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014 亡霊の交信

「……そうか。エリシアは、穏やかに暮らしているのだな」


エーテルガルド王城、最深部の私室。国王は深く、長く息を吐いた。

かつて王族の子息でありながら一流の剣士として活躍していた妹が、異世界の空の下で「日本の母親」として日々に一喜一憂しているという話は、孤独な玉座に座り続ける彼にとって、何よりの救いだった。


「ああ。今は剣の代わりに包丁を握っている。……もっとも、怒らせると当時の片鱗が見えて、俺も子供たちも震え上がることになるがな」


恒一が苦笑混じりに返すと、国王の目尻がわずかに緩んだ。だが、二十年前の帰還時の話から、さらなる核心に及ぼうとした、その時だった。


恒一の手元にある統合端末「ARC-Zero」が、鋭く短い警告音を鳴らした。


「――待て。王、話は中断だ」


網膜に投影されたHUDには、成層圏に滞空する「ヤタガラス」が捉えた高解像度の赤外線画像が展開されていた。

王城の北壁、その屋根裏の死角を縫うように移動する、不自然な三つの熱源。


「敷地内に侵入者だ。数は三。正規の巡回ルートを完全に外れている」


「何……!? 結界の反応はないぞ」


国王が驚愕に目を見開くのと同時に、恒一はすでにレイナ・ヴァイスへの緊急秘匿回線を開いていた。


「レイナさん、聞こえるか。今すぐ情報部のホットラインを叩け。北壁の屋根伝いに、光学迷彩を施した工作員が入り込んでいる。ヤタガラスの追跡によれば、あと三分で王の私室の真上に到達する」


『――今泉氏!? 了解、すぐに本部に緊急伝達を……!』


レイナの困惑した声が響くが、恒一の提示した情報の精度は、すでに彼女にとって疑う余地のないものとなっていた。数秒後、静寂を保っていた王城内に、鼓膜を震わせるような非常警報が鳴り響いた。


「王、会談はここまでだ。またこの回線で連絡する。……約束だ」


「……あ、ああ。感謝する、恒一。また会おう」


通信が遮断され、暗転した室内で国王は一人、深く椅子に身を預けた。警報の喧騒が遠くから響いてくるが、その胸中は不思議なほど穏やかだった。妹エリシアが無事で、幸せに暮らしていた。その事実だけで、彼は再び王としての責務を果たす気力を取り戻していた。


* * *


一方、王城の屋根伝いに侵入していた所属不明の工作員たちは、突如鳴り響いた警報に身を強張らせていた。


「なっ……!? バレたのか? 完璧だったはずだぞ!」


首領格の男が、信じられないというように周囲を見回す。彼らが纏う外套は、王国の探知結界をすり抜けるよう調整された最新の魔道具だった。事実、眼下を走る警備兵たちは未だ彼らの位置を特定できていない。


だが、彼らは知る由もなかった。数万メートル上空から、「ヤタガラス」がその偽装を完全に透視し、包囲網に捉えていることを。


「構うな、強行する! 飛べ!」


男が叫び、隣の屋根へと身体強化の魔法で踏み込んだ。その瞬間、大気の色が変わった。


ヤタガラスから指向性を持った魔力妨害波マナ・ジャマーが発射されたのだ。


「あ――がっ!?」


強化魔法が唐突に「消滅」し、重力と慣性だけが残される。バランスを崩した工作員は、不格好な体勢のまま虚空を舞い、数メートル下の石床へと叩きつけられた。とっさに受け身を取ろうとしたが、ヤタガラスから放たれた不可視の「衝撃波パルス」が、彼の意識を完全に刈り取った。


「ぐ……あ……」


数分後、音に気付いて駆けつけた王城の警備隊は、不思議な光景を目の当たりにすることになる。そこには、強力な武装を隠し持ちながら、まるで巨大な何かに押し潰されたかのようにして伸びている、三人の不審者の姿があった。


「拘束しろ! 一人たりとも逃がすな!」


騒然とする現場を、上空の「眼」は無機質に見守り続けていた。

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