その2
オキシン国。地上迷宮セキドイシの近く、タルバカン村。昼。
「よいしょっと」
ベチャッ!ズリー、ズリー、ズリー、……
風人族ピノンが楽しそうにセメントを石の上に載せ、へらで平らに広げていく。
「おいエルフの嬢ちゃん。少しは休んだ方がいいんじゃないか?」
自分の家の新築を手伝ってもらっている村人の男が申し訳なさそうに気を遣う。
「え?平気ですよ。こんなのセキドイシの中に比べれば余裕のよっちゃんです」
「まったくですわ」
ドゴドゴドゴン。
近くの岩場から自分で運んできた石材を手刀でカットし整形した半人半魔のメリュジーヌが続ける。全身甲冑は現在やめて、胸当てだけが陽光を赤く、黒く、跳ね返す。
「これだけの量の石を一人で運んで素手で加工して……あんたも相当の使い手だな」
「そうでなければセキドイシの中から出てこられません」
セメントを混ぜ続けている村人たちが笑いながら頷く。
「「それに」」
ピノンとメリュジーヌが同じ方を見る。魔物ロックバードの白骨化した嘴に腰を下ろす少年の背中を見る。
「テツタロウさんがああして頑張っているんですから」
「私たちだけ休んでいるわけにはいきませんわ」
「……そうか。さすがはセキドイシ生還者」
「生ける伝説」
「違ぇねぇ。へへ」
タルバカン村。
正確にはタルカバン村跡地。
一週間前までは、迷宮セキドイシに潜伏していた魔物テッポウキノコによる感染爆発によりエンデミック状態にあった場所。
けれど一人の召喚者によって瞬く間に全て焼かれ、沈黙の廃墟となった土地。
その土地の復興支援を、焼いた召喚者とその仲間は続けている。
召喚者。
《報告。DNA分解酵素クリスパーキャスナインとガイドRNAにより、標的DNAの切断および標的遺伝子のノックアウトに成功。これよりトランスジェニックを開始》
〈おい!なんでそんな簡単に新しい食い物をホイホイ作れるんだよ。けっ!〉
名前は、釘崎鉄太郎。
召喚者鉄太郎が授かった能力。
《トランスジェニック成功。細胞培養開始。カルス形成。成長状況確認中》
〈陸ってのはつくづく不便だなぁ。海の中にいりゃあ漂っていようといまいと、食い物なんて勝手にこっちに流れて来るっていうのによぉ……〉
それは、死んだふり。タナトーシス。
《成長促進作用、乾燥耐性、pH緩衝能付与》
〈陸に上がりゃあ、餌を探さなきゃいけねぇだの、餌を作らなきゃいけねぇだの。ったく。めんどくせぇ〉
すなわち、エーススキルに選ばれた少年が、鉄太郎。
「……」
(どこへ、行くか)
少年は今、迷宮を抜け、魔物を町ごと焼き払い、町を治しながら、次の行き先を模索していた。
《改良品種完成。ダイヤスキル「錬成」終了》
〈わーってるよ。この高貴な珊瑚人族の俺様にまた土いじりをさせたいんだろ。お前と一緒にいるとほんと退屈しねぇぜ〉
「ふう……」
手にしている改良ジャガイモを改めて見る鉄太郎。そして彼の足下には、地下室に逃れ災禍を免れた村人たちが持ちよった植物の種子、いくつかの鱗茎に塊茎、塊根。
ムォー……
コケーコッ。コケーコッコッコッ……
緑の命を含んだ風が、そっと吹く。
ウシ1頭とたくさんのニワトリたち。
それらが背丈の低い、けれど緑に染まった大地をゆったりと歩き、下草を食む。あるいはせわしなく歩きながら下草をついばむ。
そこは一週間前までは草木一本生えていなかった場所。今は鉄太郎によってゲノム編集されたシロツメクサで一面を埋め尽くされている。
〈ラクダの餌藁から麦つくったり、木箱の中で下敷きに使われた雑草を飼料のために増やしたり、こんなの錬成なんていわねぇぜ〉
《不支持。命の錬成》
〈ああそうかい〉
迷宮に近い砂の大地は人々に埋め尽くされ、魔物に埋め尽くされ、灰塵に埋め尽くされ、そして今は、緑肥に埋め尽くされている。
そこで村人は石材を組み、コンクリートでつなぎ、家を再建している。
新しくできた牧草地へ、買ってきたウシとニワトリを放ち、耕した畑に種子や苗を植え、水を与える。
トポトポトポトポ……
水。
かつてないほど湧き上がる水を湛えたため池。そして掘っただけだが、確かな灌漑用水路。
「テッチ。テッチ」
水脈を探り当て、水を地上に吹き上げた奇跡の張本人が、鉄太郎に駆け寄る。
「どうした?」
「あった。四葉のクローバー」
鉄太郎の腕に抱き着く、奇跡。
迷宮セキドイシに、魔法が永劫に封印してきた、海の王女。
海星人族アステロイダ・シンクヴェトリル。
「すごいな。良く見つけたな」
「ウシが食べようとしてたから、頼んで岩塩と交換してもらった」
「頼んで交換って、アステはウシと話せたのか。それは知らなかった」
「四葉。四人とも一緒」
「?……ああ」
不意を打たれた鉄太郎は、涙ぐむ。
「テッチ?まだどこか痛いの?」
裸同然で迷宮を脱出した海の王女は今、村人と同じ服を着ている。来ていた服を魔物の攻撃で焼かれ、皮膚まで爛れたピノンもメリュジーヌも同様に、村人と同じ服を着ている。
「いや。目にゴミが入ったらしい」
その3人の面影が鉄太郎の中で、涙で滲む。
「じゃあテッチの目、超音波洗浄してあげる」
「残り一つしかないからそれはマジで止めてくれ」
「ちょっとアステさん!何してんですか!?ウマ曳きちゃんとやってください!!」
ピノンに怒られてビクッとしたアステロイダが鉄太郎を覗き込むのをやめ、慌てて元の作業場に戻っていく。
「まったくもう。ちょっと目を離すとすぐテツタロウの所へ抜け駆けして……」
アステロイダの作業場は畑。
大きな鍬を曳く馬は引導役のアステロイダがいなくなって立往生していたが、ようやくアステロイダが戻ってきたので鼻を鳴らし、作業を再開する。
「しっかし、すげぇなあ」
衣服に吹きつけてある柑橘系の香と若い汗と土のニオイを鉄太郎は同時に嗅ぐ。
「村のみなさんほどではないですけど、アイツら三人とも、器用で働き者ですから」
「よく言うぜ。おめぇが一番器用で働き者じゃねぇか」
村の復興のため、活動拠点をタルバカン村跡地にしている行商人ルーガンが声をかける。その腰には水で満たされた水筒がぶら下がっている。
「どうでしょうね。それよりコレ、試してみてください」
鉄太郎は既に左眼の亜空間内で増やしたジャガイモの塊茎5個を行商人に手渡す。
「なんだこれ?ただのジャガイモじゃねぇのか?」
「育ちを良くしました。栄養生殖……植えれば通常のジャガイモよりすぐ増えると思うので、これでしばらくの間、飢えをしのげます」
「あの連中が飢えで死ぬもんか。ありえねぇほどの水があって、あれだけのニワトリがいて、しかもあのニワトリどもときたら、一日2個以上も卵を産んでくれるんだ。それでもだめならウシと一緒にあの下草を食って生き延びるさ」
改良ジャガイモを受け取り、一個一個を眺めつつルーガンが言葉を返す。
「あのウシの乳の出はいいので、飲み水の代わりにせず、温度変化の小さい地下室でじっくり発酵させればそこそこのチーズやヨーグルトも作れます。それを売れば少しは村の稼ぎになるでしょう」
「ニワトリ同様、ウシのそれも若旦那のスキルか」
汗を拭いながらルーガンが笑う。
「そんなところです」
「へへっ、ほんとスゲェな。神様みてぇだ」
石材に腰を下ろし、鉄太郎の隣に座るルーガン。水筒の栓を抜く。
「俺は……神じゃない」
喉を鳴らす音を隣で聞きながら、召喚者はつぶやく。
「そうだな。勇者だった」
生き残った村人たち150人弱が総出で仕事をする。
炊き出しと料理に精を出す女たち。大量の灰を土に梳き込みつつ畝をつくる老人たち。そこに等間隔で種子をまき、あるいはニワトリの卵をせっせと籠に回収する子どもたち。頑丈な石の家を造る若い男たち。
陽光の中で汗を流す彼ら一切を、暖かい風が撫でる。
「この村を出ます」
鉄太郎がルーガンに言う。
「またそれか。お前さんの力を狙う連中がいずれここに押し寄せるからみんなの迷惑になるってんだろ?」
驚きもせず、ルーガンは濡れた口を拭う。
「ええ。そうです」
「で、どこに行く?いつもの質問だが」
ルーガンが鉄太郎に水筒を渡しながら問う。
「……」
(そうだ。俺は……どこに行けばいいんだ?)
〈んなもん答えは決まってんだろうが。魔王殺しだよ。嫌なら俺様にお前の体を渡せ!でなきゃ海に沈めてやるぜ!〉
《いずれも不支持。天使サンダルフォンとジョーカースキル所持者志甫蒼空の動向が不明な中、魔王領を単独で目指すのは危険。また海の中は魚人族が支配していて危険》
鉄太郎は水筒の水をゴクリと飲む。
召喚者鉄太郎の中で、いつものやり取りが始まる。
彼の左眼の亜空間カルミナブラーナを支えるシュクラサンゴと、彼の死んだフリスキルを操作する天の声とのやりとり。
その両方の言い分を聞きながら、次の行動を決める鉄太郎。
〈空を飛んでいたあの白トカゲなんざ、俺の「カミオロシ」をこのガキにぶち込んでイチコロだぜ!〉
《禁忌シリーズはあくまで最終手段。いくら治癒鉱石ミミングタイトを入手したとはいえ成長毒の大量使用は危険》
〈じゃあこれからどうすりゃいいのか言ってみろよ!〉
《最適解はなし。死んだフリスキル所持者の意思次第》
(俺、次第か……)
水で喉を湿らせた鉄太郎は礼を言って、ルーガンに水筒を返す。
返して、セメント塗りをするピノンを眩しそうに見つめる。
(セキドイシを出るまで、こんなことを考える時が来るなんて、思わなかった)
重い石を軽々といくつも運び加工するメリュジーヌへ、彼の目は移る。
(誰か強い奴の後ろにくっついて、その強い誰かが魔王を殺す。その時に一緒にいられれば元の世界に戻れるかもしれない。それくらい楽観的にしか考えていなかった)
いつの間にか馬の背中に乗り、種子を狙って降りてきたクロコンドルに水鉄砲を食らわせて失神させるアステロイダへ、彼の目は移る。
(誰か強い奴……)
〈自覚ねぇのか馬鹿!てめぇがその〝強ぇ奴〟なんだよ〉
シュクラサンゴがたしなめる。
(だとしたら)
《不支持。他の生存召喚者を全員伴っての行動は危険。先日孤島フィリニアを脱出したとされるジョーカーに狙い撃ちされる恐れあり》
天の声がたしなめる。
〈だから俺様が止めるっつってんだろうが!〉
《「俺様」ではなく召喚者釘崎鉄太郎》
〈んだとテメェ!ガキの禁忌シリーズは誰がこじ開けたと思ってんだ!?〉
《召喚者釘崎鉄太郎本人。我らはあくまで付き人に過ぎず》
〈こんのぉぉ………ちくしょうっ!もう土いじりなんてやってられっか!俺はずっと戦っていてぇんだよ!〉
《戦闘は準備が必要。その必要条件を満たすために亜空間内での農耕作業がある》
体内で二人の言い争いを聞きながら、自分なりの最適解を孤独に模索する召喚者鉄太郎。その手には、四葉のクローバー。
(みんなで、平和に、静かに過ごせたら……)
《支持。しかし困難と思われるため、不支持》
〈冗談じゃねぇ!何寝ぼけたこと言ってんだ!眠りすぎて頭がいかれちまったんじゃねぇのか!ベルゼブブをぶっ殺した時のお前はそんな腑抜けじゃなかったぜぇ!!〉
「?」
フゥウゥゥゥウウウウ……
ふと、冷たい風が鉄太郎の頬を通り過ぎる。
(磯の香り?)
