1話.悪役令嬢になろう
魔王が討伐されてから7年がたった。
妹は17歳になっていた。
もう婚約者がいてもおかしくない年だが、妹の振る舞いに誰もが距離を取り、婚約の申し込みも全て断られていた。
両親である王と王妃は、マーニィを見限り、今では第二王女であるマリアンヌを王家の中核として扱っている。
マーニィはその現実を目の当たりにしてもなお、普段からの態度を変えることはなかった。
私が魔王討伐して帰ってから、妹の言動は目に余るものだった。 第一王女としての自覚がないのか、 権力に溺れ、傲慢そのものの振る舞いで周囲に悪意をまき散らす。
昔は天使のようだったのに、どうしてしまったというのか。
これまで何度態度を矯正しようとしても、うるさいと遠回しに嫌み交じりで言われ、追い返されてきた。
本当に恥ずかしい妹だ。 もはや軽蔑していると言っても過言ではない。
廊下を歩いていると扉越しに妹の高笑いが聞こえてきた。
「お茶が温いですわ。こんなもの出して恥ずかしいと思わないのかしら?」
「も、申し訳ありません。すぐに入れなおして」
「いらない。あなたメイドの才能がないんじゃなくて?次やったら首にしてやりますわ。ふふっ、わたくしったらなんて寛大なのかしら。”次”を与えるなんて。おーほっほっほ」
メイドたちは逃げるように部屋から退出していく。
はぁと私は深いため息をつき、そのまま自室へと戻るのだった。
◇◇
部屋から出て言ったメイドたちを見て、はぁと溜息をついた。 あれから7年も経つというのに、未だにこういう振舞いにはなれない。
「フフフ。殊勝なことだな。どんな気分だ?貴様のせいで、この国に遣える何人もの人間が壊れていくのは」
ゲラゲラゲラゲラと笑い声が聞こえる。
この不快な笑い声が聞こえるのももはやいつものことだ。
「あなた毎日突っかかってくるわね。飽きないの?」
軽口をたたき、適当にあしらう。
どれだけ怖ろしい物でも慣れてしまう人間の適応力ってすごいのね、と他人事のような感想が浮かんだ。
「当り前だ。貴様という檻に閉じ込められて以降、俺に与えられた愉悦はこれだけなのだからな。貴様の不幸を噛みしめるのは本当に楽しくて仕方がないよ」
笑い声が一層大きくなった。 わたくしはグッと唇を噛みしめる。
わたくしはこの国の第一王女マーニィ・フィン・クローディオ。 世間からは希代の悪女やわがまま姫と揶揄されている。
その評価通り、私は会ってきたあらゆる人間を高慢に見下して悪意を振りまいてきた。
わたくしのせいで、退職してしまった従者は数知れない。
わたくしを恐怖する人間も憎む人間も大勢いることだろう。
逆にわたくしを思ってくれる人はもういないだろう。
だが、こうなってしまったことには理由がある。 それは7年前、兄である第一王子が魔王を倒したと言う一報が王家に入ってきた日のことだった。
わたくしは、跳びあがるほど喜んだ。 これでまた兄に会えるのだと。
兄が死んでしまう事を毎晩不安に思い、そのせいで眠れない夜もあった。
だから、兄が無事だと知って本当にうれしかった。
そうして、鼻歌を歌いながら部屋に戻った。
そんな時。
目の前に闇が広がった。
視界の至るところが真っ暗になった。なのに、不思議と周りがはっきりと見えた。
「お前が勇者の…レオン・フィン・クローディオの妹だな」
その空間に邪悪な声が響く。 振り向くと、それはいた。
火のようにゆらめく体は幽霊のように宙に浮かんでいる。
黒装束に後頭部から長く伸びる二本の角。
冷たく光る紫の目をした異形がこちらを見下ろしていたのだ。
生まれて初めて絶叫をあげた。
「騒ぐな」
目の前の化け物は不快そうにそう言う。
「あ、あなたは」
振るえる口を何とか抑え込んで問う。
「パニックを起こさないだけまだマシだな。王族だけはある。そうだな。傾聴しろ。俺はこの世を統べる魔の頂点。魔王メビウスだ」
魔王メビウスを名乗る男は口角を大きく持ち上げて邪悪に笑う。
「魔王…はお兄様に倒されたんじゃ」
そう言うと、チッと魔王メビウスは舌打ちをした。
「……忌々しいことにな。確かに俺の肉体は死んだ。だが、禁術には自信があってな。俺は魂だけの存在となって逃げおおせた。そうして、お前の体に乗り移らせてもらったというわけだ」
「どうしてわたくしに?」
恐る恐る尋ねると、メビウスは嬉しそうに笑って言う。
「よくぞ聞いた。答えはお前があの勇者の妹だからだ。このまま俺はお前の体を乗っ取るつもりだ。お前の善意を俺の悪意に染め、お前は悪意そのものの存在となる。そうして、俺はお前の肉体を馬の騎手のように操って再び世界の覇権を狙うのだ」
メビウスの笑い声は徐々に高笑いに変わっていく。 背筋が凍る。
自分が乗っ取られるなんて…嫌だ。死にたくない。
いや死ぬだけならまだマシかもしれない。
自分が魔王になるなってそれで民を傷つけるなんて、絶対にあってはならない。
「お前なんて…お兄様がきっと倒してくれる」
キッとメビウスを睨みつけると、メビウスは見下そうとする目を一切隠さずにこちらを見て、嘲り笑う。
「馬鹿だな。お前は。あの勇者が妹に手を挙げられると思うか?くくっ。手も足もでない勇者をいたぶるのが今から楽しみで仕方がないぞ」
頭に響く笑い声がますます大きくなる。
私は必死で耳を押さえて目をつむった。
そんな。
このままでは、わたくしがその手で兄さまを…
わたくしのせいで殺してしまうことになるかもしれないなんて。
その事実に絶望感があふれ出す。それは、わたくしの意識を飲み込むように広がっていき、
私は気を失った。
そのまま目を覚ますと、2日が経っていた。
わたくしは、熱を出して倒れていたらしい。
皇女である母がわたくしをギュッと抱きしめた。
使用人たちも心配して何人もお見舞いに来てくれた。
わたくしはそのまま横になってしばらく考えてみる。
体の中から闇がわたくしを侵食して来ていることが感覚で分かった。あと何日持つのか?
