朽ちかけの人形
ふんふんとイヤホンをはめて鼻歌を歌いつつ、俺は親友の健太と適当な会話をしながら大学からの帰り道を歩いていた。春めいてきてはいるが、まだ夕暮れ時は少し肌寒く、俺も健太もポケットに手を突っ込ませながら歩いている。
「良明、聞いてるか?」
「おう、聞いてるよー」
そう言いながらも、俺は最近発売されたばかりの新曲に熱中していて、健太の言葉は話半分くらいの気分で聞いていた。
「俺さー、昨日たまたま道歩いてたら、すっげえ汚い人形見つけちゃったんだ。ゴミ捨て場にあってさ。すごく不憫な感じだったんよ」
「ふんふん」
最初のあたりがイヤホンから聞こえてくる歌声のちょうど叫んでるところと重なって、ちゃんと聞こえなかったけど……ゴミ捨て場になにかがあったってところだけは聞こえた。ゴミ捨て場に何があったんだろ。聞きなおすのもめんどくさいので、先を促す。
「髪はぼろぼろで、服もところどころ破れちゃってて、結構凄惨な状態だったな」
髪はぼろぼろ、服はところどころ破れて……って事は、きっと誰かがゴミ捨て場に倒れてたんだなー。
「ってそれ大問題じゃん!?」
そこまで聞いた時点で、慌てて耳からイヤホンを取って、健太の話を真剣に聞くことにした。
「そ、そうかあ?」
そうだよ! そんな行き倒れの人がいたとか、さらっと話していい内容じゃないだろ。
「……で、男? 女?」
「ん? あ、ああ……女だったけど」
ちっくしょ! なんだそのシチュエーション!?
「……で、若い?」
「え? えっとな……人形の若いってなんなんだ?」
「聞こえないって! もっと大きな声で話してくれよ! で、若かったのか?」
「あ、ああ……た、たぶん出来てから10年くらいのじゃないかな」
うっわ、って10歳の女の子かよ。最高じゃん!
「なんて表現すればいいんだろ? もうほんと、ぼろぼろで、まさに朽ちかけの状態だったんだな。それでな、なんかあまりにも不憫だったから、普段はそんなことしないんだけど、なんだろ、情が移ったって言うのかな。持ち帰ったんだよ」
「お持ち帰り!? 何してんの健太、そこは警察だろ!」
というかなにうらやましいことしてんのお前!? 行き倒れの女の子見つけて保護するとか、どんなアニメの世界だよ。
「け、警察とはまた大事にするなあ。ただ単に、ゴミ捨て場に捨てられてたってだけだぞ?」
いやいや、普通行き倒れの人を見たら、どこかで保護してもらわなきゃ!
「でまあ、破れまくりの服剥ぎ取って、洗ってきれいにしたら、思ったよりきれいなやつでさあ」
「は? 健太、何服脱がしてんの!? お前妹いるだろ、妹にさせろよ!」
うっわ、女性の生肌を見るとかどんな役得だよ。俺に変われよ!
「いや、俺も最初は妹にやってもらおうと思ったんだよ。妹そういうもんたくさん持ってるし。けど、妹に頼んだら、『そんな朽ちかけのいらない』って言われてさあ」
「お前の妹って思ってた以上に鬼畜だったんだな……」
行き倒れの女の子に対して、『いらない』とか。かわいいと思ってたのに……ちょっと幻滅。
「洗ってる時に気付いたんだけど、一部腕がもげかけてたりしたんだよな」
「えええっ!? そこ病院に連れてけよ!?」
大丈夫なのかその女の子!? 意識不明の重体とかじゃないだろうな!?
「そんな必要あるのか? 無理やりグイッと入れたら直ったけど」
「お、お前って天才だな」
「そ、そうか?」
そりゃそうだろ? もげかけの腕を引っ付けるとか、神がかってるだろ。将来のこいつの姿は医者しか想像がつかない……。
「でまあ、しょうがないから俺がそのへん色々ときれいにして、妹からそれ用の服借りて着せなおしたんよ」
「うらやましいぞこの野郎!」
「う、うらやましいか?」
うらやましいに決まってるじゃないか! 10歳の女の子のの服脱がせて裸にして、大事なとことかおっぱいとかをきれいに洗って服着せたげて……うわ、想像しただけでドキドキしてきた。
「くっそー……この犯罪野郎め!」
「へっ? ……こ、これって犯罪なのか?」
ん? なんだかよくわからないが、健太が動揺している。よくわからないが、もう少し責めたててみようか。
「犯罪に決まってるだろ!」
「い、いや? 持ち帰るくらいじゃ犯罪にならないだろ?」
何を馬鹿なことを。10歳の幼女をお持ち帰りした時点で、犯罪者決定だろ。
「健太、ようく考えてみてくれ」
「お、おう……」
「一般常識で考えてみろよ。ゴミ捨て場に捨てられてたかわいいこを、お持ち帰りするとか。もう犯罪以外の何物でもないね」
ほんとはどうなんか知らないけど。
「そ、そうなのか……俺ってもしかして知りもせず、罪を犯してしまっていたのか? ……な、なあ良明、俺どうすればいいんだろ?」
お、なんか不安でいっぱいの目になってきてる。10歳の女の子ゲットまで、もうひと押しだ。
「俺も犯罪の片棒を担いでやるよ。おまえんちにずっといるのも不自然だろ? 俺は今1人暮らしだし、安全だ」
こんな時に1人暮らしが役に立つとは思わなかった。10歳の女の子と2人で屋根の下……まさに理想のシチュエーション。
「ま、まじか!? で、でもいいのか? お前にも迷惑がかかっちまう」
「気にすんなって。俺たち……親友だろ?」
「あ、ありがとう! 明日早速持ってくるよ!」
おう! 俺は心の中で、10代の可愛い女の子との同棲を期待し、歓喜した。
翌日、教室のみんながいるところで『昨日良明がほしがってた、朽ちかけの人形もってきたよー!』と健太から言われた。それから先の、クラスメイトの冷たい視線……。
なあ、俺ってどこで何を間違えたんだろうなあ……今、俺はちょっとだけくすんだ色で、右腕に無理やり差し込んだ跡のある、可愛い元朽ちかけの人形に向けて話しかけている。