異世界パイガに来てから一度も感じたことのない大きな海の香りを鉄太郎は鼻で捉える。
「まだ、こちらにいらっしゃいましたか」。
聞いたことのない甘い声が耳元で聞こえ、ルーガンは振り返る。
「おわっ!?」
鉄太郎は振り返らず、本能的にルーガンを抱えて前方に飛びのく。
ザザッ!!
(なんだ、今の尋常じゃない殺気は)
鳥肌を立たせた鉄太郎は顎を汗が伝うのを感じながら、急ぎ振り返る。
「誰ですかあれ?」
「知りませんわ。ただしよく知っている嫌な感じをしておりますわ」
「テッチ守る」
既に風のように、土のように、水のように素早く鉄太郎の傍に集まったピノン、メリュジーヌ、アステロイダ。
既に狼弓が握られ、全身を甲冑で覆い、生捕りクロコンドルをバリバリ食べている。
ルーガンも、仕事の手を止めた村人も含めて、全員が〝それ〟を見る。
「ふむ。新種ではないですが、これほどの改良を人の手で加えられるとは」
〝それ〟は、鉄太郎が作ったジャガイモを既に手に取り、宝石でも鑑定するようにしんしんと眺めている。
「さすがはエース召喚者。釘崎鉄太郎」
「「「「……」」」」
鉄太郎の名前を知っていることに、さらに警戒を強めるピノン、メリュジーヌ、アステロイダ。弓をもちあげて弦をやや引く。拳を固め、左足を前に出し半身を切る。クロコンドルを食べ終え、口の中の羽をぺっぺと吐く。
「あ、そうでした。自己紹介がまだでございました」
真白のマント。真っ白の首。ワカメのかぶせたような真っ白の髪。
優男の声以外、全て白い。
「「「「?」」」」
そこに青色が滲む。
さらにオレンジ色の線が現れて流れる。
マントは青地にオレンジの線。ワカメ髪は完全なオレンジに染まり、勝手に持ち上がり、オールバックになる。ようやく見えた真っ白い顔面を、歌舞伎役者の化粧のように青とオレンジの線が隈取っていく。ただし瞼は閉じたまま。
「我が名はカトマイ。蛸人族のカトマイと申します」
蛸人族と聞いた瞬間、鳥の羽を吐いていたアステロイダが固まる。
〈蛸人族だと!?〉
同時に鉄太郎の中で騒ぐシュクラサンゴ。
(知ってるのか?)
《説明。蛸人族は上位の魔物を超える力をもつ魚人族》
〈そんな生温いもんじゃねぇ!こいつらは魚人族の中でもトップクラスの強さのバケモノだ!しかも蛸人族と言やぁ海王国の処刑人!俺たちを殺しに来やがったんだ!!〉
(どうりでこの殺意……ん?)
鉄太郎たち4人の警戒していた蛸人族の殺意が突如消える。
ス。
「「「「?」」」」
蛸人族が身を屈める。俯き、跪く。
「釘崎鉄太郎殿とその御一行。この度は、皇女様をお救いいただき、魚人族を代表して心より感謝申し上げます」
呆気にとられるピノン、メリュジーヌ、アステロイダ。
「……」
しかし、
「それで?」
鉄太郎はもう、元に戻っている。森神石を埋め込んだロックバードのマントが塩風で翻り、森神石の胸当と手甲が灰色に鈍く光る。
殺意を撒き散らした直後に自分に向かってひれ伏す曲者を、死んだフリスキル所持者は既に〝観察対象〟と捉えている。博物学者のような彼の中にはもう〝深い森〟が広がっている。
「皇女アステロイダ様を、お渡しいただけませんでしょうか?」。
「どうしてだ?」
間髪入れずに鉄太郎が問い返す。
「皇女アステロイダ・シンクヴェトリル様を聖なる海に御帰還あそばせることは、我ら魚人族にとって千年来の悲願。それを果たしたく、この内陸の地まで私ははせ参じました」
潮風が強くなる。オキシン国から出たことのない村人にとっては完全な異臭が鼻を突く。
「連れ帰ってどうするつもりだ?」
「人が故郷に帰ることに理由など要りません。あるべき所へ、あるべき御方を御戻しするのは当然のこと。そもそも魚人族の皇女たる尊き御方を拉致し、陸地のふざけた迷宮に閉じ込めたのは卑しむべき魔王です。ですので迷宮という牢獄から解放された今、皇女様が海に戻られ、皇位皇職に戻られるのは当然のことかと」
そこまで言って、カトマイが瞼をはじめて開く。血のように赤一色の眼球が広がり、全員が恐怖ですくむ。
「テッチ……」
怯えたアステロイダがカトマイから鉄太郎へ目を向ける。
「断ったらどうなる?」
〝海の赤〟より〝暗い森〟を恐れる召喚者は少しも怯まず、カトマイの眼を見つめたまま、まっすぐに問う。
「今なんと?」
「アステロイダが〝お前らの〟海に戻りたくないと断ったら、お前らは力づくでも連れ戻すつもりか?」
「海の皇女様が乾燥した陸に留まりたい理由など思いつきませぬ。海に戻れば海星人族の皇女様は万能。我ら蛸人族も、あなたから香る珊瑚人族も足下にも及びません」
「……」
アステロイダが俯き、自分の胸に手を当て、わずかに後ずさる。
「ああ、それと」
カトマイが立ち上がる。
「皇女様が乾かぬよう、この大陸にワカラバを敷きました」。
「え……」
アステロイダから思わず声が漏れる。再びカトマイを見る彼女の顔から血の気が引いていく。
「ご安心を。陸の人間どもが「マルコジェノバ連邦」と呼称している大地だけです。そこだけをワカラバいたしました」
ニコリと蛸人族は笑う。瞼を閉じる。
(ワカラバって何だ?)
〈やべぇ。野郎ども、本気だ〉
鉄太郎の中のシュクラサンゴの声も、震えて小さい。
「皇女アステロイダ様」
蛸人族が笑顔を消す。真顔になる。
「聖なる海に、お戻りになられますよね?」
「…………」
アステロイダの手に汗が滲む。
「戻ればワカラバを解除します」
「……」
アステロイダの呼吸が大きくなる。
「戻させるわけないだろ」。
はっとしたアステロイダが鉄太郎を見る。
「あなたには聞いておりません」
「俺が勝手にしゃべっている」
「ふふ。ではご自由にどうぞ」
「どうもこうもない」
「は?」
アステロイダと自分の会話に割って入った鉄太郎に、再びカトマイは赤い眼を開く。
「釘崎鉄太郎殿。あなたは天使が勝手に運命づけた魔王退治に必要だからという理由で、皇女様を傍に置いておきたいのでしょう?天使なぞどうでも良いですが、卑しき魔王の覆滅は我々も切に願うところです。憎き魔王を、魚人族が海より攻めて、遂には滅ぼす。そのためには皇女様のお力添えが絶対に必要なのです」
「お前ら魚人族っていうのもずいぶん勝手だな」
「ではあなたは勝手ではないと?」
「いや違う。俺の方がもっと〝勝手〟だ」
力なく垂れていたアステロイダの手を、召喚者が握る。
「俺は仲間を手放さない」。
「目的もないのに?」
「だからこそだ」
「なるほど。たしかに我々よりずっと身勝手で傲慢です」
鼻で笑い、呆れて瞼を閉じるカトマイ。観察者ではない蛸人族は、アステロイダの肩の動きなど気にしない。
「そしてそれを邪魔するようなヤツがいれば、誰だろうと排除する」
大きく揺れていた少女の肩が、小刻みに震えはじめていることなど、気づかない。
「でしょうね。そのような短絡的で野蛮な頭脳でなければ、迷宮の前で下等種族とともにノラリクラリ〝村おこしごっこ〟なぞしないでしょうから」
ギリリ……
無言のまま額と頬に血管を浮かべたピノンが風の矢を構える。風が迸る。
ミシ。
地面に亀裂が走るほど深く足を食いこませたメリュジーヌが腰を落とす。
「二人ともやめろ」
鉄太郎が制す。
「私もそれがよろしいかと思います」
蛸人族が優雅に微笑む。
「助けて」
「?」
「お前はそう言われたら、助けにいくか?」
「相手と状況次第です」
「アステロイダが迷宮セキドイシの中で「助けて」と叫んだら、魔王を倒したいお前はなりふりかまわず助けにいくのか?」
「……」
「相手の痛みが分からない人間は、自分に都合のいいモノだけを欲しがる」。
「「「……」」」
その言葉で、堪えきれなくなったアステロイダの目から涙があふれる。
その言葉で、ピノンとメリュジーヌが構えを解く。
その言葉で、蛸人族だけが笑顔を消す。
ビキキキ……
会ってすぐ。
(人間族風情の若造が……)
自分という存在を魚網のように〝まともに括られた〟ことで、蛸人族の全身に怒りがつき走り、血管が浮きたつ。
「皇女様を永きに渡り捕えていた特異の魔物や不死の淵壱ベルゼブブを斃すあなた方を私一人で殺す……などということは到底できないと思っておりますので、実はちょっとした仕掛けをいたしました」
怒りを堪えながら蛸人族は笑みを再び浮かべる。話題を変える。
「どういうことだ?」
「ですから、病葉です」
「?」
「病葉とは端的に言えば、魚人族が陸上で活動するための結界。これをマルコジェノバの地に敷いたのは、魚人族の軍勢をもって天使の愛する召喚者全員と皇女を狙う魔物を抹殺するため」
「召喚者全員?」
「ええ。マルコジェノバ連邦最大の国家すなわちマルコジェノバ国に、このたび天使に招かれたらしき召喚者が現時点で全て揃っております。ですから天使も含めて皆殺しにするにはうってつけでしょう?」
(マルコジェノバ国に、みんないる……)
「〝逝き先〟が決まって、ようございましたね」
鉄太郎の表情を読んだカトマイがクスリと笑う。自らのほとぼりをそうして冷ましていく。
「では失礼いたします」
蛸人族カトマイはそう言ってお辞儀をする。
「ところで皇女様」
「!」
「私の父のヌクロファを覚えていらっしゃいますか?」
「ヌクロファ……覚えてる」
「ヌクロファが躾けてお渡ししたメイドイソギンチャクはまだお持ちでしょうか?」
「セキドイシで、ベルゼブブと戦って死んだ。私とテッチたちを守ってくれて、死んだ」
「そうですか。では現在これといった武器は何も持ち合わせていらっしゃらないということですね」
「……」
カトマイがお辞儀をやめて身を起こす。蛸人族の形があっという間に崩れていく。
ムチュムチュムチュムチュ……ゴキゴキゴキゴキゴキ……
「「「「!?」」」」
鉄太郎ら4人だけでなく、村人全体が眼を瞠る。
「こう見えてもヌクロファの息子です。魔物の飼育に関し、多少の心得はございます」
カトマイの声だけがどこからか響き、気づけば家の屋根ほどもあるイソギンチャク1体を背負った大きなヤドカリ1体が出現する。
「上にいる者が魔物イソダマスナギンチャク。下の者は、それと共生関係にある魔物カイナンヤドカリです。イソダマスナギンチャクは先代のメイドイソギンチャクほど有能ではございませんが、多少の役には立つでしょう。ご自由にお使いください。それとカイナンヤドカリは私が考案した移動具です」
飛びだしたカイナンヤドカリの黒い小さな目に、鉄太郎たちが映りこむ。
「一刻も早く地獄の戦場にお越しいただくための」
声の主カトマイはいつの間にか飼育魔物の隣にいる。4名に背を向けながら。
スー……
そのカトマイの体から色素が再び抜ける。真っ白に漂白され、やがて風景に溶け込む。
磯の匂いが消えていく。
「皆様さようなら。今度お会いする時は皇女様以外殺戮いたしますので、ごきげんよう」
声だけを残し、カトマイの気配は完全に消えた。
2. プロペラジェノサイド「流族」
ドサドサドサドサ……
あと半刻もすれば日が沈むという夕暮れ時、声を出せないよう布を口に詰め込まれ、一斉に跪かせられる人々。
「この者たちの罪状はまず、我らに等しく与えられるべき糧食を窃盗したこと。均等に配分されているにもかかわらず、この者たちは夜間にそれらを掠め……」
ドグシャッ!
