた。

そんなリアの隣にはいつもレオがいた……

それが、レオとリアの日常だったのだ。それを壊そうとしたのは……レオがリアの“兄”以上になりたかったから。


3年前――それはまだ昨日のことのようにレオの記憶にある。

「おい、リア。俺の話、聞いているのか?」

「ん」


先ほどからレオの言葉にそれしか返さないリアは、中庭の隅の大きな木の根元に腰を下ろして本を読んでいる。レオはそんなリアの態度にイラついて本を取り上げた。


「あっ!何するの、レオ。今いいところなのに!」


リアが本を取り返そうとレオに手を伸ばすが、レオは取り上げた本を風で飛ばして枝の上に乗せた。そしてレオに向かって伸びるリアの手を掴み自分の方へ引き寄せた。


「わっ!?」


リアの身体がレオの腕の中に収まる。


「俺は何て言った?」

「レオ、本を返して」


レオの腕の中で身体を捩りながら、リアは上目遣いでレオを睨みつけてきた。迫力はあまりないのだが。


「好きだって言ったんだよ」

「……」


リアは抵抗をやめて、じっとレオを見つめている。レオもその翡翠色の瞳を見つめ返して答えを待つ。リアの柔らかな栗色の毛がふわりと風になびいて、甘いリアの香りに誘われそうになる。

ずっと、守りたいと、頼って欲しいと思っていた。リアはレオを兄のように思っているが、レオは彼女を妹だと思ったことなんてなかった。それでも、怖がりなリアに“男”を見せないよう努力してきた。

けれど、それを心の内で抑えるのも、もう限界。

「……知ってるよ。私も、レオのこと好きっていつも言っているじゃない」

「そういう意味じゃないってわかっているだろ」


お決まりのリアの台詞。レオは少し低い声を出した。

もう何度目だろう。何度好きだと伝えても、リアはこうしてはぐらかす。

初めて告白したときは、本気で“like”だと思われた。けれど、そうではないことはすでに何度も伝えたし、リアも本当はわかっているはずなのに。


「リア。俺のこと、男として見て欲しい。俺はお前をずっとそういう風に見ていた」


いつも抱きしめたいと思っている。触れたいと思っている。唇を、重ねたいと思っている。今も、腕の中にいるリアを目の前にして理性を保つのが精一杯だというのに。


「……本……」


リアはフイッと視線を逸らすと、ポツリと呟いた。それはチクリとした痛みをレオにもたらす。リアはハッキリとレオの気持ちに応えようとしない。拒否することも、受け入れることもしない。拒否されることがないから、レオは引き下がれない。

いや、例えリアが自分を拒んだとしても……リア以外考えられないのだ。まるで世界にリアしかいないかのように……恋焦がれている。リアにもレオだけを見て欲しい。


「リア、頼むから――っ!?」


レオがそう言い掛けたとき、レオの頭上から水が降ってきた。リアが雨の呪文を使ったのだ。水気のない場所であるから量は多くないが、それでもレオの髪を濡らすには十分だ。レオは張り付いた前髪をかきあげる。そのうちにリアがレオの腕から抜け出して、城へと駆けていく。


「おい、リア!」

「レオが悪いのよー!」


リアがクスクス笑いながらレオを振り返って叫ぶと、そのまま走り去っていってしまった。

レオはため息をついて立ち上がる。どうしたら、リアは自分の元へ飛び込んでくれるのだろう。10年以上一緒にいるのに、わからない。いや、むしろ彼女との距離が近すぎるのだろうか……


その日の夜、リアの部屋の前でレオは深呼吸をして扉をノックした。

返事がないところから察するに、読書に夢中になっているらしい。レオがそっと扉を開けると、思った通りリアがベッドで本を読んでいた。昼間、中庭で読んでいた本と同じ。

いつのまに、と思ったが、きっとセストあたりに頼んだのだろう。


「リア」


レオが名前を呼ぶと、リアはゆっくり顔を上げた。


「レオ?どうしたの?」


リアは少し驚いたようだったが、微笑んでレオを迎えてくれた。レオが夜にリアの部屋を訪れるのは珍しくないが、今日は少し遅い時間だ。カタリナが仕事を終える時間――リアと2人になれる時間――を狙って来た、というのが本音だけれど。

