その1
魔物A「なんだ?何があった?」
魔物B「知らねぇのかお前?」
魔物A「今の今まで抱いた雌人を食らったばかりだ。何も知らねぇよ」
魔物B「ベルゼブブ様が、殺されたそうだ」
魔物A「なんだって!?」
魔物B「ああ。最初は耳を疑った。俺たちの子守歌にすら登場する魔物の中の魔物だ」
魔物C「そう言えば歌ったのう……千代に渡り地獄の軍団長を務めし蠅王ベルゼブブ……何度謡ったことか」
魔物A「爺さんもベルゼブブ様の死報を知ってんのか?」
魔物C「知らんのは大食漢のお前くらいじゃろうなぁ」
魔物A「ちっ。でぇ?どこの区の魔物にやられたんだ?」
魔物B「噂だが、人間の召喚者らしい」
魔物A「召喚者……」
魔物C「召喚者を知らぬか?」
魔物A「それくらいなら聞いたことがある。だがベルゼブブ様を殺せる人間なんているわけねぇだろ」
魔物C「召喚者の中にはジョーカーと呼ばれる、怖いもの知らずの愚者がおるそうじゃ」
魔物B「ジョーカー?」
魔物C「魔王様を模した創造主を名乗る神の戯れ。それがジョーカー。おそらくそやつがベルゼブブ様を亡き者にしたのじゃろう。魔王様が永久に強いゆえ、愚かな神はとうとう切札を出しよったのじゃ」
魔物A「こ……これからどうなるんだ?」
魔物B「それだ。それがあのありさまだ」
魔物A「なんだあれ?立札の前に魔物が群がってるじゃねぇか」
魔物C「ふむ。……『布告。人の飼い主か否か、餌たる人か否か、魔族か否か。これ一切を問わず、もっとも強き者を魔王は求め、それを新たなる淵壱とする。己の才に覚えのある者は第Ⅷ(8)地区へ集え』……そう書かれておった」
魔物A「淵壱……伝説のベルゼブブ様の後釜になれるのか!?」
魔物B「らしいな。誰でも」
魔物C「強ければ、の話じゃが」
魔物A「マジか……それじゃ、もしかしたら俺が淵位の魔物になれるってことか?」
魔物B「そうなる前に、お前が食らおうとした人間に殺られるかもな」
魔物C「ベルゼブブ様が人間に殺られたように」
魔物A「はぁ!?この俺が人間なんぞに殺されるわけがねぇだろうが!!」
魔物C「なら尋常に名乗れ。魔王領バルディア帝国の中枢たる第Ⅷ地区へ行くがよい」
魔物B「棲みつく魔物は最低でも上位の上。魔王様の城の中は噂じゃ、特異の魔物ばかりらしいぜ」
魔物C「そして残り七柱となった淵位の魔物が御座す場所が、魔王城第Ⅷ地区」
魔物A「うっ……」
魔物C「まぁ、行くも地獄、行かぬも地獄じゃろうな」
魔物AB「「?」」
魔物C「ベルゼブブ様はそもそも軍団長。刺客が本職ではない。その魔王の軍団長を押しのける召喚者はいわば、国家同盟規模の戦域軍。戦域軍が相手であればひょっとすると、魔王様は予備軍編成のため、召集令状を全魔物へ配ってくださるやもしれぬ」
魔物B「あー、なるほど。生まれてこの方一度も経験がないから、そんなこと考えもしなかったぜ」
魔物A「爺さんは、人間たちとガチンコの戦争をしたことがあるのか?」
魔物C「生憎とない。ワシが生まれてこの方600年で、予備軍が組まれたことなど一度もない。が、餌食いと共喰いの毎日に飽きた。強すぎる魔王様にはあまりに申し訳ないが、平和過ぎるバルティアに、もはや飽いた。召集令の前に行われるであろう兵募集の段階で軍魔としてワシは応ずる予定じゃ」
魔物B「ベルゼブブ様が殺されたマルコジェノバ連邦に駆り出されて人間狩りか。俺もどっちかと言えばそっち向きだ。本気で殺し合った奴を、遠慮なく、際限なく食う。ついでに、弱い人間相手に負けられねぇ緊迫感……考えるだけで血が沸くぜ」
魔物A「おい。ちょっと聞いてもいいか」
魔物B「どうした?」
魔物A「今、マルコジェノバ連邦で人間狩りと言ったのか?」
魔物C「そうじゃ。ベルゼブブ様が殺されたマルコジェノバの地に召喚者はおる。おるに決まっておる。だから彼の地で傭兵や先兵として劫初から生きる同胞らと合流し、人間を殺して食い、召喚者を殺して食らうのじゃ」
魔物A「ベルゼブブ様の代わりって、誰が軍団長をするんだ?」
魔物BC「「……フッ」」
魔物A「?」
魔物BC「ハッハッハッハッ!」「フォッフォッフォッフォッ!」
魔物A「何か可笑しいことを俺、言ったか?」
魔物B「誰が軍団長かだと!?そんなこと、知るもんか!」
魔物C「淵壱を上回る誰かであろう。であれば誰でも良いわい。そのようなことは我らの誰一匹としてあずかり知らぬことよ」
魔物BC「「魔王ラクシャラーヴァ様を除いて」」。
魔物A「そうだった。愚問を許せ」
1.呼び鈴
チリンチリン……
「……」
ん?
ポニョ。
んん?
ボニョン。
えっ!?
ショリショリ。
「……」
うっそ。
うそだ。ちょっと待て。何が起きてる?
スー……スー……
この状況は何だ?えっと、えっと待て。
「テッチ……」「テツ……さま……」「ダーリン……」
《報告。エルフ娘とムカデ女と海星人族の王女が、仰向けで寝ている召喚者を介抱中》
介抱。えっと、うん。分かった。そうじゃなくて脳内再生!
《エルフとムカデ女と海星人族が低体温状態の召喚者へ熱移動を実施中。熱は高い所から低い所へしか移動しない》
それは分かってる!そうじゃなくて!……そっか、だから裸で、裸の俺に抱き着いているのか。冷静になれ……ない!
ムク。
やばっ!
《報告。全身の体温が急速に向上。死んだフリスキル「カタレプシー」解除。「だるまさんが転んだ」発動。ついでに鼠径部中央に血液充填中》
しなくていいから!やめろ!やめてマジで!