「ふご!」
男が罪状を読み上げている最中から、勝手に処刑が始められる。執行人は召喚者、菊池万土香。
「うっふふふん」
早く壊したくて我慢できなかった分銅鎖の一撃は、跪いた一人の頭蓋骨を上から砕く。脳みそが下に飛び散り、男は前のめりにゆっくりと倒れて、動かなくなる。
「おい、さっさと続けろ」
「あ、はいっ!さらに重い罪として、このたびの戦場において大音師様の下知に従わず、敵兵と内通し、しかも略奪品を独断で私物化しようとし……」
「もういい!てめぇら分かったろっ!要は俺に逆らうようなゲスは全員こうなる!!」
怒鳴りながら〝頭目〟は部下に罪状を読み上げさせるのをやめさせ、湾曲刀を逆手に握る。
ズグシャッ!!!
無造作に刃が刺される。うなだれて跪く者の胸を、下から上に切り上げる。
ブシュウッ!!
刃が首の上まで持ち上げられたところで血しぶきがあがる。
トクントクン……
刃が引き抜かれる。三日月を模したような湾曲刀の先には、取り出されたばかりの心臓が脈打つ。心臓を引き抜かれた男ははじめ、恐怖に顔を歪ませていたが、やがてぼんやりとなり、ごろりと横たわる。
ガブッ!ブシュ!
ためらいなく〝頭目〟は湯気の立つ心臓に噛みつく。心臓内の血液が爆ぜ、〝頭目〟の顔を赤く染める。
「「「「「………」」」」」
地べたに座らされている兵士たちはその光景にただ凍り付く。
頭目。
「あっはははははっ!壊すのってやっぱ楽しぃいいいいーっ!!!!」
分銅鎖を振り回し、脳みそをぶちまける菊池とともに公開処刑を行うその男の名前は、大音師蓮。
ズシュズシュッ!!ドグシャグシャグシャッ!!!
文字に明るい男が読み上げて、罪人の烙印を押された兵士15名の公開処刑が行われる。
それは見せしめ。
見せしめられているのは、大音師らに付き従う兵士千人弱。
「早く運び出せ!」「急ぎな!!」「夜になったら他の連中が来るぞ!」
怒鳴り声。土煙。何度も往復するいくつもの荷車。
座り込む兵士千人の後ろで、全力をかけて略奪を行う者たち。
「テメェは用済みだ。さっさと向こうで仕事しろ」
「はいっ!」
罪状を読み上げさせられていた男は全速力で夕暮れの荷車の流れの中に消える。
男。荷車。
彼らは全部、大音師らに属す、非戦闘員。
職務は荷物の運搬。
この時の「荷物」とは攻め落とした都市の食糧と金品財宝及び女と子ども。
大音師。
流族の集団「シャンゴ」の頭目。
彼は今、一万五千人の集団のトップに君臨していた。
「まぁだ暴れたりなかったのか。ずいぶんと楽しそうじゃねぇか」
その様子を、大音師と菊池から遠からず近からずに設置した幕営の入口すぐ中から立って見守る大男。
すなわちジェイク。
ジェイク・バルバロッサ。
大音師ら5名の召喚者を育てるため、天使サンダルフォンにより復活させられた者。
太古の昔、魔王討伐に貢献した経験のある歴戦の猛者。
「「「「「「「「……」」」」」」」」」
幕営の中。ジェイクのつぶやきに、返す言葉が見つからない8名。
「まあ、いい。そっちはそっちでさっさと始めてくれや」
踵をかえすが、相変わらず幕営の入口に立ったまま、ジェイクが8名に声をかける。
8名。
人間の大人一人を大の字にして磔に出来るほどの大きさの円卓を前に座る召喚者3名に隊長5名。
「まずは!」
昼間の陽光を吸って白く輝く陽光石に顎下から照らされながら、一人の隊長が緊張しつつ椅子から立ち上がる。
「このたび、罪人キルキーにかわり、新たに第5隊長に就任させていただきました、ワイアラと申します!種族は蝙蝠人族です!非力な身ながら、頭目並びに「シャンゴ」の繁栄のため、死力を尽くしてゆく所存にございます!」
現在菊池と大音師に人体を壊されている馬人族の旧隊長に代わり就任した新隊長が挨拶をする。
パチパチパチ……
まだ頭がまともな召喚者3名はつい、元の世界のしきたりで小さく拍手を送る。そのような習慣はこの異世界パイガにもマルコジェノバ国にもなかったが、立っているジェイクまで面白がって拍手をするものだから、第1隊長から第4隊長までも真似して拍手を送る。それも手が赤くなるほど強く激しい拍手を。
「では、その、作戦会議を始めましょう」
冷や汗まみれの顔を赤くしていそいそと座る第5隊長と入れ替わりに、第1隊長ホニアラが話し始める。
「今回の作戦により「シャンゴ」は貯蔵都市ウナラーロッドを無事に制圧。糧食等を回収し次第、次の目的地へと移行せねばなりません」
それは「シャンゴ」が流族だから。
流族。
盗賊よりも危険で、山賊とは異なる集団。
超大陸の北西端にあるマルコジェノバ国は現在、非常事態に陥っている。
正確にはマルコジェノバ連邦の沿岸国全体で異常事態が発生している。
まず塩害。
塩分を大量に含んだ潮風が沿岸国の内陸部まで押し寄せる。結果的に耕作地に塩分が蓄積。このため作物が水分を吸い上げられなくなり、枯れていく。
続いて冷害。
塩害と同じく冷たい風が沿岸国の内陸地域まで予測不能のタイミングで吹いてくる。このため作物が弱り、収穫量が激減する。
そして時化。
海が毎日のように荒れるため、沿岸部の収入源である漁業が滞る。このため沿岸部の漁民が飢える。
極めつけは、魚人族。
荒れる海から突如見知らぬ亜人族が現れ、漁港を襲う。港湾都市を襲う。しかも彼らは殺すことも奪うこともせず、ただ建造物を壊しに壊して海へと戻っていく。
こうして、生活インフラを失った漁民が生活拠点を失い、内陸へと押し寄せる。飢民として。
しかし内陸部も作物が育たず、食えず、これまた飢民として方々(ほうぼう)を彷徨う。
飢民の群れは彷徨いながらアメーバのように吸収合体し、まだ食糧が残る場所、作物が育つ場所を求めてひたすら移動し、ひたすら略奪を始める。こうして盗賊が誕生する。盗賊の中から流族が登場する。
マルコジェノバ連邦は現在、流族が蔓延していた。
流族が巻き込むのは飢民だけではなかった。そこがそのへんの盗賊集団よりも危険な点で、彼らは流族との闘いを恐れ逃亡した国の元兵隊に加え、「駅卒」も内包している。
駅卒。
マルコジェノバ連邦で広く使われている通信交通運輸システム。
各国の政府は郵便局と運送会社と船会社をまとめて経営している。そこで働かされている現場職員を駅卒と呼んだ。
彼ら駅卒の共通点は、土地持ちの農民でないこと、そして屈強無類であること。
要するに各市町村で土地をもてない荒くれ者の犯罪者予備軍たちが駅卒に積極採用された。
運もなく、暴れること以外取り柄のなさそうな荒くれ者たちは郵便の配達で、荷物の運送で、船の修理で、日々ヘトヘトだった。
それでも国からはわずかながら給金が支給されたから彼らは耐えた。かろうじて食べられるから日々の労苦に耐えた。
しかし謎の天候不順と魚人族の出没によって、それは潰えた。連邦全体の誇る「駅卒」システムは、葉がアオムシに食われるように崩壊した。
連邦の代表国であるマルコジェノバ国でもそれは例外ではなく、駅卒が各地で盗賊となり、地理に明るいため、流族となった。
ここでも弱い流族の集団はより強い流族の集団に吸収され、マルコジェノバ国は今、大規模な流族の集団でひしめいていた。
その一つが「シャンゴ」。
山賊と違い本拠地を持たない彼らは国内の食糧庫を次々と狙い、活発に移動していた。
「東の国境を超えますか?」
流族「シャンゴ」の第1隊長にして熊人族のホニアラが小さく咳ばらいをして、3名の召喚者に尋ねる。これは最初から否定されるのが分かっている。目的は幕営の外から漂ってくる血の臭いと笑い声のせいで堅く閉じた3名の口をほぐすためのもの。
3名。
召喚者。佐々木涼・石原龍臣・米山蘭。
大音師や菊池のようにトチ狂った度胸も能力もないが、悪魔的に怖いジェイクのお気に入りには変わらない3名。
流族「シャンゴ」に所属し幹部に昇りつめた者たちは遅かれ早かれ、この召喚者5名に絶対的なバックアップがいることを知る。
親衛隊隊長、ジェイク。
奴隷紋を顔全体に入れた部下を150名ほどしか持たず、しかもその150名の仕事がこの5名の召喚者の身辺警護と日常の世話。それにもかかわらず、一人ですべてを呑み込み食らうほどの凶悪なオーラを出しているこの大男を、誰もが恐れた。
それの恐れは当然、召喚者たちにも投影される。
(しかし、この三人はまだ、まとも)
隊長たちはそれを知っているから、たとえそれぞれの顔に小さな刺青のような奴隷紋があっても、年若く未熟なこの3名を育てるつもりで、接することにしていた。
「国境越えに必要なリスクとメリットを教えてくれ」
発光する陽光石を見たまま、佐々木がまず口を開く。
「メリットとしては、東のシステミ国ではまだ貯蔵都市がそれほど荒らされていないということ。リスクとしては、システミ国はそもそもマルコジェノバ国との国境紛争が長年絶えまなかった土地なので、築かれた防御陣地がいまだどこも堅いということ。加えて国内は道路網が細かく整備されていて、たとえ辺境地域であってもすぐに首都からの兵と必要物資の輸送が可能なことが挙げられます」
「その話からすると、リスクの方が大きいんじゃないですか?」
ジェイクから与えらえた、オイルの封入された正確無比なコンパスを首から外して卓上に置いた米山が判断する。
「我々もそう思います。システミ国も自国の海であるレオパルト海が荒れてマルコジェノバ国同様、飢饉に苦しんでいますが、国土が小さい分、養う人口はマルコジェノバより絶対的に少ない。物資の輸送は素早いでしょうから、この国の貯蔵都市を襲うように簡……首尾よく成功するのは難しいでしょう」
第2隊長の蜂人族カタジュタは途中つまずいたがしっかり答える。「簡単」という言葉を使いかけたが、この3名は許しても、外で拷問を楽しんでいる大音師と菊池が聞けば、受け取りようによっては処刑対象になりかねない。幕営の、集団のどこに彼らの耳があり目があるか分からない。そう一瞬のうちに判断し、言葉を選び直した。
「となると、東の国境越えはなし。……つまり北か南」
第2隊長の怯えに気づかないふりをする石原の言葉に、隊長5名がわずかに頷く。
流族「シャンゴ」はマルコジェノバ国の北北東、エルズミア鉱山のある都市ロックスプリングから旗揚げした。ロックスプリングは、現在「シャンゴ」が占拠する都市ウナラーロッドから北西に直線距離で580キロの地点にある。
流族「シャンゴ」にとって西に進むことは首都プリシュティアナに近づくことを意味する。
