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風に恋して  作者: 皐月もも
第一章:風に導かれて
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再会

リアが目を開けると、白い天井が視界に映った……いや、天井ではなく、天蓋だ。

ゴールドの縁取りの真っ白なレースのカーテンに囲まれたふかふかのベッドは横幅も大きく、リアはその中央で眠っていた。肌に触れるシーツや枕もとても柔らかくて、リアには全く馴染みのないはずの高価なものだということがわかる。

まるでお伽の国のお姫様になったかのよう。夢を見ているのだろうか?

リアの着ている物も、なぜかリアの記憶とは全く違う。白いナイトガウンは襟や袖にレースがあしらってあり、ワンピースはシフォンで彩られている。生地は少し薄くて心もとない気もする。


(……?)


自分の置かれている状況が理解できず、リアは上半身を起こしてゆっくりと辺りを見回した。

部屋はとても広く、大きな窓から太陽の明かりが差し込んでいて暖かい。その近くには可愛らしいテーブルと椅子が2つ置かれていて、部屋の中央にガラスのローテーブルと3人が座っても余裕があるだろう大きなソファがおいてある。

奥のドアはバスルームだろうか。バルコニーへと出られるらしい窓と反対側にはドアがあり、きっと廊下に出られるのだろうとリアは思った。


(お城……)


そう、ここはヴィエント王国の城――王が住む場所。“あれ”が夢でなかったとしたら、きっとそうなのだ。

少しずつハッキリとしてくる意識と記憶。リアはそっと自分の唇を指でなぞった。



***



――リアは両親の命日に墓参りに行ったのだ。そこで1人の男に会った。


供える花束を抱えて歩いていたリアは、その先客に足を止めた。

すらりと高い身長に、白い細身のズボンに濃紺の上着。足音で気がついたのだろうか、リアが立ち止まったのとほぼ同時にその男がゆっくりと顔をリアの方へと向け、その黒い瞳でリアを捕らえた。


「リア」


風に乗って届く、心地良い低音。リアの鼓膜と共に、どうしてか……心が震えた。


「だ、れ……?」


思わず漏れた声は掠れた。そのリアの問いかけに、彼は一瞬顔をしかめたがすぐに真剣な表情に戻った。


「レオ・フレスコ。お前の婚約者だ」

「レオ……?こん、やく……?」


淡々と告げられた言葉。そして、リアの目が驚きに見開かれる。

レオ・フレスコ――この国に住むものなら誰もが知っている名前。リアの住むヴィエント王国の若き王の名前だ。そんな高貴な身分のレオが、なぜ自分の名前を知っているのか。その上、婚約だなんて。ふと上着を見れば、確かに胸ポケットにヴィエントの王家の紋章が刺繍されていた。王家の者にしか、身につけることが許されていない。彼は、本物の国王?

けれど――


「あの……人違い、だと思います」


リア、という名前は珍しくない。けれど、真っ直ぐな視線がリアを捕らえたままだ。漆黒の瞳と同じように黒いレオの髪が風になびいた。


「リア・オルフィーノ。間違いなどではない」


そう言った後、レオはリアへ向かって歩き出した。


「で、でも、そんなことはありえません。私は貴方の様な方と――っ!?」


リアは怖くなって後ろへ下がって行く。しかし、歩幅が広く、足取りもしっかりとしたレオは簡単にその距離を縮めて、リアの腰を引き寄せた。


「やっ、離してください!」


花束がリアの手から落ちて芝生の上へと花びらを散らした。

リアはレオの胸を両手で押し返す。身を捩るリアの顎をクッと持ち上げたレオは切なそうに端正な顔を歪めた。漆黒の瞳は冷たいような、それなのに熱いような、不思議な温度をリアへと注ぐ。スッと高い鼻、そしてその薄い唇が開いて――


