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その1

魔物A「なんだ?何があった?」

魔物B「知らねぇのかお前?」

魔物A「今の今まで()いた雌人(ペット)を食らったばかりだ。何も知らねぇよ」

魔物B「ベルゼブブ(さま)が、殺されたそうだ」

魔物A「なんだって!?」

魔物B「ああ。最初は耳を疑った。俺たちの子守歌(こもりうた)にすら登場する魔物の中の魔物だ」

魔物C「そう言えば歌ったのう……千代(ちよ)に渡り地獄の軍団長を務めし蠅王(ようおう)ベルゼブブ……何度謡(うた)ったことか」

魔物A「(じい)さんもベルゼブブ様の死報を知ってんのか?」

魔物C「知らんのは大食漢(たいしょくかん)のお前くらいじゃろうなぁ」

魔物A「ちっ。でぇ?どこの区の魔物にやられたんだ?」

魔物B「噂だが、人間の召喚者(しょうかんしゃ)らしい」

魔物A「召喚者……」

魔物C「召喚者を知らぬか?」

魔物A「それくらいなら聞いたことがある。だがベルゼブブ様を殺せる人間なんているわけねぇだろ」

魔物C「召喚者の中にはジョーカーと呼ばれる、怖いもの知らずの愚者(ぐしゃ)がおるそうじゃ」

魔物B「ジョーカー?」

魔物C「魔王様を()した創造主を名乗る神の(たわむ)れ。それがジョーカー。おそらくそやつがベルゼブブ様を亡き者にしたのじゃろう。魔王様が永久(えいきゅう)に強いゆえ、愚かな神はとうとう切札(きりふだ)を出しよったのじゃ」

魔物A「こ……これからどうなるんだ?」

魔物B「それだ。それがあのありさまだ」

魔物A「なんだあれ?立札の前に魔物が群がってるじゃねぇか」

魔物C「ふむ。……『布告(ふこく)。人の()い主か否か、(えさ)たる人か否か、魔族か否か。これ一切を問わず、もっとも強き者を魔王は求め、それを新たなる淵壱(えんいち)とする。己の才に覚えのある者は(だい)Ⅷ(8)地区(ちく)(つど)え』……そう書かれておった」

魔物A「淵壱……伝説のベルゼブブ様の後釜(あとがま)になれるのか!?」

魔物B「らしいな。誰でも」

魔物C「強ければ、の話じゃが」

魔物A「マジか……それじゃ、もしかしたら俺が淵位の魔物になれるってことか?」

魔物B「そうなる前に、お前が食らおうとした人間に()られるかもな」

魔物C「ベルゼブブ様が人間に殺られたように」

魔物A「はぁ!?この俺が人間なんぞに殺されるわけがねぇだろうが!!」

魔物C「なら尋常に名乗れ。()王領(おうりょう)バルディア帝国(ていこく)中枢(ちゅうすう)たる第Ⅷ地区へ行くがよい」

魔物B「()みつく魔物は最低でも上位(じょうい)(じょう)。魔王様の城の中は噂じゃ、特異(とくい)の魔物ばかりらしいぜ」

魔物C「そして残り七柱となった淵位の魔物が()()す場所が、()王城(おうじょう)第Ⅷ地区」

魔物A「うっ……」

魔物C「まぁ、行くも地獄、行かぬも地獄じゃろうな」

魔物AB「「?」」

魔物C「ベルゼブブ様はそもそも軍団(ぐんだん)(ちょう)刺客(しきゃく)が本職ではない。その魔王の軍団長を押しのける召喚者はいわば、国家(こっか)同盟(どうめい)規模(きぼ)戦域軍(せんいきぐん)。戦域軍が相手であればひょっとすると、魔王様は予備軍編成のため、召集(しょうしゅう)令状(れいじょう)を全魔物へ配ってくださるやもしれぬ」

魔物B「あー、なるほど。生まれてこの方一度も経験がないから、そんなこと考えもしなかったぜ」

魔物A「爺さんは、人間たちとガチンコの戦争をしたことがあるのか?」

魔物C「生憎(あいにく)とない。ワシが生まれてこの方600年で、予備軍が組まれたことなど一度もない。が、餌食いと共喰いの毎日に()きた。強すぎる魔王様にはあまりに申し訳ないが、平和過ぎるバルティアに、もはや()いた。召集令の前に行われるであろう兵募集の段階で軍魔(ぐんま)としてワシは応ずる予定じゃ」

魔物B「ベルゼブブ様が殺されたマルコジェノバ連邦(れんぽう)に駆り出されて人間(にんげん)()りか。俺もどっちかと言えばそっち向きだ。本気で殺し合った奴を、遠慮なく、際限なく食う。ついでに、弱い人間相手に負けられねぇ緊迫感……考えるだけで血が()くぜ」

魔物A「おい。ちょっと聞いてもいいか」

魔物B「どうした?」

魔物A「今、マルコジェノバ連邦で人間狩りと言ったのか?」

魔物C「そうじゃ。ベルゼブブ様が殺されたマルコジェノバの地に召喚者はおる。おるに決まっておる。だから彼の地で傭兵や先兵として(ごう)(しょ)から生きる同胞(どうほう)らと合流し、人間を殺して食い、召喚者を殺して食らうのじゃ」

魔物A「ベルゼブブ様の代わりって、誰が軍団長をするんだ?」

魔物BC「「……フッ」」

魔物A「?」

魔物BC「ハッハッハッハッ!」「フォッフォッフォッフォッ!」

魔物A「何か可笑(おか)しいことを俺、言ったか?」

魔物B「誰が軍団長かだと!?そんなこと、知るもんか!」

魔物C「淵壱(えんいち)を上回る誰かであろう。であれば誰でも良いわい。そのようなことは我らの誰一匹としてあずかり知らぬことよ」


魔物BC「「魔王ラクシャラーヴァ様を(のぞ)いて」」。


魔物A「そうだった。愚問(ぐもん)を許せ」




1.呼び鈴


 チリンチリン……


「……」

 ん?

 ポニョ。

 んん?

 ボニョン。

 えっ!?

 ショリショリ。

「……」

 うっそ。

 うそだ。ちょっと待て。何が起きてる?

 スー……スー……

 この状況は何だ?えっと、えっと待て。

「テッチ……」「テツ……さま……」「ダーリン……」

 《報告。エルフ娘とムカデ女と海星人族(ビンタンラウト)の王女が、仰向(あおむ)けで寝ている召喚者を介抱中(かいほうちゅう)

 介抱。えっと、うん。分かった。そうじゃなくて脳内再生!

 《エルフとムカデ女と海星人族が低体温状態の召喚者へ熱移動を実施中。熱は高い所から低い所へしか移動しない》

 それは分かってる!そうじゃなくて!……そっか、だから(はだか)で、裸の(おれ)に抱き着いているのか。冷静になれ……ない!

 ムク。

 やばっ!

 《報告。全身の体温が急速に向上。死んだフリスキル「カタレプシー」解除。「だるまさんが転んだ」発動。ついでに鼠径部(そけいぶ)中央に血液充填(じゅうてん)中》

 しなくていいから!やめろ!やめてマジで!