ハッキリさせたい。リアの気持ちも、自分とリアの関係も。


「セストに返してもらったのか?」


レオはベッドの端に腰を下ろした。


「うん」

「そうか……」


頷いたリアの頭を自分の胸に引き寄せて髪を梳く。

リアは抵抗することもなくレオに寄りかかり、それを受け入れる。こんな風に無防備に甘えてくれるから……期待してしまうのだ。

レオはそっとリアの膝の上に置いてあった本を閉じた。


「レオ?」


いつもと雰囲気が違うことを察したらしく、リアがレオを見上げる。レオはリアの身体を両手で抱きしめた。ほんのりとバラの香りが漂って、リアの柔らかい身体を薄いナイトガウン越しに感じる。


「ねぇ、レオ?」


リアは不思議そうな声でレオを呼ぶ。


「リア……ちゃんと、答えてくれ。俺のこと、好きか?」

「またそれなの?好きだって何度も言ってるでしょ?」


レオの問いに、レオの腕の中でリアの身体がほんの少しピクッとした。それを誤魔化すかのようにリアは笑って言ったが、声は少し硬い。レオは少しだけ身体を離して、リアの瞳を見つめた。

綺麗な翡翠色の瞳――レオだけを、映して欲しい。レオの瞳には、リアしか映らないのに。

男として振舞い始めたレオを怖がっているだけなら、少しずつ慣れていってくれればいい。初めて会ったときも、そうやってリアの心に馴染んでいった。だから、きっかけを――レオがリアの恋人になるためのきっかけを、今……


「リア、俺は――」

「わ、たし……明日、朝早いの。お父さんが街に行くから、一緒に――」

「リア」


レオから視線を逸らし、言葉を遮るリアにレオも引かずリアの“言い訳”を跳ね除ける。


「だから、もう眠らな――」

「リア!」


それでも喋り続けようとするリアに、レオは大きな声を出した。リアがビクッとして黙る。


「頼むから、答えてくれ」

「レ、オ……離して……」


リアがレオの胸に両手をついて押してくる。レオは自分の中で焦りのような、嫉妬のような、負の感情が広がっていくのを感じた。なぜ、リアは自分を受け入れてくれないのか。それならばなぜ、拒絶しないのか。


「リア、俺が嫌いならそう言ってくれて構わない」


だからこれ以上、自分を苦しめないで欲しい。しかし、リアは首を横に振った。


「それなら――」

「レオ、お願い。今は――」

「ならば、いつならいい!?」


レオは耐え切れず、リアの頬を両手で包み、少し乱暴に自分の方へと向かせた。リアがわずかに顔を歪めたけれど、気遣う余裕さえなくなっていた。


「いつになったら、俺と向き合ってくれる?俺の気持ちに応えてくれる?俺を……愛してくれる?」

「――っ」


リアの瞳が揺らぐのがハッキリとわかった。


「好きか、嫌いか。答えろ」


レオはあえて2つしか選択肢を与えなかった。リアはレオを嫌いだとは言えないだろうと知っていて、ずるい質問をした。例え嫌いだと言われても、受け入れてもらえないならばその方がマシだと思った。


「レ、オ……お願い、その話はまた今度にし――」


その瞬間、理性が飛んでしまった。曖昧なリアの言葉をそれ以上聞きたくなくて、彼女の柔らかい唇を自分のそれで塞いだ。

リアが驚いて身体を硬くする。

初めてのキス――こんな風に乱暴に奪うつもりじゃなかった。しかし、1度その線を越えてしまえば身体は本能のままに動くものだ。無理矢理に口付けを深くしてリアの呼吸を奪う。


