011 玉座の孤独
エーテルガルド王城、深夜の私室。
フォン・エーテルガルド国王は、机に置かれた一葉の古い写真を見つめていた。
20年前、戦争終結を祝う式典で、若き今泉恒一の隣で笑う自分と最愛の妹エリシアの姿。
当時の恒一は、王国を滅亡から救った「英雄」そのものだった。
だが、現在の国民が教科書で学ぶ歴史に、その輝きはない。
終戦後、他国主導で設立された「国際倫理監視委員会」なる組織――法的な拘束力など微塵もない、ただの看板だけの機関――が放ったプロパガンダは、恐ろしい速さで王国を侵食した。
殲滅魔法の残虐性を説く彼らの声は、敗戦国の劣等感を刺激し、いつしか恒一を「特級戦犯」という汚名で塗りつぶした。
国民はそれを信じ、救世主の名を口にすることを恥じた。そして王自身もまた、大国との外交摩擦を避けるため、その不条理な指定を黙認し、一人の青年に国家の全責任を押し付けたのだ。
(私は、国を守るために、国を救った男を売り渡したのだ)
国王の胸を焼くのは、拭い去れない罪悪感だ。
今泉恒一という個人に、国家が負うべき「破壊の責任」をすべて押し付け、平和という名の安寧を享受してきた自分。
「……今泉よ。君は今、どのような目でこの街を見ている」
王の独り言に応える者はいないはずだった。 その時、部屋の隅にある骨董品の魔導モニターが、回路に火花を散らしてひとりでに起動した。
ノイズの中から青白い粒子が収束し、立体的なホログラムを形作る。窓の外では、夜の闇に溶け込んだ「ヤタガラス」の小型観測ドローンが、微かな駆動音と共に王の私室を外側からモニタリングしていた。
「……恒一か?」
モニターに映し出されたのは、かつての英雄の面影を残しつつも、年相応に老け込んだ今泉恒一の姿だった。
『陛下。……お久しぶりです。無断での拝謁、お許しください』
「恒一……。真実、お主なのだな」
王の声が震えた。彼は立ち上がろうとして、足元の覚束なさに気づく。
今泉の視線は、かつてのように鋭いが、それでいて不思議なほどに穏やかだった。
王は一歩、モニターに歩み寄り、縋るような目でその「亡霊」を見つめた。
「すまない……。あの日、お主を英雄として讃えることもせず、この国は……私は、お主に全ての泥を被せてしまった。国際社会の、そして民衆の怒りを逸らすために、お主を『戦犯』という名の生贄にしたのだ。この椅子を守るために……!」
王の吐露は、長年喉に刺さっていた棘を吐き出すかのようだった。 しかし、モニターの中の恒一は、悲しみも怒りも見せず、ただ静かに首を振った。
『陛下、過去のことはもうよいのです。私は今、日本という地でエリシアと家庭を築き、穏やかに、幸せに暮らしております』
「……エリシアが、幸せに?」
『ええ。陛下には何の説明もなく、彼女と共に消えてしまったこと、こちらこそ申し訳なく思っております。さぞ、ご心配をおかけしたことでしょう』
王は、机に手をついて深く息を吐き出した。20年間、妹を奪い、友を地獄へ送ったという重圧が、その一言でわずかに軽くなるのを感じた。
「……そうか。お主とエリシアが幸せであったなら、それが何よりの救いだ。だが、恒一。積もる話は尽きぬが、お主にさほど時間はないのであろう? 我が国のこの惨状を見て、わざわざ戻ってきたということは……何があった?」
恒一は表情を引き締め、手元のARC-Zeroに指を滑らせた。
『状況はレオンハルトから聞いております。陛下、私は「殲滅魔法」の改良……いえ、その存在定義のアップデートを提案に参りました』
「殲滅魔法の……改良だと?」
王の顔に苦い色が走る。あの呪われた力に、これ以上関わりたくないという本能的な拒絶だ。
『今、王国は周辺諸国の軍事圧力に対抗するため、殲滅魔法による抑止力強化を必要としている。しかし、国民は「戦犯の呪い」を恐れ、撤廃運動に火がついている。……この認識で間違いないですね?』
「……その通りだ。配備すれば内乱、配備しなければ侵略。私は、正解のない盤面で詰んでいる」
『その「配備するかしないか」という二元論の状況を打破するための修正プログラムを用意しました。殲滅魔法を、王の独断で撃てる兵器から、多層的な承認なしには動かない「抑止システム」へと更新します。これならば、対外的な抑止を維持したまま、国民の不信感を払拭できます』
「どうすればいい? 私は何をすればいい?」
『封印庫に入ります。そこで殲滅魔法の根源術式を直接書き換え、私の持ち込んだプロトコルを統合します』
王は渋い顔をした。封印庫の防壁は王族の血と高度な魔導鍵で守られ、物理的にも軍の精鋭が固めている。
「……それは容易なことではないぞ、恒一。あそこは物理的・魔導的な警備に加え、国外の工作員たちも目を光らせ狙っている。一度侵入を試みれば、王城全体が戦場になる」
『わかっています。ですから、正面突破はしません。「亡霊」らしく、影から潜入して作業を行います』
「……わかった。お主を信じよう。まだ、話す時間は……セキュリティは大丈夫なのか?」
『秘匿回線を確保しています。今のところ、王城の監視網には一切気づかれていません。……ですが、わずかでも露呈の兆候が出た時点で、私はこの回線を切断します』
「わかった」
王は深く頷き、そして最後に、20年間喉に刺さったままだったトゲを抜くように、震える声で問いかけた。
「恒一……お主とエリシアが光の中に消えたあの日、一体何が起こったのだ?」