それは官軍の根城に近づくこと。
天下取りを狙う流族たちは最後そこを目指すことになるが、それほどの兵力を抱えた流族集団は現在の時点で、まだない。規模だけは大きく膨れ上がったものの、戦力の小さい集団が有象無象出現し小競り合いをしている状態、それが現在のマルコジェノバ国だった。
東はなく、西もまだ、ない。
ゆえに「シャンゴ」の向かう先は北か南。
「でも北はさ」
「だな。海に近い」
「貯蔵都市はあっても、魚人族と鉢合わせるのは避けたいな」
「それな」
少しずつ集団の運用が分かってきた召喚者3名のおかげで、隊長5名は留飲を下げる。
「ここからさらに南にも貯蔵都市はあるのか?」
「知られているところでは一か所ございます」
コンパスを既に置いていた米山に「失礼」とことわり、第3隊長の兜虫人族オンズローが布切れを円卓に広げる。
大雑把だが、マルコジェノバ国とその周辺の外観を描いた布皮。
通常の都市が黒い×印で、食糧を貯蔵する特別都市が赤い×印でそれぞれ名前とともに描かれている。詳細な地形情報が入っていない地図は軍事作戦を立てる上では不便だったが、地図の詳しい見方を知らない3名の召喚者にとっては、この方が分かりやすくて良かった。
「「「プエルトヴィスタ……」」」
国境線に近い、マルコジェノバ国最南東にある赤い×印を見て、佐々木と石原と米山がほぼ同時に声を発する。
「左様です。この貯蔵都市は、我らが今いる場所のように、南国のディシェベルトの国境に近いですが、まだ荒らされたという報告は受けておりません」
第1隊長ホニアラが説明する中、地図を広げた第3隊長オンズローはさりげなく貨幣状の金塊一枚をウナラーロッドと書かれた赤い×印の上に置く。「シャンゴ」と刻印された金貨が陽光石でキラリと輝く。
「時間の問題だろう」
「私達みたいな賊なんてどこからでも湧いてくる。そうでしょ?」
「……否定はいたしません」
金貨をつまらなさそうに見る召喚者佐々木と米山の答えにくい質問には、古参の第1隊長が命がけで返事をすることになっている。第1隊長が死ねばその役は第2隊長に移るだけ。
「なぁ、この西にあるリャペンザっていうのはどうなんだ?」
金貨ではなく地図と米山のコンパスを眺めていた石原が、地図上にある赤い×印の都市を指さす。そこは彼らがいる都市ウナラーロッドから西に直線距離で330キロの地点。
ポチャ。
「「「?」」」
突然。
「「「「「……」」」」」
石原のすぐ傍に、雫が落ちる。
雫は赤い。それは血液。
「グアアアッ!」「魔物が現れたぞ!」「3匹だ!気を抜くな!!」
「俺の獲物だ!どけっ!」「キャハハハッ!全部ぶっ殺してやる!!」
「あーあ。たくよぉ……」
外の様子を見ていたジェイクが幕営から去っていく。
ポタ、ポタ。
ジェイクが去った後、中の8名は幕営の上をそろって見上げる。
魔物に襲われた兵の飛び散った肉片らしき陰が、天幕をへこませ、歪んだ陰翳をつくる。
「至急、片付けてまいります!」
新参の第5隊長ワイアラが幕営を飛びだし、翼を広げて跳ね上がり、肉片を弾き捨て、自らの袖で天幕の血をぬぐう。すぐに幕営に戻る。
「……」
沈黙する7名。しかし視点は地図に釘付けになっている。
「いかが、されましたか?」
弾んだ息を沈ませながら、第5隊長ワイアラが7人にそっと尋ねる。
「……あくまで伝え聞いたことですが」
今まで一言も口を利かなかった第4隊長の豪猪人族ウッドラークが重い口を開く。
「リャペンザの南南東にはタデマイトという峻険な山がそびえております」
一同は黙ったまま、耳だけになる。
「麓の地元民はこの山を「魔の山」と呼んでいるそうです」
「「「魔の山?」」」
不吉な言葉に、召喚者3名が問い返す。
「ええ。魔法を極めんとする者たちが修行のために上がっていくというのですが、その者たちが下山する姿を見た者は決していないという、謎多き冥府魔道の山だそうです」
「「「……」」」
「あくまで仮定ですが」
第4隊長ウッドラークが血の沁みた地図を見つめて続ける。
「魔の山タデマイトに何者かが武装集団を形成し、それがこの乱世に乗じ、マルコジェノバ国の覇権を狙った場合、まず襲うのはリャペンザではないでしょうか?」
「魔の山で武装集団……やや仮定が多すぎるのでは?」
第3隊長オンズローが一同の不安を和らげるべく、釘を刺す。
「確かに仮定の話ですが、それでもリャペンザとプエルトヴィスタとを比べた場合、タデマイト頂上から見てプエルトヴィスタは屏風のように切り立った断崖絶壁の連続。それに対してリャペンザの方は毛深い森。集団を統率し、山から降りて糧食を狙うとなった場合、リャペンザの方が狙いやすいのではないかと思います」
「リャペンザを襲うのは止めた方がいいってことね?」
上から滴り続ける血を掌で受け止めようとして腕を伸ばした米山が問う。「失礼!」と第2隊長カタジュタが席を素早くたち、羽を広げて飛び上がり、天幕の内側の血を袖で急いでぬぐう。
「少なくともタデマイト山の近くで行動を起こすのであれば、それが得策かと考えます」
4名の隊長は3名の召喚者を見る。
「「「……」」」
3名の召喚者はタデマイトを中心に広がる血の模様を見、互いの顔を見合わせる。
「貯蔵都市っていうのはだいたいどこも同じくらいの規模の食糧を備蓄しているのか?」
血のしみに飲み込まれるリャペンザの×印を目線を落とし、佐々木が5名の隊長に問う。
「そう見積もって問題ないと思います」
第1隊長ホニアラが代表して答え、席に戻ったカタジュタも含め、他の4名の隊長が大きく頷く。
「じゃあウチらの規模なら当面1カ月は食えるとして」
「プエルトヴィスタを襲って、さらに1カ月半はもつ」
「その後に南のディシェベルト国に入るのは?」
「何とも言えませんが、ディシェベルト国は現在内政が芳しくないとの噂を耳にしたことがあります。乱がおきるのであれば、その気に乗じるという手もありかと」
「もちろん、あつまる民衆を束ねてマルコジェノバ国中央に攻め入ることも検討可能です」
「戦闘員が5万の規模を超えれば、国盗りは決して夢ではありません」
励ます。隊長5名は励ます。
召喚者3名を励ましているつもりだったが、実は自分自身を励ましていた。
(((((この組織は決して負けない)))))
そう思って5名とも自分たちの集団を、あるいは自分自身を「シャンゴ」に売った。現にここまで負け知らず。必ずしも勝てるとは限らないが、一度として掃滅の憂き目にはあっていない。
負けなければ食える。しかし、
(((((本当の目的が、見えない)))))
5名の隊長たちの前に座っている少年少女たち3名は、身をもって知った「飢え」から自分たちと自分たちに従う集団を救うことしか当面のところ、頭にない。その先を願ったり望んだりしているようには見えない。
あくまでも「官僚」。「王」の器たる面が隊長5名にはまだ見えない。
そして他の少年1名と少女1名は、話にならないほど狂っている。
型破りの破天荒さだけで「王」を測れれば王にも見えなくもなかったが、隊長5名の目には2名は「獣王」と「道化王」にしか映らない。考えが読めず、「官僚」の3名と同じ要領で関わりたいとは思えない。
(((((この〝旅団〟の目的を知っているのはおそらく)))))
5名の隊長が恐怖と共に脳裏に浮かべる大男。冷酷と狂気と英傑と野獣と武闘と魔法をきっと秘めた、謎多き大男。
盗賊王ジェイク。
大柄な体躯。発達した筋肉。動物の毛皮と皮鎧と外衣。剛毛を生やした浅黒い肌。獅子のような顔立ち。白髪交じりの黒毛の髪と髭。
5名はジェイクが何者かを一切知らない。けれど生物的勘と人生経験が、ジェイクの隠しきれない圧倒的な強さと怖さを、感じとらせる。
(((((あの得体の知れない男が黒幕)))))
そしてそのことに気づいた時には、もう「シャンゴ」から誰も抜け出せないでいる。
だから5名は自身を励ました。
(そのように、紙に字など書けなくていい。そのように算盤など、弾けなくていい)
あるいは目の前の召喚者たちが「国盗り」や「皇帝になる」という野心をもってくれれば、救済や慈愛以外の、王としての器を磨こうとしてくれれば、栄達や繁栄が自分たちのこの先に待っているかもしれない。この3名の生き様なり言葉なりが、黒幕を説得してくれるかもしれない。そして黒幕と共に国盗りに励んでくれるかもしれない……。
そう切に願い、新たに抜擢された第5隊長ワイアラも含め、隊長5名は召喚者3名に接しながら、必死に自身を励ました。
「よし。じゃあプエルトヴィスタを目指すか」
ジェイクからもらった羊皮紙と鉛筆をしまった佐々木が金貨を取り上げ、立ち上がり、第3隊長オンズローの目の前に「どうも」と言って置く。
「そうね」
砥石までついでにぶら下げているオイルコンパスの紐を引き寄せ首にかけ直した米山が立ち上がって答える。
「明日は明日の風が吹く、だな」
ジェイクからもらった算盤をしまい、立ち上がり、取り出したハンカチで地図の血をギュッと吸い取り地図を丸める石原。
「「「それでいい?」」」
3名に問われ、椅子が倒れるのも構わず急いで起立する5名。
「「「「「御意!」」」」」
自分たちの部下がやらねばならない行為を自ら平然とやってのける謙虚な召喚者3名にいつも通り慌てる隊長5名。彼ら隊長たちの祈りが通じたかどうかは分からないが、結局次の作戦方面はディシェベルト国に最も近い貯蔵都市プエルトヴィスタに決まった。
プエルトヴィスタ。
大音師ら「シャンゴ」が現在いるウナラーロッドから南南西にわずか85キロしか離れていない地点。
(ここから近い。もう十分警戒されている。落とすのは楽じゃねぇだろうなぁ)
強奪を終え、夕餉も終え、一同が寝静まった夜のウナラーロッドの城壁の上で、ジェイクはビールの盃を傾けながら思う。
「山にも西の餌箱にも手は出さねぇよ。おたくと違って、ガキの成長には時間がかかることを、俺はよぉーく知ってる」
盃を見ながら、闇に話しかけるジェイク。
サ。
月光が作る冷たい闇から、赤い小さな光を眼から放つイタチが立ち上がる。すぐにそれはジェイクに背を向けて走り出し、垂直な壁を登りきり、あっという間に壁の外へと去っていく。魔導王ラウンヤイヌの使い魔が闇を疾駆する。
(ジジイを今は攻めねぇ。それにここらにいりゃあ、おそらく一番乗りで、あのエースのガキに会える)
そのことは口にせず、ジェイクは酒を呷った。
三日後。