俺の腹の上に素っ裸のアステロイダいるからマジでやめて!
《報告。回避不能》
だったらまた「カタレプシー」でとめてくれ!
《エルフとムカデ女と海星人族は41日間にわたり、召喚者の連続介抱を実施》
え?
41日……?
一体どうして俺はそんなに長い時間眠って……
〈お前が死にかけたからに決まってんだろう!〉
その声は、シュクラサンゴ。無事だったのか。
〈その言葉、そのままお前にかえす。死にぞこないが。おかげで乗っ取るのにまた失敗したぜ。でもまさかベルゼブブを本当に倒しちまうとはなぁ〉
……。
そうか。
俺は倒したのか、ベルゼブブを。
《淵位の魔物ベルゼブブを撃破。結果、地上迷宮セキドイシからの脱出に成功》
脱出?
脱出したのか?
そう言えばここ、どこだ?
天井。
木組み……木材だ。天井板があって、板が剥がれている所からは梁が見える。
石造りの壁。でも人工的に削ったように角ばっている。隙間にはセメントのようなものを塗りこんだ形跡もある。あっ、火は着いていないけれど暖炉まである。……?
「ん~テッチィ……」
ピト。
「!!!!」
ひぃーっ!!
俺の上に乗っかるアステロイダのアステロイダに、俺の俺が触れたぁーっ!!
《子孫繁栄》
〈そういやビッチの奴、お前の子どもぉ欲しがっていたなぁ〉
止めろって二人とも!どうみても非常事態だろ!
ガチャ。ギー……
「あっ」
ひーっ!こんな情事一歩寸前の現場を人に見られた!!!
まずい!俺はそういうキャラじゃない!ミッドナイトでもノクターンでもない!信じてくれ!!
「とうとう目が覚めたのか。良かった」
全身から汗が噴き出しそうな俺を眩しそうに見る老人の手には、小さなカンテラ。
あ、そうか。この部屋は暗いのか。
左眼の赤外線で見ていたから気づかなかった。
「んん?……おっ!若旦那。目が覚めたらさっそくおっ勃てて一戦楽しもうってハラかい?ブランケットがテントになってるぜ!」
やめてっ!余計な事いわないでっ!!鎮まれ!俺の俺!!!
っていうかこの若い声の男は誰だ?
手に何か持ってるし。
マグカップ二つと円錐形の陶器……微かに牛乳の匂いが陶器からする。
「どうやらカップはもう一つ必要みてぇだな」
「俺はいい。それよりお前とこの小僧で飲め」
言って、「よっこいしょ」と、背もたれのない木椅子に腰かける老人。
シュッ!ジジ……
老人はマッチを擦り、木製のテーブルにある金属製っぽい燭台の蝋燭に火を近づける。次第に部屋が明るくなる。入ってきた二人の顔が一層浮かびあがる。
マッチを擦った男の年齢は、少しいっているけれど、鍛え上げた体はかなりゴツゴツして頑丈そうだ。手と足の皮膚が分厚くて、そこの温度がものすごく低い。……メリュジーヌの手足と似た感じ。たぶん近接戦の心得がある。
「そうか。そんじゃお言葉に甘えるぜ。ちょうど喉が渇いてたんだ」
若い方は肌艶があってたくましく日焼けしているけれど、メリュジーヌとは違う。どっちかというとピノンに近い。全身の温度が心臓から中心に広がっている感じ。そして脳の温度もこれまた高い。色々ひらめいて機転が利くタイプなんだろう。
「動けるか?」
老人が俺に手を差し伸べてくれる。
「大丈夫です。アステ……俺の上にいる子を起こさないように、俺の寝ていた場所に寝かせてください」
「分かった。ルーガン。手を貸してやれ」
「俺が野郎を起こすのかよ。スケベジジイ」
「小僧。良かったらこのヒヨッコの小さなケツにその太い逸物を突っ込んでやれ」
「そんなことしませんから」
スー……スー……
裸の女子三人がすやすや眠る。もちろん布団をかけて、首から下は見えないようにしてある。
「床ずれが起きないようにしながら一刻も目を離さず、三人でお前を看病していた」
老人が三人の寝顔を見ながら、静かにつぶやく。
「ほんとにうらやましいぜ。俺にもそんな女房がいりゃいいのによお」
ため息をつく若い方。
「お前みたいな行商人には無理だ」
「なんでだよ?」
「町ごとに妾をつくってる甲斐性なしなんかに嫁ぎたがる女なんざ、今時いねぇよ」
「言ったなジジイ。テメェこそ辺境の田舎町でヤギ相手に腰でも振ってな!」
口汚くののしりながらも、どこか互いを思いやる雰囲気のある二人。親子じゃない。でも親子に似た感じ。……なんでだろう、うらやましい。
「ところでここは、どこですか?」
用意してもらった肌着と服を着てミルクを口に運んだあと、俺は聞くべきことを聞いた。
「タルバカン村だ」
「タルバカン……」
「知らねぇのか?そんなわけねぇだろ。オキシン国の地上迷宮セキドイシに挑む連中はどんな剛の者だってこの村で補給か休憩をとる。確かにここの親父の店は汚くて飯も不味いが、それでも水分と塩分補給には寄っていくもんだぜ?」
「店が汚くて飯が不味くて悪かったな」
「まったくだ。もっときれいで飯の美味い店があったら、毎度こんな店で金を落とさなくて済むってもんなのにな」
「そうか。〝今なら〟飯の美味い店に間に合うかもしれんぞ」
「ふん!……知るかよ」
なんだろう?急に不穏な空気に変わる二人。
「で、どうやってセキドイシに入った?」
けれど老人の方が先に空気を変える。俺の右目をじっと見つめる。
「………」
俺は目を伏せる。ためらう。本当のことを言うかどうか。
〈魔剣「珊瑚の斧」なら亜空間カルミナブラーナにしまってある。叩っ斬るならいつでも出すぜぇ〉
……。
それはない。
助けてくれた恩人に、それはしない。
でも、嘘が思いつかない。
《助言。思いつく意思がそもそも召喚者には、ない》
そう。
若い男は不気味そうに顔をしかめて俺を見ているけれど、老人の方からは全くそういう気配がない。敵意もない。この感じは……どうしてか懐かしい。憧れル感じダ。
「エアーズロック」
伏せていた目線を俺は老人に戻す。
「「?」」
「そう言われて、俺、気づいたらセキドイシの頂上にいました」
沈黙が起きる。部屋全体が微かに揺れる。天井から砂がパラパラと落ちてくる。
「おい、それってまさか」
「小僧。お前は召喚者か」
「……はい」
「「……」」
ますます気味悪がって眉毛をゲジゲジみたいに動かす若い男。一方で、涙目の老人。
「どうやって、1階層まで降りた?」
涙目の老人が聞いてくる。
「どうやって?それはあの3人のおかげです」
俺は首と目を向ける。二人が深い眠りに就く3人の女子を見る。
「迷宮を彷徨っていたら3人に巡り合えた。そして下まで降りられた。それだけです」
首を戻した時、老人が瞼を閉じているのに気づく。涙が零れ落ちる。
「あの地獄を、たった4人で……」
震える声をしぼった後、老人は肩で泣きはじめる。
この人まるで、セキドイシ内部を知っているみたいだ。
「嘘だろ……セキドイシの頂上から下まで降りられる奴なんて、古今東西聞いたことがねぇ」
ごくりと唾を呑み込む若い音を俺は拾う。
「ウゴエは?」
かすれた声で、落涙する老人に問われる。
「秘宝ウゴエを、お前は手に入れたか?」
「それは分からないです。ずっと魔物に追われ続けて、ただ、4人で生きて出ることしか頭になかったので」
「さすが」
泣きながら、老人が笑う。
「?」
「ウゴエを手にする資格をもつ勇者は、そこらの偽者とは器が違う」
「まったくだ。普通ウゴエを手に入れたら冒険者ギルドだけじゃなく国王にすら自慢するもんだぜ」
若い男の方は苦笑して左右を首に振ると、ミルクを一気に飲み干す。
どうしてこの2人は俺がウゴエを、アステロイダを手に入れたことを知ってる?