「んんっ!」


リアがくぐもった声を漏らし、レオの体温を上げる。レオに与えられる熱から逃れようとするリアの身体をベッドに押し倒し、組み敷いた。

口付けを続けながら、ナイトガウンの胸元のリボンを手探りで解き、その隙間から手を入れるとリアがビクッとして手首を掴んできた。それも、レオにとっては些細な抵抗だ。レオは唇をリアの首筋に滑らせた。


「いやっ、レオ!やめて!」


ようやく唇を解放されて、リアが叫ぶ。それにも構わず、レオはリアのナイトガウンの合わせをグッと開いた。ビリッと布の裂ける音がして真っ白なリアの肌が露わになる。首筋にはいくつか赤い跡がつき、むき出しになった肩が震えている。

ギリギリで隠れている2つの膨らみは、リアの荒い呼吸と共に上下し、その谷間がレオを甘く誘う。

レオはゆっくりとリアの首筋から指を滑らせた。その後を追うように、口付けを落としていく。リアがレオの肩を強く押した。


「や、だ……レオ、お願いだから……」


リアが声を震わせる。レオの唇が胸元に辿り着き、布越しに膨らみをそっと包んで指先に少し力を込める。


「っ、あ……や、レオ……っ」


リアの肩がビクッと跳ね、その甘い声に煽られたレオがナイトガウンの中へと手を滑らせて素肌に触れたとき……リアが抵抗を止めた。


「レオっ、うっ……ふぇっ、ゃ……うぅ、っく、ひっく……」


両手で涙を拭いながら、泣きじゃくるリア。それが、黒い感情に飲み込まれていたレオの理性を掬い上げる。


「リ、ア……」

「うぇっ、く、うぅっ」


レオはリアを起こすと、肌蹴たナイトガウンを直した。少しとはいえ、裂けた布が痛々しい。

少しずつ、なんて。結局、気持ちを抑えられなくてリアを怖がらせただけだ。自分が情けない。


「ごめん、泣くな」

「や、だ……っ、ふぇっ」

「怖かったな?ごめん、俺が悪かった」


リアを抱き締めながら、背中をさすってなだめる。

しばらくすると、リアは少し落ち着いてレオの胸を押し返してきた。レオはそれに従って、リアから身体を離した。

泣き腫らした目と頬についた幾筋もの涙の跡。レオはベッドサイドに置いてあったカーディガンをリアにそっと羽織らせ、額にそっとキスをしてからベッドを降りた。

リアは何も言わなかった。いつも微笑んで言ってくれる「おやすみ」さえも。レオも何も言えないまま、そっとリアの部屋から出て行った――



***



レオは片手で顔を覆って、全身で息を吐きながらその場に座り込む。

あのときと同じ。自分は成長していない。一方的に気持ちを押し付けて、リアを泣かせてしまう。

少しずつ――それが、リアにとって1番良い。今だって、1歩ずつレオが歩み寄れば記憶も徐々に蘇ってくるものなのかもしれない。それだけの時間を、決して薄くない時間を、2人で過ごしてきた。

それなのに、己を律することができないのはいつだってレオの方で。リアのことになると抑えが効かないのだ。


「リア……」


もう何度、彼女の名前を呼んだのだろう。出会ってから、ずっと……リアの名前を呼ばない日などなかった。それは、リアも同じだったのに。

あれからまた時間をかけて、ようやくリアの恋人、そして婚約者としての立場を手に入れた。リアはレオを愛してくれた。何度も、気持ちを重ねたのに。

今、すべてが振り出しに戻って――いや、マイナスになった。リアはレオの存在をすっかり忘れてしまっているのだから。

この城に戻ってからリアが自分の名前を呼んでくれたのは、あの夜の1度だけ。それも、きっと朦朧とした意識の中で……レオが“呼んで”と求めたからで。


『……レ……オ』


鮮明に思い出せる、リアの掠れた涙声。それは甘く、レオを楽園へと導いてくれた。

信じたい。

リアの中には、かすかにでも自分の存在が残されているのだと。だから、あのとき自分に応えてくれたのだと……


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