負傷した兵士の治療が済み、反抗的な男たちを抹殺し、洗脳教育可能な子ども全員と色々使える女全員と従順な男多数と兵士として役立ちそうな男女少数と補給物資の詰め込みが完了した「シャンゴ」。
「ひゃっぽう!!!!」
本来であれば安全である軍の中央にいるべき頭目の大音師を先頭に、流族「シャンゴ」が夜明けとともに動き出す。それに続く菊池と一万五千を超える流族集団。
流族「シャンゴ」。
他の流族と同様、その内訳はほとんどが非戦闘員。
戦闘員すなわち「兵士」と呼ばれる戦力は4000人。
略奪と、兵士の日用品・女・子どもを運搬する「予備」と呼ばれる労働者が6000人。
炊事洗濯・怪我の治療・雑務その他を担う「補給」と呼ばれる女・子どもが5000人。
これを隊長5名が均等に受け持つ。
すなわち隊1個につき兵士は800人、予備が1200人、補給が1000人。
計3000人規模の人員を隊長1名が管理する。
そして召喚者5名。
この5名を守るのがジェイクの用意した親衛隊150名であったが、先走る大音師と菊池を護衛するために100名は先頭にいる。そして残り50名のうち15名ずつが佐々木、石原、米山の護衛につく。
つまりジェイク自身の傍にいるのはたった5名。しかもこの5名の仕事は予備と補給。
とにかくこの一万五千を少し上回る流族集団が道なりに縦に伸びて数キロの列を作り、大移動をしている。戦闘のような非常事態でもない限り、移動速度は平地で一日およそ30キロ。
これらはマルコジェノバで出現しているどの流族集団ともたいして変わらなかったが、他の流族集団と「シャンゴ」が異なるのは、召喚者佐々木・石原・米山とジェイクの存在。
ジェイクという謎の〝巨人〟により、佐々木・石原・米山の意思は大概思い通りになり、その3名の意思とはシンプルに予備と補給への気配りだった。
「後方から襲われたら「予備」と「補給」が可哀そう」
召喚者3名の〝優しい世界線〟はジェイクの「言う通りにしてやれ」という言葉によって実現した。すなわち縦に伸びに伸びる民族大移動軍の先頭と最後尾には兵士が配置された。訓練された軍隊では当たり前のことだが、不要なものは切り捨てる流族では珍しい現象だった。不満があるのは先を急ぎたい大音師と何かを壊していないと気が済まない菊池くらいだったが、彼らには進む先々で蛆のように湧いて出る盗賊たちや気の毒な大型動物をジェイクはあてがった。2名は自分達より小規模の集団を丸ごと切り刻み、大きな動物を散々食い散らかして鬱憤を晴らした。
かくして、
①大音師・菊池と親衛隊100名。
②第1隊3000名。
③第5隊3000名。
④ジェイクと佐々木・石原・米山と親衛隊。
⑤第2隊3000名。
⑥第3隊3000名。
⑦第4隊3000名。
この順で「シャンゴ」は進んでいく。
あまりに大音師と菊池が先を急ぎ過ぎた場合、ベテランの第1隊兵士が追いかけ、丸裸になった第1隊の予備と補給に関しては第5隊の兵士がまず捨て身で守る形だが、今まで何とかなってきた。
そして今度もそうなると考えている。
戦闘を突っ走る大音師・菊池だけでなく、中央にいる佐々木・石原・米山も。
「伝令!伝令!!」
怒鳴り声とともに、ジェイクらのところに第4隊の兵士一名が北から走ってくる。
「どうかしたのか?」「なんだいきなり?」「いきなり何よ?」
佐々木と石原と米山が馬上から尋ねる。
「貯蔵都市リャペンザ!!」
シャグ。シャグ。
4頭の馬に戦車を曳かせているジェイクは座席に座ったままリンゴを齧りつつ、ぼんやり前方を見たままでいる。
「西のリャペンザの兵と民が、一夜にして消え去ったとのことです!!」
「「「!?」」」
長い、長い行列に、波紋が広がる。
「は?」「どういうことだ?」「何言ってんの?」
ジェイクがまったく反応しないため、報告した兵士は3名だけを見つめて続ける。
「はい!念のためリャペンザ方面に駆けたところ、移動中の非武装集団に遭遇いたしました!着の身着のままの彼ら曰く、「夜更けに魔の山タデマイト全体が鳴動したかと思うと、黒い靄のような風が吹き荒れ、たちまちリャペンザを呑み込んだ。そして翌朝には誰もいなくなった」とのこと!貯蔵庫を守る兵士も含め、食糧も住民も残っておらず、都市リャペンザはもぬけの殻とのことです!!」
長蛇の列に、激震が走る。ざわめき立つ。各隊の伝達兵が召喚者と隊長の間を行き来する。
「良かったじゃねぇか」
「「「?」」」
うろたえる召喚者3名に向かって、にやけながらジェイクはぼやく。
「〝血のにじんだ方〟を選ばなくて。正解だ」
(魔法ジジイの了承はもらった。後顧の憂いはこれでなくなった)
誰が何の目的でリャペンザを攻めたのか。
(あとは前方の戦場にこいつらを突き進ませるだけ)
心当たりのある盗賊王はリンゴの芯を道端に放り捨てると、目を閉じいびきをかき始めた。
二日経った。
「お、見えてきたな」
肌寒い曇り空の下、戦車に乗るジェイクが望遠鏡をのぞきながら周囲に聞こえるように言う。召喚者3名を含め、周囲の兵士はもちろん前方からの繰り返される伝令で分かっている。
貯蔵都市プエストヴィスタ。
マルコジェノバ国において、辺境の都市は現在、貯蔵都市を除いて人口が少ない。
理由は兵士が都市から逃げ出しているため。
中央の首都プリシュテイアナから送られてくるはずの食糧も兵の補給も止まってしまっている今、都市に留まり流族や盗賊を相手にまともな戦をしようとする兵士はほとんど残っていない。そんな兵がいれば殺されるか、食われるかしている。
つまり辺境の都市の兵はほとんどが逃げ出し、盗賊集団に加わっている。そして兵に見捨てられた住民だけで都市を守ることなどできるはずもなく、彼らもまた盗賊になる。
そんな中、食糧だけは保証されている貯蔵都市は例外で、兵士はまだ都市と住民を捨てず、防衛戦力として機能していた。
それどころか食糧を奪われたくないという強い共通意志があるため、普段であれば仲の悪い兵士と住民が、貯蔵都市においては団結していることが多かった。
故に貯蔵都市の攻略は難しい。
流族「シャンゴ」が5日前に出発した貯蔵都市ウナラーロッドの場合も同様に守備は固かったが、「逆らう者は一族だけでなく三族まで見つけ出して虐殺する」という大音師・菊池の前評判と、隊長らが入れ知恵して佐々木・石原・米山に勧めた内部工作が功を奏し、城門を正面から破る前にウナラーロッド側の内通者が城門を内側から開き、そこから一気に兵をなだれ込ませることで比較的安易に略奪に成功した。
しかしウナラーロッドの内通者も、その内通した兵を重く用いるよう佐々木らに進言した第5隊長キルキーも、結局は反逆者として大音師によって処刑された。
理由は頭目である大音師に何ら打診がなかったことが直接の原因。
菊池同様に暴れまわることしか興味がないと思っていた召喚者3名は、大音師への報告を怠ってしまったことを、後になって悔やんだ。
「いいか!そういうことは必ず俺に報告しろ!」
佐々木ら3名は大音師にそう怒鳴られ腹を殴られたのち、幕営に引き返した。そして作戦会議の裏で、かの15名の公開処刑が行われた。
壊す理由さえあればなんでもいい菊池は〝前評判〟通り、内通者の兵士及び元第5隊長の一族だけでなく三族まで見つけ出し、二日かけて全員嬲り殺した。その数は67名にのぼる。
この2名の召喚者の行動は「シャンゴ」内の風紀の引き締めには役立ったが、これからの城攻めには逆効果となった。戦闘中、あるいは戦闘後に都市ウナラーロッドから南の都市プエルトヴィスタに逃げた兵や住民も数多くいる。
「裏切り者は「シャンゴ」の頭目に心臓を剣で抉り取られて食われる」
「罪人を細い鎖で締め上げ、鎖の隙間からはみ出た肉をナイフで一切れ一切れ削ぎ落として楽しんでいる処刑人がいる」
こんなおぞましい話を聞かされ、内部工作に応じるプエルトヴィスタ兵など現れるわけがなかった。
(((正面突破の城攻めしかない)))
佐々木・石原。米山は覚悟する。
異世界に来てまだ半年に満たないが、過酷な鉱山労働を経て、歴戦の隊長らに我が子のように教育された少年少女3名は、城攻めがどれほど危険なものか、既に重々承知していた。
デンデンシェンシェンッ!デンデンデンデンズガガガガンッ!!!
3名の召喚者は〝よく知る不吉な音〟を聞きながら、予備と補給が戦場に近づかないよう、采配を振るう。
ズガズガドドドドドドドンッ!!!!
5名の将軍も、〝よく知る異音〟を聞きながら、自隊の兵士だけを前に進め、予備と補給を敵から見えない場所にどんどん誘導し、隠していく。
デンデンデンデンデッ!ズガズガズンズン!
不吉な異音。
バスドラム。スネアドラム。タム。ハイハットシンバル。クラッシュシンバル。ライドシンバル。
テンテンテンテンテンテンテンテンテンテン……
改造した〝マイ戦車〟の上で特注のドラムをたたき続けるのは、元軽音楽部の菊池。
激しく動き回る2本のドラムスティック。戦いのドラムが鳴り響く。
デンツクテン!デンツクテン!デンツクテン!デンンツクテン!デンツクテンッ!
敵兵の目も耳も心も釘付けになる。
弓矢の射程圏外でテンポ150のビートを刻む菊池。
石弓と投石機だけがかろうじて届く場所で演奏を続ける道化王にして処刑人。
都市ウナラーロッドから逃げ込んだ人々によってもたらされた情報で恐怖に包まれる兵士たち。
ガダーンッ!
交渉の余地などなく、投石機によって照準を正確に調整して、石を打ち飛ばすプエルトヴィスタの兵士。
ブォォオオオ……ドゴンッ!!!
「「「「「!」」」」」
その石は菊池に当たる前に砕かれる。
「しゃおらあああああっ!!!」
頭目である大音師の握る、光属性魔法を帯びたクレイモアによって。
ダダダダダンダダンダンダダンダンッ!!!!
顔を笑みで歪ませた菊池のビートがさらに激しくなる。テンポ200。
「おらおらっ!もっと打って来いよ!雑魚ども!!!」
ジェイクが与えた両刃剣を振り回し、敵を呷る獣王。
盛り上がった肩。筋肉が異常発達した太い腕。
その片手に握られたクレイモア「ユニコーンの角」。全長2・2メートル。身幅15センチ。修正モース硬度14の一角獣石を刀身に使用しているため、重量は30キロに達する。
ガダンッ!ガダンッ!ガダンッ!ガタンッ!
恐怖に狩られたプエルトヴィスタの兵士が次々に投石器を連続稼働させる。まともに照準も合わせ余裕もなく。
ドゴンッ!バゴーンッ!ズドーンッ!ドゴドゴンッ!
