第9話 分析官の選択
静まり返った廃墟の一室は、臨時の作戦会議室へと変貌していた。
室内には、かつての戦友であるレオンハルトと恒一、そして未だに事態の推移に困惑を隠せないレイナ・ヴァイスが顔を揃えていた。
レオンハルトは、軍服の汚れを払うこともなく、真っ直ぐにレイナを見据えた。
「……私への容疑は、ひとまず晴れたかな。状況については、かなりまずいということだけは理解してもらえただろう」
レイナは視線を落とし、小さく、だがはっきりとうなずいた。
彼女の手元には、今泉から渡されたデータ・スレートが、今なお王国内部の「汚染」を静かに表示し続けている。
「……はい。レオンハルト将軍、貴方を疑ってしまったこと、深くお詫び申し上げます。ですが、将軍の立場があれば、閣議で正式にこの問題を提起できるはずでは?」
レイナの問いに、レオンハルトは苦渋に満ちた溜息をついた。
「今の政権内部は、敵の『毒』が回りすぎている。閣議に上げれば、その瞬間に情報は敵の手元に渡り、軍の強硬派は『魔法の全権を渡せ』と暴発し、反対派は『戦犯を呼び戻した』と私を糾弾するだろう。公式な手続きを踏もうとすれば、そのプロセスそのものが国を壊す引き金になる」
レオンハルトは恒一を振り返った。
「だから、君がいる。君が『存在しない亡霊』としてシステムを書き換えてしまうのが、最も被害の少ない、そして唯一の道だ」
恒一は、愛用の端末ARC-Zeroの画面から視線を上げ、レイナの瞳をじっと見つめた。
「こちらとしては問題ない。優秀な協力者が増えることは、願ったり叶ったりだ」
「……協力、ですか? 一体、何についての?」
「もちろん、戦争を止めるための協力だ」
レオンハルトの断言に、レイナは息を呑んだ。
「どうやって……。周辺国はすでに国境に集結し、国内はプロパガンダで暴徒化寸前。将軍ですら動けないのなら、もう詰んでいるのではありませんか」
「それを、今から恒一さんに相談しようとしていたんだよ」
恒一はARC-Zeroのホログラムを起動した。青白い光の中に、複雑に絡み合う「殲滅魔法」の術式構造が展開される。
「今の殲滅魔法は、起動させるかさせないかの2択しかない。存在による抑止力はあるが、出口戦略を欠いた純粋な兵器だ」
恒一の声は、冷徹な設計者のそれだった。
「だから、この術式を書き換える。物理的な発動猶予と合意形成を強制する『相互監視プロトコル』へな」
恒一が提示したのは、彼が「3鍵」と名付けた新プロトコルだった。
王族・軍・民の三つの承認が揃い、かつ「外部の安全装置」が機能して初めて、数十秒のカウントダウンを経て起動する仕組み。それは、王族の独走を許さず、敵国に対しても「無謀な先制攻撃をすれば確実に焼かれるが、交渉の余地はある」と思わせるための、高度な政治的バランスシートだった。
鍵0に関しては当然、秘匿されていたが。
「……そんなことが可能なんですか? 魔法の記述そのものを、構造から作り変えるなんて」
レイナはホログラムに映る数式を必死に追った。彼女レベルの魔道理論ではその一部を理解するのが精一杯だったが、そこにある「論理の正当性」だけは肌で感じ取っていた。
「では、そのために『封印庫』で殲滅魔法の根源術式を直接書き換える必要があるわけか」
レオンハルトの言葉に、部屋の空気が一気に張り詰めた。 封印庫は、王国の最重要機密だ。そこへ至る道には幾重もの防壁があり、物理的な警備も厳重を極める。
「作戦の難易度は、これまでの比ではないでしょう」 レイナが、分析官としての冷徹な声を上げた。
「協力は惜しみません。……しかし、我が国の情報部そのものが他国の中継地点として機能している以上、私単独の権限では内部のサボタージュを抑えきれない。今泉氏……貴方のの協力を願いたい」
レイナの切実な要請に、恒一は短くうなずいた。
「ああ。そのための介入だ。オレも、この『抑止の構築』を唯一の着地点と考えている」
窓の外、成層圏に潜むヤタガラスの信号が、ARC-Zeroの画面上で緑色に点滅した。