 俺の腹の上に素っ裸のアステロイダいるからマジでやめて!

 《報告。回避(かいひ)不能(ふのう)

 だったらまた「カタレプシー」でとめてくれ!

 《エルフとムカデ女と海星人族は41日間にわたり、召喚者の連続介抱を実施》

 え?

 41日……?

 一体どうして俺はそんなに長い時間眠って……

 〈お前が死にかけたからに決まってんだろう!〉

 その声は、シュクラサンゴ。無事だったのか。

 〈その言葉、そのままお前にかえす。死にぞこないが。おかげで乗っ取るのにまた失敗したぜ。でもまさかベルゼブブを本当に(たお)しちまうとはなぁ〉

 ……。

 そうか。

 俺は倒したのか、ベルゼブブを。

 《淵位(えんい)の魔物ベルゼブブを撃破。結果、地上(ちじょう)迷宮(めいきゅう)セキドイシからの脱出(だっしゅつ)に成功》

 脱出?

 脱出したのか?

 そう言えばここ、どこだ?

 天井(てんじょう)

 木組み……木材だ。天井板があって、板が()がれている所からは(はり)が見える。

 石造りの壁。でも人工的に(けず)ったように角ばっている。隙間にはセメントのようなものを塗りこんだ形跡もある。あっ、火は着いていないけれど暖炉(だんろ)まである。……?

「ん~テッチィ……」

 ピト。

「!!!!」

 ひぃーっ!!

 俺の上に乗っかるアステロイダのアステロイダに、俺の俺が()れたぁーっ!!

 《子孫(しそん)繁栄(はんえい)

 〈そういやビッチの奴、お前の子どもぉ欲しがっていたなぁ〉

 ()めろって二人とも!どうみても非常事態だろ!


 ガチャ。ギー……


「あっ」

 ひーっ!こんな情事一歩寸前の現場を人に見られた!!!

 まずい!俺はそういうキャラじゃない!ミッドナイトでもノクターンでもない!信じてくれ!!

「とうとう目が覚めたのか。良かった」

 全身から汗が噴き出しそうな俺を(まぶ)しそうに見る老人の手には、小さなカンテラ。

 あ、そうか。この部屋は暗いのか。

 左眼の赤外線で見ていたから気づかなかった。

「んん?……おっ!若旦那(わかだんな)。目が覚めたらさっそくおっ()てて一戦楽しもうってハラかい?ブランケットがテントになってるぜ!」

 やめてっ!余計な事いわないでっ!!鎮まれ!俺の俺!!!

 っていうかこの若い声の男は誰だ?

 手に何か持ってるし。

 マグカップ二つと円錐形(えんすいけい)陶器(とうき)……微かに牛乳(ミルク)の匂いが陶器からする。

「どうやらカップはもう一つ必要みてぇだな」

「俺はいい。それよりお前とこの小僧で飲め」

 言って、「よっこいしょ」と、背もたれのない木椅子に腰かける老人。

 シュッ!ジジ……

 老人はマッチを()り、木製のテーブルにある金属製っぽい(しょく)(だい)蝋燭(ろうそく)に火を近づける。次第に部屋が明るくなる。入ってきた二人の顔が一層浮()かびあがる。

 マッチを擦った男の年齢は、少しいっているけれど、(きた)え上げた体はかなりゴツゴツして頑丈(がんじょう)そうだ。手と足の皮膚が分厚(ぶあつ)くて、そこの温度がものすごく低い。……メリュジーヌの手足と似た感じ。たぶん近接戦(メレー)の心得がある。

「そうか。そんじゃお言葉に甘えるぜ。ちょうど(のど)(かわ)いてたんだ」

 若い方は肌艶があってたくましく日焼けしているけれど、メリュジーヌとは違う。どっちかというとピノンに近い。全身の温度が心臓から中心に広がっている感じ。そして脳の温度もこれまた高い。色々ひらめいて機転が利くタイプなんだろう。

「動けるか?」

 老人が俺に手を差し伸べてくれる。

「大丈夫です。アステ……俺の上にいる子を起こさないように、俺の寝ていた場所に寝かせてください」

「分かった。ルーガン。手を貸してやれ」

「俺が野郎(やろう)を起こすのかよ。スケベジジイ」

「小僧。良かったらこのヒヨッコの小さなケツにその太い逸物(いちもつ)を突っ込んでやれ」

「そんなことしませんから」

 スー……スー……

 裸の女子三人がすやすや眠る。もちろん布団(ブランケット)をかけて、首から下は見えないようにしてある。

(とこ)ずれが起きないようにしながら一刻も目を離さず、三人でお前を看病(かんびょう)していた」

 老人が三人の寝顔を見ながら、静かにつぶやく。

「ほんとにうらやましいぜ。俺にもそんな女房がいりゃいいのによお」

 ため息をつく若い方。

「お前みたいな(ぎょう)商人(しょうにん)には無理だ」

「なんでだよ?」

「町ごとに(めかけ)をつくってる甲斐性(かいしょう)なしなんかに(とつ)ぎたがる女なんざ、今時いねぇよ」

「言ったなジジイ。テメェこそ辺境の田舎町でヤギ相手に腰でも振ってな!」

 口汚くののしりながらも、どこか互いを思いやる雰囲気(ふんいき)のある二人。親子じゃない。でも親子に似た感じ。……なんでだろう、うらやましい。

「ところでここは、どこですか?」

 用意してもらった肌着(はだぎ)(ふく)を着てミルクを口に運んだあと、俺は聞くべきことを聞いた。

「タルバカン村だ」

「タルバカン……」

「知らねぇのか?そんなわけねぇだろ。オキシン国の地上迷宮セキドイシに挑む連中はどんな(ごう)の者だってこの村で補給(ほきゅう)休憩(きゅうけい)をとる。確かにここの親父の店は(きたな)くて(めし)不味(まず)いが、それでも水分と塩分補給には寄っていくもんだぜ?」

「店が汚くて飯が不味くて悪かったな」

「まったくだ。もっときれいで飯の美味い店があったら、毎度こんな店で金を落とさなくて済むってもんなのにな」

「そうか。〝今なら〟飯の美味い店に間に合うかもしれんぞ」

「ふん!……知るかよ」

 なんだろう?急に不穏(ふおん)な空気に変わる二人。

「で、どうやってセキドイシに入った?」

 けれど老人の方が先に空気を変える。俺の右目をじっと見つめる。

「………」

 俺は目を伏せる。ためらう。本当のことを言うかどうか。

 〈()(けん)珊瑚(さんご)(おの)」なら亜空間(あくうかん)カルミナブラーナにしまってある。叩っ斬るならいつでも出すぜぇ〉

 ……。

 それはない。

 助けてくれた恩人に、それはしない。

 でも、嘘が思いつかない。

 《助言。思いつく意思がそもそも召喚者には、ない》

 そう。

 若い男は不気味(ぶきみ)そうに顔をしかめて俺を見ているけれど、老人の方からは全くそういう気配がない。敵意もない。この感じは……どうしてか(なつ)かしい。(あこが)れル感じダ。

