19話 狼煙(のろし)
最後まで抵抗していた近衛騎士たちも、腕をしばられて処刑台で跪くフィリップ殿下を見ると剣を置いて降伏した。
「狼煙をあげろ! 王宮にいる辺境伯たちに、こちらの制圧が成功したことを早く知らせてやろう!」
「はい、殿下!」
パトリス卿が年上の聖騎士に命令を下した。
命令を受けた聖騎士の上着に身分が高い者だけがつけられる、凝った刺繍入りの房飾りがついた肩章がある。
「……っ⁉」
(殿下⁉ 今のは私の聞き間違い……?)
それに私の記憶が正しければ、命令を受けた騎士は聖騎士団の副団長に見える。
「……っ???」
思わず私は自分の目が信じられず副団長の顔をマジマジと見つめていると、パチッと目が合いニコリとほほ笑まれた。
「クレマンティーヌ様、ご無事で何よりです」
「あっ…… はい」
(間違いない。この人は聖騎士団の副団長だわ! なぜ⁉)
「聖霊力を取り戻されたようですね?」
「お、おかげさまで……」
(処刑から助けてもらった私が言うのもなんだけど。この人たちはこんなことをしても大丈夫なの? そんなわけないよね?)
「お救いするのが遅れて、申し訳ありませんでした」
「い、いえ!」
謝罪の言葉を私にかけながら、副団長は上着の内ポケットから白いハンカチを出して私の唇をそっとふく。
「……痛っ!」
ハンカチでふかれた唇がビリッ! と痛む。
リュシエンヌを侮辱してフィリップ殿下に殴られたときに、私の唇が切れていたのだ。ずっと興奮していたから気づかなかった。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして」
副団長はニコリと笑うと、血が付いたハンカチを私に渡して処刑台を足早に下りる。部下の聖騎士たちに指示を出した。
私は指先で自分の唇に触れ、聖霊力で切れた唇を治療する。
「やっぱり、聖霊力が使えるわ……」
先が見えないこんな状況になると、さすがに聖霊力が無い方が良いなどと我がままを言ってられない。
──結局。
私は精神的に追いつめられて、一時的に聖霊力が使えなくなっていただけなのだ。
たくさんの人たちを心配させて騒がせた、自分の愚かさが恥かしい。
「クソッ! 聖騎士団が反乱を起こしたのか⁉ 何なんだ! ……クソッ!」
ブツブツと罵るフィリップ殿下の声が聞こえ冷めた目で見ていたら、パトリス卿に名前を呼ばれて振りむいた。
「……レベッカ!」
「え?」
ふり向いた瞬間、いきなりギュッ! とパトリス卿に抱きしめられた。
「……パ…… パトリス卿⁉」
「レベッカ…… ようやく君を抱きしめられる!」
「あ…… あの⁉」
(ど、どうしちゃったの⁉ いつも冷静沈着なパトリス卿は??? こんなふうにパトリス卿が私に触れるなんて!)
パトリス卿は動揺する私を放し、額にキスをする。
「ひゃっ!」
「レベッカ……」
驚く私にパトリス卿はニヤリと笑い、私の唇に素早くキスをした。
「……っ????」
(──唇っ⁉ ラ、ラウレル様にも、されたことはなかったのに!)
私は生まれて初めて唇にキスをされた。