クレイモアに砕かれる石の音。大地に突き刺さる石の轟き。止まない戦いのドラム。無駄に立ち上る土煙。
チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン…………
ライトシンバルを小刻みにスティックで叩く音が土煙の中で続く。テンポが遅くなり、一定になる。
「打ち方止め!!」
視界不良で敵勢が分からなくなったプエルトヴィスタがようやく投石器を止める。
チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン…………
土煙の先をじっと見つめる兵士たち。
チンチンチンチンチンチンチンチンチンチンチン…………
「「「「…………!?」」」」
土煙が収まる。
デンデガデンッ!デンデガデンッ!デンデガデンッ!!デデーンッ!!!!!
全身を揺さぶりドラムをたたき終えた菊池の後ろにはすでに、四千の兵が集結している。
「おい!どうやって落とすつもりだ!!」
振り返りもせず、大音師は近くに寄ってきた佐々木と石原、米山に問う。
「正面突破しかない!」
「敵の攻撃を避けながら!城壁の一部に穴をあけてくれ!」
「中に兵が侵入できる穴ができたら表門を内側からあけさせて総攻撃するの!」
「分かった……おい菊池っ!!」
出立前に三人から聞いたはずの作戦をもう一度聞いた大音師が、ドラマーに叫ぶ。
「なぁに~?」
「城の壁を俺が崩す!てめぇは壁を登って胸壁を走り回ってる連中を皆殺しにしろっ!!」
「オッケー」
拷問に明け暮れていたため、はじめて作戦を聞く菊池はレモンを齧り、立ち上がる。
道化王は椅子にして座っていた〝宝箱〟を開ける。切断して塩漬けにしてある幾多の男性器の中から一つを取り出し、頬張り、咀嚼する。
ガタタタタタタタタタタタタタン。
菊池が塩レモンペニスを堪能し終えた頃には、シャンゴ兵は既に、降り注ぐ矢弾を防ぐための木製厚板を担ぎ上げ、突撃の準備を終えている。
「行くぞおらあああっ!!!!!」
「「「「「「「うおおおおおおおおおおおお―――っ!!!!」」」」」」」
胴鎧だけ着込んだ大音師が鬨の声を上げる。防具と武具を手にした兵士四千人がそれに合わせ、一斉に大声を上げる。
兵が駆け出す。心が燃えあがる。肺が軋む。命が爆ぜる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!
動乱が始まる。土が跳ね上がる。地面が揺れる。空気が裂ける。
流族「シャンゴ」でまず突撃するのは、歩兵の第1隊800名と騎兵の大音師、菊池のみ。
目的は城壁の穴あけ。
大きな巨大煉瓦を一人1枚剥がしては、後退していく。そして薄くなった部分を、魔法を用いて破壊する。これが第1隊の任務。
「城壁を破るつもりだ!弓兵!魔法兵!迎撃はじめ!!」
当然城壁の上部にある胸壁や銃眼、石落からは、あらゆる攻撃が仕掛けられる。
「目標胸壁!!放てっ!!!」
それを第3隊と第4隊の弓兵たち1600名が牽制する。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!!!
「あっははははっ!何その攻撃!遅すぎるんですけど~!!」
味方の第1隊兵士が防御用に立てた屋根の上を走りながら、クロスボウの矢を鎖で弾き落とす菊池。熱した油を躱し、落石を躱し、敵兵を翻弄する。柔軟性と加速力が増した道化王に、矢弾は全く当たらない。
一方。
「デアデビル・インザライトッ!!!!」
光属性魔法で攻撃力を増した大音師が、薄くなった城壁に重い斬撃を撃ち込む。
ドゴオオオンッ!!!ゴロゴロガタ……
とうとう、突破口が開く。兵士の数名が中に入り、城正面の表門の閂を外すべくひた走る。
「オラオラオラオラオラオラオラアアアアッッ!!!」
大音師がクレイモアを振り回し、城壁の壁の穴を広げる。
「うわあっ!?」
穴を広げ過ぎたため、城壁の一部が崩れる。とはいえ崩れた部分の高さですら、十五メートルの高さがある。
「チャーンスターイム!」
大音師同様に人間離れした身体能力をもつ菊池だけが城壁に突き刺した三本のナイフを足場にして跳ね、敵兵の首に巻きつけた鎖を使い、城壁を登りきる。胸壁に達する。
「チンチン縮みあがってなーい?」
敵兵に近づけない〝おあずけ〟が続いてイライラしていた怒りが分銅鎖とともに兵士たちにぶつかり、頭蓋を次々に粉砕する。甲高い笑い声が胸壁を走る。
「第2隊!進め!!」
手に汗を握りながら、佐々木・石原・米山が指示を出す。
折り畳み式の梯子のついた車が兵に牽引され、城壁へ達する。消防のはしご車のようなこの機材が城壁に食らいつき、梯子を伸ばして兵を蟻のようにどんどん胸壁の中に送りこめれば、ほぼ片が付く。正面の門があくのは時間の問題。
(((うまくいく!)))
佐々木も石原も米山もそう確信していた。
バサバサバサバサッ!!!
「「「?」」」
その黒い影の群れを、空に見るまでは。
「なんか来たみたいだぜぇ」
それまで一言も口を利かなかったジェイクが曇り空を指さして3名に教える。
「それも一人じゃねぇなあ」
「「「……」」」
「渡り鳥……にしちゃあでけぇし、ヒトみてぇな体をしてやがる」
「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」」
3名の呼吸が乱れる。
「とりあえずは鳥人族の群れだな、ありゃあ。しかも見たところ、武装してねぇか?」
城攻めを現場で直接指示している隊長たちも、空の異変に気付き始める。
「どうする?思わぬ客の出迎えだぜぇ?」。
盗賊王が悪魔のように笑う。
「「「ピイイイイ――ッ!!!!」」」
召喚者3名は首に下げている緊急時用の笛を咥え、一斉に吹く。
撤収を呼びかける警笛の音に「シャンゴ」の誰もが一瞬止まる。誰言うともなく空を見上げる。
風のせいで雲間が裂け、光が柱のようにまっすぐな脚を落とす。
「おいおい何だよあれ」「あの翼は、鳥人族……」「集団で来やがった」「盗賊か?」「まさか正規兵?」「マルコジェノバにあんな連中いたか!?」「知らねぇよ!」
天使よりも天使的な姿の集団が宙で力強く羽ばたく。
ジャキ。ギギギギギギギギ……・
そして宙を舞いながら、大弓を引く。
ドヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!!
「ぐああああっ!」「げっ!?」「ぬあっ!!!」
ざわめきがあちこちで悲鳴に変わる。悲鳴は都市を守るプエルトヴィスタ兵から上がり、プエルトヴィスタを襲う「シャンゴ」の兵からも上がる。
ザクッ!
「ちぃっ!」「へ!?」
仲間のシャンゴ兵を盾にして矢を防ぐ大音師の肩にも、殺した敵兵を盾にして矢を防いだ菊池の右眼にも矢が刺さる。
「くそがああっ!!!」
大音師が光属性魔法を天に向けて放つ。
ダーケストアワー。すなわち閃光弾。
強力な閃光弾はしかし、敵味方を問わず目をくらませてしまう。
「殺せ!全部殺せ!!」
視界が効かない中、シャンゴ兵に聞こえてくるのは頭目の烈しい叱咤。
獣王の、恐怖の命令。
ピイーッ!ピイイィィィ――ッ!!!
一方で、断続的に鳴り響き続ける撤収命令の笛の音。
シャンゴ兵は混乱した。
混乱した挙句、思い思いに行動するしかなかった。
すなわち撤退の笛の音で佐々木達の元に戻る兵もいれば、大音師の命令で目の前の敵を殺し続ける兵もいて、さらには上空を舞う鳥の羽を生やした集団目がけて矢を射続ける兵もいた。
支離滅裂。
「「「……」」」
まともに笛を咥えていられないほど気が動転している召喚者3名の後ろで、
「おいおい。兵がメチャクチャになってるぜぇ」
余裕のジェイク。
「お?とはいえ正面門が開いたぜ?戻ってこねぇ連中を助けに行かねぇのか?」
「「「……」」」
「まあ助けに行ったところで全滅しちまったら元も子もねぇわなぁ」
召喚者3名は笛を吹くのをやめる。互いの顔を見る。
「「「……突撃っ!!」」」
大音師と菊池、その他貯蔵都市に留まる兵士を救うべく全軍が動き出す。
バサバサバサバサバサバサバサ……ヒュウウウッ!!!
これを見て、貫通性能の高い大弓による攻撃をやめた鳥人たちが、急降下して来る。
「ざっとみて千人くらいはいるなぁ!」
戦車を走らせながら易い分析を聞かせるジェイク。
「「「全部隊突撃ぃ―っ!!!」」」
それどころではなくなっている佐々木・石原・米山が騎馬で正面門をくぐる。
(((これが鳥人!!)))
灰色の大きな翼をもつ武装集団が大弓ではなく十字槍を手に、空を縦横無尽に飛翔滑空する。
ザクシュッ!シュパンッ!
十字槍は槍の穂先が十字架のように三方向に刃を伸ばす。
ズシュッ!
操れるようになるには鍛錬が要るこの武器は刺突、振り回し、防御、いずれにおいても有効。
間合いの長さ。抜き身の怖さ。そして空からの攻撃。
鳥人族の十字槍の前になすすべなく倒れていく「シャンゴ」とプエルトヴィスタの兵士。
「ウオオオオオオオッ!!!」
それでも奮闘する大音師。既に左腕は切り落とされていたが、光属性魔法によって輝かせたクレイモアで鳥人族の視界を一時でも奪う。奴隷紋によって恐れを知らぬジェイクの親衛隊が彼に付き従い、クロスボウで正確に打ち落とす。落下地点に走り、剣で首を折るか心臓を刺し貫く。
「大音師!撤退するぞ!」
閃光を上げる大音師に近づいた佐々木が叫ぶ。
「うるせぇ!!俺に指図すんな!!!!」
「もう無理よ!!これ以上続けたらアンタ死ぬわよ!!!」
「黙れえええっ!!!」
「菊池―っ!どこにいる菊池ぃ―っ!!」
大音師を説得する佐々木と米山。行方不明の菊池へ叫ぶ石原。
「ああ、ああ、これじゃ埒が明かねぇなあ」
左手でクルミを割って食べていたジェイクが愚痴をこぼす。
ボ。
クルミの殻破片が消える。
右手の親指と中指を丸めて自分の口に近づける。
「スゥ……」
ジェイクの胸が鳩のように膨れる。
ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!!!!!!!!!!