「エアーズロック」

 ()せていた目線を俺は老人に戻す。

「「?」」

「そう言われて、俺、気づいたらセキドイシの頂上にいました」

 沈黙が起きる。部屋全体が微かに()れる。天井から砂がパラパラと落ちてくる。

「おい、それってまさか」

「小僧。お前は召喚者(しょうかんしゃ)か」

「……はい」

「「……」」

 ますます気味悪がって眉毛(まゆげ)をゲジゲジみたいに動かす若い男。一方で、涙目(なみだめ)の老人。

「どうやって、1階層(かいそう)まで()りた?」

 涙目の老人が聞いてくる。

「どうやって?それはあの3人のおかげです」

 俺は首と目を向ける。二人が深い眠りに就く3人の女子を見る。

「迷宮を彷徨(さまよ)っていたら3人に(めぐ)り合えた。そして下まで降りられた。それだけです」

 首を戻した時、老人が瞼を閉じているのに気づく。涙が(こぼ)れ落ちる。

「あの地獄(じごく)を、たった4人で……」

 震える声をしぼった後、老人は肩で泣きはじめる。

 この人まるで、セキドイシ内部を知っているみたいだ。

「嘘だろ……セキドイシの頂上から下まで降りられる奴なんて、古今東西聞いたことがねぇ」

 ごくりと(つば)を呑み込む若い音を俺は拾う。

「ウゴエは?」

 かすれた声で、落涙(らくるい)する老人に問われる。

秘宝(ひほう)ウゴエを、お前は手に入れたか?」

「それは分からないです。ずっと魔物に追われ続けて、ただ、4人で生きて出ることしか頭になかったので」

「さすが」

 泣きながら、老人が笑う。

「?」

「ウゴエを手にする資格(しかく)をもつ勇者(ゆうしゃ)は、そこらの偽者とは(うつわ)が違う」

「まったくだ。普通ウゴエを手に入れたら冒険者ギルドだけじゃなく国王にすら自慢するもんだぜ」

 若い男の方は苦笑して左右を首に振ると、ミルクを一気に飲み干す。

 どうしてこの2人は俺がウゴエを、アステロイダを手に入れたことを知ってる?

 《(ほか)ならぬ者が、彼らに()げた》

 はい?

 〈聞いてみろよ。面白(おもしろ)いぜぇ〉

 脳内再生とシュクラサンゴは答えを知っているらしい。

 それなのに、俺は知らない。

 つまりあれか、俺が気を失っている間に何かあったってわけか。

「教えていただいてもよろしいですか」

「俺たちの名前か?そっちのジジイはノリッジで、俺はルーガンだ」

 そうじゃなくて。

「ノリッジさんにルーガンさんですね。あの」

「ここは俺の店の地下室だ。魔物に(おそ)われても()えられるように頑丈な構造になっている」

 そうじゃなくて。

「その地下室に」

「運んだのは俺の荷馬車だ」

 いやだから。

「運ぶ前に俺たち4人は、どこにいましたか?」

 ふう。やっと質問にたどり着けた。

「「セキドイシ1階層に決まってるだろう」」

 間違えた。えっと、

「お二人はどうして、俺たち4人が倒れている所を(すく)ってくださったんですか?」

「なんだ。そんなことか。それならそうと早く言ってくれ」

 聞こうとしているのに矢継ぎ早にそっちが答えるから聞けなかったんだが……。

「このジジイに聞け」

 鼻を鳴らして親指をノリッジに向けるルーガン。


「呼ばれた」。


「え?」

「「こっちへ来い」。あの迷宮に、俺は呼ばれた」

「ふざけた話だろ。こんな老いぼれジジイに、なんで地上迷宮セキドイシ様々が呼ぶってんだよ!」

「俺が〝食い残し〟だからだろう」

 老人はそう言って拳の傷に視線を落とす。

 食い残し……やっぱり、迷宮の生還者か。

「呼ばれた後、背筋が凍るような思いで、数十年ぶりに迷宮へ入った。そしたら見たこともないほどの瓦礫(がれき)の山の中、お前たち4人が倒れていた」

「「……」」

(すく)ってやれ。ウゴエたちを」

「「……」」

「その後は何も聞こえない。俺はとにかく急いで店に戻り、荷馬車を用意してお前たちを回収し、ここに(かくま)った」

 救ってやれ……。

 まさか、迷宮セキドイシがそんなことを誰かに伝えるなんて。

 〈クソったれハエ野郎が散々地面掘ったり、飛んでぶっ壊したりしたから、迷宮も腹が立ったんだろう。魔王への腹いせだろうぜぇ〉

 《迷宮の真意はいずれにせよ不明。油断大敵》

「そう言えばよ」

 耳をほじっているルーガンが耳垢を吹き飛ばす。

「「ウゴエたち」ってことは、お前ら4人全員が秘宝なのか?それとも4人の中の誰かがウゴエなのか?」

 この質問は、重い。

「ウゴエは、たぶん俺の中に宿った力だと思います」

 ルーガンの質問を切り返す。左眼で分かる。この人は見た感じ、抜けているようで、実は抜け目がない。だから言葉を選び、慎重に切り返す。

「で、あろうな。そうでなければセキドイシの1階層まで降りることなど(かな)わぬ」

 何度も(うなず)く老人ノリッジ。それに対して今度は胡散臭(うさんくさ)そうに俺を見る若者ルーガン。

 《海護慧(ウゴエ)たる海星人族(ビンタンラウト)アステロイダ・シンクヴェトリルと出会い、トモビキスライムの亜空間と、元珊瑚人族(ガーラン)で魔剣にされたシュクラサンゴを手にしたことで禁忌(きんき)シリーズを開き、魔王の幹部である淵壱(えんいち)を破った。ウゴエが召喚者釘崎鉄太郎(ていざきてつたろう)であるという論理はあながち間違いにあらず》

 丁寧すぎる説明どうも。脳内再生。

 〈なぁ。この若いひげ面はさっきから生意気で気に入らねぇから、斧でぶっ殺さねぇか?〉

 直球すぎる感情表現はひかえてくれ。シュクラサンゴ。

「そう言えば聞いていなかった。勇者よ、お前の名は何という?」

「勇者かどうかは知りませんが、俺は」

 名乗る。それはこの世界に俺がいることを示すことになる。

 〝空気〟でなくなることになる。

 俺を知る誰かが誕生することになる。

 《報告。異世界(いせかい)転移(てんい)した召喚者(しょうかんしゃ)全員(ぜんいん)に、ベルゼブブ撃破の報告と撃破者の氏名は既に連絡済み》

 ……マジか。

 〈しかもお前がエーススキルに選ばれたって言ってたぜぇ!良かったな!エーススキルっていやぁ一番命を狙われるエサの中のエサじゃねぇか!〉

 エーススキル?なんだそれ?

