2話 聖霊姫の仕事2
王太子のフィリップ殿下に不作法だと責められても……
私は大規模な浄化をおこなったばかりの疲れた身体で、ケチで強欲な伯爵に媚びを売るための会話なんてしたくない。
神殿は寄付金という収入で、医師の診察が受けられない貧しい人たちのための救護院や、孤児院を運営している。
最近は国からの補助金も少なくなり、以前よりも命を落とす人たちが増えていた。
「……っ」
(本音ではこんな浄化の依頼は拒否したかったわ!)
でも私が浄化しなければ、瘴気で汚れた農地で働く農民たちの身体にまで悪影響が出てくる。
ひどいときは家畜や野生動物までもが、瘴気で凶暴な魔獣と化して人間を襲うこともあるから。
私は結局、どんなに腹立たしくても浄化を断れない。
「ねぇ、フィリップ様。伯爵様のおっしゃる通りですわ」
グルヴィリエ公爵家出身の序列第2位の精霊姫、リュシエンヌが甘ったるい声で口をはさんだ。
「リュシエンヌ?」
「どうかクレマンティーヌ様を許してあげてくださいな? ね、殿下?」
ボンッ! とつきでたリュシエンヌの大きな胸を、フィリップ殿下は腕に押し付けられてデレデレしている。
貴族の令嬢なのに豊満な身体をためらいなく使うリュシエンヌには、いつも驚かされてばかりだ。
「だがリュシエンヌ。クレマンティーヌの態度は悪すぎるだろう?」
「いいえ、クレマンティーヌ様は孤児院育ちですから、礼儀作法がわからないのは仕方ありませんわ」
リュシエンヌはフィリップ殿下の腕にふれながら、女神のような美しいほほ笑みを浮かべてなだめた。
フィリップ殿下はリュシエンヌの手をとりキスをする。
「リュシエンヌ…… 君は容姿だけでなく心も気高くて美しい人だ」
「ふふっ…… まぁ、フィリップ殿下! そういうお言葉は殿下の婚約者、クレマンティーヌ様に贈らなければいけませんわ」
「容姿と中身だけでなく出身まで貧相なクレマンティーヌには、平民たちに崇められるだけで、じゅうぶんさ」
「……」
(うわぁ~っ!)
婚約者の私の前でイチャイチャする王太子殿下とリュシエンヌを、冷ややかに見つめた。
私のほうこそ、そんな見え透いたお世辞を言われたら気持ち悪くて吐きそうだ。
大きな聖霊力が使える神殿で序列1位の私よりも……
力では大差をつけて私に劣るが序列2位のリュシエンヌのほうが、容姿も家柄も王太子殿下の婚約者にふさわしいと2人は人前でアピールしたいのだ。
こうして王宮を出て貴族たちの前で仕事をする時はリュシエンヌとフィリップ殿下がついて来て、毎回こんな調子で茶番劇を演じている。
「おお…… リュシエンヌ様のなんと慈悲深い、お言葉でしょうか!」
そんなフィリップ殿下とリュシエンヌの茶番劇に伯爵が参加する。
「リュシエンヌ様は本当に素晴らしい!」
「リュシエンヌ様はなんて清らかな心の持ち主なんだ!」
続いて王太子付きの護衛騎士たちまで茶番劇に参加して、リュシエンヌを称賛した。
「どうかお許しください、伯爵様。同じ聖霊姫の私から、クレマンティーヌ様の無礼を謝罪しますわ」
そして茶番劇の女王リュシエンヌは、自分への称賛は当然だとほほ笑んだ。
フィリップ殿下につかまれた痛む腕をさすりながら、私はそっと茶番劇を繰り広げる人たちから離れようとすると……
「クレマンティーヌ! 今回はリュシエンヌの慈悲に免じてお前の無礼を許してやる。そのかわり今すぐ王宮へもどれ! 今日から聖霊石の制作を3倍にふやす!」
私は思わずハッ! と息をのんだ。
聖霊石とは魔石に聖霊力を込めてつくる石のことである。
少しでも聖霊力を持っていれいればリュシエンヌのように聖霊力が弱い者でも、能力を補助するのに聖霊石が使える。
私ほど力が無くても、浄化や治癒がおこなえるということだ。
「そんな! 今の制作量だけでもギリギリです。これ以上は……!」
「安心しろクレマンティーヌ! 不作法なお前をこれ以上人前にさらせば、婚約者の僕の品位にまで関わるからな。今後は王宮を出ることを禁止する。聖霊石の制作に専念しろ!」
つまり私が直接、民たちの治療や浄化をすることまで禁じられるということだ。
「それだと今日のような農地の浄化はどうするのですか?」
「聖霊姫はお前だけではない。リュシエンヌがいればじゅうぶんだ」
「ですが殿下!」
リュシエンヌだけでは、たとえ聖霊石を使っても今日のような大規模な浄化をするだけの能力はない。そのことは王太子殿下が1番良くわかっているはずなのに。
「それに民たちの治療や、下級騎士たちの浄化ができません!」
(他の聖霊姫にまかせれば、すぐに聖霊力が枯渇してしまうわ)
「そんなことはお前が口出しすることではない!」
「ですが殿下!」
「いくら聖霊姫でも、傲慢にもほどがあるぞ、クレマンティーヌ!」
「……っ」
(傲慢なのはどっちよ!)
殿下が命令する仕事以外の時間は、いつも救護院をまわって貧しい人たちの治療したり。
魔獣との戦いで負傷した下級騎士たちの穢れた身体の浄化、治療を行っている。
それをすべて禁じられれば、命を落とす人たちがどれだけ出るか。
「殿下、どうかそれだけはお許しください!」
私はその場で膝をついて王太子殿下に懇願した。
「クレマンティーヌを連れて行け! 目障りだ!」
殿下付きの護衛騎士(近衛騎士団の騎士)が私の腕を両側からつかもうとしたが……
それまで黙って成り行きを見守っていた、私の護衛として神殿から派遣された聖騎士たちが殿下と私の間に割って入った。
「フィリップ殿下、クレマンティーヌ様は我々が王宮へお連れします」
聖騎士のパトリス卿が殿下から護るように、私の前に立った。