《他ならぬ者が、彼らに告げた》
はい?
〈聞いてみろよ。面白いぜぇ〉
脳内再生とシュクラサンゴは答えを知っているらしい。
それなのに、俺は知らない。
つまりあれか、俺が気を失っている間に何かあったってわけか。
「教えていただいてもよろしいですか」
「俺たちの名前か?そっちのジジイはノリッジで、俺はルーガンだ」
そうじゃなくて。
「ノリッジさんにルーガンさんですね。あの」
「ここは俺の店の地下室だ。魔物に襲われても耐えられるように頑丈な構造になっている」
そうじゃなくて。
「その地下室に」
「運んだのは俺の荷馬車だ」
いやだから。
「運ぶ前に俺たち4人は、どこにいましたか?」
ふう。やっと質問にたどり着けた。
「「セキドイシ1階層に決まってるだろう」」
間違えた。えっと、
「お二人はどうして、俺たち4人が倒れている所を救ってくださったんですか?」
「なんだ。そんなことか。それならそうと早く言ってくれ」
聞こうとしているのに矢継ぎ早にそっちが答えるから聞けなかったんだが……。
「このジジイに聞け」
鼻を鳴らして親指をノリッジに向けるルーガン。
「呼ばれた」。
「え?」
「「こっちへ来い」。あの迷宮に、俺は呼ばれた」
「ふざけた話だろ。こんな老いぼれジジイに、なんで地上迷宮セキドイシ様々が呼ぶってんだよ!」
「俺が〝食い残し〟だからだろう」
老人はそう言って拳の傷に視線を落とす。
食い残し……やっぱり、迷宮の生還者か。
「呼ばれた後、背筋が凍るような思いで、数十年ぶりに迷宮へ入った。そしたら見たこともないほどの瓦礫の山の中、お前たち4人が倒れていた」
「「……」」
「救ってやれ。ウゴエたちを」
「「……」」
「その後は何も聞こえない。俺はとにかく急いで店に戻り、荷馬車を用意してお前たちを回収し、ここに匿った」
救ってやれ……。
まさか、迷宮セキドイシがそんなことを誰かに伝えるなんて。
〈クソったれハエ野郎が散々地面掘ったり、飛んでぶっ壊したりしたから、迷宮も腹が立ったんだろう。魔王への腹いせだろうぜぇ〉
《迷宮の真意はいずれにせよ不明。油断大敵》
「そう言えばよ」
耳をほじっているルーガンが耳垢を吹き飛ばす。
「「ウゴエたち」ってことは、お前ら4人全員が秘宝なのか?それとも4人の中の誰かがウゴエなのか?」
この質問は、重い。
「ウゴエは、たぶん俺の中に宿った力だと思います」
ルーガンの質問を切り返す。左眼で分かる。この人は見た感じ、抜けているようで、実は抜け目がない。だから言葉を選び、慎重に切り返す。
「で、あろうな。そうでなければセキドイシの1階層まで降りることなど叶わぬ」
何度も頷く老人ノリッジ。それに対して今度は胡散臭そうに俺を見る若者ルーガン。
《海護慧たる海星人族アステロイダ・シンクヴェトリルと出会い、トモビキスライムの亜空間と、元珊瑚人族で魔剣にされたシュクラサンゴを手にしたことで禁忌シリーズを開き、魔王の幹部である淵壱を破った。ウゴエが召喚者釘崎鉄太郎であるという論理はあながち間違いにあらず》
丁寧すぎる説明どうも。脳内再生。
〈なぁ。この若いひげ面はさっきから生意気で気に入らねぇから、斧でぶっ殺さねぇか?〉
直球すぎる感情表現はひかえてくれ。シュクラサンゴ。
「そう言えば聞いていなかった。勇者よ、お前の名は何という?」
「勇者かどうかは知りませんが、俺は」
名乗る。それはこの世界に俺がいることを示すことになる。
〝空気〟でなくなることになる。
俺を知る誰かが誕生することになる。
《報告。異世界転移した召喚者全員に、ベルゼブブ撃破の報告と撃破者の氏名は既に連絡済み》
……マジか。
〈しかもお前がエーススキルに選ばれたって言ってたぜぇ!良かったな!エーススキルっていやぁ一番命を狙われるエサの中のエサじゃねぇか!〉
エーススキル?なんだそれ?
