たった一人の死刑囚
かつて、国の高等執政官であった男がいた。
幼い頃、家族の命をある犯罪者に奪われた彼は、警邏軍の総隊長を経て国政に進出、治安の向上を唱え続けてついに国の最高指導者の一人となったのだ。
彼は己の権限によってある法律を定めた。
それは、刑法の一部改正――新たな死刑制度の実施。
彼はその施行に先立って、親しい人たちにこう言ったらしい。
『私は罪を憎む。罪人ではなく、罪そのものを憎む』
『故に、罪を駆逐するためにこの法を作った』
『この国に、死刑囚はただ一人』
『彼は、彼女は。誰よりも犯罪の無い世を望むだろう』
『それこそが、彼らの罪を滅する唯一の術である』
あるものは言った。これこそ、真に意義ある法律ではないか、と。
あるものは言った。こんなもの、人の尊厳を無視した拷問だ、と。
今となっては、どちらの言い分が正しかったのかは分からない。そして、この法を定めた男が何を意図してたのかも。
もしかしたら、後に『彼女』が言ったように、これはただの悪趣味の発露だったのかもしれないとさえ思う。
ただ確かなことは、この法は制定されてから二百年、この国の一部として機能し続けていたということ。
そして結局、彼の法によって人の世から罪が消える、そんな夢のような現実はなかったということ。
そしてその結果、『ぼく』は『彼女』と出会うことになったのだということだ。
その出会いはある独房。
『ぼく』は少し変わった看守で。
『彼女』は世間を震撼させた大事件の犯人――死刑囚だった。
『ぼく』と『彼女』は、罪と悪趣味によって出会った。
それは不幸な出会いだったのだろう。
だとしても、あの時間は確かにあったのだ。
あの日、『彼女』が訪れ、そして去ってしまうまで。
あの独房で、ふたりでいた日々は。