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第16話 一時帰還

王都エーテルガルドの東端、打ち捨てられて久しい穀物倉庫。

石造りの建物の重い扉を押し開いた瞬間に視界を支配したのは、エーテルガルドの世界観を暴力的に塗り潰す「鋼鉄の門」だった。


装飾過多な「魔法の門」という概念を微塵も感じさせない、無骨なマットブラックの防魔コーティングが施された、高張力合金製のトラス構造体。

その巨体は、日本の10式戦車が何ら支障なく通り抜けられるほどの威圧的な開口部を誇っていた。


ゲートが物理的に閉ざされている今この瞬間も、その鉄骨の怪物は精密な機械として「呼吸」を続けている。

構造体の側面に併設されたサーバーラック群からは、稼働状況を示す青と琥珀色のLEDが、心臓の鼓動を模したような周期で明滅を繰り返している。

日本側に設置されたゲートと、量子もつれを利用した共鳴チャンネルが寸分なく維持されていることを示す、証拠であった。


「今泉さん、お帰りなさい。……おい若手! LEDの明滅周期がズレてるぞ、再同期しろ!」

ゲートの機材の陰から主任技官がひょっこり顔をのぞかせる。


「お疲れ様です。今泉さん。なんとか帰還用のゲートを設置することが間に合いました。いつでもいけます」

疲れ果てた黒崎の表情。突貫工事でゲートを用意したのだろう。

「ああ、頼む」

恒一のその声に主任技官はPC端末をたたく。


鉄骨の縁に埋め込まれた超伝導電磁石がうなりを上げた。空間を強引に折り曲げる強烈な重力波の干渉により、鉄骨に囲まれた虚空が不自然に屈折し始める。

視覚が焦点を結ぶことを拒絶するような光景。激しく撒き散らされるオゾン臭と、胃の奥を直接揺さぶるような重厚な低周波の唸りが、埃っぽい倉庫内を支配していった。

まばゆい光が恒一の視覚を奪う。

その光が落ち着くとともに、光り輝く特異点の向こう側には、非情なほどに無機質で清潔な、現代日本の研究所の光景が透けて見え始めていた。


「ゲート、安定化フェーズ終了。スループット、定格維持を確認。……今泉さん、いつでもいけますよ」


恒一は、ARC-Zeroの画面に流れる安定化ログのグリーンラインを確認すると、迷うことなくその鉄の喉元へと足を踏み入れた。

恒一がそのゲートに足を踏み入れた瞬間、視界は白濁した。


転送先は、日本の地下数百メートルに位置する「高エネルギー物理学研究所」の最深部だった。

防護服に身を包んだ技官たちが無言で機材をチェックする中、だらしなくチェック柄のスーツを着こなした黒崎俊介が、タブレットを片手に恒一を待ち構えていた。

恒一の旅装に付着した異世界の残留マナを中和する「除染」が、事務的な手際で行われていく。

「お疲れ様です、今泉さん。潜入拠点の整備から協力者の獲得までを……実に見事な活動でしたよ」

黒崎は薄笑いを浮かべていたが、困惑混じりの表情となり。

「ですが、向こうの王様よりも恐ろしい奥様がお待ちです。エリシアさんが、あなたの『海外出張』を信じていませんからね~」

黒崎が提示したモニターには、防衛省に押し入った時の映像が流れ、まるで何かの気配を追うようにカメラを睨みつけるエリシアの姿が映し出されていた。

元剣士の直感は、監視カメラの視線すらも看破しているようで、その姿を目にした恒一は盛大なため息をこぼすのであった。



*   *   *


深夜、東京都内の閑静な住宅街。

恒一は、黒崎が用意したスーツケースを手に、玄関の鍵を開けた。 

室内にはバラエティ番組の笑い声がが響いていたが、リビングのソファには、背筋を伸ばした一人の女性にこりともせずに座っていた。妻、エリシアである。

「……ただいま。出張が少し早く片付いてね」

恒一は努めて平坦な声を出し、スーツケースを置いた。しかし、エリシアは立ち上がることもなく、深い闇を湛えた瞳で夫を射抜いた。

「あなた……相変わらず嘘が下手ね」

低く小さな彼女の声。だが鋭利な刃物のように恒一に突き刺さる。

「どうせ情報局のうさんくさい連中と何かやっていたんでしょ」

エリシアの背後の壁には、家族の写真が飾られていた。そこには、穏やかな日常が並んでいる。

「悠斗と美咲には、私から適当に話しておいた。けれど、次に私に黙って危険なことに首を突っ込むようなら……私は情報局の連中を切り伏せてでも、あなたを連れ戻しに行くわ。忘れないでね」