《説明。エーススキルはジョーカースキルと拮抗するトランプスキル。ジョーカーに選ばれた志甫蒼空に匹敵する能力者は現時点でエーススキルに選ばれた召喚者釘崎鉄太郎のみ……召喚者と天使はそのように判断する》
〈何が拮抗だ!五分五分?冗談じゃねぇ!このシュクラ様がジョーカーだろうと魔王だろうと全員ぶっ潰してやるぜぇ!!〉
……。
……。
エース。
「死んだフリ」しかできないこの俺が、よりにもよって志甫の対抗馬に選ばれた。
《推定。ジョーカーを倒し己の能力を強化するため、天使並びに召喚者たちは釘崎鉄太郎への接触を試みる可能性が極めて高い》
それは、俺が、空気ではなく、「エース」だから。
《然り》〈たりめーだ〉
……。
……。
名前。場所。しかも厄介でしかない肩書き。
そこまでバレているのなら、仕方ない。
《召喚者よ。我らがついている》
〈腹くくれ、ガキ。ちんたら生きてっと乗っ取っちまうぞ〉
ああ。分かってる。二人ともありがとう。
「俺は、テイザキテツタロウと言います」
「「は?」」
「ですからテイザキ……」
「テイゼ……舌を噛みそうな名前だぜ」
「だからテイザキテツタロウ」
「テザキテ……呼びにくい。やはりこれが勇者の力か」
「関係ないです。だったらタロウでいいです」
「タロウ……呼びやすいが、若旦那の方がしっくりくる」
「タオル……確かに呼びやすいが、覚えづらい。小僧でいいか?」
「……はい。とにかく勇者とか呼ぶのはやめてください。それとさっきからずっと気になっていたのですが」
ウオオオオオオオオオオオ……
「地下室の上で、何が起きているんですか?」
地響き。そしてパラパラと落ちてくる砂。止まない何かの叫び声。
ノリッジとルーガンが顔を見合わせる。急に二人とも老けた顔になる。疲労が顔に浮かぶ。
「人間の業だ」
「え?」
「馬鹿が馬鹿騒ぎの果てに馬鹿をやらかして、みんな馬鹿になっちまった」
二人の言っていることがあいまいで、よく分からない。
「お前たち4人をセキドイシから助けた後のことだ」
老人ノリッジがため息をつきながら天井を見上げる。
「冒険者がこの村に押し寄せた」
「どうして?」
「簡単なこった。セキドイシが昼も夜もなくメチャクチャに爆音立てて輝いていたんだぜ?気になるだろうよ、そりゃ」
「聞いたこともないような音量、叫び声、そして熱に光。国境を接している全ての国は無論、西方のマルコジェノバ国からも見えたという」
「……」
セキドイシの騒音と騒光。
たぶん俺たちとベルゼブブとの戦いのせいだ。
ベルゼブブがドリル蛹の時には、メリュジーヌの武技とピノンの光の風でバンバンやったし、ベルゼブブが飛翔可能成虫になったらなったで、ブンブン飛び回るアイツのタックルを止めるのにアステロイダのメイドイソギンチャクを使った。それだけじゃない。大量の触手とか、おぞましい魔法の渦風をベルゼブブは放ってきた。
どれもこれも全部、外に漏れない方がおかしい。
聞こえて当然。見えて当然。
セキドイシが何かが起きているとみんなに思われて当然だ。
なるほど。要するに俺たちのせいか。
「いざ押し寄せてきた冒険者たちが恐る恐るセキドイシに入って見ると、魔物はもはやいない」
それも仕方がない。セキドイシがたぶん俺からアステロイダを取り戻すため、そしてベルゼブブが確実に食べて成長するため、魔物は消尽した。いる方が不思議だ。
「慌ててここに戻ってきた俺も、道中でそれは聞いた。セキドイシに魔物はもういねぇぞって」
「それからは祭りだ」
ノリッジが眼元に指を当ててため息をつく。
「ああ。まったくもって祭りだ」
陶器に残っているミルクを再びカップに注ぎ入れ、自分だけゴクゴク飲むルーガン。
「どういう意味でしょうか?」
「プフゥ……ゲプッ!魔物がいなくなった秘境。そしてその中には、マルコジェノバ連邦で最大の謎の一つとされた秘宝ウゴエが眠る。これを聞いて飛びつかない冒険者はいねぇよ」
言って、カップを無造作にテーブルに置くルーガン。
「そして冒険者が金を落とすことを目当てに人がさらに集まる。タルバカン村の人口はもともと200人弱。それが、殺到した人間のせいで1万を超したと聞いた」
「1万?」
「ああ。もうやってられねぇさ。俺も最初はジジイの店が繁盛しているんで仕入れに行ったりしてたが、のべつまくなしに色々な奴らがやってきやがる」
ルーガンが苛立たしげに、指の爪で何度もカップを弾く。
「何人か、殴り殺したかもしれん」
ノリッジがつぶやくと、ルーガンが弾くのをやめる。
「ありゃアイツらが悪い。犬の餌にするのももったいないくらいの外道だ。とにかく荒くれ者、ヤクザ、ならず者、冒険者、女郎、商売人、野次馬、金持貴族、何もかもがここにやってきた。店の仕入れも間に合わねぇ。ジジイのことも心配だし、ジジイはジジイでお前たちをかくまうので必死だ」
ルーガンの全身の温度が上がっている。
「ウゴエを救えと、セキドイシに言われた。救えなければ地獄にいるセキドイシに顔向けができない」
ノリッジの全身の温度が下がっている。
「それに、妙な者がうろついていた」
「?」
俺は左目を閉じ、右目だけでノリッジを見る。
「ヒトは人相や容姿をいくら変えようと、目だけは変わらない」
「……」
「人相や容姿を変え、何者であるかを晦ましながら、うちの店を何度も訪れる者を、俺は見た。アイツは絶対にお前たちウゴエを狙っている」
ノリッジと目が合い、俺は閉じていた左眼を開く。
「俺にはまだ分からねぇが、客商売の長いジジイにはそういうのが分かるらしい。だからジジイも余計に神経を使ってお前らを守った。分かったらちゃんと感謝しろよ。若旦那」
せっかく勇気を振り絞って名乗ったけれど、あだ名すら覚えてもらえず、また小僧や若旦那に戻ってる俺。
まあそれはいい。
俺を探しに来そうな奴。
召喚者。天使。
……。
そう言われても、やっぱりどうしても、一人しか思い浮かばない。
変装するとは思えない。変装する必要があるとも思えない。
でも、あいつしか浮かばない。
全員の顔と名前は浮かんでも、さらに立ち上がるくらい、強烈に浮かび上がってくるのは一人しかいない。
修学旅行のホテルは相部屋で、バスの中では隣の席だったアイツ。
俺を勝手に褒め、プロフェッサーキューブで何かを思い出していたアイツ。
志甫蒼空。
今この近くで俺を探し回っているのが、アイツかどうか。
この目で確かめるしかない。
「そうして、人が馬鹿みたいに集まって、祭りみたいに毎日大騒ぎして、地元民が辟易している時だった。……ほんと神様っていうのは面白れぇな」
ルーガンが声を立てずに笑う。
「神ではなく魔王かもしれんがな」
ルーガンのカップを引き寄せ、自分のためにミルクを注いだノリッジは残り僅かのミルクをゴクリと飲む。
「?」
神様?魔王?