 《説明。エーススキルはジョーカースキルと拮抗(きっこう)するトランプスキル。ジョーカーに選ばれた志甫蒼空に匹敵する能力者は現時点でエーススキルに選ばれた召喚者釘崎鉄太郎のみ……召喚者と天使はそのように判断する》

 〈何が拮抗だ!五分五分?冗談じゃねぇ!このシュクラ様がジョーカーだろうと魔王だろうと全員ぶっ潰してやるぜぇ!!〉

 ……。

 ……。

 エース。

「死んだフリ」しかできないこの俺が、よりにもよって志甫の対抗馬に選ばれた。

 《推定。ジョーカーを倒し己の能力を強化するため、天使並びに召喚者たちは釘崎鉄太郎への接触を試みる可能性が極めて高い》

 それは、俺が、空気ではなく、「エース」だから。

 《然り》〈たりめーだ〉

 ……。

 ……。

 名前。場所。しかも厄介でしかない肩書き。

 そこまでバレているのなら、仕方ない。

 《召喚者よ。我らがついている》

 〈腹くくれ、ガキ。ちんたら生きてっと乗っ取っちまうぞ〉

 ああ。分かってる。二人ともありがとう。

「俺は、テイザキテツタロウと言います」

「「は?」」

「ですからテイザキ……」

「テイゼ……舌を噛みそうな名前だぜ」

「だからテイザキテツタロウ」

「テザキテ……呼びにくい。やはりこれが勇者の力か」

「関係ないです。だったらタロウでいいです」

「タロウ……呼びやすいが、若旦那の方がしっくりくる」

「タオル……確かに呼びやすいが、覚えづらい。小僧でいいか?」

「……はい。とにかく勇者とか呼ぶのはやめてください。それとさっきからずっと気になっていたのですが」


 ウオオオオオオオオオオオ……


「地下室の上で、何が起きているんですか?」

 地響き。そしてパラパラと落ちてくる砂。止まない何かの叫び声。

 ノリッジとルーガンが顔を見合わせる。急に二人とも老けた顔になる。疲労が顔に浮かぶ。

「人間の(ごう)だ」

「え?」

馬鹿(ばか)が馬鹿騒ぎの果てに馬鹿をやらかして、みんな馬鹿になっちまった」

 二人の言っていることがあいまいで、よく分からない。

「お前たち4人をセキドイシから助けた後のことだ」

 老人ノリッジがため息をつきながら天井を見上げる。

「冒険者がこの村に押し寄せた」

「どうして?」

「簡単なこった。セキドイシが昼も夜もなくメチャクチャに爆音立てて輝いていたんだぜ?気になるだろうよ、そりゃ」

「聞いたこともないような音量、叫び声、そして熱に光。国境を接している全ての国は無論、西方のマルコジェノバ国からも見えたという」

「……」

 セキドイシの騒音と騒光。

 たぶん俺たちとベルゼブブとの戦いのせいだ。

 ベルゼブブがドリル(さなぎ)の時には、メリュジーヌの武技とピノンの光の風でバンバンやったし、ベルゼブブが飛翔(ひしょう)可能(かのう)成虫(せいちゅう)になったらなったで、ブンブン飛び回るアイツのタックルを止めるのにアステロイダのメイドイソギンチャクを使った。それだけじゃない。大量の触手とか、おぞましい魔法の渦風をベルゼブブは放ってきた。

 どれもこれも全部、外に漏れない方がおかしい。

 聞こえて当然。見えて当然。

 セキドイシが何かが起きているとみんなに思われて当然だ。

 なるほど。要するに俺たちのせいか。

「いざ押し寄せてきた冒険者たちが恐る恐るセキドイシに入って見ると、魔物はもはやいない」

 それも仕方がない。セキドイシがたぶん俺からアステロイダを取り戻すため、そしてベルゼブブが確実に食べて成長するため、魔物は消尽した。いる方が不思議だ。

「慌ててここに戻ってきた俺も、道中でそれは聞いた。セキドイシに魔物はもういねぇぞって」

「それからは祭りだ」

 ノリッジが眼元に指を当ててため息をつく。

「ああ。まったくもって祭りだ」

 陶器に残っているミルクを再びカップに注ぎ入れ、自分だけゴクゴク飲むルーガン。

「どういう意味でしょうか?」

「プフゥ……ゲプッ!魔物がいなくなった秘境(ひきょう)。そしてその中には、マルコジェノバ連邦で最大の謎の一つとされた秘宝ウゴエが眠る。これを聞いて飛びつかない冒険者はいねぇよ」

 言って、カップを無造作にテーブルに置くルーガン。

「そして冒険者が金を落とすことを目当てに人がさらに集まる。タルバカン村の人口はもともと200人弱。それが、殺到した人間のせいで1万を超したと聞いた」

「1万?」

「ああ。もうやってられねぇさ。俺も最初はジジイの店が繁盛(はんじょう)しているんで仕入れに行ったりしてたが、のべつまくなしに色々な奴らがやってきやがる」

 ルーガンが苛立(いらだ)たしげに、指の爪で何度もカップを弾く。

「何人か、殴り殺したかもしれん」

 ノリッジがつぶやくと、ルーガンが弾くのをやめる。

「ありゃアイツらが悪い。犬の餌にするのももったいないくらいの外道だ。とにかく荒くれ者、ヤクザ、ならず者、冒険者、女郎(じょろう)、商売人、野次馬、金持貴族、何もかもがここにやってきた。店の仕入れも間に合わねぇ。ジジイのことも心配だし、ジジイはジジイでお前たちをかくまうので必死だ」

 ルーガンの全身の温度が上がっている。

「ウゴエを救えと、セキドイシに言われた。救えなければ地獄にいるセキドイシに顔向けができない」

 ノリッジの全身の温度が下がっている。

「それに、妙な者がうろついていた」

「?」

 俺は左目を閉じ、右目だけでノリッジを見る。

「ヒトは人相や容姿をいくら変えようと、目だけは変わらない」

「……」

「人相や容姿を変え、何者であるかを(くら)ましながら、うちの店を何度も訪れる者を、俺は見た。アイツは絶対にお前たちウゴエを狙っている」

 ノリッジと目が合い、俺は閉じていた左眼を開く。

「俺にはまだ分からねぇが、客商売の長いジジイにはそういうのが分かるらしい。だからジジイも余計に神経を使ってお前らを守った。分かったらちゃんと感謝しろよ。若旦那」

 せっかく勇気を振り絞って名乗ったけれど、あだ名すら覚えてもらえず、また小僧や若旦那に戻ってる俺。

 まあそれはいい。

 俺を探しに来そうな奴。

 召喚者。天使。

 ……。

 そう言われても、やっぱりどうしても、一人しか思い浮かばない。

 変装するとは思えない。変装する必要があるとも思えない。

 でも、あいつしか浮かばない。

 全員の顔と名前は浮かんでも、さらに立ち上がるくらい、強烈に浮かび上がってくるのは一人しかいない。

 修学旅行のホテルは相部屋で、バスの中では隣の席だったアイツ。

 俺を勝手に褒め、プロフェッサーキューブで何かを思い出していたアイツ。

 志甫蒼空(しうらそら)

 今この近くで俺を探し回っているのが、アイツかどうか。

 この目で確かめるしかない。

「そうして、人が馬鹿みたいに集まって、祭りみたいに毎日大騒ぎして、地元民が辟易(へきえき)している時だった。……ほんと神様っていうのは面白れぇな」

 ルーガンが声を立てずに笑う。

「神ではなく魔王かもしれんがな」

 ルーガンのカップを引き寄せ、自分のためにミルクを注いだノリッジは残り僅かのミルクをゴクリと飲む。

「?」

 神様?魔王?