ジェイクの周囲一切が揺れる。
振動し、ついには立ち込めていた雲がその場で消滅する。
佐々木ら3名を含め、鼓膜の破れた人々がひっくり返る。
大音師が耳を塞いで倒れ込む。「シャンゴ」の兵もプエルトヴィスタの兵士も武器を捨て、耳を必死に塞いで倒れ込む。
地上にいる鳥人族がひっくり返り、あわてて立ち上がり、耳孔と目から血を流しながら血相をかえて逃げ出す。
上空で最後まで大きく動かずにいたリーダー格の鳥人もその連れも、クルミの破片が刺さった片目をおさえ、南東の空へと引き返していく。
「ふうぅうっと」
指笛を吹き終えたジェイクは耳から血を流している召喚者3名を軽く蹴って起こす。
「た・す・け・に・い・け」
口をゆっくりパクパク動かし、意味が分かるように3名に告げて耳に触れてポーションを一人1本ずつ渡す。3名は自分たちの両耳にポーションを注ぎ入れ、聴力を回復させた後、急いで大音師たちの救出に向かう。
「ちょっとそこのお前、隊長どもを集めろ」
一方でジェイクは5名の隊長を自分の元へ呼ぶ。
「クマ野郎とカブトムシ野郎とヤマアラシ野郎は全隊の生存兵の数を数えろ。ハチ女とコウモリ女。お前ら二人は副隊長と一緒に「予備」と「補給」の様子を見て来い」
「「「「「御意!!」」」」」
ジェイクのどの呼び方も亜人族に対する蔑称だったが、黒幕相手に誰一人逆らおうとする者はおらず、5名の隊長は有無を言わず即行動に移した。
貯蔵都市プエルトヴィスタから北に6キロの地点にある、サンストリー渓谷。
「「「……」」」
半ば絶望し、憔悴した3名の召喚者。佐々木・石原・米山。
「ふっほほひへはふううっ!へひひんふっほほひへはふうううっ!!」
彼らがいる近くのテントの中からは、簡易ベッドに縛りつけられ口に布を詰め込まれた狂乱状態の菊池の叫び声が鳴りやまない。
菊池は救助された時には全身刃傷だらけで、既に両目の光を失っていた。
「…………」
左腕を失った大音師は止血を怠ったため失血量が多く、菊池と同じテントの中で紙のように肌を白くさせ、半死人のように横たわっている。
「「「「「………」」」」」
絶望こそしていないが、憔悴しきっている5名の隊長。
(((((迂闊だった)))))
指笛で失神し、あるいは戦闘で傷ついて倒れ、捕虜となった鳥人族たちに尋問と拷問を加えているジェイクを見ながら、自分たちの浅はかさを呪った。
「このタトゥーは何だぁ?」
指を一本ずつ、関節ごとに握り砕きながら尋問するジェイク。
「グアアアアアアッ!!」
「「ぐああ」?そんな組織のためにこんなタトゥーを彫ってんのかお前らは?」
隊長の5名以外は、事後処理に追われて走り回っている。
流族「シャンゴ」の事後。
生存兵、2410名。
予備兵、3710名。
補給、3400名。
要するに表で戦ったシャンゴ兵の1590名が殺害された一方で、隠しておいたシャンゴ予備兵は2290名が殺され、食糧そして女・子どもたちの1600名が鳥人集団によって拉致された。
鳥人。
「そうかそうか。「ニンギルス」っていうのか。よく言った。偉いぞ」
目玉を両方ともほじくりぬかれ、さらに眼窩に突き入れられた親指で脳をなでられた鳥人族はようやく組織名を吐く。
「その「ニンギルス」の頭数ってのはどのくらいのもんなんだ?」
睾丸をゆっくりと握りつぶされ、木の枝を耳に刺し込まれ人体右側の三半規管と前庭と渦巻管を破壊されゲロをぶちまけていたもう一人の鳥人族に、ジェイクの尋問が移る。
「組織のトップの奴の名前は?」「どこから来たんだ?」「その街はどこにある?」
物理的に精神的に徹底的に破壊し、屑肉を少しずつ増やしつつ、ジェイクは鳥人族から情報をてきぱきと手に入れていった。
戦闘集団「ニンギルス」。
マルコジェノバ国の東にあるシステミ国に東隣するプテシノス国及びマルコジェノバ国に南東で国境を広く接するディシェベルト国。
このプテシノス国とディシェベルト国もまた、一部国境を接している。
この二国間の国境地帯で増殖した、ならず者たちの集まりを「ハスター」と言った。
そのハスターという無法地帯を牛耳る集団が「ニンギルス」であり、彼らはハスターに棲む連中と自分たちのために糧食と女・子どもを各地から略奪しては、ハスターに戻る。
要するにハスターという場所を拠点に活動する盗賊集団がニンギルスであった。拠点があるという点では、流族よりも山賊に近い。
「この灰色の羽根、綺麗で立派だろ?白鳥人族の羽根だ。俺は字を書くのが苦手だが、こんな羽根ペンが幼いころから手元にありゃあ、少しは手習いに精を出そうと思ったかもしれねぇなあ」
拷問でぶち殺した捕虜の白鳥人族で作ったハンバーグとシチューを強制的に食べさせられながら、同じくハンバーグを頬張るジェイクの話に耳を傾ける隊長ら5名と召喚者3名。喫人に慣れていない隊長らは恐怖と吐気をを必死に堪えながら鳥人の肉を口に運ぶ。脂汗をにじませながら、ごくりと飲み込む。
「「ニンギルス」を率いる隊長は白鳥人族レビヤで、副隊長も白鳥人族でダクーニャ。参謀なんてのも奴らにはちゃんといて、確か名前はオルノス。これまた白鳥人族。どいつもこいつも弱虫野郎ときやがった!」
ギャグを言うジェイクに合わせ、必死に笑う5名の隊長。
心ここにあらずの召喚者3名。
飢餓と虐待が人を狂わすことを身近で知っていて、喫人に見慣れている召喚者たちはただ虚ろ。3名の頭の中は傷ついて眠る大音師と、さらにとち狂った菊池、無惨に虐殺された労働者、攫われた女・子どもたちのことでいっぱいだった。咀嚼する味付き人肉もジェイクの冗談もどうでも良かった。
「ふうう~。食った。食った」
ジェイクが腹をパンパンと叩き、盃の酒を飲み干すと、立ち上がる。
「俺はもう寝る。テメェらも反省会は短めにして、早く寝な」
ジェイクが幕営から出ていく。
「あの……もう、下げていただけますかな」
ジェイクの親衛隊のコックたちに対し、料理をさげてもらうよう慇懃に頼む5名の隊長たち。コックたちは黙って頷き、3名の召喚者の皿も含めて、料理をさげる。
菊池のずっと続いた大きなうめき声がピタリと止む。
それで佐々木と石原と米山は我に返る。
(((今度は菊池を〝何〟にするつもりだ)))
命だけは救ってくれるが、人間性をどんどん壊していくジェイクに対して言いようのない腹立たしさを覚えた3名は正気に戻る。自分の不甲斐なさに腹を立てることで、残る自身の魂を奮い立たせる。
「「ニンギルス」の別動隊に、気づけませんでした……」
「空からなら「予備」も「補給」も丸見えだってことに、どうして気づかなかったんだろう……」
「武器を持たない「予備」を、あんなに殺すなんて……」
「「「「「……」」」」」
涙と鼻水を垂れ流して悔しがる3名の召喚者に、胸を打たれる隊長たち。
(((((なんとしても、立て直す!)))))
3名を親のように付きっ切りで寝かしつけた後、5名の隊長たちは隊の再編成と食糧・武器・人員の配置を徹夜で行う。
「頭と体。適材適所ってやつだな」
大音師と菊池の致命傷を治癒し熟睡させたジェイクは彼らの眠るテントの外でそうぼやき、静まるプエルトヴィスタを見る。
(「シャンゴ」と「ニンギルス」。餌箱に暮らす連中はどっちの悪党に着くか。そして「ニンギルス」がこのまま「シャンゴ」を放っておくか)
腹の読み合い。肝の試し合い。
どちらも召喚者の強化には大事だと考えた盗賊王はそのまま放置することにした。
さらに三日が経った。
「?」
空からの攻撃を警戒してサンストリー渓谷で白鳥人族を待ち構える作戦をとることにした大音師ら「シャンゴ」は、南の貯蔵都市プエルトヴィスタの異常を確認する。
(煙が上がっている?)
プエルトヴィスタのあちこちで火の手と煙があがり、そこへさらに南から大きな飛翔体がバラバラに現れて、都市へ突入していく。
けれど、何時まで経っても飛翔体の誰も出てこない。飛び立つ気配がない。飛び立ったかと思うと、プエルトヴィスタの何かにめがけてまた再突入していく飛翔体たち。
「何が起きてる?」
「分かりません。とにかく鳥人族らしき者たちがプエルトヴィスタに侵攻していると思われますが、それ以上のことは何も」
流族「シャンゴ」の兵も予備も補給も、みなその様子を見守っていた。
「あっ!!」
その時、一つの飛翔体がサンストリー渓谷めがけて飛んできた。
(((まさか、白鳥人族!?)))
それは三日前に矛を交えた白鳥人族よりはるかに大きな亜人族。筋骨は流々として、そして何より広げた翼が雪のように白い。
「グウウウウウウウッ!!!!」
眼球も白く、血管を浮かせた白鳥人族一人が砂埃を巻き上げながら渓谷へ迫る。見物人たちは真っ青になって渓谷に逃げ込む。
「全軍!放てっ!!」「ランニングファイア!!」
渓谷の上に待機していたシャンゴ兵が矢を射放つ。同時に傍にいる米山が放った火属性魔法により、矢は一気に火矢にかわる。
しかしその一本として、白鳥人族の肌に、羽に傷を負わせることができない。あきらめたシャンゴ兵と米山たちが渓谷内に張り巡らせたロープを使い、中に逃げ込む準備にかかる。
「ブラストウィンド!!」「サンドオブタイム!!」
渓谷の入口に向かってくる白鳥人族に対し、渓谷の中から佐々木と石原が毒の風を送る。渓谷を吹き抜ける北風とそれらは混ざり、強風となって白鳥人族にぶつかる。弓兵たちと米山がロープに弓を当てて滑って降りて来る。
ビュオンッ!!!!
矢も毒の風も白鳥人族は意に介さないかのように、体を旋回させ、狭い渓谷内に速度を落とさず突入する。
「ヌオオオオオオオッ!!!!」
ドゴンッ!!!
白鳥人族が体を回転させるたびに白い翼が岩肌にぶつかる。翼はそれで傷つくどころか、逆に岩肌が削れて、砕ける。それらが落石となって崩れ落ちる。
グシャンッ!
岩の直撃を受けた人々は熟れ過ぎたトマトのように容易く潰れて赤く飛び散る。
「御三方をお守りしろ!」
落石から召喚者3名を守るために5名の隊長が命を張る。
「上から落石!!」「右から転がってくるっ!」
蜂人族カタジュタと蝙蝠人族ワイアラが飛翔しつつ必死にガイドする。
「ぬあああっ!」「ぐうううっ!」「ふんがあっ!!」
熊人族ホニアラと兜虫人族オンズロー、豪猪人族ウッドラークが3名の召喚者を守りつつ、石を除け、あるいは命がけで石を受け止める。骨が折れる。外骨格が歪む。血が噴き出る。
「キサマアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
白鳥人族は崖を崩しながら飛行機のように飛び回り、隊長らに守られている3名の召喚者に気づくと、空中で羽ばたきながら停止する。
「……」
白鳥人族が羽を3本引き抜く。体内で魔力が迸る。
スピュオオンッ!!!!ズシュッ!ブパッ!
「えっ!?」「痛っ!」「は?」
白鳥人族の手を離れた3本の羽は回転しながら高速で空気を切って直進し、隊長らの体表を滑り、召喚者3名の太腿を貫く。動脈を裂く。大出血が起きる。
「シネェエエエエエエエエエエエッ!!!!!」
倒れ込んだ佐々木・石原・米山に白鳥人族がミサイルのように突っ込む。
5名の隊長が召喚者たちに覆いかぶさる。
「誰だ、おめえ?」
ズゴ―――ンッ!!!