何だ?
今起きている、表の騒ぎと関係があるのか?
「岩登りの得意な冒険者がどんどんセキドイシを登っていったらな。やっぱりまだ魔物が迷宮の中にいたんだ」
「……」
「自分からは何もしてこず、触れれば破裂し、次の瞬間には、人は獣のようになり果て、だれかれ構わず襲い掛かる」
どこかで遭ったような気がする、ソイツ。
「後はひでぇもんだ。伝染病の蔓延に近い。オキシン国の東にアルマンっていう王国があるが、あそこの風土病チョルトよりやべぇ」
風土病か。なるほど。
「魔物によってゾンビ化した者たちが、次々に新鮮な人間を襲って食らい、家畜を襲って食らい、セキドイシの周辺は今、地獄と化している」
《推測》
言わなくても分かる。あのテッポウキノコだろ。
《支持》
地上はテッポウキノコのせいでバイオハザードのアフターワールド状態。
でもパンデミックじゃない。
《支持》
推定規模1万のゾンビ集団。
風土病より規模は大きいけれど、世界的蔓延じゃない。せいぜいエピデミック。広範囲流行。
〈何を考えてやがる〉
……言わなくても分かるだろ。〝もう〟長い付き合いだ。
〈ヒッヒッヒッヒッヒッ!嫌いじゃねぇなぁ。お前の〝そういう〟ところぉ〉
《不支持。追跡者の正体を見極めてから行うべき》
大丈夫。〝あの〟テッポウキノコのゾンビが大勢いる。〝この〟俺にこれほど都合のいい場所はない。
《……訂正。支持》
「よいしょ」
ふらつきながら、俺は立ち上がる。
「お、おい!お前どこに行くつもりだ?」
「用便ならそこの穴で足せ。後で捨ててやる」
「少し、外の様子を見てきます」
二人の顔を見ず、俺は歩きながら告げる。
「はあ!?何言ってやがる!?外は今魔物だらけだぞ!」
「……村に元々いる人たちは、みなこの家のように地下室をもっているんですか?」
ルーガンに答えず、ノリッジに尋ねる。
「ああ。地元民は魔物がはびこる前から自前の地下室にさっさと籠っている。食料の備蓄もあるだろうが、魔物ゾンビが現れてすでに十日も経つ」
「十日。それは厳しいですね」
「こっちはジジイが食堂やってたからまだ恵まれている方だ。普通の民家の地下室じゃ今頃下手すりゃ餓死……っておい!行くな若旦那!死ぬぞ!!」
「大丈夫です。こう見えても」
振り返る。俺は女子3人を起こさないために指を自分の口に当てる。
「死んだフリだけは得意ですから」
ギイ。バタン。
扉を閉める。熱探知で地下道の構造はもう把握している。出口も分かってる。
タン。タン。タン。タン。タン。
石の急な階段を上る。薄いけれど丈夫な石板でできた天井蓋に触れる。
「少し重いな」
ゴゴゴゴゴゴ……
《死んだフリスキル「死の芳香デスノート」発動。トップノート、バイオリンエビ》
テッポウキノコの天敵、バイオリンエビの腐臭を漂わせて、俺は地上に出る。
「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」
「……」
超久しぶりに見た夕陽に、俺は思わず絶句する。やばい、涙が出てくる。
《死んだフリスキル「カタレプシー」発動》
「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」
群青と橙に染まる広大な大地の上を、無数のゾンビたちが走り回る。食いまわる。転げまわる。噛みつきまわる。叫び回る。
俺をあえて避けながら。
「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」
「誰か!誰か助けてーっ!」「助けを呼んでも無駄だ!突破口を探そう!」「ダメよ!囲まれてる!」「お互いに背中は守れ!生き延びるぞ!!」
まだ生きている人間が何人かいる。バラバラの装備からして、たぶん冒険者。
シュパーンッ!ゴロロロロ……
「?」
テッポウキノコのゾンビの前で叫んでいた冒険者たちの首が、一瞬で落ちる。
空気の熱移動を目でたどる。まるで鎌を振って首を刎ね飛ばしたかのよう。
「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」
ガブシュッ!ガブッ!ガブッ!!
首を失い出血と痙攣を起こしたまま、瞬く間に食われていく冒険者たち。
「……」
俺は死んだフリをしたまま、空を見上げる。
ヒュオオオオオオオ……
ヒトが浮いている。
見覚えのある髪。見覚えのある顔。見覚えのある肌。見覚えのある絹衣。
「この程度の風も防げないとは……エースではなさそうですね」
見覚えのある声。見覚えのある手の中の懐中時計。見覚えのある声。
「エースは一体どこにいるのやら」
志甫じゃない。
あれは、天使サンダルフォン。
この異世界に俺や志甫を召喚した張本人。
《報告。天使サンダルフォンの能力は未知数。淵位の魔物ベルゼブブと同位かそれ以上と推定。現時点での交戦は不支持》
分かってる。そこまで俺も馬鹿じゃない。
ピノンもメリュジーヌもアステロイダも眠っているんだ。
交戦なんてするつもりはない。
グギャーオ……グギャーオ……
「はぁ、この肝心な時に」
天使の口の動きを読む。アイツの目線を読む。
「グギャーオ!グギャーオ!!」
その先にいるのは、極彩色の鳥型魔物。ロックバード。
しかも1匹じゃない。9匹。
「お前たちの相手をしているほど私は暇ではないのですよ!」
天使が閃光を放つ。
カッ!!!
