FULL COUNT
私は今日、あなたに告白します。
放課後の校舎裏。
この場所に来るのはゴミ捨て場に用がある生徒か、もしくは一部の女生徒くらい。私は後者にあたる。
その一部の女生徒の間で広まっている噂はごく平凡なもので、ちょっとだけ非日常。要するに、恋愛に関するものだ。
内容というと、校舎裏で告白すれば恋が実るとかなんとか、という月並みなものだったりする。
なんで三つ編みメガネの冴えない私がこんなところにいるかというと、もう説明する必要もないだろう。
「お待たせ。悪い、ちょっと遅れた」
二年四組、大池 葉人。
その長身に似合わない気優しそうな笑顔、常に一線引いて周りをたてるその態度。そして、きわめつけの渋すぎる重低音ボイス。
色恋沙汰に疎い私といえど、彼に恋するのは時間の問題だった。というか、初めて声を聞いてからというもの、彼のことが頭から離れることはない。
一目合ったその日から恋の花咲くこともある、とは言うが、まさか一声聞いたその日から……を体験する日が来るとは思いもしなかった。
さて、既に勝負は始まっている。ここからは一挙一動無駄なことはできない。
彼の性格はほぼ掴んでいる。ここでもっとも最適な返答は、こうだ。
「ううん、気にしないで」
普段から周りに気をつかう彼は、自分に向けられる優しさにあまりなれていない。故に、今みたいなちょっとしたことでも彼の心を揺さぶるには効果覿面のはずだ。
もし効果があったなら、彼はいつもの優しい顔ではなくちょっとムッとしたような顔になるはずだ。最初は判らなかったけれど、どうやらそれは彼にとっての照れ隠しらしい。
「それで、用事って……?」
心の中で自分に喝采。どうやら、今のはストライクだったようだ。
高校生にもなって照れ隠しに怒るなんて可愛すぎる。彼とは絶対恋人同士になってやる。
改めてそう決意し、私は更に技を繰り出す。
「えっと……、ここに呼んだって事で予想がつかないなかな?」
スカートの前で手を合わせ、不自然でないていどに体をくねらす。分かりやすく言えば、私はもじもじしてみせた。
目は自然と潤んでいる。さすがにそこまでは考えていなかった。私は無意識のうちに彼を落とすために働いてくれた自分の体に感心してしまった。
告白スポットへの呼び出し。
恥ずかしそうに身をよじる少女。
その瞳はよく見てみるとわずかに潤んでいて。
「どうだ!」と叫びたくなるほどパーフェクト。まだ手は用意してあるが、うまくいけばこれだけ落とせるかもしれない。
「もしかして、何かをゴミ捨て場に運んで欲しいの?」
二秒くらい。頭の中が白くなってぼーっとしたまま動けなかった。
―――し、しまったぁぁーーー!!
私は完璧に忘れていた。ここ、校舎裏が告白スポットとして噂になっているのは一部の女生徒の間でだけだったのだ。
彼が校舎裏の話を知らなくても何の不思議もない。
恋は盲目というが、どうやら私は思考の狭窄にも陥っていたらしい。まさかこんなところに落とし穴があったとは。
「そ、そういうのじゃないの。そうだ、そういえば葉人君って絵画とかに興味あったよね」
言ってしまってから、私はまた自分の失敗に気付いた。
絵画の話をきっかけに美術館に誘うというもの元々準備した手ではあったが、この場合は「ここは告白スポットだ」ということを伝える方がポイントは高かったはず。
一つのカードを自分で捨てて、更に伏せていたカードを使ってしまったのだ。
しかし、自分の失態を呪っても話は進まない。ここは一気に攻めるべきである。
「え、あぁ、うん」
おそらく、彼は『何で彼女が自分の趣味を知っているんだろう』とか『何でいきなり絵画の話をするんだろう』とか色々考えて混乱しているはず。
そこに強気で攻め込めば彼をデートに誘うことも難しくはないはず。
考えさせる時間は、与えない。
「私ね、いま美術館でやってる絵画展のチケット持ってるんだけど、良かったら一緒に観にいこう」
