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ブリキ職人のジョセフ

 作者、勉強中につき知識不足のため注意されたし。それをふまえて知識として書いておきます。『ティンカー』というのは、家を持たずに色んな村を旅してまわる人々のことで、アイルランドという国では特にそう呼ばれています。同じ意味で『トラベラー』という言葉もあります。似たものでは『ジプシー』という言葉がありますが、これは現在では差別用語になっています。


 注意書きをします。古い本を買って物語を書くための資料として読んでいます。私の中のティンカーのイメージが性格の悪い人たちであることが多いのですが、ティンカーには良い人もいます。今回の主人公のジョセフは善良なティンカーになってますが、これも創作の中だけのティンカーだと思ってください。

 ティンカーでありブリキ職人である、ジョセフという年老いた男がいました。ジョセフは季節に合わせて農村に行き、ブリキ製の道具を作ったり修理したり農作業の手伝いをしながら一人で旅をして生きていました。 冬の終わりのある日、ジョセフはあることを試そうと思いました。それは村の人々の話を聞いてあげることでした。


 次の日、ミルク缶の修理をしてほしいという村人がジョセフのテントまで来ました。さっそくジョセフはその村人に言いました。

「何か話したいことがあるなら私に話すといい。いくらでも聞いてあげるから」

 すると村人は言いました。

「いくら仕事ができるとはいえ、ティンカーに話すことは何もない。そんなことよりもさっさとミルク缶を直してくれ」

 ジョセフはだまってミルク缶を直し、その日のブリキ職人としての仕事はうまくいきました。しかし、聞き役になるということはできませんでした。


 次の日、ジョセフのテントに別の村人がやって来ました。今日のブリキ職人としての仕事は、外れてしまったカップの取っ手を直すことでした。 ジョセフは言いました。

「何か面白い話はあるかい? いや、つまらない話でも何でも聞いてあげるよ」

 すると村人は言いました。

「私から話を聞いて誰かに流すつもりでしょう? しかも情報料を取って! これだからティンカーは信用できないのよ。それに私はこれからしなきゃならない仕事があるの。話してる場合じゃないのよ」

 村人は最後に、職人としての腕は確かだけどね、と付け足すように言って去っていきました。

 ジョセフはまた聞き役になることができませんでした。


 次の日、ジョセフのテントにまた村人がやって来ました。しかしブリキ製の道具を直す注文はありませんでした。やってきたのは若い女性でした。

 どうやらその女性は、何でも話を聞いてくれる変なティンカーがいることを知ってやって来たようでした。

「あなたが何でも話を聞いてくれるって人なの?」

「あぁ、そうだよ。何でも聞いてあげよう」

「そうね、それなら……」

 それから一時間も、二時間も、それ以上の時間を使ってその女性は話をしました。それは他の村人への悪口ばかりでした。あの人は嫌い、あの人も気に食わないと、次から次へと出てくる悪口にジョセフは疲れてしまいました。

 やっと女性が満足して離れていったところで、テントの中にある簡単な造りのベッドに寝転びました。ジョセフは、話を聞くだけでも大変なんだなと思いながら、そのまま寝てしまいました。


 その日は夕方の時間に寝たせいか、夜中に起きてしまいました。ジョセフはテントの外に出て、村人からもらったミルクを焚き火で温めてから飲みました。ミルクがのどを通って体を温めました。ジョセフは思いました。村で作られたミルクはこんなにも美味しくて心をほぐしてくれるのに、人々の言葉は心につきささって痛むのだろう。ジョセフの頭上の夜空には、月がかたむいて寝そべり、星が静かにきらめいていました。


