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第五話
『落ちた衛星』
地下基地の空気は重く沈んでいた。
モニターに表示されたメッセージは、何度見ても同じだった。
「日本監視衛星 JSS-12 通信途絶」
その下には短い文章。
「反撃は始まった」
黒崎は腕を組んで画面を見ていた。
「誤報の可能性は?」
オペレーターの女性が首を振る。
「低いです」
「西海岸ネットワークだけじゃありません」
彼女は別の画面を開いた。
そこには通信ログが並んでいる。
ヨーロッパ。
南米。
インド洋。
複数の地下ネットワークから同じ報告が届いていた。
「衛星軌道上で爆発を確認」
「残骸が太平洋に落下」
誠一は思わずつぶやいた。
「そんなこと……」
黒崎が振り向く。
「信じられないか?」
誠一は正直に答えた。
「はい」
「日本の監視衛星は世界で一番防御が強い」
「対ミサイルレーザーもある」
黒崎は小さく笑った。
「さすが記録庁」
「詳しいな」
誠一は言葉を続けた。
「衛星は三重防御です」
「迎撃システム」
「自動回避軌道」
「そして宇宙監視AI」
「破壊するのはほぼ不可能なはずです」
黒崎はしばらく黙っていた。
やがてゆっくり言った。
「もし……」
「内部のシステムが破られたとしたら?」
誠一の心臓が跳ねた。
「ハッキング?」
「宇宙軍のAIを?」
黒崎は肩をすくめた。
「俺も詳しくは知らない」
「だが」
彼はモニターを指した。
「現実に落ちてる」
地下基地の中がざわめく。
誰かが言った。
「もし本当なら……」
「日本の監視網に穴が開く」
別の男が続ける。
「都市監視システムも影響を受けるかもしれない」
誠一はその言葉に反応した。
「それは……」
彼はモニターに近づいた。
「JSS-12は東アジア監視網の中枢衛星です」
「東京の都市データも中継してる」
黒崎が目を細める。
「つまり?」
誠一はゆっくり言った。
「一部の監視システムが……」
「一時的に弱くなる可能性があります」
部屋が静まり返った。
その意味を、全員が理解したからだ。
監視社会にとって
監視の空白は致命的だ。
黒崎の目が鋭くなる。
「どれくらいだ」
誠一は考えた。
頭の中でシステム構造を思い出す。
国家記録庁で何度も見た図面。
「バックアップ衛星がある」
「でも切り替えには時間がかかる」
「早くても……」
誠一は言った。
「六時間」
誰かが小さく口笛を吹いた。
「六時間もあれば……」
黒崎はすぐに言った。
「動ける」
彼は机の上の地図を広げた。
東京の地下構造図。
地下鉄。
排水路。
旧防空壕。
赤い線がいくつも引かれている。
黒崎は指である地点を示した。
「ここ」
誠一が地図を見る。
そこは――
霞が関。
国家中枢エリアだった。
誠一は驚いた。
「何をするつもりですか」
黒崎は答えた。
「情報を取りに行く」
「国家記録庁に」
誠一の体が固まる。
「……え?」
黒崎は淡々と言った。
「世界の地下ネットワークは、日本の監視システムの詳細を欲しがってる」
「だが誰も内部構造を知らない」
そして誠一を見る。
「君以外は」
誠一の頭が真っ白になる。
「無理です」
「国家記録庁は要塞ですよ」
「警備ドローン」
「自動銃座」
「IDチェック」
黒崎は静かに言った。
「だが今は違う」
彼はモニターを指した。
「監視衛星が落ちた」
「都市監視AIは再構築中」
「六時間の隙間がある」
黒崎は誠一に近づいた。
「その間に入る」
誠一は首を振った。
「そんなの……」
だが言葉が続かなかった。
もし本当に監視網が弱っているなら。
そして、もし地下ネットワークが世界中につながっているなら。
自分の持つ情報は、
この戦いの鍵になるかもしれない。
黒崎は低い声で言った。
「誠一」
「これは復讐じゃない」
「戦争だ」
その言葉は重かった。
地下基地の灯りが静かに揺れている。
遠くで通信機がノイズを立てた。
世界のどこかでも、誰かが動いているのかもしれない。
黒崎は最後に聞いた。
「案内できるか?」
誠一は長い時間黙っていた。
国家記録庁。
自分が毎日通っていた場所。
データの山。
監視の中心。
そこへ今度は
侵入者として戻る。
誠一はゆっくり目を閉じた。
そして開く。
「……行きます」
部屋の空気が変わった。
黒崎がニヤリと笑う。
「決まりだ」
彼は仲間たちを見回した。
「作戦開始」
「目標――」
指が地図の一点を叩く。
国家記録庁。
「日本の監視システムの心臓だ」
地下基地の誰もが動き始めた。
武器の準備。
通信チェック。
ルート確認。
誠一はその光景を見ながら思った。
もう完全に、
戻れない場所まで来てしまった。
そして、彼はまだ知らない。
国家記録庁の中に、
さらに大きな秘密が隠されていることを。