「記憶が変えられているな」

「何を――」


リアの言葉はレオに飲み込まれた。柔らかくて熱いものが唇に押し付けられて――



***



リアが覚えているのはそこまでだ。その後は、おそらく何かの呪文で眠らされてここまで連れてこられたのだろう。

一体、何がどうなってしまったのだろう?一国の王がリアのような娘を攫うようなことが起こるなんて、誰が予想できただろうか。

リアの唇に触れる指が微かに震えた。


(帰らなくちゃ)


リアがそう思ってベッドから出ようとしたとき、ノックもなく部屋のドアが開いた。


「起きたのか」


低く、艶のある声――リアの胸を熱くさせる。

視線をリアから逸らすことなく一歩一歩近づいてくるレオは、カジュアルな服装に着替えている。生地は上等なようだが、デザインは街で流行っているもののようだ。彼はベッドまで辿りつくと端に腰を下ろした。そして、そっとその大きな手でリアの頬に触れてくる。リアはビクッとして身を引いた。


「リア……」


優しい、小さな子をあやすような声で呼びかけられる。もう一度、頬に触れた手の熱さにリアは首を竦めてギュッと目を瞑った。すると、大きな熱が離れていく。少しだけレオとの距離が開いたのを気配で感じたが、リアは目を瞑ったまま身体を震わせた。


「リア、目を開けろ」

「――っ」


リアは首を横に振ってブランケットを手繰り寄せた。


「リア」


だが、何度も呼びかけられて、リアは恐る恐る目を開ける。漆黒の瞳――リアの姿が映るその奥に、熱情と悲しみが揺れている。


「本当に、覚えていないのか?」


リアは黙ったまま、震えた。レオはリアの記憶が変えられていると言っていた。だが、そんなこと一体誰が何のためにするというのだ?記憶喪失を起こすような事故や事件に巻き込まれたこともない。


「俺が王だということは?」


その問いに、リアはぎこちなく頷いた。レオが国王だということは、ヴィエント王国に住む者ならば知っていて当たり前の常識。


「俺と会ったことは?」


リアが首を横に振り、レオがため息をつく。少しの沈黙の後、リアは掠れた声で喋り始めた。


「わ、私……貴方のような方にお会いできるような、み、身分じゃなくて……だから誤解で……私、帰らないといけないんです」

「お前の帰る場所はここだ」


レオに身体を引き寄せられて、その胸を両手で押し返そうとするリアを力強く抱きしめ、レオはリアの首筋に顔を埋めた。


「お前の帰る場所は、ここだ」

「でもっ」


首にかかる熱い吐息に、リアがピクリと震える。


「あの町にはお前の代わりのクラドールも派遣した」


クラドール――医者。リアの住んでいる町は国境近くの小さな町で都市から離れているため、若者たちは働き口を求めて出て行き、お年寄りが多い。リアはそんな町で唯一のクラドールだった。


「お前は王家専属のクラドールだ。お前の両親がそうであったように、な。そして俺の婚約者。俺から離れることなど許さない。いや、許されない」

「ですから、それは何かの間違いで――ゃ、っ」


ナイトガウンの袖を引っ張られ、露わになった肩口に口付けられたリアはビクッとしてレオを引き剥がそうとするが、力強く抱きしめられていてレオの身体は離れない。 

必死でレオの腕から逃げ出そうとするリアの身体は押し倒され、背中が柔らかなベッドに沈む。


「いや――」


リアに覆いかぶさったレオの唇が、肩口から首筋を辿ってリアの耳に辿り着き、柔らかな耳たぶを甘噛みした。リアはその刺激に思わず声を上げた。


「お前は5歳のときからずっと、この城で暮らしていた」


耳元で、レオが喋る。その度に熱い吐息がリアの耳に吹きかけられ、リアは首を竦める。


「ずっと、俺のそばにいた」


そんなはずはない。リアはヴィエント王国の隣国のマーレ王国出身で、幼い頃に両親の仕事のためにヴィエント王国へ移り住んだ。それからずっと、あの小さな町で暮らしていた。数年前、両親が流行り病で亡くなって、1人になってからもずっと。