 次の日、ジョセフのテントにやってきたのは村の少女でした。

 少女は言いました。

「ねぇ、ほんとに何でも話を聞いてくれるの?」

 しかし、ジョセフは疲れぎみに言いました。

「申し訳ないが、今日は聞くのを辞めることにしたんだ」

すると少女は笑って言いました。

「おじいさんの声、変なの! でも声だけでも聞けて良かったわ。疲れすぎてて声が出なかったらどうしようかと思ったの。また明日も来るわ!」

 ジョセフは少女の元気な声を聞いて、心がふんわりとしました。ふかふかの温かい布にくるまって寝ている時に感じるような幸せな気持ちになりました。


 次の日、約束のとおりに少女がやって来ました。 少女は言いました。

「今日は話を聞いてくれるの?」

「あぁ、今日は元気だからね。何でも聞いてあげよう!」

「わーい! じゃあ……最近あった出来事を話すわ」

 少女は空を見上げながら話し始めました。


「空からね、人が降ってきたの! でもその人は地面に落ちたりしてないの。ちゃんと着地してその場でくるりと回ってから私にこう言ったの。『ようこそ』って! おじいさんはこれがどこから呼ばれたものか分かる?」

 ジョセフはううんとうなった後に言いました。

「もしかして天国かい?」

「違うわ。空の国よ! おじいさん、これはなぞなぞみたいなものよ。空から降ってきた人に言われたんだから空の国からの『ようこそ』なの!」

 少女はきらきらと目を輝かせながら言いました。

「空の国はきっとこの村よりも静かなはずよ。だって太陽や雲や月や星たちからは何も聞こえてこないもの。でもね、言葉にしなくても、そこにあるだけで満足しちゃうこともあるの。不思議じゃない?」

 少女は楽しそうに話を続けました。「でもね、空から降ってきた人は『ようこそ』って言ったらすぐ帰っちゃったの。空の国へ行けると思ったのに……でも空から人が降ってきたことで空の国がちゃんとあるということははっきりしたわ。それが分かっただけでも満足してる。」

 少女はのびをしてからジョセフに言いました。

「そういえば、何でおじいさんって人の話を聞いてるの?」

 ジョセフは少しためらってから言いました。

「……人に話を聞いてもらうためには、人の話を聞いてからというこの世の約束事があってね。それに従ったまでだよ」

「ということは、次はおじいさんが話す番よ。私の話を聞いてくれたんだから。そうでしょ?」

「それが、まだ駄目なんだ。私には人々に伝えたい知恵がたくさんあるからね、その分の人の話を前もって聞かないといけないんだよ」

「それならその知恵を伝えなきゃいいのよ。そしたらおじいさんも人の話を聞かなくてよくなるわ」

「そんなことをしたら、私の大切な知恵を聞いてくれる人がなくなってしまうよ」

「私はそんな古臭い知恵よりも今日の楽しかった出来事のほうを聞きたいわ!」

 そう言われてジョセフは困り果てました。しかし、少女の言われたとおりに話しました。

「今日ではないんだが、この村に来てからもらったミルクを温めて飲んだ時に幸せを感じたよ」

「それだけー?」

「それとね、今日君が来て話をしてくれたことかな。不思議な話だったから面白かったよ」

「やったー!」

 少女はその場でくるくると回りスカートをおどらせました。そして少女は言いました。

「今日に全てがあるの。素晴らしいことよね」

 その時、ジョセフには少女の両足が地面から離れて、少しだけ浮いているのが見えました。ジョセフがあっと口を開けておどろいている間に少女は声高らかに言いました。

「今日という日を生きる人に喜びを!あなたという存在に祝福を!今という瞬間に満足を得られるのなら、あなたはさらに幸せになるわ。これはあなたになかった知恵よ」

 その言葉を聞いてジョセフは気づきました。自分にとっての大切なものは……「じゃあね、おじいさん!

 次に会う時は空の国で。いつまでも待ってるわ!」

 少女の体がかがやくと一気に空へとのぼっていき、そして小さな筋を残しながら最後には消えてしまいました。


 次の日、ジョセフはテントを片付けて荷物をまとめ終えていました。そこへ村人がやって来て言いました。

「もう村を出るのかい? もう少しゆっくりしていってもいいのに……」

 ジョセフは嬉しそうに言いました。

「君の元気そうな声が聞けて良かったよ。旅に出る時は見送りをする人が欲しくなるからね」

 じゃあ、とジョセフはその村人に言ったあとに、付け加えて言いました。

「今日という日を生きる人に喜びを!あなたという存在に祝福を!」

 春を知らせる暖かい風がジョセフのほおをなでていきました。


おしまい

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