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013 帰還者の選択

突如として、逃げ場のない人混みのど真ん中に、二人の男女が「放り出された」。


一人は、異世界調査隊としての重厚な装備を身に纏った青年、今泉恒一。そしてもう一人は、白銀の意匠が施された軽装鎧を身に付け、腰に研ぎ澄まされた長剣をいた女剣士、エリシアである。


「すげー、マジ本物じゃん」「なんのプロモーション?」「あの剣、質感ヤバすぎだろ」

周囲がざわざわと騒ぎ立て、無数の携帯電話やデジタルカメラが一斉に二人へと向けられた。放たれる無数のフラッシュが、異世界の戦場を生き抜いてきたエリシアの瞳を鋭く刺す。


「恒一、ここは……!? 敵の伏兵か? あの手に持っている魔法具は何だ!」

エリシアが殺気を放ち、反射的に長剣の柄に手をかける。

「抜くな、エリシア! 構えるな!」

恒一は叫びながら彼女の肩を抱き寄せ、周囲の視線を遮るように立ちはだかった。


恒一の脳内では、かつてない速度で思考が展開されていた。

(排気ガスの臭い、アスファルトの熱、この異常なまでの人の数……。間違いない、日本だ。戻れたんだ。だが――)

視界の端には、交差点の隅にある「ハチ公前交番」の制服警官が、こちらを指差して無線に怒鳴り散らしている姿があった。


(まずい。向こうのエーテルガルドとは違う。ここでは『剣』を持っているだけで犯罪だ。銃刀法違反、公務執行妨害……ここで逃げれば、一生を『犯罪者』として追われることになる。そうなれば、エリシアにこの国の光を見せることは一生叶わない)


「エリシア、落ち着いて聞け。ここは俺の世界だが、今の俺たちはここでは『招かれざる不審者』だ。力で押し通せば、国中の兵士が俺たちを狩りに来る。自由を勝ち取るには、こちらから交渉のテーブルに着くしかない」

「交渉……。あの青い服の者たちを信じるというのか?」

「ああ。俺を信じろ。俺たちが持っている『情報』を盾にして、国家と契約を結ぶ」


恒一は意を決すると、エリシアの手を強く握り、騒然とする人混みをかき分けて交番へと歩み出した。

「おい、コスプレイヤー! 止まりなさい! その剣は本物か!」

詰め寄る警官たちに対し、恒一は一切の敵意を捨て、両手を高く上げた。

「14年前に東京都立渋谷西高等学校のクラスごと失踪した、今泉恒一です。……保護を願い出ます。隣の彼女は、俺の連れです。この剣を預ける代わりに、然るべき権限を持つ人間と話をさせてください」


その言葉が、平成最大級のミステリーの幕開けとなった。


二人は即座にパトカーに押し込まれ、けたたましいサイレンと共に明治通りを駆け抜け、渋谷警察署へと移送された。


署内は異常な熱気に包まれていた。取調室に入れられた二人の前には署長自らが立ち会い、身元確認が急ピッチで進められる。

「今泉恒一……。渋谷西高等学校のクラス全員失踪事件の……。おい、本人確認を急げ! 早く!」

担当官の叫びが廊下に響く。数分後、扉を激しく叩く音がした。

「一致しました! 記録にある今泉恒一、本人です! 当時の学校の記録と完璧に一致……信じられん、14年前の姿のまま、いや、僅かに年を取ってはいるが……!」


「今泉君、君は一体どこにいたんだ!? その女性は誰だ!?」

矢継ぎ早に飛んでくる質問。だが、恒一は頑なに口を閉ざした。

「俺は、俺たちの身の安全を保証できる人間としか話しません。それから、彼女に失礼な真似はしないでください。彼女は、俺の世界における恩人です」


その時だった。廊下の喧騒が、潮が引くように静まり返った。

カツ、カツ、と乾いた靴音だけが取調室に近づいてくる。扉が静かに開いた。


入ってきたのは、警察官ではない。一切の無駄を削ぎ落とした黒いスーツに身を包んだ、感情の読めない男たちだった。

「渋谷署長。これより本件は、防衛省情報部の管轄となる。警察による聴取はすべて中止。箝口令を敷け。この件に関わった署員全員の身元をリストアップしろ」

「な、何を馬鹿な! これは重大な行方不明事件だぞ、警察の管轄だ!」

署長が食ってかかったが、男が差し出した一枚の書類と、直後に鳴った署長宛の直通電話がすべてを終わらせた。それは、官邸の深部からの直接命令だった。


「今泉恒一さん。お帰りなさい」

男は恒一の前に座ると、不敵な笑みを浮かべた。

「君たちが持っているその『剣』と、君の脳内にある『向こう側』の景色。我々日本国政府は、非常に興味があります。……取引をしましょうか」


そこからの交渉は、まさに綱渡りだった。

恒一は、異世界の魔法理論、マジックアイテムの解析協力、そして転移の後になぜか手元にあった転移装置の核であるオーブ。それをカードとして差し出した。引き換えに彼が要求したのは、何よりもエリシアの安全だった。

「彼女に『エリシア』という名の戸籍を与え、一人の日本人として生活を保障すること。俺たちの居場所を秘匿し、監視は最小限にすること。……それができなければ、俺は何も話さない」


数ヶ月に及ぶ極秘裏の折衝の末、契約は成立した。

情報は国家の最深部に封印され、今泉恒一とエリシアは、一般人として社会に放流された。


それから20年。

恒一は会社員として、エリシアは一人の母親として、日本の街に溶け込んだ。

二人の間には、異世界の血を引く息子と娘が生まれた。

夕食の準備を急ぐエリシアの姿、テストの点数に一喜一憂する子どもたち、そして時折、防衛省の男たちと密かに行う情報交換。


恒一は、リビングで微睡むエリシアの寝顔を眺めながら、あの日下した決断が正しかったことを、深く噛み締めていた。

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