一瞬のうちに、白金色の毛でおおわれた獣に変わる。体毛と翼をそなえた巨大トカゲ。それはまるで、おとぎ話に出てきそうなドラゴン。
ビュオオオオオオオオオッ!!!!
姿を変えた天使サンダルフォンが高速で空から消え去る。追いかけるロックバードが止まって見えるほど速い。
「「「「「「「「「グギャーオ!!グギャーオ!!!」」」」」」」」」
〈なぁ〉
「「「「「「「「「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」」」」」」」」」
〈まだかよ?〉
「……やってくれ」
《了解。死んだフリスキル「カタレプシー」解除。「だるまさんが転んだ」発動》
〈よっしゃああ!!!!亜空間展開ィィィィ!!!!!〉
カッ!!
俺の周囲へ炎が、同心円状に広がる。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!
ベルゼブブの衝突エネルギーに耐えるために左眼の亜空間に取り込んだ熱エネルギーをすべて放出する。
オオオオオオオオオオオオオオオオオ……
見渡す限りの焼け野原。
テッポウキノコの胞子も含めて何もかも焼き尽くした。
「グギャー……オ……グギャ……」
あれ?
1匹だけ、ロックバードが生き残っている。ちゃんと動いてる。
「グギャー……」
《注意。上位の魔物ロックバードが神焔アルテマコーストを放射準備……》
ドグシャッ!!!!
俺は亜空間カルミナブラーナから取り出した珊瑚の斧を、ロックバードに投げつける。
「ギャ……」
ベルゼブブの炎を食らい脆くなっていたおかげで、生き残りのロックバードは光線を吐くことなく、動きを止める。
ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。ヒタ。
ロックバードの死骸へと近づいていく。
「……」
他のロックバードと、色も温度も違う。どこか、灰色にくすんでいる。
《体内に摂取して分析することを推奨》
〈四十日も何も食ってねぇ。マジで腹ペコだ〉
「……」
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
「ふう」
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
《分析中》
食欲が、止まらない。本当に、腹ペコだったんだ、俺。
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
《解析終了。原因判明》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
《この上位の魔物ロックバードは、セキドイシ頂上エアーズロックで召喚者を捕食。そのうちの一名久保千秋の錬金スキルを継承》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
《ダイヤスキルの初歩である「鉱物鑑定」獲得により、上位の魔物ロックバードは治癒効果の高い特殊鉱物ミミングタイトをあえて選り好んで摂取。呑み込み続け、体内蓄積した結果、治癒能力を獲得。故に先ほどの煉獄に耐えた模様》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
〈ひっひっひっ!どうだっていいぜもうそんなことぉ!要するによおおお!〉
《報告。ダイヤスキルと、潤沢な森神石を獲得》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
〈やべえぜこいつぅ!エーススキルのくせに、ダイヤスキルまで兼ね備えて、治癒鉱物も手に入れた!マジでモってんじゃねぇか!!ヒャッハッハッハッ!〉
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。
〈これならよぉ……創れんじゃねぇのかおい……〉
《支持。9441体の低位の魔物テッポウキノコ感染者と上位の魔物9体のロックバード撃破の経験値をダイヤスキルに振り分けが可能。振り分ければハイレベルスキル「錬成」が可能…………承諾。錬成開始》
〈ひゃっほお~っ!!!!〉
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャン。
《報告。ミミングプレート完成。胸部を補強》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャチャン。
《報告。ミミングガントレット完成。肘から手甲までを補強》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクンッ。ガチャ。ジャキ。
《報告。ミミンググリーブとミミングサバトン完成。膝から足先まで補強》
ムシャリ。モグモグモグモグモグ……ゴクン。
「ふう……」
焼き鳥の食いすぎで腹がいっぱいだ。
少し薄味だけど、セキドイシ内部で食べた魔物肉よりはだいぶ美味しい。
「お、おい。若旦那」
「ん?」
ヴァサ……
俺は声の方を振り返る。
「大丈夫かって……お前」
声をかけてくれたまま固まるルーガン。何?
「なんという姿」
ルーガンの隣にいるノリッジが俺の全身をまじまじと見つめる。
《ロックバードの皮膚にミミングタイトを象嵌。ミミングマント完成》
「これが、ウゴエを宿した者の真の姿か」
何の気なしに俺は、自分をさわってみる。
鉛色の外衣が風で翻る。胸当に手甲に膝下に靴。いつの間に……。食事に夢中で気づかなかった。
「若旦那。お前がゾンビを消しちまったのか?」
「いや、俺はただ」
くすんだ灰色の手甲にぼやけて映る自分の顔を見ながら答えに迷う。
チリンチリーン……。
「!」
「どうした?」
「狸の埋葬」
「「?」」
「なんでもないです。白いドラゴンが現れたあと、全てが燃えた。……まるで火事のように」
俺は周囲を見渡す。
ヒュゥゥゥ……
既に日は落ち、焼け野原の火も徐々に弱まっている。一日の仕事を終えた火葬場を撫でる風の音しか、もう聞こえない。
……聞こえたと思ったのに。
「迷宮セキドイシにしばらく人は、来ないと思います」
目覚める前に聞いたのと同じ鈴の音が幻聴だったことを確認すると、俺はノリッジとルーガンと共に、近所の村人の安否を確かめはじめた。
鉄太郎「お兄ちゃん、これは?」
マソラ「それはバイケイソウ。探しているウルイに似ているけれど、食べると中毒になる」
鉄太郎「どうして違いがわかるの?」
マソラ「抜いてみればわかるけれど、ウルイは根元に粘りがある。バイケイソウとかは根元の真ん中まで白くて、葉っぱがこうやって密に詰まっている」
