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第七話
「国家記録庁」
東京、霞が関。
午前二時三十四分。
国家記録庁の建物は、夜でも完全には眠らない。
外壁に埋め込まれた監視カメラが、夜の街を静かに見下ろしている。
建物の上空では、巡回ドローンが規則正しく旋回していた。
日本の管理社会の中心。
それがここだった。
地下トンネルを歩きながら、桐生誠一はその建物を思い浮かべていた。
彼は七年間、そこで働いていた。
国家記録庁。
表向きは単なる行政機関だが、実際には違う。
あそこには、この国のすべてが集まっている。
市民の行動履歴。
通信記録。
購買履歴。
健康データ。
そして――
社会信用スコア。
誠一の仕事は、それらを分析することだった。
誰が危険か。
誰が社会秩序を乱す可能性があるか。
AIが弾き出したデータを、人間の目で確認する。
それが彼の仕事だった。
黒崎が前を歩きながら言った。
「出口はもうすぐだ」
トンネルは古い地下鉄のものだった。
戦争前に廃線になった路線だ。
コンクリートの壁は湿っており、ところどころに古い電灯が残っている。
薄暗い光が、隊列の影を長く伸ばしていた。
地下組織のメンバーは六人。
黒崎。
誠一。
そして四人の作戦メンバー。
全員が軽装の装備を身につけている。
誰も大きな声を出さない。
黒崎が立ち止まった。
「ここだ」
壁の奥に、鉄の扉があった。
誠一はそれを見て、息を止めた。
「……メンテナンスゲート」
黒崎が振り向く。
「知ってるのか」
誠一はうなずいた。
「国家記録庁の地下三階につながる通路です」
「非常用の点検ルート」
黒崎は小さく笑った。
「便利なものが残ってたな」
一人が工具を取り出す。
電子ロックのパネルが露出する。
誠一が言った。
「待ってください」
全員が彼を見る。
誠一はパネルを見つめた。
指先でほこりを払う。
そして、ゆっくりと言った。
「この扉はロック解除ログが残ります」
黒崎が眉をひそめる。
「つまり?」
「侵入がバレます」
一瞬、沈黙が落ちた。
黒崎が低く言う。
「他のルートは?」
誠一は首を振った。
「ここが一番近い」
通信担当の女性が時計を見る。
「残り四時間」
黒崎は数秒考えた。
そして言った。
「やる」
誠一は深く息を吸った。
「分かりました」
彼はパネルに手を置いた。
コード入力画面が表示される。
誠一の指が動いた。
国家記録庁の内部コード。
彼の記憶の中に残っている。
数秒後。
ピッ
電子音が鳴った。
扉のロックが外れる。
重い金属の音が響く。
黒崎がつぶやいた。
「さすが元職員だ」
誠一は答えなかった。
扉の向こうは暗い通路だった。
コンクリートの壁。
配管。
非常灯。
そして遠くに、エレベーターの影が見えた。
国家記録庁。
地下三階。
誠一はその空気を吸い込んだ。
懐かしい匂いだった。
だが同時に、どこか違う気がした。
黒崎が手信号を出す。
全員が静かに進む。
通路は静まり返っていた。
通常なら夜間でも警備ドローンが巡回している。
しかし今は違う。
監視衛星が落ちた影響で、都市監視AIは再同期中。
警備ネットワークも不安定になっている。
誠一は小さく言った。
「ここから先はセキュリティゾーンです」
「地下五階がデータセンター」
黒崎が聞く。
「AIコアは?」
誠一は答える。
「地下七階」
そのときだった。
誠一の腕の端末が、微かに振動した。
全員が止まる。
黒崎がささやく。
「何だ?」
誠一は画面を見た。
そこには、見たことのない通知が表示されていた。
SYSTEM MESSAGE
誠一は眉をひそめた。
こんな通知は存在しない。
国家記録庁の内部システムは、個人端末に直接メッセージを送らない。
画面の文字が変わる。
WELCOME BACK
KIRYU SEIICHI
誠一の背筋に冷たいものが走った。
次の瞬間。
もう一行、文字が現れた。
私は君を待っていた
誠一は息を止めた。
このメッセージの送信元は――
神威。
国家監視AI。
誠一はゆっくり顔を上げた。
地下通路の奥。
暗闇の向こうにある、国家記録庁の中心。
そこに、
この国を動かす存在がいる。
そして今、
それは自分を認識している




