プロローグ
長所もなく、短所もなく、特技もなく、苦手なこともなく、楽しいことも怖いこともない、恐ろしいほど普通な人間であるというところに目をつけられ、私はこの仕事を任された。それこそはじめの頃は、仕事の重責に押しつぶされそうなときもあったが、今思えば私ほど適任な人物はどこを探してもいなかっただろう。
皆にお薦めできる仕事・・・というわけではないが、私としては楽で、それなりに楽しい仕事だ。何もかも自分を秤にすればいい。自分より良いか悪いかを見極めることができるようになれば、自分の判断を疑うことなどあろうはずがない。
何でも昔は、どこぞの偉いお方がやっていたそうだが、ある日、日々の激務に限界を感じたそのお方は、仕事を何人かに分け、しかも私のような庶民に任せることにし、ご自分はとっとと隠居して、今はのんきに毎日遊んでいるという。
そして、その白羽の矢の一つが立ったのが私というわけだ。
「全く俺が何をしたってんだ!あいつめ・・・次あったらただじゃおかねえぞ・・・。」
仕事場の外で元気な独り言が聞こえた。お客様がご到着のようだ。
コンコン、とノックの音がした。
「入ってよい。」と、いつも通り私が答えると、ドアは丁寧に開けられ、口を一直線に結んだ青年が顔をだした。ほこり一つない清潔な真っ黒いスーツに身を包み、定規で引いた線ように真っ直ぐな姿勢で、軽く私に一礼をして、
「オムネス様、次の方は、私たちが担当することになります。」と、低い声で必要事項を手短に話した。
「わかっている、ジェムヌ。」
彼はいつも同じことを伝えてくれるのだが、この仕事場には私と彼しかいないのだから、わざわざ「私たちの担当」と言わなくてもいいような気はする。
この青年は、私の召使兼、手伝い兼、秘書兼・・・つまり私ではできないことを何でもやってくれる者だ。常に無口で、必要事項以外一切喋ろうとしない。たとえ喋ったとしても、それは私から話しかけたときで、決して向こうから喋ることはない。
そしてその目はまっすぐ向いてはいるが、何を見ているのか。私を見ているのか、はたまた何も見てはいないのか。考えれば考えるほど謎が深まる青年である。
元々、ここでどこぞの偉いお方のお仕事の手伝いをしていたそうだが、愛想がないところが気に入られなかったのか、隠居するときにも側に置こうとはされず、私の手伝いに回されたそうだ。
しかし私としては、無駄に愛想を振りまく人間よりは、この青年の方が好感が持てるのであった。もちろん仕事で間違いなどおかしたことはない。
ジェムヌが呼びに来た時には、私は本棚から取り出した「死者との通信」という本を読んでいた途中であった。前々より興味深い本であったからジェムヌに取り寄せさせたもので、まだあまり読んでいなかったが、仕事だというなら仕方がない。
私は、本を本棚に戻すと、彼の後に続いて、広間に続く階段を下りていった。
私の仕事場は、一見すると、金持ち一家が住むような洋館である。しかも血なまぐさいミステリーが似合う不気味な建物だ。私を雇ったお方・・・つまりどこぞの偉いお方の趣向だという。まあ仕事の雰囲気には合っているし、これはこれでいいと思うのだが、ドアを開けるたびきしむ音がするのは、どうも耳に耐えない。
私は、ジェムヌを含むこの洋館の全てを、どこぞの偉いお方からいただいたのだ。君が一番この仕事に合っているから、私の仕事場を全てやろう・・・と言われたが、実際そのお方が直接選んだのは私一人だった。他の人は、選んでいる間に飽きてしまった、とのことだ。
広間の西側、もっとも入口に近い部屋が、客間である。一日の仕事は、ほとんどここで行われる。部屋の中央には机があり、すでにお客様の情報が書かれた紙がおいてあった。ジェムヌの仕事の速さには、つくづく驚かされる。
机をはさんでおいてあるソファーに私は腰かけた。
「では、お客様を呼んでまいります。」と言うと、ジェムヌは私に一礼をして出ていった。
文字ばっかで読みにくいかも・・・。
ホーンテッドマンションを見てたら思いつきました。