それだけ話すと「先に休ませてもらうわ」とエリシアは寝室にもどるのであった


*   *   *


翌朝、恒一はキッチンに立ち、いつも通り家族の朝食を用意した。

縁がカリリと焼けた目玉焼き、トーストの焦げる匂い、そして娘の美咲と息子の悠斗の、取り留めもない会話。

「父さん、コーヒー。……なんか、疲れてない?」

悠斗に鋭く指摘され、恒一は苦笑した。そして、再び異世界へ戻るための覚悟を、コーヒーと共に飲み込んだ。


子供たちが学校へ向かい、再び静寂が戻ったダイニングルーム。恒一は真正面に座るエリシアと向き合った。彼女の瞳には、一切の妥協を許さない鋭い光が宿っている。

「……正直に話すよ、エリシア。俺は今、レオンハルトの要請でエーテルガルドに戻っている」

恒一は、隠し通せないことを悟り、すべてを打ち明けた。周辺諸国による軍事的圧力、国内で渦巻く殲滅魔法の撤廃運動、そして謎の勢力による情報戦。

かつて自分たちが命を懸けて守った国が、今や内部から崩壊しようとしている現状を、丁寧に、言葉を選んで伝えていった。


「日本政府も動いている。エーテルガルドにドローン網を構築して王国を監視しているんだ」

エリシアは沈黙したまま話を聞いていたが、恒一が王都の穀物倉庫に設置された「緊急ゲート」と、将来的な「ゲートの恒常的設置」の可能性に触れた瞬間、その顔に驚愕の色が走った。

「ゲートを……恒常的に? それは、この二つの世界が、繋がり続けるということ?」

「ああ。まだ可能性の話だが、一時的な接続とはいえ、転送のレベルをこえたゲート運用ができているということは十分現実的だと思うよ。

日本側が何を狙っているかは今のところ不明だけど、今のところは王国に影響力をもつためのくさびだろう。だが、それを使って王国を支援することが今の私にできることだと思っている」


そしてと、恒一は卓上に「ARC-Zero」を置いた。

「この端末は、ヤタガラスのメッシュ通信を介して、王国のネットワークと直結している」

「……兄様とも、繋がるの?」

さすが勘が鋭い。すべてを語る前にエリシアは会話の目的にたどり着く。

震えるエリシアの声に、恒一は静かに頷き、スマートフォンを取り出し通話アプリを操作した。

「黒崎、聞こえるか。王の私室への秘匿回線を開いてくれ」

端末から、一瞬のノイズと共に黒崎の軽薄な、だがどこか配慮の混じった声が響いた。

『了解ですよ、今泉さん。ご家庭の平和は、作戦の成功率に直結しますからね。総理からも「適宜、柔軟に」とのお達しが出ています。国王も部屋にいるようですし、今から……回線を繋ぎます……』

ARC-Zeroの画面上、やがて王城最深部の光景がホログラムとして浮かび上がった。そこには、深夜の王室で、書類を見つめながら独り苦悩するフォン・エーテルガルド国王の姿があった。

「……兄様」

エリシアが、ホログラムの像にそっと手を伸ばす。

「エリシア……? ああ、エリシアなのか! 本当に、無事だったのだな!」

ホログラム越しに、王の驚愕と歓喜の声が響いた。

二十年前、何も言わずに光の中へ消えた妹を、兄は一度として忘れたことはなかった。二人は二十年の空白を埋めるように、互いの無事を確かめ合った。


通信を切断したあと、エリシアは静かに立ち上がった。その表情からは、先ほどまでの暗い視線消え、凛とした強さが戻っていた。

「分かったわ、恒一。貴方のやろうとしていることは、私たちの家族とエーテルガルドを守るための戦いなのね」

彼女は窓の外、穏やかな日本の住宅街を見つめ、静かに、だが重く宣言した。

「貴方はあなたの思うとおり行動して。私、信じているから」

しかし、彼女は最後に恒一の目を真っ直ぐに見据え、こう付け加えた。

「ただし、貴方や兄様に、危険が及ぶようなことがあれば……私は、そのゲートを無理矢理にでもこじ開けて駆けつけるから」

その言葉に宿る殺気は現役のころと変わらず鋭かった。

(そうなった暁には潜入じゃなくて、強襲になってしまうな……)

恒一はゴクリと喉を鳴らす、エリシアという「最強のバックアップ」を得たことは確かだが

彼女は言ってみれば「ジョーカー」。自分が手練手管を駆使してくみ上げた盤面を腕力で破壊しかねない。

不安と心強さを抱きながら、再び戦場へと戻るためのARC-Zeroを強く握りしめたのであった。

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