無関心な男
ふと立ち止まり考える。僕はいつから歩いていたんだっけ。振り向くとそこには大きな門があり、門番が二人背を向けて立っている。つい先ほどすれ違ったはずなのに、彼らの顔が思い出せないのは何故だろう。そもそも僕はどこから来て、どこへ向かっているんだ?一本道の続く先には、にぎやかな街の影が見え隠れしている。このまま進むべきか否か。
「おい、何を突っ立っているんだい。」
声のした方を見上げると、塀の上に黒猫が一匹座っていた。黄色い眼の猫は続ける。
「いつまでも立ち止まっていると、奴らに捕まっちまうぜ。」
「奴ら?僕は誰かに追われているのか。」
「取るに足らない問題だね。いずれにせよ進むしかないんだから。」
それもそうか。猫に諭されたのは気に食わないが、背後の門が開く気配はない。僕は再び歩き始めた。
近づいてくる街の喧騒は異常ともいえるものだった。歌とも咆哮ともつかない不愉快な声が渦巻き、僕の鼓膜を激しく打つ。例の猫はいつの間にか姿を消していた。いよいよ耳を塞ぎたくなってきた頃、街の入り口を示す立て看板がぽつんとあるのを見つけた。暴力的なほど色とりどりに塗られた看板には、毒々しい赤色で「歓迎しない街」と書かれていた。僕のような来訪者を歓迎しない、という意味だろうか。失礼な話だ。僕だってこんな喧しい街は歓迎したくないというのに。だが仕方ない、ため息をついて街へと足を踏み入れる。一歩、吐いた息は無音の空間に吸い込まれて消えた。一瞬、自分の耳が機能を失ったのかと思った。先ほどまでの轟音は何処へやら、街はまさに水を打ったような静けさだ。
街に人影は無かった。一様に並ぶ古びた家々は今にも崩壊しそうなものばかりで、窓枠に白く積もる埃は住人の不在を意味していた。なるほど、そもそも歓迎する人間がいないのか。ではあの音は何だったのだろうか。
「やぁ、君はまた立ち止まっているのかい。」
錆びたポストの上にあの黒猫がいた。楽しげに尻尾を振っている。
「誰も追ってきやしないじゃないか。この嘘つき猫め。」
「猫ってのは大抵嘘つきなんだよ。」
ぱたぱた目ざわりな尻尾を引っこ抜いてやろうかと思ったその時、視界の端にゆらりと動く何かの影をとらえた。右手の暗い路地。その奥に何か、いや誰かがいる。息をひそめ、こちらの様子をうかがっているようだ。背中にひやりと汗が流れる。其処から目を離せないまま、じりじりと後ずさる。すると僕の動きに合わせるように影も動き、その手に持っているものが鈍く光る。刃物。とっさに走り出した僕を見て猫は笑う。
「残念だったね。オレは猫じゃないんだ。」
次に会ったら毛皮にしてやろうと、僕は逃げながら心に決めたのだった。