4話 婚約者ラウレル
私はラウレル様を呼ぶ、自分の叫び声で目覚めた。
「ああっ!」
涙でぬれてボンヤリとしていた視界のピントが合うと、90度回転した馬車の中が鮮明になる。
ガタゴトとゆられながら走る馬車の振動が、横になった座席から私の身体につたわって来た。
確かに目覚めたはずなのに…… ラウレル様を置き去りにして馬車で逃げたときの夢を、まだ見ているのだと思った。
「ああっ…… ラウレル様……っ…!」
窓から馬車の外を見たくてあわてて身体をおこそうとしたけど、大きな手に肩をつかまれ動きを止められる。
「落ちついて下さい。クレマンティーヌ様」
「嫌よっ! はなしてぇ…… 嫌っ!」
私の肩をつかむ手を振り払おうとすると、名前を呼ばれた。
「レベッカ、落ち着いて。君は夢を見ていたんだ」
「……え⁉」
本当の名前を久しぶりに呼ばれ、私に話しかけてきた人物を横になったまま見あげた。
聖霊姫になって以来、私を“レベッカ”と呼ぶのはラウレル様だけだったから。
「パトリス卿……?」
私を護衛する聖騎士パトリス卿が、私を見下ろしていた。
「クレマンティーヌ様、あなたは悪い夢を見たようです」
「夢……?」
「夢です。ここは安全で、危険な魔獣もいません」
「……っ」
私の瞳からこぼれた涙が流れ落ちて、パトリス卿の膝をぬらす。
伯爵領の大規模な浄化を終えて王都へ帰る途中で、疲れていた私はいつの間にか眠ってしまっていた。
眠る私はパトリス卿の膝を枕にしていたらしい。
「ご、ごめんなさい……!」
「かまいませんよ」
「私、ご迷惑を……」
「私はあなたの護衛騎士ですから。我慢しないでいくらでも休んで下さい」
「パトリス卿……」
低くおだやかな声でパトリス卿は私をなだめ、上着の内ポケットからハンカチを出した。
涙でぬれた私の頬をそっとハンカチでぬぐってくれる。
私を気づかうパトリス卿の優しさにつつまれると…… その温かさに刺激され、ふとラウレル様の面影が脳裏に浮かんだ。
「……」
(姿は少しも似ていないのに)
ラウレル様とパトリス卿に共通する、聖霊力を持つ者にあらわれる特徴的な金色の瞳のせいか?
2人の男性は雰囲気が似ている気がする。
武門の家系出身の赤い髪に筋骨隆々としたパトリス卿。
私の記憶にある金の髪に背は高いけれど、スラリとした印象だったラウレル様。
二人の姿かたちはまるで違うのに。
生前のラウレル様とパトリス卿は王立学園時代からの親友だったから。
同じ時間をすごすうちに気が合う二人は、しぐさや言葉づかいが似てしまったのかもしれない。
顔のつくりだけで言えば、従兄のフィリップ殿下のほうがラウレル様と似ているけれど。
傲慢で意地悪なフィリップ殿下と知的で温和なラウレル様とでは、性格の違いが顔に出て持っている雰囲気がまるで違っていた。
だから不思議と血のつながりがあっても、ラウレル様とフィリップ殿下は似ていると思わなかった。