ここでのポイントは「観にいかない」と質問するのではなく「観にいこう」と断言することだ。
誘っていながら、実は選択肢など存在しない。あるとすれば、「イエス」と言うか「はい」と言うかくらいの差異である。
彼の性格上、好きなことに関してはあまり遠慮がないので、気を使って断られることはないだろう。
「え、マジで? 今度の土曜にでも行こうと思ってたんだ、サンキューな」
予想通りの反応。
「うん、それじゃ土曜日でいいよね」
アクシデントもあったけど、これで一段落は着いた。
悩み所があるとすれば、このまま告白までするかどうかということだ。
今日中に言ってしまうのが本当は良いのだけれど、デートの約束をしたのだからその後で言っても問題はない。
「あぁ。駅前の方で待ち合わせする?」
「そうだねー、十時くらいで大丈夫?」
「オッケ。それじゃ土曜の十時に駅前で」
むしろ、デートの後の方がシチュエーション的にいいのかもしれない。
急いては事を仕損じる。そう考え、告白はとりあえずデートの後ということで先延ばしすることにした。
「うん。あー、楽しみだな」
「へー。お前も絵に興味あったんだな。でも、こういう用事なら教室でもよかったのに」
その言葉聞いて、愕然とした。
なんて誤算。
今の言から察するに、彼は私が彼に好意を持っているということに全く気付いていないらしい。もしかしたら、デートという意識さえないのかもしれない。
このままだとデート当日に平気で男友達とか連れてくるかもしれない。彼の友達で絵画に興味がありそうな人はいないが、それはあくまで私の予想だ。もしかしたら付き合いのいい友達がいるのかもしれない。
もしそうなったら告白どころじゃなくなってしまう。
「あ……」
思わず焦りの声が漏れてしまう。
駄目だ、このまま彼を帰しては駄目だ。
「ん、どうかしたの?」
さっきの嬉しそうな顔とは一転、周りを気遣ういつもの優しい顔。
そんな顔で私を見つめて、そんな顔で私を気遣って、ああもう本当に可愛いなぁ畜生。
覚悟を決めるしかないだろう。いや、はじめから覚悟の一つや二つできている。なら、何を迷うことがあるのか。
勝負をかけるのなら今。
「葉人君」
「なに?」
訝しげに―――いや、これは心配そうな顔なんだろう。
彼の無言の優しさを身に受けて、私は嬉しくて仕方がなかった。
彼を好きになって良かった。
どうか、一年後、十年後、百年先の未来まで、同じ言葉を言えますように。
そう祈り、私はメガネをとって三つ編みを解いた。
「葉人君、私……どうかな?」
笑いたければ笑えばいい。蔑みたければ蔑めばいい。
中身が大事、見た目は気にしない、なんていうご高説をありがとう。
私の切り札。それは、この顔に他ならない。
別に「人は顔だ!」とかそんな暴言を言うつもりはない。ただ、顔がいいこと。それが恋愛において大きなファクターになることは間違いないと私は考える。
恋は人を変える。
私は彼に恋して、初めて綺麗になろうと思った。それが成功したのは僥倖。ならば、得たものを十二分に発揮することに何の気後れがあるというのか。
さぁ、言おう。
私は今日、あなたに告白します。
そう決意したのに。
「あ、何ていうか、その……可愛いよ」
彼の声を聞いたとたん、私は鼻血を噴いて勢いよくその場に倒れてしまった。
恋愛にマニュアルなんか無いっていうけど、あれは本当だ。
まさか、彼に「可愛い」って言われただけでこんなにも嬉しくなるなんて思わなかった。
彼は予想外の鈍さだったし、私は予想外の感動屋だった。ほんと、用意していたマニュアルなんて何にも役に立たなかった。
まぁ、それでも。
たぶんこの話はハッピーエンドで終るんだろうな、なんて思って。
駆け寄ってきて私を抱きかかえてくれた彼に、ようやくこの一言を言えたのだった。
鼻血をだらだら流しながら、だらしなく笑ったままの顔で。
「好きです」