 何だ?

 今起きている、表の騒ぎと関係があるのか?

「岩登りの得意な冒険者がどんどんセキドイシを登っていったらな。やっぱりまだ魔物が迷宮の中にいたんだ」

「……」

「自分からは何もしてこず、触れれば破裂し、次の瞬間には、人は獣のようになり果て、だれかれ構わず襲い掛かる」

 どこかで()ったような気がする、ソイツ。

「後はひでぇもんだ。伝染病(でんせんびょう)蔓延(まんえん)に近い。オキシン国の東にアルマンっていう王国があるが、あそこの風土病(ふうどびょう)チョルトよりやべぇ」

 風土病か。なるほど。

「魔物によってゾンビ化した者たちが、次々に新鮮な人間を襲って食らい、家畜を襲って食らい、セキドイシの周辺は今、地獄と化している」

 《推測》

 言わなくても分かる。あのテッポウキノコだろ。

 《支持(しじ)

 地上はテッポウキノコのせいでバイオハザードのアフターワールド状態。

 でもパンデミックじゃない。

 《支持》

 推定(すいてい)規模(きぼ)1万のゾンビ集団。

 風土病(エンデミック)より規模は大きいけれど、世界的蔓延(パンデミック)じゃない。せいぜいエピデミック。広範囲流行。

 〈何を考えてやがる〉

 ……言わなくても分かるだろ。〝もう〟長い付き合いだ。

 〈ヒッヒッヒッヒッヒッ!嫌いじゃねぇなぁ。お前の〝そういう〟ところぉ〉

 《不支持。追跡者(ついせきしゃ)の正体を見極めてから行うべき》

 大丈夫。〝あの〟テッポウキノコのゾンビが大勢いる。〝この〟俺にこれほど都合のいい場所はない。

 《……訂正。支持》

「よいしょ」

 ふらつきながら、俺は立ち上がる。

「お、おい!お前どこに行くつもりだ?」

用便(ようべん)ならそこの穴で足せ。後で捨ててやる」

「少し、外の様子を見てきます」

 二人の顔を見ず、俺は歩きながら告げる。

「はあ!?何言ってやがる!?外は今魔物だらけだぞ!」

「……村に元々いる人たちは、みなこの家のように地下室をもっているんですか?」

 ルーガンに答えず、ノリッジに尋ねる。

「ああ。地元民は魔物がはびこる前から自前の地下室にさっさと籠っている。食料の備蓄もあるだろうが、魔物ゾンビが現れてすでに十日も経つ」

「十日。それは厳しいですね」

「こっちはジジイが食堂やってたからまだ恵まれている方だ。普通の民家の地下室じゃ今頃下手すりゃ餓死……っておい!行くな若旦那!死ぬぞ!!」

「大丈夫です。こう見えても」

 振り返る。俺は女子3人を起こさないために指を自分の口に当てる。

「死んだフリだけは得意ですから」


 ギイ。バタン。


 扉を閉める。熱探知で地下道の構造はもう把握(はあく)している。出口も分かってる。

 タン。タン。タン。タン。タン。

 石の急な階段を上る。薄いけれど丈夫な石板でできた天井蓋に触れる。

「少し重いな」

 ゴゴゴゴゴゴ……

 《死んだフリスキル「死の芳香(ほうこう)デスノート」発動。トップノート、バイオリンエビ》

 テッポウキノコの天敵(てんてき)、バイオリンエビの腐臭(ふしゅう)(ただよ)わせて、俺は地上に出る。

「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」

「……」

 超久しぶりに見た夕陽(ゆうひ)に、俺は思わず絶句する。やばい、涙が出てくる。

 《死んだフリスキル「カタレプシー」発動》

「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」

 群青と橙に染まる広大な大地の上を、無数のゾンビたちが走り回る。食いまわる。転げまわる。噛みつきまわる。叫び回る。

 俺をあえて()けながら。

「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」

「誰か!誰か助けてーっ!」「助けを呼んでも無駄だ!突破口を探そう!」「ダメよ!囲まれてる!」「お互いに背中は守れ!生き延びるぞ!!」

 まだ生きている人間が何人かいる。バラバラの装備からして、たぶん冒険者。

 シュパーンッ!ゴロロロロ……

「?」

 テッポウキノコのゾンビの前で叫んでいた冒険者たちの首が、一瞬で落ちる。

 空気の熱移動を目でたどる。まるで(かま)を振って首を()ね飛ばしたかのよう。

「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」

 ガブシュッ!ガブッ!ガブッ!!

 首を失い出血と痙攣(けいれん)を起こしたまま、瞬く間に食われていく冒険者たち。

「……」

 俺は死んだフリをしたまま、空を見上げる。

 ヒュオオオオオオオ……

 ヒトが浮いている。

 見覚えのある髪。見覚えのある顔。見覚えのある肌。見覚えのある絹衣。

「この程度の風も防げないとは……エースではなさそうですね」

 見覚えのある声。見覚えのある手の中の懐中時計。見覚えのある声。

「エースは一体どこにいるのやら」

 志甫じゃない。

 あれは、天使サンダルフォン。

 この異世界に俺や志甫を召喚した張本人。

 《報告。天使サンダルフォンの能力は未知数。淵位の魔物ベルゼブブと同位かそれ以上と推定。現時点での交戦は不支持》

 分かってる。そこまで俺も馬鹿じゃない。

 ピノンもメリュジーヌもアステロイダも眠っているんだ。

 交戦なんてするつもりはない。

 グギャーオ……グギャーオ……

「はぁ、この肝心な時に」

 天使の口の動きを読む。アイツの目線を読む。

「グギャーオ!グギャーオ!!」

 その先にいるのは、極彩色(ごくさいしき)の鳥型魔物。ロックバード。

 しかも1匹じゃない。9匹。

「お前たちの相手をしているほど私は暇ではないのですよ!」

 天使が閃光を放つ。

 カッ!!!

 一瞬のうちに、白金色(プラチナ)の毛でおおわれた獣に変わる。体毛と翼をそなえた巨大トカゲ。それはまるで、おとぎ話に出てきそうなドラゴン。

 ビュオオオオオオオオオッ!!!!

 姿を変えた天使サンダルフォンが高速で空から消え去る。追いかけるロックバードが止まって見えるほど速い。

「「「「「「「「「グギャーオ!!グギャーオ!!!」」」」」」」」」

 〈なぁ〉

「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」

 〈まだかよ?〉

「……やってくれ」

 《了解。死んだフリスキル「カタレプシー」解除。「だるまさんが転んだ」発動》

 〈よっしゃああ!!!!亜空間(あくうかん)展開(てんかい)ィィィィ!!!!!〉


 カッ!!