蟇目「よくそこまで分かりますね。私なんか、どこにどれが生えてるのか全然分かりません」
マソラ「山菜取りに慣れない人はとにかく山の斜面をくまなく探そうとしますけれど、慣れると「あそこにはあれが生えている」と最初から目星をつけられるようになるんです。ですから、山菜の見た目の特徴と生えている場所を知っている人についていって教えてもらうのが、一番手っ取り早く山菜を採れるようになる方法です」
蟇目「なるほど。プロに直接習うのが一番てわけか」
鉄太郎「お兄ちゃんこれは?」
マソラ「それはコバイケイソウ。ウルイに似ているけれどやっぱり毒草だ。鉄太郎。今日はとりあえずウドとミズナを覚えて帰ろう。この二つは似ている毒草がほとんどないから」
鉄太郎「うん!」
鉄太郎「お兄ちゃん!採れたよ!」
マソラ「どれどれ……そうだね。それがウドだ。ちょっと待ってね」
ビシャビシャビシャ。
マソラ「はい。土を洗い落として皮を剥いたから、根元を齧ってごらん」
鉄太郎「このままで食べられるの?」
マソラ「鉄太郎にはたぶん美味しくはないけれどね」
鉄太郎「お兄ちゃんは?」
マソラ「俺は好きな味だね。野菜売り場に綺麗に並ぶ野菜よりずっと好きな味だ」
ショグ。ショグ。ショグ。……
鉄太郎「なんか、変な味」
マソラ「鼻にヤニの香りが抜けていく。それでもほのかな甘みがある」
鉄太郎「ん~、やっぱり美味しくない」
マソラ「ゴマ油で炒めれば、鉄太郎も気に入ると思うよ。さ、もう少しだけ取ろうか」
鉄太郎「うん」
蟇目「永津君!これで間違いないかな!?」
マソラ「そうですね。コゴミとゼンマイ。間違いないです。ただ、ちょっと採りすぎです」
蟇目「え?」
マソラ「これら山菜は山に無限に生えているわけではないので、こうした植物の群落を見つけたら半分くらいは残してください。欲張りは禁物です」
蟇目「あ、ははは。つい興奮して採りすぎてしまった。すまない」
マソラ「あそこにミズナがあります。根の張りが浅いので簡単に抜けます。鉄太郎と一緒に、取り過ぎないように採取してください」
蟇目「はい。気を付けます」
蟇目「いや~山菜採りなんて初めてで、気持ちが良いし、自分がとったものを食べられると思うとワクワクしますね」
マソラ「釘崎さんまで4月の山菜取りの授業に参加して楽しんでもらえて、良かったです」
鉄太郎「ねぇお兄ちゃん!これは!?」
マソラ「ワラビだね。ポキンと簡単に折れるから採ってごらん」
蟇目「ん?あれは……」
ザッザッザッザッ……
マソラ「鉄太郎。ワラビは生で齧っちゃダメ」
鉄太郎「そうなの?」
マソラ「これは灰汁が強い」
鉄太郎「アクって何?」
マソラ「植物のもつエグ味とか苦味だね。あまり身体にはよくないから塩茹でして冷水にさらしてから食べ……」
蟇目「うわぁ!」
二人「「?」」
蟇目「永津君!ちょ、ちょっとこっちへ来てっ!」
闇「どうかしましたか?」
鉄太郎「お父さんどうしたの?」
蟇目「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
闇「ああ、タヌキですね」
鉄太郎「お兄ちゃん、これ4匹とも、死んでるの?」
闇「分からない。おや、夏に発生する月夜茸がここだけたくさん枯れ幹に生えてる……ヒラタケかムキタケと間違えて食べて死んじゃったのかな?」
蟇目「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
闇「こんなところで野ざらしなのは可哀そうだから、埋めてあげよう」
鉄太郎「うん」
闇「釘崎さん」
蟇目「……」
鉄太郎「お父さんてば!お兄ちゃんが呼んでる!」
蟇目「……え!?」
闇「大丈夫ですか?」
蟇目「はい」
闇「騒々しい鋸のような機械音や雨の音や電話の着信音でも聞こえましたか?」。
蟇目「!?」
闇「釘崎さんは、採取した秋の山菜を種類ごとにジッパーに分けてください」
蟇目「あっ、ああ、はい!」
ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!
鉄太郎「これくらいでいい?」
闇「そうだね。十分だ」
鉄太郎「んん!このタヌキ……重い!」
闇「鉄太郎よりは軽いけれど、死んだ生き物はとても重く感じる」
ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。
闇「土を盛って、土饅頭をつくる」
鉄太郎「ツチマンジュウ?」
闇「お墓のことだよ」
ジャッ。ジャジャッ。ジャッ。ジャジャッ。ジャ……
鉄太郎「ねぇお兄ちゃん」
闇「なあに?」
鉄太郎「もしさっきのタヌキが死んでなかったらどうしよう?」
蟇目「……」
闇「そうだね。じゃあこうしておこう」
チリンチリンチリン。
鉄太郎「鈴?」
闇「そう。土饅頭に刺した枝に鈴をつける。こうすれば、もし生きていたら仲間に鈴を鳴らして知らせられるから、平気でしょ?」
鉄太郎「うん!」
蟇目「永津君!」
闇「何か?」
鉄太郎「お父さん?」
蟇目「頼むからそういう、変なことをして息子を揶揄うのはやめてくれないか!?」
闇「揶揄う?」
蟇目「こんなの、無意味に子どもを怖がらせるだけだ!第一、なんで鈴なんて持ち歩いているんだ君は!?」
闇「これは予備のクマ除けの鈴です。クマ除けの鈴くらい、冬山に入る人なら少なからず持っているものです」
蟇目「だとしてもだ。クマ除けの鈴をこんな所でいちいちタヌキの墓なんかに使っ」
チリンチリーン。
蟇目「!?」
チリンチリーン。
蟇目「え。鳴ってる」
チリンチリーン。
蟇目「あれ?鉄太郎?永津君?二人ともどこに行った?鉄太郎!!永津君!!」
ポ。
蟇目「夜!?なんだ!?あの光は!!」
ポポポポポ。
蟇目「はあ、はあ、はあ、はあ」
ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポ。
蟇目「やめろ……夜の森になんでこんな、光がたくさん……」
フワーン……フワーン……
蟇目「はあっ!はあっ!はあっ!はあっ!」
フワーン……フワーン……
蟇目「やめろ!俺を追いかけて来るな!!熱い!!!」
フワーン……ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!!!
蟇目「ぬああああああああああああああああっ!!!!!」
鉄太郎「お父さん!お父さんってば!」
蟇目「……?」
鉄太郎「大丈夫?」
蟇目「鉄太郎?……あれ、昼間?……夢?……ん?うわああっ!!!」
鉄太郎「どうしたの?」
蟇目「これっ!これっ!」
鉄太郎「タヌキの死体だよ。お父さん、タヌキの死体見つけて倒れちゃったから、お兄ちゃんが助けを呼びに行ったよ……お父さん?」
蟇目「この!タヌキっ!!」
鉄太郎「お父さん何するの!?」
ガブッ!