「!?」
召喚者を殺そうとした白鳥人族が突如地面に叩きつけられる。何が起きたのか分からない隊長5名の目の前には、大型船と錨を繋ぐのに用いられるような極太の鎖を首と手足と翼に巻きつけられた白鳥人族が倒れている。
「ほお、お前さんがダクーニャっていうのかい」
その白鳥人族は眼球にクルミの破片を食らったせいで視力を失い眼帯をしていて、金属製の眼帯にはドッグタグが溶接されていた。
「てことは副隊長さんってわけだ。違うか?」
首に巻き付けた鎖の上に立ち、クルミの破片を飛ばした張本人が問う。
「グウウウウウウウウウッ!!!!」
「叫んでたら分からねぇだろうが」
白い翼を生やし、今は仰向けに倒れ込む、10メートルを超す巨人。その胴体以外に幾重にも巻き付けられた、太すぎる鎖。巨人の首の鎖から胸に向かって歩を進める盗賊王。
「もしもーし」
盗賊王がそう言ってしゃがみ込む。白鳥人族にゴツゴツした掌をぽんと当てる。
ズゴォォーンッ!!!!!!
「アオオオッ!!!!!!」
開いていた盗賊王の手のひらは瞬間的に拳となって白鳥人族の胸に突き刺さる。皮膚を破り、大胸筋を裂き、胸骨を割る。
「おめぇ、何しにここへ来た?」
メキメキメキグシャアアアアッ!!!!!
言いながら、血管ごと心臓を取り出すジェイク。
ドックンッ!ドックンッ!ドックンッ!
「ガキィイイイ、ガキイイィイィイイィィ……」
「ガキ?なんのこった?」
ドバシャアアッ!!!!
心臓を爆発させ、周囲に血の雨を降らせるジェイク。白い翼が真っ赤に染まる。
「テツ、タロウ………」
その言葉を残し、「ニンギルス」の副隊長ダクーニャは事切れる。
「テツタロウだと?」
血の雨の中、一切が沈黙する。
「テツタロウ……」
その時だった。
「おーいっ!!」
落石を逃れるため渓谷の外に出た兵が、中に向かって叫ぶ声が響く。
「帰ってきたぞーっ!」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
言葉の意味が分からず、困惑するボロボロの召喚者と、隊長たち。
「よっこらせっと」
極太鎖を幻のように消し、殺したばかりの白鳥人族から飛び降り、太ももの動脈の破れた召喚者3名の治療を始めるジェイク。
「ハチ女とコウモリ女、お前ら二人でどこの誰が帰ってきたのか、確かめて来い」
第2隊長カタジュタと第5隊長ワイアラは震えながら頷くと、急いで飛んでいった。
「連れ去られた「補給」が帰って来ただと~?」
報告を受けたジェイクが驚く。
「信用ならねぇな。ハスターんとこの間諜かもしれねぇ。戻ってきたっていうその小僧をここへ呼んで来い」
シャンゴ兵に連れられて、「補給」の少年がジェイクの元へ連れてこられる。
「お前さん、どっから来た?」
「ハスターとかいう、でかい町から逃げてきました」
「どうしてここが分かった?」
「隊長らが襲った貯蔵町の連中から聞いてきました。みんな一緒です!足の速いおいらが走って先に来たんです!」
「みんなってお前さんよぉ……」
そこまで言ってジェイクは第2隊長カタジュタと第5隊長ワイアラを見る。
「プエルトヴィスタから長い人の列がこちらに向かっております!」
「構成はハスターへ拉致された女・子どもに加え、降参と服従の旗印を掲げたプエルトヴィスタの兵、住民も含まれています」
「……」
眉をしかめながらジェイクは黙す。取り出したポーションの瓶を少年に渡し、「とりあえず飲め」と言う。喉が渇いていた少年は礼を言い、遠慮せずすぐさま瓶の中身を飲み干す。
その短くて長い時間を見つめる召喚者、4名。佐々木、石原、米山、そして大音師。
その短くて長い時間を聞く召喚者、1名。菊池。
その短くて長い時間を待つ隊長5名。ホニアラ、カタジュタ、オンズロー、ウッドラーク、ワイアラ。
「それでだ、ボウズ。何があった?ハスターで」
少年がポーションをのみほし、ゲップを吐いたところで、核心とも言うべき質問をジェイクが少年にする。
少年は少し俯く。
「よく、分からないんです」
「分からねぇってなんだ!隠し事してっとぶっ殺すぞテメェーッ!」
頭目である大音師が叫ぶのを佐々木達が制す。菊池が舌打ちをしながらうるさそうに片耳を手で塞ぐ。
「まあ落ち着け。ケガ人のお前は黙ってろ。……ボウズ。分からないなら、分かる範囲で一つずつ話してくれ。な?」
頭目の怒声で怯え切った少年はジェイクの笑顔を見ると少しずつ、ほぐれる。
「鳥の羽を生やした盗賊に連れられて、みんなハスターにいました」
「だろうな。奴らに何された?」
「お前らはここで奴隷として一生働くんだって言われました」
「ふむ。女たちは?」
「分からないです。俺たち子どもとは別の所に連れて行かれました」
「そーか。それじゃあ分からねぇのも無理ねぇな」
「……」
「それから、どうした?」
「普通に、捕まっていただけです」
「捕まっていただけなのに、どうしてボウズは戻ってこられたんだ?」
「う~ん」
そこで言葉に詰まる少年。ジェイクには隠しごとをしているというよりも、説明する適当な言葉が見つからないように映った。そこで、
「なぁ、「テツタロウ」とかって、アイツらは言ってなかったか?」
「あっ!」
少年はハッとした表情になる。
「「「「「……」」」」」
召喚者5名全員が息を止める。強張る。
「言ってました!すごくたくさん言ってました!それから、羽を生やした人たちが変になったんです」
「変になった?どういうこっちゃ?」
「ここに連れてきた羽の人は誰もいなくなって、見たこともないようなでっかい羽の人ばかりになって、それでその人たち、町を勝手に壊し始めて、殺し合って」
「……」
「それで閉じ込められていた牢がたまたま壊れて、俺たち逃げられたんです」
「……」
「どこに逃げていいのか、町の連中はみんな困っていました。でも、「シャンゴ」の俺たちは、ちゃんと北西に向かって進みました。途中、「テツタロウ」とか言いながらあっちこっちに大きな羽の人が飛んでいるのを見ました。でもなんだかすごくみんな、仲が悪そうで、飛びながら引っ掻いたり、地面に降りたら降りたで羽の人同士で殴り合ったりしていました。それで……」
「ボウズ。もういい。分かった」
「ほぇ?」
「母ちゃんは無事か?」
「……分かりません」
「きっと生きてる。生きてこっちに向かってる。だからもうひとっ走りして探してこい」
「はいっ!!」
少年は立ち上がると、連れてこられた道を勢いよく駆けていく。彼の進む方にはたくさんの人の流れが続いている。
「クックックックッ……」
「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」
召喚者5名と隊長5名はジェイクの異変に気付く。
「ワーハッハッハッハッハッハッ!!」
肩を揺らし、腹を抱えて笑う盗賊王。あまりの豪快さに隊長ら5名と佐々木・石原・米山は引き、大音師はイラつき、菊池は無表情になる。
「いや愉快!なるほどなるほど!そういうことか!」
「何が可笑しいのよ」
無表情の菊池がジェイクに質す。
パチンッ!
ジェイクは指を鳴らす。親衛隊たちが〝作業〟を始めるべく動き出す。
「いや謎が解けてスッキリした」
「「「謎?」」」
「お前たちは、白鳥の羽の色を知っているか?」
突然の問い、そしてあまりに幼稚な問いに一同は戸惑う。
「白に決まってるでしょ」
目を潰され包帯を巻いた菊池が表情を変えずに返す。
「そうかぁ?お前から光を奪った白鳥人族の羽は白かったかぁ?」
「「「「「!」」」」」
菊池も含め、一同は黙る。
「あいつら白鳥人族の翼はな、生まれた時は灰色をしている。そして〝大人〟になると羽が白くなる。なんでだか分かるか?」
「おそらくは、配偶者を得るためでございましょうか?」
第1隊長の熊人族ホニアラがおそるおそるつぶやく。
「そうだ。灰色は〝子ども〟の証。白色は〝大人〟の証。大人は子づくりしなきゃならねぇから縄張りを持つ。自分の縄張りに入った同種を容赦なく排除する」
第5隊長ワイアラがそのときハッとする。
「では、灰色の羽をもつ〝子ども〟状態だったのはもしや、集団戦闘を行うため?」
「当たりだ。コウモリ女」
白鳥人族の巨大な死骸に群がり作業に没頭する親衛隊たちに目を向けて、ジェイクは説明する。
「ネオテニー」
それすなわち、幼形成熟。
人間族のように、年齢的に大人になっても、子どもの時とほとんど姿形が変わらないこと。
子どもと姿が変われば異性から生殖対象とみなしてもらえるが、変態した本人は生殖を巡る闘争に特化するため、頭脳は鈍り、ただ狂暴化する。
姿を子どもと変えなければ異性から生殖相手とみなしてもらえないが、生殖闘争には巻き込まれない。頭脳は鈍らず、縄張りをもとうとしないため集団行動ができる。
白鳥人族は進化の中で、この〝子ども〟と〝大人〟を自分たちの意思で切り替えられるようにしてきた。選択の機会は一度きりだが、自分たちの好きなタイミングで〝大人〟になるかどうかを決められる能力。
「それが、裏目に出た」
ジェイクは言う。
「〝子ども〟の集団は強かった。だが〝大人〟の集団はもっと強くて、そして統制がとれない。ハスターで起きた〝事件〟ってのは、白鳥人族のネオテニーが一斉に解除されて大人が大発生したってことだ」
結果的に、「縄張りをもちたい」大人になった白鳥人族が、縄張り内の白鳥人族を排除しはじめる。それに巻き込まれて無法地帯ハスターは壊滅。
「それでバトルロイヤルをするか、離れて縄張りをもってメスを迎えりゃ済む話なのによ、そこでぶっ倒れてる白鳥人族ときたら、うちの召喚者を狙ってわざわざ飛んできやがった。この意味が分かるか?」
「「「……生きてる?」」」
佐々木・石原・米山が返す。
「そういうこった。テツタロウって召喚者はまだ生きてる。同士討ちをさせて自分はまだのうのうと生き残ってやがる」
ジェイクは重い腰を上げる。
「これがエーススキル。互いを殺し合わせて集団を死に追いやれる特殊スキル!なるほどこれなら魔物の溢れる地上迷宮セキドイシを抜け、魔王の幹部たるベルゼブブを殺したというのも合点がいく!召喚者釘崎鉄太郎!!即死スキルをもつと聞くジョーカー志甫蒼空よりもはるかにタチが悪いじゃねぇか!!!ワーハッハッハッハッハッ!!!」
震え上がる隊長5名と佐々木・石原・米山。
悔しさで震え、切断された左腕を握りしめる大音師。包帯が血で滲む。
視力を失った後、はじめて笑みを浮かべる菊池。
「さてと」
語り終え、笑い終えた盗賊王は踵を返す。
「ミソッカスみてぇに弱くてエースの足下にも及ばねぇお前らにはペナルティーを科す」
「ペナルティーだぁ?」
大音師は相変わらずイラつき、佐々木・石原・米山は顔をこわばらせ、菊池は無表情に戻る。
「そうだ。お前ら十人全員だ」
「「「「「!!」」」」」
ペナルティーを科される者の中に自分たちも含まれることも気づき、5名の隊長が凍り付く。
「ちょうど白鳥の〝レアステーキ〟が手に入ったばかりだ。この前の夕飯みてぇに残したらぶち殺す。エースを倒すためのレベル上げだと思って全部食え」
虚ろな目で調理中の親衛隊に「各自の体重の2割分は食わせろ」と告げ、ジェイクはその場を去っていった。
EAT ALL OF YOUR FATE.