「何かの間違いです!」


リアは少し大きな声を出して反論する。そんなリアをレオは顔を上げて見つめてきた。

頬が熱い。レオの唇の触れた場所も。


「証拠もある」

「しょう、こ?」


すると、レオがリアの胸元の布を引っ張った。


「っ!?」


咄嗟に肌蹴た胸元を隠そうとするリアの両手はレオに容易く頭上で縫い付けられる。


「……これも消されているわけか」

「やっ」


レオが呟き、ちょうど心臓の辺りを、円を描くように指でなぞる。その触れるか触れないかの微妙なタッチにリアの身体がほんのりと熱を帯びていく。


(な、に……?)


身体が自分のものでないような感覚。リアはハッと吐息を漏らした。


「こんな子供騙しの呪文とは……」


レオは少し笑うと、その場所に口付けた。


「やめ――っ」


リアの身体に力が入る。それに構うことなく、レオはそのまま小さく何かを喋り始めた。何かの呪文のようだ。吐息がかかるのは胸元だけなのに、全身がぞくりと震える。それなのに、熱くて仕方ない。

呪文を唱え終わると、レオはリアの心臓のある場所を丹念に舐めた。


「ひぁっ!?」


ドクン――と。

心臓が音を立てた。息が詰まるような、眩暈がするような……苦しくて、熱い。


「ぅ、ぁ……」


リアは身体を捩った。瞳には涙がにじみ、息がうまくできなくて、大きく口を開けてなんとか空気を取り込もうとする。


(熱い)


心臓が焼けてしまいそうだ。


「……っ……んっ、はぁっ」


その時間はとても長く感じられた。

リアがようやくまともに呼吸ができるようになった頃、レオがリアの手を解放し、上半身を起こしくれた。荒い呼吸を繰り返すリアを、ベッドから降りたレオが抱きかかえ、鏡台の前に連れて行く。鏡の前に立った瞬間、リアはガクガクと震え出した。レオが後ろから抱き締めるように支えてくれていなければ、そのまま床に座り込んでしまっていただろう。

サッと血の気が引いていく。

自分の左胸――ちょうど心臓のある場所――に、王家の紋章が刻まれていたからだ。


「う、そ……」


リアが震える手で、それをなぞる。

ヴィエント王国では、王家の者が自分の伴侶――つまり正妃――を選ぶとき、相手の心臓に必ず紋章を刻む。それは、永遠の忠誠の証。もし紋章を刻んだ者が他の者と契れば、その紋章が心臓を焼き尽くす。王家の正当な後継者にしか使うことのできない、血を守るために生み出された呪文だ。間違いが起こらないように。


「分かっただろう?」


レオがリアの身体を反転させ、2人は向かい合う。レオの大きな手に促されて顔を上げれば、漆黒の瞳と視線が絡まった。


「どうして……」


リアの瞳から涙がこぼれた。そんなはずはない。だって、リアは――


「言っておくが、俺たちは愛し合って1つになった」

「――っ!?」


そう、リアの心臓に紋章が刻まれているということは、レオと肌を重ねたことがあるということ。

2人が初めて結ばれるそのとき、呪文が唱えられる。呪文は純潔な者にしか効果がなく、それは一生消えることはない。

今、レオに触れられただけで紋章が浮かび上がったということは、もっと前にそれが刻まれていたことになる。つまり、リアは以前にレオと夜を共にしたことがあるということ。レオの言葉を信じるならば、自ら望んで。


「そん、な……っ、ぅっ」

「お前は俺を愛している。俺が、お前を求めるのと同じように……」


レオの顔がゆっくりと近づいてくる。リアはレオの肩を押し返して抵抗した。


「いや――」


だが、リアがレオに力で勝てるはずもない。そのまま腰を引き寄せられ、レオの手がリアの頭を抱え込んで唇が重なった。リアの身体に力が入る。しかし、優しく何度も啄ばむように口付けを落とされて、固く引き結んでいたはずのリアの唇が少しずつ薄く開いていく。


(な、なに……?)