 俺の周囲へ炎が、同心円状に広がる。

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!

 ベルゼブブの衝突(しょうとつ)エネルギーに耐えるために左眼の亜空間に取り込んだ熱エネルギーをすべて放出する。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオ……

 見渡す限りの焼け野原。

 テッポウキノコの胞子も含めて何もかも焼き尽くした。

「グギャー……オ……グギャ……」

 あれ?

 1匹だけ、ロックバードが生き残っている。ちゃんと動いてる。

「グギャー……」

 《注意。上位の魔物ロックバードが神焔(しんえん)アルテマコーストを放射(ほうしゃ)準備……》

 ドグシャッ!!!!

 俺は亜空間カルミナブラーナから取り出した珊瑚の斧を、ロックバードに投げつける。

「ギャ……」

 ベルゼブブの炎を食らい(もろ)くなっていたおかげで、生き残りのロックバードは光線を吐くことなく、動きを止める。

 ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。

 ロックバードの死骸へと近づいていく。

「……」

 他のロックバードと、色も温度も違う。どこか、灰色にくすんでいる。

 《体内に摂取して分析(ぶんせき)することを推奨(すいしょう)

 〈四十日も何も食ってねぇ。マジで腹ペコだ〉

「……」

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

「ふう」

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 《分析中》

 食欲が、止まらない。本当に、腹ペコだったんだ、俺。

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 《解析終了。原因(げんいん)判明(はんめい)

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 《この上位の魔物ロックバードは、セキドイシ頂上エアーズロックで召喚者を捕食。そのうちの一名久保(くぼ)千秋(ちあき)錬金(ダイヤ)スキルを継承(けいしょう)

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 《ダイヤスキルの初歩である「鉱物(こうぶつ)鑑定(かんてい)」獲得により、上位の魔物ロックバードは治癒(ちゆ)効果の高い特殊(とくしゅ)鉱物(こうぶつ)ミミングタイトをあえて選り好んで摂取(せっしゅ)。呑み込み続け、体内蓄積した結果、治癒(ちゆ)能力(のうりょく)を獲得。故に先ほどの煉獄(れんごく)に耐えた模様》

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 〈ひっひっひっ!どうだっていいぜもうそんなことぉ!要するによおおお!〉

 《報告。ダイヤスキルと、潤沢(じゅんたく)森神石(ミミングタイト)を獲得》

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 〈やべえぜこいつぅ!エーススキルのくせに、ダイヤスキルまで兼ね備えて、治癒鉱物も手に入れた!マジでモってんじゃねぇか!!ヒャッハッハッハッ!〉

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。

 〈これならよぉ……創れんじゃねぇのかおい……〉

 《支持。9441体の低位の魔物テッポウキノコ感染者と上位の魔物9体のロックバード撃破の経験値をダイヤスキルに振り分けが可能。振り分ければハイレベルスキル「錬成(れんせい)」が可能…………承諾(しょうだく)錬成(れんせい)開始(かいし)

 〈ひゃっほお~っ!!!!〉

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャン。

 《報告。ミミングプレート完成。胸部を補強》

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャチャン。

 《報告。ミミングガントレット完成。(ひじ)から手甲(てっこう)までを補強》

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャ。ジャキ。

 《報告。ミミンググリーブとミミングサバトン完成。(ひざ)から足先まで補強》

 ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクン。

「ふう……」

 焼き鳥の食いすぎで腹がいっぱいだ。

 少し薄味(うすあじ)だけど、セキドイシ内部で食べた魔物肉よりはだいぶ美味しい。

「お、おい。若旦那(わかだんな)

「ん?」

 ヴァサ……

 俺は声の方を振り返る。

「大丈夫かって……お前」

 声をかけてくれたまま固まるルーガン。何?

「なんという姿」

 ルーガンの隣にいるノリッジが俺の全身をまじまじと見つめる。

 《ロックバードの皮膚(ひふ)にミミングタイトを象嵌(ぞうがん)。ミミングマント完成》

「これが、ウゴエを宿した者の真の姿か」

 何の気なしに俺は、自分をさわってみる。

 鉛色の外衣が風で(ひるがえ)る。胸当に手甲に膝下に靴。いつの間に……。食事に夢中で気づかなかった。

「若旦那。お前がゾンビを消しちまったのか?」

「いや、俺はただ」

 くすんだ灰色の手甲にぼやけて映る自分の顔を見ながら答えに迷う。


 チリンチリーン……。


「!」

「どうした?」

「狸の埋葬」

「「?」」

「なんでもないです。白いドラゴンが現れたあと、全てが燃えた。……まるで火事のように」

 俺は周囲を見渡す。

 ヒュゥゥゥ……

 既に日は落ち、焼け野原の火も徐々に弱まっている。一日の仕事を終えた火葬場(かそうば)()でる風の音しか、もう聞こえない。

 ……聞こえたと思ったのに。

「迷宮セキドイシにしばらく人は、来ないと思います」

 目覚める前に聞いたのと同じ鈴の音が幻聴(げんちょう)だったことを確認すると、俺はノリッジとルーガンと共に、近所の村人の安否を確かめはじめた。






(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃん、これは?」

マソラ「それはバイケイソウ。探しているウルイに似ているけれど、食べると中毒(ちゅうどく)になる」

(てつ)太郎(たろう)「どうして違いがわかるの?」

マソラ「抜いてみればわかるけれど、ウルイは根元に(ねば)りがある。バイケイソウとかは根元の真ん中まで白くて、葉っぱがこうやって密に詰まっている」

蟇目(ひきめ)「よくそこまで分かりますね。私なんか、どこにどれが生えてるのか全然分かりません」

マソラ「山菜取りに慣れない人はとにかく山の斜面(しゃめん)をくまなく探そうとしますけれど、慣れると「あそこにはあれが生えている」と最初から目星(めぼし)をつけられるようになるんです。ですから、山菜の見た目の特徴と生えている場所を知っている人についていって教えてもらうのが、一番手っ取り早く山菜を採れるようになる方法です」

蟇目(ひきめ)「なるほど。プロに直接習うのが一番てわけか」

(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃんこれは?」

マソラ「それはコバイケイソウ。ウルイに似ているけれどやっぱり毒草(どくそう)だ。鉄太郎。今日はとりあえずウドとミズナを覚えて帰ろう。この二つは似ている毒草がほとんどないから」