蟇目「痛っ!」
ザザザザザザザッ!!
蟇目「タヌキの奴……やっぱり」
マソラ「死んだフリでしたか?」
蟇目「!?」
鉄太郎「お兄ちゃん!お父さん目を覚ましたよ!でも!」
マソラ「つかんでぶん投げようとしたら噛まれた、みたいですね」
蟇目「これくらい、何ともないです」
マソラ「狂犬病のワクチンは打っていますか?」
蟇目「狂犬病?」
マソラ「発症すると人獣問わずほぼ確実に宿主を殺すウイルスです。涎を垂れ流し、水が飲めなくなり、光に怯え、何が何だか分からなくなり、譫妄状態で死ぬ病気です。そのワクチンを打っていますか?」
蟇目「……打ってない」
マソラ「そうではないかと思ったので、すぐ近くまで職員の先生を呼びました。先生の車に乗って診療所まで急いで行きましょう。立てますか?」
蟇目「立てる……あっ!」
ドサリッ!
蟇目「ふう、ふう、ふう……」
マソラ「鉄太郎。鉄太郎もお父さんを運ぶのを手伝って」
鉄太郎「分かった!」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……
蟇目「鈴はつけないのか?」
マソラ「はい?」
蟇目「土葬したあと、タヌキの墓に鈴はつけないのか?」
マソラ「しませんよ、そんなこと」
蟇目「そうか……」
マソラ「第一、狸の埋葬に、鈴は要らない」
蟇目「?」
マソラ「夜の森の中でたくさんの光が見えること。それを「狸の埋葬」といいます。狸がヒトの葬式の真似をするという伝承です。あれを見てしまうとよくないことがある。そう、集落のお年寄りから聞いたことがあります」
鉄太郎「よくないことって何?」
マソラ「確か、火事になったって聞いたね。〝誰の何が燃えたのか〟までは詳しく聞かなかったけど」
蟇目「全身が焼かれて………やっちまったか」
マソラ「大丈夫ですか?」
蟇目「なんでもない」
マソラ「ああ、それと」
チリンチリーン。
闇「人の土饅頭には、ここでは鈴をつけます」。
父子「「……」」
マソラ「古い土葬墓につけっぱなしのままですが、時折ああして鳴ります。今、聞こえているのは風か獣のしわざだと思いますが、元々は、埋葬してすぐだと死者が生き返ることがあるので、生きていることを〝中の人〟が周囲の人々に知らせるために鈴をつけたんだそうです」
父子「「……」」
女医「血清はあいにくここにはないけど、ワクチンでもまぁ命に別状はないでしょ」
蟇目「それって、助かるってことですよね?」
女医「噛まれてから時間が経ってないから大丈夫。平気よ」
蟇目「良かった」
女医「しかし気の利く子が傍にいて良かったね」
蟇目「はい。野守の里学園でボランティアをしている少年で、私の息子も大変懐いていて」
女医「そりゃよかった。治療に関して何かほかに質問はあるかい?」
蟇目「あの」
女医「ん?」
蟇目「治療とは関係ないのですが……狸の埋葬って、ご存じですか?」
女医「狸の埋葬?夜の山で見えるっていうアレかい?」
蟇目「そうです!それです!」
女医「他所じゃ狐の嫁入りとかいう火の群れのことだろう。あたしの祖母ちゃんが昔、そんな話を囲炉裏端でボソボソ話してくれたよ。でもそんな古い言葉、誰から聞いたんだい?」
蟇目「先ほど話したボランティアの少年です」
女医「その子の名前は?」
蟇目「永津真天、君です」
女医「ああ。なるほどね。あの子なら知ってるかもねぇ」
蟇目「?」
女医「あの子、変わってるだろ?」
蟇目「え、ええ。なんというかその」
女医「つかみどころがない?」
蟇目「はい」
女医「ハズレね」
蟇目「?」
女医「つかんでいい者ではない。ここの山歩きであの子に会った時、あたしはそう知った」
蟇目「………」
女医「とにかく色々知っている子だから頼りにはなるよ。今回だってあの子が狂犬病のことを知っていたからワクチン打てたんだ。良かったわね。そのまま放置して万が一発症したらお陀仏なんだから」
蟇目「そうですよね。本当にありがたいことです」
女医「一年半前にね、山仲間3人と一緒にここの山に登って、キノコを食べたのよ」
蟇目「?」
女医「毒キノコとも気づかずに」
蟇目「……」
女医「3人とも中毒で死んだわ。私だけ助かったの。なんでか分かる?」
蟇目「医者だから、薬がすぐに手に入ったとか?」
女医「違うわ。私は毒キノコを一つも食べてない」
蟇目「え?じゃあ毒キノコだと気づいて……」
女医「道に迷って穴に落ちたから、毒キノコを食べずに済んだ」
蟇目「は?」
女医「穴に落ちた際、キノコを入れた袋が破れた。別の穴を近くで掘っていた永津君がちょうどそのときやってきて、ぼんやりしている私を助け、キノコを拾いなおしてくれたの。量が減っているのにあとで気づいたけど、毒キノコを捨ててくれてたのね。だから私は結果的に、毒キノコを一つも食べずに済んだ」
蟇目「永津君が……穴を掘っていた?」
女医「土葬が禁止された後、放置されている土葬墓の〝中の人〟を火葬しなくちゃいけないから掘っていたんだって!笑っちゃうわよね。それに気づかないで、私ったら山で3人と逸れて道迷いになった挙句に墓穴に落っこちちゃうなんて。これがほんとの墓穴を掘る、ね。アッハッハッハッ」
蟇目「そんな偶然……」
女医「ほんと、そうね。………3人を弔うために、死んでいたはずの私は大学病院をやめてここにUターンして、診療所を開いてる」
蟇目「彼に……導かれた」
女医「委ねてもいいか、あるいは拒絶されるか」
蟇目「……」
女医「それはあの子が決めること。墓に入るのとは違う。〝こっち〟は決めていい立場じゃない。山に入るのと一緒よ」
蟇目「……ありがとうございました」。