リアは自分の身体の反応に戸惑った。そんなリアの動揺を感じ取ったのか、レオが少しだけ唇を離して笑い、今度は深く情熱的なキスをリアに与え始めた。 


「んっ」


リアはレオの胸に手を突っ張って身体を離そうとするが、レオに腰を抱え込まれていて逃げられない。熱い舌の動きに翻弄され、だんだんと呼吸が苦しくなっていく。


(な、んで……)


抵抗しなくては――そう思うのに、身体が言うことをきかない。

レオの大きな手が、腰からゆっくりと背骨をなぞるようにリアのうなじへと上がってくる。


「っ、ん……」


その手はリアの腕の下からすり抜けるようにしてレオをリアの身体の間に滑り込み、長い指が心臓の紋章をなぞった。リアは自分の身体を駆け巡っていく熱と刺激に耐えられず、レオのシャツを握った。すると、ゆっくりと唇が離れて頬をなぞられた。熱いキスで濡れた唇とリアを求める視線。

どうしてなのだろう。

レオは力任せにリアを抱き締めているわけではない。強引だったのは、最初のほんの少しだけ……抵抗しなかったのは、リアの方。

見つめ合う――それが、自然のような気さえする。


「リア」


その心地良い声に、真っ直ぐな瞳に、リアが吸い込まれそうになったとき――

コンコン。

ドアをノックする音が聞こえて、ハッとした。

リアはグッとレオの胸を押し、レオがフッと息を吐き出して静かにドアに向き直った。


「入れ」


レオがそう声を掛けると、ドアがゆっくりと開く。


「レオ様?リア様は……」


入ってきたのは、レオより少し質素な格好の男性だった。少し垂れ目で、柔らかい雰囲気を持っている。こげ茶色のクセ毛が少し幼さを加えているが、リアよりは年上だろう。


「カタリナを呼べ。必要なら他の侍女も。湯浴みをさせる間に食事の用意をするようにシェフに伝えろ」

「すぐに伝えます」


レオが指示を出すと、その男性はポケットから紙を取り出して何やら呟くと、フッと息をかけてそれを飛ばした。風属性――ヴィエント王国の民が使う呪文――の伝達手段だ。それから彼はリアの方を向いて丁寧に腰を折った。


「セスト、と申します。王家専属クラドール兼レオ様の側近です」


そう自己紹介をして顔を上げたセストは、怯えた様子のリアを見て困ったように笑った。


「やはり私のことも覚えていらっしゃらないのですね」

「……」


このセストという青年も、リアのことを知っているようだ。リアはキュッとナイトガウンのスカートを握って視線を床に移す。どこかの国から取り寄せたのだろうか、キレイな色合いの絨毯に、ポツリ、ポツリと雫が落ちていく。

否定したいのに、自分の身体に刻まれた紋章と先ほどのレオとのキスが……リアの記憶に疑問を投げかける。レオもセストもリアのことを知っている。

リアが零れる涙を手で拭おうとすると、それをレオに掴まれた。ハッと顔を上げるとレオが頬を親指で拭って、目尻に溜まった涙を唇で掬った。

ズキッ、と頭の隅が疼く。


(何、か……)


頭の中で、何かが衝突するような……それなのに、感じるのは喉元に何かが詰まるような変な感覚。


「レオ様、今は――」

「リア様?湯浴みをされると伺ったのですが……」


困惑しているリアの様子を察したらしいセストがレオに何か言いかけたとき、開いたままのドアから赤毛をポニーテールにした女の子が顔を出した。


「あぁ、カタリナ、早かったね。後はよろしく」


セストが少しホッとしたようにカタリナに微笑んで、レオに声をかけた。


「レオ様、もうすぐベルトラン卿がお見えになる時間ですので、私たちは参りましょう」

「……ああ」


レオはリアの頭を撫でてからセストと共に部屋を出ていった。


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