(てつ)太郎(たろう)「うん!」


(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃん!採れたよ!」

マソラ「どれどれ……そうだね。それがウドだ。ちょっと待ってね」

 ビシャビシャビシャ。

マソラ「はい。土を洗い落として皮を()いたから、根元を(かじ)ってごらん」

(てつ)太郎(たろう)「このままで食べられるの?」

マソラ「鉄太郎にはたぶん美味しくはないけれどね」

(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃんは?」

マソラ「俺は好きな味だね。野菜売り場に綺麗に並ぶ野菜よりずっと好きな味だ」

 ショグ。ショグ。ショグ。……

(てつ)太郎(たろう)「なんか、変な味」

マソラ「鼻にヤニの香りが抜けていく。それでもほのかな甘みがある」

(てつ)太郎(たろう)「ん~、やっぱり美味しくない」

マソラ「ゴマ油で(いた)めれば、鉄太郎も気に入ると思うよ。さ、もう少しだけ取ろうか」

(てつ)太郎(たろう)「うん」

蟇目(ひきめ)永津(ながつ)(くん)!これで間違(まちが)いないかな!?」

マソラ「そうですね。コゴミとゼンマイ。間違いないです。ただ、ちょっと()りすぎです」

蟇目(ひきめ)「え?」

マソラ「これら山菜は山に無限に生えているわけではないので、こうした植物の群落を見つけたら半分くらいは残してください。欲張(よくば)りは禁物です」

蟇目(ひきめ)「あ、ははは。つい興奮して採りすぎてしまった。すまない」

マソラ「あそこにミズナがあります。根の張りが浅いので簡単に抜けます。鉄太郎と一緒に、取り過ぎないように採取してください」

蟇目(ひきめ)「はい。気を付けます」


蟇目(ひきめ)「いや~山菜採りなんて初めてで、気持ちが良いし、自分がとったものを食べられると思うとワクワクしますね」

マソラ「釘崎(ていざき)さんまで4月の山菜取りの授業に参加して楽しんでもらえて、良かったです」

(てつ)太郎(たろう)「ねぇお兄ちゃん!これは!?」

マソラ「ワラビだね。ポキンと簡単に折れるから採ってごらん」

蟇目(ひきめ)「ん?あれは……」

 ザッザッザッザッ……

マソラ「鉄太郎。ワラビは生で(かじ)っちゃダメ」

(てつ)太郎(たろう)「そうなの?」

マソラ「これは灰汁(あく)が強い」

(てつ)太郎(たろう)「アクって何?」

マソラ「植物のもつエグ味とか苦味(にがみ)だね。あまり身体にはよくないから(しお)()でして冷水にさらしてから食べ……」


蟇目(ひきめ)「うわぁ!」


二人「「?」」

蟇目(ひきめ)「永津君!ちょ、ちょっとこっちへ来てっ!」

闇「どうかしましたか?」

(てつ)太郎(たろう)「お父さんどうしたの?」

蟇目(ひきめ)「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

闇「ああ、タヌキですね」

(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃん、これ4匹とも、死んでるの?」

闇「分からない。おや、(ナツ)に発生する月夜茸(つきよだけ)がここだけたくさん枯れ幹に生えてる……ヒラタケかムキタケと間違えて食べて死んじゃったのかな?」

蟇目(ひきめ)「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

闇「こんなところで野ざらしなのは可哀そうだから、埋めてあげよう」

(てつ)太郎(たろう)「うん」

闇「釘崎さん」

蟇目(ひきめ)「……」

(てつ)太郎(たろう)「お父さんてば!お兄ちゃんが呼んでる!」

蟇目(ひきめ)「……え!?」

闇「大丈夫ですか?」

蟇目(ひきめ)「はい」


闇「騒々しい(のこぎり)のような機械音や雨の音や電話の着信音(ちゃくしんおん)でも聞こえましたか?」。


蟇目(ひきめ)「!?」

闇「釘崎さんは、採取した(アキ)の山菜を種類ごとにジッパーに分けてください」

蟇目(ひきめ)「あっ、ああ、はい!」

 ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!

(てつ)太郎(たろう)「これくらいでいい?」

闇「そうだね。十分だ」

(てつ)太郎(たろう)「んん!このタヌキ……重い!」

闇「鉄太郎よりは軽いけれど、死んだ生き物はとても重く感じる」

 ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。

闇「土を盛って、土饅頭をつくる」

(てつ)太郎(たろう)「ツチマンジュウ?」

闇「お墓のことだよ」

 ジャッ。ジャジャッ。ジャッ。ジャジャッ。ジャ……

(てつ)太郎(たろう)「ねぇお兄ちゃん」

闇「なあに?」

(てつ)太郎(たろう)「もしさっきのタヌキが死んでなかったらどうしよう?」

蟇目(ひきめ)「……」

闇「そうだね。じゃあこうしておこう」

 チリンチリンチリン。

(てつ)太郎(たろう)「鈴?」

闇「そう。土饅頭に刺した枝に鈴をつける。こうすれば、もし生きていたら仲間に鈴を鳴らして知らせられるから、平気でしょ?」

(てつ)太郎(たろう)「うん!」

蟇目(ひきめ)「永津君!」

闇「何か?」

(てつ)太郎(たろう)「お父さん?」

蟇目(ひきめ)「頼むからそういう、変なことをして息子を揶揄(からか)うのはやめてくれないか!?」

闇「揶揄(からか)う?」

蟇目(ひきめ)「こんなの、無意味に子どもを怖がらせるだけだ!第一、なんで鈴なんて持ち歩いているんだ君は!?」

闇「これは予備のクマ除けの鈴です。クマ除けの鈴くらい、(フユ)山に入る人なら少なからず持っているものです」

蟇目(ひきめ)「だとしてもだ。クマ除けの鈴をこんな所でいちいちタヌキの墓なんかに使っ」


 チリンチリーン。


蟇目(ひきめ)「!?」


 チリンチリーン。


蟇目(ひきめ)「え。鳴ってる」


 チリンチリーン。


蟇目(ひきめ)「あれ?鉄太郎?永津君?二人ともどこに行った?鉄太郎!!永津君!!」

 ポ。

蟇目(ひきめ)「夜!?なんだ!?あの光は!!」

 ポポポポポ。

蟇目(ひきめ)「はあ、はあ、はあ、はあ」

 ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ。

蟇目(ひきめ)「やめろ……夜の森になんでこんな、光がたくさん……」

 フワーン……フワーン……

蟇目(ひきめ)「はあっ!はあっ!はあっ!はあっ!」

 フワーン……フワーン……

蟇目(ひきめ)「やめろ!俺を追いかけて来るな!!熱い!!!」

 フワーン……ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

蟇目(ひきめ)「ぬああああああああああああああああっ!!!!!」


(てつ)太郎(たろう)「お父さん!お父さんってば!」

蟇目(ひきめ)「……?」

(てつ)太郎(たろう)「大丈夫?」

蟇目(ひきめ)「鉄太郎?……あれ、昼間?……夢?……ん?うわああっ!!!」

(てつ)太郎(たろう)「どうしたの?」

蟇目(ひきめ)「これっ!これっ!」

(てつ)太郎(たろう)「タヌキの死体だよ。お父さん、タヌキの死体見つけて倒れちゃったから、お兄ちゃんが助けを呼びに行ったよ……お父さん?」

蟇目(ひきめ)「この!タヌキっ!!」

(てつ)太郎(たろう)「お父さん何するの!?」

 ガブッ!

蟇目(ひきめ)「痛っ!」

 ザザザザザザザッ!!