このまま魔王メビウスに乗っ取られる時を待つしかないのか?
分からないまま、日数だけが過ぎていく。そんなある日、わたくしはふと、こんな中でも帰ってきてくれない兄にちょっとした不満を漏らした。
「こんな時に遅いんじゃありません?」
兄がちゃんと魔王を倒してくれればという逆恨みに近い感情も混ざっていたことは否定しない。
後々考えると恥ずべきことだが、日々自分が自分でなくなっていく感覚に追い詰められていたのだ。
だが、そうすると自分の体にちょっとした違和感がある事に気づく。
自分を侵食する闇がほんとうに僅かだが、減っていたのだ。
それは善の性質を持ち、今まで悪意というものに限りなく無縁だったマーニィだったからこそ気づいた違和感だった。
もしかしてと思い、王宮の図書館に潜り込んで、魂、乗っ取り、禁術、魔王とこの前メビウスと話したキーワードを軸に本を探してみる。
そうして得た情報を基にある仮説を見つけた頃、兄が帰還した。
わたくしは、その仮説を試すべく、高らかに笑って見せる。
「おーほっほっほ。お兄様。魔王討伐お疲れ様ですわ。ですが、お帰りが少々遅すぎるのではなくって?魔王が倒されてからもう一月は経ってますわよ。わたくしを待たせるなんて、万死に値しますわ」
悪意を全力で込めて言い放った。
家族に会うことを心待ちにしていた兄の心をないがしろにして傷つけてやろうという
気持ちを強く持って。
仮説通り、私の中を侵食していた悪意が減る。
間違いない。
ガス抜きをするように魔王の悪意を超える悪意を発し続ければ、体を闇に侵食されることはないのだ。
考えてみれば、メビウスは悪意でわたくしを侵食すると言った。
ならば、その悪意を発散させてしまえば、乗っ取りを回避できるのは理にかなっている。
だが、本気の悪意をぶつけたつもりなのに、浸食してくる悪意の総量を考えれば、減った分は微量なものだった。
普通は魔王の絶対的な邪悪になんて決して敵うわけがないと気づいた。
どんなに性格の悪い奴でも魔王の悪意に飲まれるはずだ。
それに魔王を超える悪意を呪詛のように振りまき続ければ、きっと相手は深く傷つくだろう。 もしかしたら、心を壊してしまうかもしれない。
逡巡が脳みそを駆け回った。
けれど、魔王の悪意に対抗するためには、手加減などできるはずがない。
わたくしの周りにいる皆の顔が浮かんだ。 家族、親友、守るべき民、これからわたくしはそれら全てを裏切ることになるだろう。
「嫌だよ」
手で顔を覆う。
「どうなるか分かっているのか?お前の大好きな皆から、兄から憎まれ、疎まれ、軽蔑される地獄がまっているのだぞ」
頭の中で苛立ちが混ざった声が響く。
その声の言う通りだった。
魔王に乗っ取られるよりも、周りにどう思われるのか、それを想像した方がよっぽど恐ろしかった。 けれども、それで地獄のような未来が回避できるならば、受け入れられる。
先程兄がつらそうに部屋から出ていく姿を思い出して、一筋の涙がこぼれた。
それを手で拭う。
この世には"悪役令嬢"という高慢でわがままで不幸を振りまく存在がいるらしい。
そんな理不尽な彼女たちの悪意は、魔王にすら匹敵するかもしれない。
だから、なろう。 わたくしが、世界一の悪役令嬢に。
読んでくださりありがとうございます。
次回投稿は、2026/2/1 10:00から。つまり明日です。
宜しくお願いします。
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