蟇目(ひきめ)「タヌキの奴……やっぱり」

マソラ「死んだフリでしたか?」

蟇目(ひきめ)「!?」

(てつ)太郎(たろう)「お兄ちゃん!お父さん目を覚ましたよ!でも!」

マソラ「つかんでぶん投げようとしたら()まれた、みたいですね」

蟇目(ひきめ)「これくらい、何ともないです」

マソラ「狂犬病(きょうけんびょう)のワクチンは打っていますか?」

蟇目(ひきめ)「狂犬病?」

マソラ「発症すると(じん)(じゅう)問わずほぼ確実に宿主(しゅくしゅ)を殺すウイルスです。(よだれ)を垂れ流し、水が飲めなくなり、光に(おび)え、何が何だか分からなくなり、譫妄(せんもう)状態(じょうたい)で死ぬ病気です。そのワクチンを打っていますか?」

蟇目(ひきめ)「……打ってない」

マソラ「そうではないかと思ったので、すぐ近くまで職員の先生を呼びました。先生の車に乗って診療所(しんりょうじょ)まで急いで行きましょう。立てますか?」

蟇目(ひきめ)「立てる……あっ!」

 ドサリッ!

蟇目(ひきめ)「ふう、ふう、ふう……」

マソラ「鉄太郎。鉄太郎もお父さんを運ぶのを手伝って」

(てつ)太郎(たろう)「分かった!」

 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……

蟇目(ひきめ)(すず)はつけないのか?」

マソラ「はい?」

蟇目(ひきめ)土葬(どそう)したあと、タヌキの墓に鈴はつけないのか?」

マソラ「しませんよ、そんなこと」

蟇目(ひきめ)「そうか……」

マソラ「第一、(たぬき)埋葬(まいそう)に、(すず)()らない」

蟇目(ひきめ)「?」

マソラ「夜の森の中でたくさんの光が見えること。それを「狸の埋葬」といいます。狸がヒトの葬式(そうしき)の真似をするという伝承(でんしょう)です。あれを見てしまうとよくないことがある。そう、集落のお年寄りから聞いたことがあります」

鉄太郎「よくないことって何?」

マソラ「確か、火事(かじ)になったって聞いたね。〝誰の何が燃えたのか〟までは(くわ)しく聞かなかったけど」

蟇目(ひきめ)全身(ぜんしん)()かれて………やっちまったか」

マソラ「大丈夫ですか?」

蟇目(ひきめ)「なんでもない」

マソラ「ああ、それと」


 チリンチリーン。


闇「(ひと)(つち)饅頭(まんじゅう)には、ここでは(すず)をつけます」。


父子(ふし)「「……」」

マソラ「古い土葬墓(どそうぼ)につけっぱなしのままですが、時折ああして()ります。今、聞こえているのは風か獣のしわざだと思いますが、元々は、埋葬してすぐだと死者が生き返ることがあるので、生きていることを〝中の人〟が周囲の人々に知らせるために鈴をつけたんだそうです」

父子(ふし)「「……」」


女医(じょい)血清(けっせい)はあいにくここにはないけど、ワクチンでもまぁ命に別状はないでしょ」

蟇目(ひきめ)「それって、助かるってことですよね?」

女医「噛まれてから時間が経ってないから大丈夫。平気よ」

蟇目(ひきめ)「良かった」

女医「しかし気の()く子が(そば)にいて良かったね」

蟇目(ひきめ)「はい。()(もり)(さと)学園(がくえん)でボランティアをしている少年で、私の息子も大変懐(なつ)いていて」

女医「そりゃよかった。治療に関して何かほかに質問はあるかい?」

蟇目(ひきめ)「あの」

女医「ん?」

蟇目(ひきめ)「治療とは関係ないのですが……(たぬき)(まい)(そう)って、ご存じですか?」

女医「狸の埋葬?夜の山で見えるっていうアレかい?」

蟇目(ひきめ)「そうです!それです!」

女医「他所(よそ)じゃ(きつね)嫁入(よめい)りとかいう火の群れのことだろう。あたしの祖母(ばあ)ちゃんが昔、そんな話を囲炉裏端(いろりばた)でボソボソ話してくれたよ。でもそんな古い言葉、誰から聞いたんだい?」

蟇目(ひきめ)「先ほど話したボランティアの少年です」

女医「その子の名前は?」

蟇目(ひきめ)永津(ながつ)真天(まそら)、君です」

女医「ああ。なるほどね。あの子なら知ってるかもねぇ」

蟇目(ひきめ)「?」

女医「あの子、変わってるだろ?」

蟇目(ひきめ)「え、ええ。なんというかその」

女医「つかみどころがない?」

蟇目(ひきめ)「はい」

女医「ハズレね」

蟇目(ひきめ)「?」

女医「つかんでいい者ではない。ここの山歩きであの子に会った時、あたしはそう知った」

蟇目(ひきめ)「………」

女医「とにかく色々知っている子だから頼りにはなるよ。今回だってあの子が狂犬病のことを知っていたからワクチン打てたんだ。良かったわね。そのまま放置して万が一発症(はっしょう)したらお陀仏(だぶつ)なんだから」

蟇目(ひきめ)「そうですよね。本当にありがたいことです」

女医「一年半前にね、山仲間3人と一緒にここの山に登って、キノコを食べたのよ」

蟇目(ひきめ)「?」

女医「毒キノコとも気づかずに」

蟇目(ひきめ)「……」

女医「3人とも中毒で死んだわ。私だけ助かったの。なんでか分かる?」

蟇目(ひきめ)「医者だから、薬がすぐに手に入ったとか?」

女医「違うわ。私は毒キノコを一つも食べてない」

蟇目(ひきめ)「え?じゃあ毒キノコだと気づいて……」

女医「道に迷って穴に落ちたから、毒キノコを食べずに済んだ」

蟇目(ひきめ)「は?」

女医「穴に落ちた際、キノコを入れた袋が破れた。別の穴を近くで掘っていた永津君がちょうどそのときやってきて、ぼんやりしている私を助け、キノコを拾いなおしてくれたの。量が減っているのにあとで気づいたけど、毒キノコを捨ててくれてたのね。だから私は結果的に、毒キノコを一つも食べずに済んだ」

蟇目(ひきめ)「永津君が……穴を掘っていた?」

女医「土葬(どそう)が禁止された後、放置されている土葬墓の〝中の人〟を火葬しなくちゃいけないから掘っていたんだって!笑っちゃうわよね。それに気づかないで、私ったら山で3人と(はぐ)れて道迷いになった挙句(あげく)墓穴(はかあな)に落っこちちゃうなんて。これがほんとの墓穴(ぼけつ)()る、ね。アッハッハッハッ」

蟇目(ひきめ)「そんな偶然……」

女医「ほんと、そうね。………3人を(とむら)うために、死んでいたはずの私は大学病院をやめてここにUターンして、診療所(しんりょうじょ)を開いてる」

蟇目(ひきめ)「彼に……(みちび)かれた」

女医「(ゆだ)ねてもいいか、あるいは拒絶(きょぜつ)されるか」

蟇目(ひきめ)「……」

女医「それはあの子が決めること。墓に入るのとは違う。〝こっち〟は決めていい立場じゃない。(やま)(はい)るのと一緒(いっしょ)よ」

蟇目(ひきめ)「……ありがとうございました」。

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